第53話
私が精霊術師館を歩いていると、ちらちらと視線を集めていることに気づいた。
どうしたんだろう? 少し気になった私が耳を澄ませてみると、
「あっ、あの犬を連れている子って……」
「え、ええ……初任務でいきなり魔人を討伐したっていう子よ」
「凄い新人が入ってきたものだよな……俺なんてこの前魔人に殺されかけたぞ……?」
そんな会話が聞こえた。
魔人が現れたこと、そして魔人を討伐したことはすべて伝わっているようだ。
特に私の場合、ティルガという目立つ目印もあるし簡単に覚えられてしまったようだ。
好奇の視線は冒険者時代もわりと受けていたので慣れていた。
すたすたと階段を登り、第三師団の事務室へと向かう。
「みんな、我のことを犬と勘違いしている……」
「でも、霊獣だなんだって言われるよりはいいと思う。……ていうか、これ以上変に注目を集めたくないし」
「それは、そうだな。下手に注目されてしまえば、魔人にも警戒されてしまうかもしれないしな。……犬を受け入れるか」
「それなら、『わんわん』って鳴けるように練習しないと」
「そ、そこまでプライドを捨てることはできない」
「でも、緊急事態にはちゃんとわん、って言うんだよ」
「……う、うむ。わ、分かった……そんな時が来ないことを祈ろう」
部屋に入って驚いた。今日は珍しくファイランしかいない。
「おはよう」
「あら、おはよう。この前は大活躍だったみたいじゃない」
「……うん」
手放しには喜べない。
「私たちが到着したころには、ある程度事件が進行してしまったあとだわ。気にするな、とは言わないけど、引きずらないようにね」
「……うん、分かってる。ありがと、ファイラン」
「いいのよ。こっちも期待の新人が入ってきてくれて助かっちゃってるんだから」
「そう?」
「ええ。そういえば、ベールドから聞いてる? 今度、宮廷精霊術師たちの間で歓迎会があるんだけど」
「……聞いてはなかった。でも、今朝そんな会話を耳にした」
「あらそれなら話が早いわね。とにかくたくさんの人を集めての歓迎会が行われるわ。王族から、騎士まで本当にたくさんの人ね」
「……それって断れない?」
「……一応、参加してもらうことになっているの。そんな面倒な顔しないで」
「ファイランだって嫌そう」
「あら、バレちゃった? 私も嫌いなのよね、こういう集まりは。だけど、まあ円滑な宮廷精霊術師生活のためにも参加した方がいいわ」
一人くらいいなくても気づかれなさそうだけど、ファイランがそこまで言うなら参加しよっか。
でも、一つだけ困ることがあった。
「私、あんまりマナーとか知らない」
「まあ、それを理解している人の方が多いから大丈夫よ」
「つまり、理解していない人もいる?」
「ええ、ぶん殴りたくなる奴もいるわ」
「笑顔で言うことじゃない」
「そうね。セクハラされ、相手をぶん殴ってしばらく謹慎処分くらった人もいるんだからね?」
「そうなんだ」
「私よ」
「……つまり、ぶん殴っても宮廷精霊術師を続けられるんだ」
「それはいいことを聞いた、みたいな笑顔ね。本当にやめときなさい? 結構、面倒なことになったんだから」
体験者は違う。
「分かった。気を付ける」
「ええ、気を付けてね。そうだ。ドレスとかって持っているの?」
「ううん、持ってない。……ああいうのって着ないとダメなの?」
「一応ね。持っていないのなら、衣装室があるからそこで借りるといいわ」
「借りられるんだ」
「ええ。平民上がりの子も半分くらいはいるからね。そういう人たちのために準備してあるのよ」
なるほど。
それなら、滅多に着ないのにわざわざ購入する必要はなさそうだ。
私が一番心配していたのはそこだった。
「そういえば、ベールド様は? 珍しくいない」
「ちょっと会議に参加しているわね」
「そうなんだ。私の今日の仕事はどうすればいい?」
「巡回をお願いしてもいいかしら? エリアはこの前と同じだからなんとなく分かるわよね?」
「うん、任せて」
ティルガが道順は覚えてくれているだろう。
私は渡された地図を受け取り、仕事を開始した。





