第十八話 皇帝陛下との初デート?①
「ずいぶんと楽しそうだけど何かあった?」
翌朝。
ベラ殿下の身支度の最中、彼女に気づかれるくらい機嫌が良かったらしいミリアは、うっとりとした表情で答えた。
「ええ、昨夜は少し……いいえ、とてもいい夢を見られましたの」
「それは良かった」
そうしながら月夜の下の出来事を思い返す。
もしかするとあれはただの夢だったのじゃないか?なんて疑ってしまいそうになるほど全てが上手くいった。共に食べたクッキーはきちんとなくなっていたのを見るに、夢ではないのは確かだが。
いい夢、という風にぼやかしたのはベラ殿下は皇帝陛下についての話題を好まないだろうと思ったからだ。
しかし――その誤魔化しは効かなかったようで。
「もしかして、あの兄のこと?」
ばっちり見抜かれてしまった。
「…………なぜそうお考えになるのでしょう」
「それくらいわかるわ。でも心配しないで、私は止めはしないから」
「恐れながらベラ殿下、わたしは肯定の言葉を返していないのですが」
「なら、すぐにでも否定するはず。違う?」
違わないので視線を逸らしてしまった。それほどわかりやすかったのだろうか。
「あの兄はともかく、あなたのことは信用してるのよ、ミリア」
「ベラ殿下に信用していただけるような立派な者ではございませんわ。ですが、ありがとうございます」
以前から考えていたことであるが、自分の侍女のくせに皇帝に媚びを売るとは何事かとベラ殿下から反感を買うかも知れなかった。それがむしろ「止めはしない」と明言されるとは考えもしておらず、ベラ殿下の言葉にいちいち驚かされる。
止められたら今後に支障が出る。彼女が容認してくれたのはとてもありがたいことだ。
それはそれとして。
皇帝陛下と不仲だというベラ殿下でさえ気づいたのだ、ペリン公爵令嬢が勘付かないはずもない。彼女は果たしてどのような行動を取ってくるだろう?
そう考えると少々げんなりしてしまう。
――ペリン公爵令嬢にごねられたりすると、面倒なのよねぇ。
ミリアは皇帝陛下の最愛になる資格を得られた。
それだけでフォークロス伯からの依頼が達成できれば簡単なのだが、ペリン公爵令嬢と皇帝陛下の婚約をきちんと破談にしなければ終われない。
皇帝陛下の一存でどうにかなるものではある。とはいえ皇帝陛下の意思はまだそこまで強くないように思う。
だから、破談のための口実であり、公爵家にとって縁談を結ぶことが不利だと感じられるような理由を、ミリアが作らなければならないのだった。
手っ取り早いのがあからさまな醜聞。すなわち既成事実を作ること。
最愛の座が確定するのならアリかもと考えるけれど、いざミリアが皇帝陛下の最愛になった時の足枷になりかねない。何より、貧民街の中でも守り抜いてきた純潔を安売りしたくはなかった。
何か良案がないかベラ殿下に尋ねてみるべき? それはさすがに非常識過ぎる気がする。
ミリアが思い悩み始めたその時、まるで助け舟を出すかのごとく、「これはあくまで独り言なのだけど」と前置きしてベラ殿下が言った。
「忙しいからって公務の時以外は外へ出ないせいで、あの兄はますます怖い顔になるのよ」
「ベラ殿下?」
「たまには遊びにでも出かけたらいいのに。誰か、あの兄を連れ出してくれないものか……」
いつも通りのふわふわとした笑顔と柔らかい声。
なのに目は何かを言いたげに見える。
――どういうつもりなの?
おかげで一つ、良案が浮かんだ。というかベラ殿下に良案を示された。
今のは助言としか思えなかった。あえて独り言として、助言の体を成さないようにした助言だ。
「止めはしない」どころか、むしろミリアと皇帝陛下の仲を深めた方がベラ殿下の都合がいいのかも知れない。その理由は心当たりがないが、そもそもベラ殿下が皇帝陛下に対しどのような感情を抱いているのかすら謎なので考えても仕方がないだろう。
「朝の支度をありがとう、ミリア。下がりなさい」
わけがわからないまま退出を告げられて。
「失礼しますわ」と頭を下げるしかなかった。
真意を問いただしたい。けれども訊いたところでベラ殿下が答えてくれるだろうかというのは疑問である。
それに今重要なのは婚約を破談にすることであり、手がかりを与えられた以上は今すぐにでも行動した方がいい。
皇帝陛下と出かける。つまりデートというやつだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「皇帝陛下、少しお願いがありますの」
「何だ」
「皇帝陛下と共にお出かけしたいと思いまして。もしお時間があれば、ですけれど、連れて行ってくださいませんか?」
ベラ殿下の部屋を出て、地下の執務室へ向かおうとする皇帝陛下を捕まえたミリア。
端的に誘いを持ちかけると、皇帝陛下は明らかに面倒臭そうな顔をした。
「どうして公務でもないのに出かけなければならない」
「わたしのわがままですわ。ですが陛下の気晴らしになりますでしょう?」
皇帝陛下としては面倒ごとだろう。しかしミリアにとってデートの利点は大きい。
他の国の影の役割である警護とは違って、皇家の影は常に皇帝陛下の行動を監視し、その全てを書面に残した上で公表している。
ミリアを連れて出かけたとなればすぐに知れ渡ること間違いなし。だからこそ良案だった。
社交界などで、婚約者とデートをしたという話を令嬢たちからよく聞いていたためデートの存在自体は知っている。
興味がなかったので適当に相槌を打っていただけだったが、もう少し頭に入れておけば良かったと後悔した。
だが幸いにもそこまでの問題ではない。
だって皇帝陛下も女性で二人きりで外出する経験などなかったはずで、初めて同士なら一方的に失望されることもないのだ。
そして上手にデートを終えられたとしたら、皇帝陛下からの好感度がますます上がる可能性もあるという、いいことづくめである。
なので皇帝陛下に渋られ、行かないと拒否されたら困る。だが彼はあっさりと折れてくれた。
「余に退屈な思いを味わせないよう努めろ。執務が終わったら知らせる」
子供の遊びに付き合わされるかのようでありながら、紅の双眸にはわずかな好奇心がちらついている。
ミリアを面白い女と認識した故、デートでも何か起きるのではないかと期待しているらしい。
「ありがとうございます。努力いたしますわ。では休憩室にてお待ちしております」
「ああ」
こうして、デートの約束は取り付けられ。
半刻ほど後――いつもとは比べ物にならない速さで執務を終わらせたという皇帝陛下と、二人で城を発った。
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