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第14話 義妹と正式に付き合い始めた件

「あれは告白だったんだろうか・・・?」


 凜と思いをぶつけあった翌日、久人は朝からあることに悩まされていた。


「いや、でも好きだって言ってくれたし・・・。 待てよ、でも付き合ってとは言われてない・・・」


 凜と彼氏彼女という関係になったのかがいまだに半信半疑だった。

 たしかに、好きという気持ちはお互いに伝え合ったが、付き合おうとは言ってない。

 久人はなかなかに神経質で、早朝からリビングで1時間ほど頭を抱え続けていた。

 すると、そんなリビングに一人の少女が入ってきた。


「あ、」


 目が合った久人は少し硬直した。だが、その硬直はすぐに解けた。

 なぜなら、


「お兄ちゃーん!!」


 凜がそう叫びながら、抱き付いてきたからである。


「ぐはっ!」


 久人はいきなりだったこともあって、ソファーに背中から倒れる。


「痛ってー・・・っ!! ちょっ凜、近い!!」


 久人は体を動かそうとするが、凜に押し倒されている状態のため、身動きがとりにくい。

 とはいえ、本気で力をいれれば凜ほどの体重、簡単に退かせれるのだがそれをしないところから、久人は本気で嫌がっていないことがわかる。


「えー、いいじゃない、あたしたちもう恋人同士なんだから」


「!!」


 その一言に久人は恥ずかしさ嬉しさ安心と色々な感情が湧き出てきた。

 しかし、その中でも、


「じゃあ、俺は買い物に行ってくるからっ!」


 恥ずかしさが勝った。少し強引に凜を引き剥がし、リビングを出ていこうとする。


「あっ、待ってお兄ちゃん」


「ん?」


「あたしも行く」


「え!?」


「なによ、あたしが行ったら迷惑?」


「いや、そんなことはないけど・・・」


「じゃあ、初デートに行こう!」


「デっデート!?」


 初めて聞いた言葉のように久人は驚いた。


「? だってそうでしょ、恋人同士の二人が、夜ご飯のための材料を買いに行く。 ついでに遊ぶ。 ほら、立派なデートじゃない」


「それはただの買い物なんじゃ、てかなんか追加されてるし」


「だめ?」


「うっ・・」


 どうも久人は凜のこの顔に弱い。少し目を細めて、上目遣い気味に久人の顔を覗き込んでくる。


「わ、わかったよ、一緒に行こう!」


「うん!」


 そう言って、二人の初めてのデートが始まった。


 ※


 荷物が増えるので、買い物は後回しにして、まずは二人で遊ぶことした。


「で、凜はどこか行きたいところあるの?」


 今は二人で街中を歩いている。


「うーん、じゃあ、ゲームセンターに行きたいかな」


「ゲ、ゲームセンター?」


 予想していなかった回答に思わず久人は聞き返してしまった。


「あ、意外だった?」


 久人が思っていたことを感じたのか凜が苦笑いをしながら聞いてきた。


「いや、まぁ・・・少し」


「あたし、結構好きなんだよね、ああいうところ。 なんかスッキリするしさ!」


「そっか、じゃあ、行こうか!」


「引かないの?」


「? なんで?」


「だって、あたしみたいなのがゲームセンターが好きって、おかしいじゃない?」


 凜は顔を俯かせながらそんなことを呟く。


「いや、まったくおかしくないけど」


「え?」


 久人のそんな一言に凜は顔を上げる。


「ほら、とにかく行こう!」


 よくわからなかったが、久人は凜を元気づけさせるために、先に道を歩いていく。


「あっ・・・うん!!」


 凜はすぐに久人に追いつくと、久人の右手に自分の左手を伸ばす。


 ぎゅっ!


「えっ!?」


 急に自分の右手に違和感を感じて、久人はすぐにそれを確認する。すると、そこには凜の左手がくっついていた。

 久人は女性と手を繋いだことなんて一度もないため、瞬く間に右手に汗が滲んでくる。


(うわ、凜の手柔らかいな・・・それに冷たくて気持ち良い・・)


「ふふっ」


 凜は久人の右手に滲んでいる手汗をまったく気にする様子もなく、久人に微笑みかけてくる。

 久人はそんな凜の顔を見ると、心臓がドクンと跳ねた。


「ほらほら、早く行こう!」


「あ、ああ・・・」


 最初に行こうと促した久人だったが、いつの間にか立場が逆転して、久人は凜に手を引っ張られていた。


 ※


「楽しかったねぇ、お兄ちゃん!」


 初デートの帰り、凜はニコニコと笑顔で久人に話しかけてくる。


「ああ、そうだね」


 久人は両手に食材を持ちながら、返事をする。


「お兄ちゃん、あたしも持とうか?」


「んー、いや、別に大丈夫だよ」


「・・・・」


 久人には女心なんて分からない。ここははっきりと言った方が良い、というのは凜は分かってはいたが、気恥ずかしくそのまま黙ってしまう。

 久人の両手が塞がっているから、手を繋げないのだ。

 そんなこんなで、二人は帰宅して、初デートは終わりを迎えた。

 夕食を食べ終えて、凜が風呂に入っている時、リビングで久人はまた悩み事に苦しんでいた。


「改めて考えたけど兄妹で付き合うのって、やっぱりダメなんじゃないか?」


 昨日は感極まったこともあり、勢いに任せて告白してしまったが、あくまでも久人と凜は兄と妹。兄妹なのだ。その二人が正式な付き合いをするということは、法的にもやはり問題がある。


「まずは、父さんと凜のお母さんになんて説明するかだよなぁ・・・」


 二人の最初の問題は、この関係のことを両親になんて報告するかだった。予定としては、この夏休み中に二人は帰ってくる。

 あれから、何回か父親と連絡を取ったが、相変わらずの様子。

 こちらの心配なんて全然してない様子だった。確かに、このような長い出張のときに久人一人で留守番するということは今まで何回もあった。しかし、今回は別物だ。なぜなら、妹という名目の同級生、今では彼女が一緒に住んでいる。

 はてさて、どうしたものかと考えていると、久人のスマートフォンが震えだした。

 何事かと思いスクリーンを見ると、そこには、”父さん”と出ていた。


「もしもし」


「おお、久人、元気か?」


「うん、元気だよ」


 久しぶりに父親の声を聴いた久人は、少しばかりの安心感を覚えた。


「父さんたち、いつ帰ってこれるの?」


 いずれは話さなければならない凜との関係。どうせなら、心の準備をしておきたいと思った久人は、帰りの日程を聞く。しかし、返ってきたのは斜め上をいく回答だった。


「いやそのことなんだがな・・・」


「なにかあったの?」


「ああ、実は仕事がうまく進んでなくてな・・・夏休み中には帰れそうにないんだ」


「ええ!?」


「すまない久人、もしかしたら、正月近くまで帰れないかもしれないんだ」


「そんな・・・」


「だが、安心しろ久人。 電話で先生と、おまえと凜の進路のことについて話したから」


「ああ、そうなんだ・・・」


 浩司は久人が進路のことを心配したと思った。もちろん、久人は進路のことにも悩んではいたが、今は別のことの方が深い悩みだった。


「二人とも進学希望らしいな」


「ああ、でも・・・お金が」


「それについては心配するな、ちゃんと貯金してきたからな。 それよりも、夏休み明けに最後の進路調査があるらしいから、その時までにはどこに進学するか二人とも明確に決めておけよ。 それが終わったら、俺はもう一度先生とお話するからな」


「うん、分かったよ」


「じゃあ、家と凜ちゃんのことは頼んだぞ。 なるべく俺も電話するからな」


「了解、任せてよ。 父さんも仕事頑張ってね」


 そう言って通話をやめる。スマートフォンの画面にはデフォルトのデスクトップが映りだす。

 久人はゆっくりとテーブルの上にスマートフォンを置き、少しホッとするような感覚に見舞われる。


(でも、結局はただ、説明する日が延期になっただけだからな)


「今のお兄ちゃんのパパ?」


 そんなことを考えていると、いきなりソファーの隣に凜が座ってくる。

 久人は驚いて、反射的に距離を取った。

 凜は少しムッとした表情を見せたが、それよりも今の電話の内容の方が気になった。


「いつ帰ってくるって?」


「いや、父さんたち、正月まで帰ってこれないって」


 久人は顔を伏せながら言う。


「ふーん、そうなんだ」


「?」


 凜がそこまで興味のないような返事をしたので久人は気になったが、聞くのもどうだろうかと思い、そのまま話を続ける。


「でも、進路のことは先生と電話で話してるって。 だから、夏休み明けの進路調査までに進学先の学校を決めておいてくれってさ」


「そういえば、お兄ちゃんはどこの学校に進学するの?」


 久人の顔を覗き込みながら凜が聞いてくる。


「おれ? そうだな、今のところは・・・数学が勉強できる大学に行こうかと思ってる」


 久人は昔から、数学が得意なため、大学でも数学を勉強したいと思っている。しかしもちろん進学するということは、凜とは離れることになる。


「ふーん、じゃあ二人で、桜花同舟大学に行かない?」


「桜花同舟大学?」


「そう、そこは、数学と国語、主に日本語表現の二つの専門大学だからさ。 あたしは国語勉強したいし」


 凜は国語が得意だった。前回のテストはあれだったが・・・。

 しかし、凜もまた、久人と同じく進学先では国語を勉強したいと思っていた。


「まぁ、おれは数学が勉強できればどこでも・・・」


「とか言って、あたしと同じ大学に行けて嬉しいくせに」


「!」


 凜にそんなことを言われて、久人はまたあの悩みを思い出した。


「どうしたの?」


 凜は久人の様子が少し変わったことに気が付き、首をかしげながら聞いてくる。


「いや、何でもないよ・・・」


「・・・嘘」


「え!?」


「お兄ちゃん、デートの時から少し様子が変」


「うっ!」


 凜の指摘に久人は完全に図星だった。


「まだ気にしてるんでしょ、あのこと?」


「あのことって・・?」


「あたしたちが兄妹なのに付き合って良いのかってこと」


「・・・」


 その通り過ぎて、久人はなにも言えなくなる。

 それを見て凜は真剣な顔で久人の顔を見つめる。


「あたしだって悩んだんだよ」


「凜・・・」


「愛があればどうにかなるっていう無責任な考えじゃない。 あたしは本気でお兄ちゃんが好き。 たとえあたしたちが兄妹だとしても、あたしたちのパパとママに反対されても、この気持ちはきっと止まらないと思う」


「・・・」


 だからこそ、久人は悩んでいる。お互いがお互いのことを好きすぎている。両親に反対されたらどうすればいいかまだ分からない。そんな考えを久人が思っていると、さらに凜が話を続ける。


「でも、もしママたちに反対されたら、素直に諦めよう?」


「え?」


「そうなったら、あたしはただ重度のブラコンの妹になるだけ。 付き合いもそこでやめる」


「あ・・・」


 この妹は本気で自分のことを好いてくれている。本気の覚悟で好いてくれている。そのことに久人は今気付いた。

 親に反対されたらそこ止まり。でも、そこと向き合わなきゃ何も始まらない。

 凜がこんなに覚悟を決めているのに、自分はなんだと久人は自分自身に問う。

 いつまでもズルズルと枷を引きずって、凜の足を引っ張っている。昨日、凜にその枷を取ってもらったというのに、自分でまたその枷を付け直してしまっている。今その枷を捨てないで、いつ捨てる?

 いつの時代も恋は単純だ。考えることは相手のことを好きかどうかということだけ。ただそれだけなのだ。


「凜・・・おれは凜が好きだ」


「親に反対されたら、おれは重度のシスコンの兄になるだけ」


「お兄ちゃん・・・!」


「好きだ・・・凜。 おれと付き合ってくれ」


 久人はそう言い、凜を抱き寄せる。


「ばか、もう付き合ってるわよ・・・」


 久人の初めての自分からの告白だった。もうクールという仮面は久人にはない。学校で周りの人に思われているクールというのは偽物の自分だったのだと、改めて久人は実感した。

 お互いに顔を見合わせて、笑顔がこぼれる。

 こんなに心から笑顔になれたのはいつ以来だろうか。

 いや、そんなことはどうでも良かった。大事なのは今なのだから。そう思い、久人はもう一度凜の背中にまわしている手に力を入れなおした。

 もう枷はない。いずれは両親に話さなければならないこの関係。でも、それまでは歩き続ける。愛しい彼女とともに。

 今なら自信をもって答えれる。あなたの好きな人はと聞かれて。水原凜です、と...

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