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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

R-0指定

作者: 村崎羯諦

 ストリップショーを見てるみたいだよ。熱したチーズみたいに輪郭がどろどろになった朝焼けに向かって悪態をついた。世界が僕たちに優しいなんて幻想はとっくの昔にケネディ宇宙センターから打ち上げられて、今は木星の周りを時速5000光年のスピードで回っている。パブリックスクールで席が隣だった女の子からもらったペンダントはもう捨ててしまった。ペンダントの真ん中に埋め込まれたパワーストーンの表面は傷だらけで、鼻の近くに持ってくるとヤニ中の唾みたいな臭いがした。


「私は神様なんていないと思ってるわ。あなたはどう?」


「神様だったら俺が生まれる前から俺の家の二階に住んでるぜ」


「こんなご時世だというのに、神様はあなたの家でいったい何をしてるというわけ?」


「さあね、俺にはよくわからない。だけど、少なくともわかってることは、神様はいけ好かない白人野郎で、黒人やアジア人のことを死ぬほど嫌ってるってことだ。そして、夜が沈み切って、自分の指の皺すら見えなくなるくらいに暗くなると、二階にいる神様は黒人の血が混ざった俺の母ちゃんをバットでボコボコにするため一階に降りてくる。俺は毎晩、カビ臭いベッドの上で息をひそめてやつの足音を聞くんだ。やつの足音はすごく特徴的だ。最初は忍足でゆっくりと一段ずつ降りてきて、やつの重みで古い階段がミシミシと音を立てる。そしてそれから、階段が軋む音の間隔が少しずつ短くなっていって、耳を澄ますと、やつの興奮して荒くなった呼吸が聞こえてくるんだ。


 俺は天地創造を信じるよ。つまりだ、この世界は神様という存在によって作られたものだって俺は信じてる。だってそうだろう? 意思を持った何者かが、あらん限りの悪意をこめて作りでもしない限り、こんなクソみたいな世界ができるはずもないからな」


 僕にペンダントをくれた女の子のお兄さんは、軍に入隊した後、農家から卵を一ダース盗んだという罪で銃殺刑になった。お兄さんの身体が銃弾で穴だらけにされていたちょうどその時、妹である彼女はマフィアの彼氏と一緒にクラブで踊っていた。ギラギラと彩度の高い人工光を放つミラーボールの下、セクシーな太腿を見せるためだけに短く裁断されたショートパンツを履いて。


 携帯の充電はいつだって切れかかっている。テレビショーの中では僕が生きていることすら知らないアナウンサーが、額に皺を浮かべながら自分の眼球にフォークをぶっ刺そうとしていた。幼馴染のマリーは肉屋の倅から性病を移されたせいで肌がボロボロになり、それっきり家の中に引きこもってしまった。僕はマリーが好きだった。鼓膜を心地よく揺らす笑い声も、水が溜まりそうなほどに深いえくぼも、スカートから覗くO脚も、全部。だけど、マリーは僕ではなく性病持ちの肉屋の倅が好きだった。簡単に言うとつまり、そういうことだった。


 この世の不条理はこれから生まれてくる人間に見せていいものなんかではない。まさしくR-0指定。いじめられっ子だったポールは、死ぬ物狂いで勉強して、社会的な成功を収めて、今まで自分がされて嫌だったことを他の人間にやり返している。もしこの世界に愛があるのであれば僕のもとに持ってきてほしい。いつか消えて無くなってしまうまでに、せめて写真くらいは撮っておきたいから。


「俺はそろそろ行くよ。二階にいる神様をぶっ殺して、それから銃弾を俺の脳天にぶちこんでこの世とオサラバだ。きっと俺は地獄の炎で全身を焼かれる羽目になるだろうが、それでもここよりは居心地は良いと思うぜ」


「ねえ、私は最近こんなことを考えるの。朝、目が覚めたらね、世界中のありとあらゆる人間が優しい人間に生まれ変わってるの。もちろんその世界でも悲しいことや苦しいことはあるし、中には死んでしまいたいって本気で思う人もいるかも知れない。でもね、少なくともそういった人たちのことを他の人たちは優しく抱きしめてあげるの。世界は私達に優しくて、失うものが何もない私達から尊厳誇りを奪い去ってしまうような強盗はいない。その世界で私達は春の陽気のような穏やかな気持で暮らすの。二階にあなたのお母さんをボコボコにする神様なんていないし、私とあなたはお互いの気が済むまで身体をくっつけあって、それから愛を囁きあうの」


「ああ、そんなことがあったら本当にいいのにな。俺もそんな世界が本当にあったらと心の底から思うよ。いや、俺だけじゃない。きっとすべての人間がそんな世界を望んでいるんだ。でも、そんな世界は永遠に訪れない。もう時間だよ。俺はこれから死んだ親父の書室に行って、引き出しに入ったピストルを取り出して、二階にあがる。俺とやつのどっちかが死ぬ。俺とやつのどっちも死ぬかもしれない。でも、どっちも生き残るということは、ありえない」


「どうして私達はもっと上手に愛し合うことができなかったのかしら」


「愛を心から信じることができたら、きっともっと上手に俺たちは愛し合えたんだろうな。でも、俺はこういうやり方しか知らなかった。俺はお前に一体何を与えることができたんだろうな。お前が俺と出会って得たものは、肌をボロボロにする性病だけだというのに」


「私達は今からでもやり直せるわ。少なくとも私はそう信じてる」


「俺には無理だよ。絶対にありっこないことを信じることなんてできない。愛してるよ、マリー。口先でしか伝えることしかできないけど、せめてこれだけは言わせてくれ。だけど、私も愛してるなんて浮ついた言葉は言わないでくれ。信じられるのは形のない概念や言葉じゃなくて、お前の息遣いと肌を触れ合わせたときの温もりだけだから」


「私は何をすればいいの?」


「祈っててくれ」


「神様に?」


「神様はこれから眉間を撃ち抜かれて死ぬさ。だから、お前の祈りを聞いてる時間はないだろうな」


「わかったわ。じゃあ、私が首にかけているペンダントに祈るわ。パブリックスクールで友達になった女の子からもらったの。友達でいた時間は短かったけれど、優しくて笑顔の素敵な女の子だったわ。ペンダントの表面は傷だらけで、鼻に近づけると変な臭いがするけど、それでも真ん中に埋め込まれたパワーストーンにはこんな石言葉があるって彼女は教えてくれた」


「どんな石言葉なんだ?」


「『あなたがいつまでも優しい人間でいられますように』」


 屋根裏に隠していたとっておきの秘密は埃にまみれてしまった。コップの底に溜まった飲みかけのハワイアンパンチの水面にはコバエの死骸が浮かんでいる。靴底にこべりついたガムのように背中に張り付いた焦燥感が僕に告げる。猛省せよ。猛省せよ。今日もどこかでライフル銃が暴発して、誰かの喉仏に金属の破片が突き刺さる。そして熊は死ぬ。流れ出た赤い血は山の斜面を伝って、有象無象の生き物の養分となっていく。


 部屋の外から誰かが二階に上がってくる音が聞こえてくる。一歩一歩が重く、それでいて強い決意が込められていた。僕はそばに立て掛けていたバットを握りしめた。僕は神様としてありとあらゆるものを叩き潰さなければならない。僕は二階に上がってくる彼を叩き潰し、神様として一階で寝ている彼の母親をバッドでボコボコにし続けなければならない。いじめられっ子だったポールはそのために、僕を神様に任命した。かつてポール自身がされた嫌がらせを、誰かに対して繰り返すために。


 僕はバッドを握りしめたまま扉の方へ歩いていく。彼は階段を登りきり、僕の部屋へと続く廊下を歩いてくる足音が聞こえる。僕は扉の前に立ち、バッドを振り上げた。僕にペンダントをくれたパブリックスクールの女の子は、マフィアの彼氏に薬漬けにされた挙げ句、お金のためありとあらゆる臓器を売って、最後は薬の過剰摂取で死んでしまった。彼女の右の腎臓は氷漬けにされたまま中国の倉庫に保管されていて、彼女の左肺は日本の年老いた成金に移植された。彼女の空っぽの遺体は町外れの共同墓地に埋められている。マフィアは資金繰りが上手く行かずに散り散りになって、その後釜としてポールが街の裏社会を取り仕切っている。


 呼吸が興奮で少しずつ強くなる。僕は目を閉じ、僕のバッドが彼の頭をかち割る場面を強くイメージする。ポールは僕に黒人とアジア人は敵なんだと言った。ポールはアフリカ系移民の子孫で、肌が黒く、それから彼をかつていじめていた全員が白人だった。ポールは金髪碧眼の白人の妻を娶って、肌の白い子供を産ませた。吐瀉物に混じった生暖かいミルクなんてものは知らない。使い捨てのカミソリじゃ上手に耳たぶを切り裂けない。できるのであれば、僕は優しい人間になりたかった。だけどそれは、この世界の不条理と同じくらいにどうしようもないことだった。


 僕と彼のどっちかが死ぬ。僕と彼のどっちも死ぬかもしれない。でも、どっちも生き残るということは、ありえない。足音がどんどん近づいてくる。僕はバットを握りしめる力を強めて、覚悟を決めた。深く息を吸う。肺に埃混じりの空気が充満していく。足音が止まる。僕はもう一度イメージする。バットでかち割られる彼の頭を。ドアノブに手をかける気配。興奮で呼吸が荒くなる。ドアノブが傾く。そして、ゆっくりと扉が開いていく。

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