第718話「起・通貨Fと安全な場所」
現実世界、西暦2037年11月14日17時30分。
多想世界、今現在歴2037年、放課後クラブギルド本部、室内。
「通貨Fって前にやった気がするんだけど、廃れて忘れ去られなかったっけ?」
湘南桃花先生の通貨Fに対しての第1印象はそうだった。
このデジタル空間、仮想通貨に対しては、様々な試行錯誤を繰り返したが毎度流通や通貨の定着化が進まず、そのまま計画がおじゃんになり、続かなかった経緯がある。
だから物と物の交換、今ある物品同士での物々交換が主流なのだ。
あと、ゲーム的な要因として、ステータス画面が有り、装備品を収納できるので。重い装備品でもかさ張らないというデジタルならではの特性がある。
つまり、無いに等しいぐらい軽いのだ。
そしてゲームマスターによる価格変動の調整のしやすさ。
GM姫の気分次第でこの場合Fの価格が好き勝手に変動するのでそのたびに混乱が生じて信用も何も無い状態になっている。
対して桃花が持っている? 使っている? 管理している〈第50層通貨券〉だが、これは攻略難易度が非常に厄介なのにこの券があれば容易に通過しやすくなる他。
その第50層事態も観光や戦闘面でも人気が高い。そこを筋書き通りに通るだけで儲けや商売になるからだ。
故に、物々交換でも高値で取引しやすく、価格も安定し、人気もあるので流通している。そこら辺の銅貨、銀貨、金貨より、よっぽど信用度が高いのだ。
「なので、放課後クラブが発行したFって通貨を、いくらで交換すれば良いのか。Fの指標が無いから私も解らないんだけど……」
というのが、咲と内田と桃花での交渉の内容であった。
簡単に言うと通貨Fの魅力が謎な上に解らないのである。
そこで日銀副総裁内田は、GM姫にある助言をする。
「GM姫による気まぐれな価格変動を避けるためのルールを設けることが不可欠ですね、まずは……」
「あー……まずそっち?」
この多想世界では〈存在優先度〉というものがある。±1から6の変動幅でなるそれは、物事の優先度を戦闘以外での素早さ以外でも非常に役に立つ。
例えば、GM姫の存在優先度はMAXの6の数字であらゆる多想世界での事象が書き換え可能になっている。ちなみにNPC・AIは存在優先度1で、一般プレイヤーは2だ。
「なら、このFを使うことで存在優先度をプラス1段階上げる事が出来るとかどうじゃ? これなら、頑張ってFを積めば、GMと同じ権限の存在優先度6まで届きうる」
その話を聞いた、桃花は。
「ふーん、じゃあ100Fで存在優先度プラス1出来る、ってところから商談交渉を始めて、〈第50層通過券〉との折り合いをつけましょうかね……」
内田がGM姫にアドバイスをする。
「まずはFで存在優先度を何処まで買えるのか、ゲームマスターの権限を使うにはいくら必要なのか上限設定が必要になります」
「うーん、でもあんまりインフレしたくないんだよなあ~……。かと言って少ないと細かな買い物が出来ないし……」
咲がアドバイスをする。
「GM権限を使うぐらいだったら、少なくとも会社が利益が出るくらいに設定すれば良いんじゃないの?」
「あー、ソシャゲのガチャの天井みたいな感じか? それだったら上限は5万円だったはず……」
普通の計算なら。
1万円で存在優先度1、2万円なら2、3万円なら3、4万円なら4、5万円なら5。そこが上限となるはずだ……。
でもこれは円換算なのでFではない……。
内田がアドバイスをする。
「姫様、咲様。まずは円ではなく多想世界で既に価値が確立されている、〈第50層通行券〉と〈F〉の交換レートを決めましょう」
桃花が口を開く。
「ん~、存在優先度が変わるのがFの強みか……。ならもうちょい吊り上げでも良いかな。世界創生にも役立った〈券〉だしねそっちが上限6な以上、こっちは値を上げる必要がある」
現状〈50層券〉でもGM権限は破れなかった神速の歴史がある以上、内田の提案した、存在優先度+5〈上限〉2000Fか1000Fぐらいが、〈第50層通行券〉としては打倒な所だろう、色んな人に通行してほしいなら。1000~500Fぐらいが打倒な所だ。
内田が口を開く。
「しかしこちらもあまり高額なFにつり上がってしまうと流通が困難になります、なるべく少額での取引でまずは流通に貢献して頂けないでしょうか?」
桃花は考え、考え口にする。
「ふーん、じゃあ最初の価格設定は〈第50層通行券〉1枚500Fで取引しましょう、私も日銀副総裁まで来てもらったのに納得できない成果じゃ嫌だし……基盤が無い以上、まずはこれで様子見かな」
そう言って商談は一旦中断された。
◇
湘南桃花はギルド本部の外でボーッと空を見上げながら呆けていた。
「どうしたんだ、急に空なんて見上げて」
やって来たのはGM姫、ここには咲は居ない。
「んーいやーさ、吸血鬼大戦の時は結局、封絶とか幻想郷とか黄金郷とか、結界に守られてた訳じゃん、だから自覚なく安全な場所でお絵描きが出来たと」
「……、そうだな。幻想が真実になり、真実が幻想になったから急に混乱したんだろうな」
続けて桃花は姫に、咲の経緯を話す。
「その後、仮想空間で寝ながら遊んでたら集団睡眠になってご飯食べてない事件になったわけだし……今回のパラドックスの事件だって要するに時間軸の問題じゃん? 〈歪んだ時空が元に戻った〉って書けば戻った訳だし。なら、お絵描きが出来るぐらい安全な時間と空間を意識的に作れれば。時間に追われず、小説にも追われず、世論にも追われず、人気とかいいね数とかリツイート数とかに振り回されずにお絵描きに集中出来るのかな~? と思ってさ」
あ~、と心当たりを思いながら姫は聞いていた。
「ん~その場合はもう別のソフトになるんじゃないか? 今のVRMMOでそんな時間軸作る余裕ないぞ。冒険でもない、6線時間軸だけでもやりすぎなのに、これ以上増やすのはナンセンスだ。別のソフトでやってくれ」
「あー、そうなるか~」
あと、その条件で行くと、VR機テンジョウ2でお絵描きする内容かも怪しかった。そもそも寝る意味がない。
「ミラーディメンションも安全そうだったけど、ハウスオブアイディアみたいな感じになるのかな……? 魔法科学高等学校の話かな……?」
姫は、桃花の疑問に空を見上げながら真面目に答える。
「……、何かしらルールっていうか言語化はしたほうが良いだろうけど、VR機じゃないな、寝る意味がない、むしろ邪魔だ。つまりSF作品でやる環境じゃない」
「かと言って〈加速度等倍〉でやるのも難しいんだよなあ~〈考えながら描く〉のも普通に技術的に難しいし……アレ高等技術なんだよな、未だに出来てる気がしない」
で、桃花は新世界に来てからの助言を反復して言う。
「かと言って独りで絵描くのも違うんでしょ……?」
「まあ……な……」
姫は桃花に言ってから、要求される確認の羅列を数える事にする。
「まず現状、どんな環境が居る?」
お絵描きに適した環境、かっこ桃花バージョンを聞かれた。
「まず、静かなこと、内も外も集中力を途切れさせない、異音は邪魔の対象だね。で、加速度等倍が邪魔、……動画なら解るけど、アレは寄り道だし、絵やイラストや漫画は、基本、本当の時間軸とは無縁だから。……そもそも時間という概念がいらなくて〈空間だけが有れば良い〉のかもしれない。で、最も邪魔なのが〈概念とかの言語化〉そのものが、まず絵と相性が悪い。なので、国会とか裁判所とか日々のニュースとかによる言語化がそもそも邪魔の対象になる。絵はイメージの世界での勝負だから、そもそも不向き」
つまるところ、何もかも邪魔となってしまう。孤独こそがむしろ好都合になる世界なわけだ。
「まあ言いたいことは解るが、その中で皆が出来る事。〈手助け〉や〈守れるもの〉は何じゃ?」
その上で、考える。基本的に孤独な世界で皆が出来ることを。
「まあ大学入る理由も、仕事決める理由もそうだったけど【絵を描く時間が欲しい】に収束するんじゃないかな? かと言って、何もかも遅いスローな環境で、悪魔の証明とか存在Xとか時間稼ぎをやって、なんて一言も言っていない」
「ふむ、なるほど。とりあえず1つ目は〈時間の概念が無い空間〉だな。それならライブ配信も関係ないもんな」
「まあ、かと言って手で絵描いて、頭の中で考えるだけじゃ、世論は動かないのも、もう理解してるわけですけども……理由や納得はそれじゃ得られないし……」
「まあな、願うだけで叶うなら、そもそも絵描く意味がないしな」
「幸い、小説とかの言語化は数年間やって普通の人よりかは得意になったから。言語化は良いとして、……やっぱ概念が邪魔だわ……」
「じゃ、今の現状でも2つ目は〈言語化オン・概念オフの空間〉だな」
「まあ、言語化の量は減るけど、無いよりはマシ。かな」
あと1つ、姫はどうしても聞きたいことがあった。
「……〈見えざる手〉はどうする?」
「……、定義確認、今天上院姫が思っている見えざる手とは? 世論とか世間一般常識ではなく」
「ん~……、お絵描き執筆が終わって、お散歩で外に出かけた時。人はお前の存在を認知してるか、してないか……かな?」
つまり絵で起こした現象を、桃花とか作者とかが〈やった行為だ〉と相手は認識しているかどうか? という問いだった。
「えー……今更無関係ですよで通るの?」
「それをお前が望めば通るはずだが?」
それを仮に望んだとしても、何か寂しそうな気持ちになった。
「じゃあ〈見える手〉として絵描くわ、つまり絵描いた創造主を人々は認識出来るっていう空間の世界観」
姫は最後にその空間の名前を聞く。
「その世界観の名前は?」
「解んないけど。じゃあ仮名で〈拡張する藝術空間〉にするわ、お絵描き専用の空間」
姫は、まあイメージは出来るか。と、納得した。
「じゃ、今回は私がログアウトしてお散歩するわ」
「うん、いてら」
そう言って、湘南桃花先生はログアウトボタンを押して、現実世界へと帰還した。
「おっとっと、そろそろ現実世界のメシの時間だからワシも咲もログアウトするか」
そう言って、天上院姉妹もログアウトした。
名前◇拡張する藝術空間
希少◇R
分類◇空間の世界観_安全な場所_修行場
解説◇絵を描く時間が欲しい、という願いから生まれた空間。時間という概念が存在しない空間。この空間が設置された時、外側も内側も静寂状態になる。言語化オン・概念オフの空間。普段〈見えざる手〉になっている状態でも、ここでは〈見える手〉の状態になり、その存在を認識できる。
時間の概念が無いことにより、ここでは現代問題であるインターネットライブ配信系の時間が無力化され、集中しやすくなっている。
新人の芸術家達の修行の場になっており、ここでは雑念・雑音を気にしなくて良い。
全ての次元や宇宙の総称であるオムニバースの下位空間であるが、存在優先度1の者でもこの空間には入ることが出来る。通称、ただただ静かな場所。
この場所なら創作者のインスピレーションを自由に邪魔無く発揮出来る。
余談だが、SF作品であるVR機器とは相性が悪い。




