薄氷の日常
デスゲーム開催されるはずだったあの夏から1年後。私は途方に暮れていた。
「どうしようかなー……これ」
開かれたクローゼットの中には、兄。
私は2年前、デスゲーム阻止のために兄に数々のドッキリを仕掛けていた。レパートリーは大事にしていたから色んな種類に分けられるけど、ざっくり二つに分けるとなると、短期的な準備で済むものと長期的に準備するものだ。
弁当は美味しく食べられる期限もあるので前日に仕込んで次の日だし、バンジーも当日。一方でおうちジャングルジムとかぬいぐるみロボは配線とかをアレコレしなきゃいけないので、時間がかかる。
そして長期準備組のトップが、このクローゼットの中にある等身大黒辺誠くん人形である。素材は紙粘土だけど、表面はちゃんとした奴を使い、塾の先生に頼み込み美大の先生とかに聞きながら色付けをしたのでかなりリアルだ。
ゆえに、クローゼットに兄監禁してる感が出てるし、そもそも計画としてはその瞬間の兄の生き写しというか、鏡うつしみたいな人形を作って驚かせようだった。
でも着工開始は、兄が中3の時。
なので完成品は中3の兄である。私は現在高1なので、年下の兄を作り出した妹みたいになってる。精巧に作りすぎたせいで、驚きより気持ち悪いが勝つような気がしてきた。
これなら手のひらくらいのサイズの兄デフォルメぬいぐるみを300体作り、兄を襲撃したほうがいい気がする。
「お蔵入りだなぁ」
ドッキリで妥協はしたくない。手段は選ばないし使えるものは何でも使うけど、大量殺人リスクを抱えるとはいえ現在未遂中の兄の時間を一応使うわけなので、ちゃんとしたものを出したい。
「ウワァ……処分どうしよう」
多分家庭ゴミだけどゴミ捨て場で見たら完全に死体だし、粗大ごみ回収を頼んで外に出していたら通報されそうだ。近所で兄は「黒辺さんちのステキな息子さん」なので、近所の人が「黒辺さんちのステキな息子さんがビニール袋に詰められて死んでる」と驚く。
その妹がトラックに跳ね飛ばされてゴミ捨て場に突っ込んでるから、なおさらゴミ捨て場と我が家の相性が悪い。「あそこの家の娘さん……前にゴミ捨て場で……ねぇ」という近所の人の複雑そうな顔が目に浮かぶ。
お父さんとかお母さんが将来、私や兄が家を出たときに、防犯のために使う……ときのために取っておいたほうがいいのだろうか。
「死体偽装?」
考えていると兄が横に並んだ。本当にぬるっと横に立っていた。
「なんで部屋の中に入ってんの?」
「親が呼んできてって言ってたから」
「行かなきゃじゃん、どうしたんだろ」
「コンビニ行くから買いたいのないか、みたいな。アイスって言っておいたから、もう出てるけどね」
「は……ええ?」
全部事後報告だし部屋に入ってきた理由になってない。私が呆れていると兄は「これ何」と中3兄人形を差す。
「お兄ちゃんを驚かせようと思ったけど、中3のお兄ちゃんだから等身大にならなくなっちゃって、同棲を余儀なくされてる」
「じゃあゴミ袋に入れてベランダから落としてバラバラにしてから家庭ごみに出せば」
兄は他人事のように話す。仮にも自分を模した人形なのに。そしてバラバラの手段が全部最高効率だ。
「それか……学校とか持っていけば。自分の教室に置いておけばいいじゃん」
「これを?」
とんでもないブラコンだと思われる。病気のブラコンだ。しかも犯罪者じみてるというか、兄を監禁しかねない感じの妹だと思われる。しようとしたけど。
「みんなに変に思われるよ」
「大差ないよ」
「大差ないって……?」
「別に人形持ってきても、ああ持ってきてんだなで終わるよ」
兄はそう言うけど、そうならないと思う。高校に入学してからもドッキリは仕掛けているけど、これは……ドッキリというより犯罪よりっぽいし……。実際、監修してもらった美術の先生には「アートとしてはいいと思うけど実在の人がモデルならそこは気を付けてね」と注意を受けた。
そのモデル本人がゴミ袋でバラバラとか言ってるけど……。
「ってかこれ何、素材、固い」
兄は中3兄人形の眉間を人差し指で押す。
「紙粘土」
「見えないね、同級生とかに見せても分かんないんじゃない?」
「さすがに区別付くでしょ」
「ハ……、粘土の固さだ。こっちは柔らかいのにね」
兄は私の下唇を中指でぐりぐりしてきた。
「生きてる生きてる生きてる生きてる‼ 自分の触りなよ」
指が口の中に入りそうになって慌てて顔を逸らす。
「なんで嫌がるの」
「人間の、顔は、触らない‼」
なんでこんな、小さい子に教えるみたいなことを言わなきゃいけないんだ。
「じゃあどこならいいの」
しかし兄は不満そうに私を見返す。足掴みたくて不機嫌……ではないだろう。多分抵抗するなとか煩いみたいなそういう情緒0の不満だ。
「顔以外だよ‼」
「じゃあ足掴んでいいの」
「怖い怖い怖い怖い、なに、足掴んでなにしようとしてるの」
「いや、足掴んでいいなら足掴もうと思って……掴んでないよね?」
「日常的に足掴む瞬間なんてなくない?」
「あるにはあるでしょ」
兄は何かを思い出したような口ぶりで、少し笑う。
「っていうかこれ、舞のも作ってよ」
「なんで」
「いつの日か、舞が俺から離れようとしたときに、使う」
「私がわりにするってこと」
「違う。偽装」
兄は半笑いだった。漫画で偽装するんですよとも言えず、私は当初とは別の意味で途方に暮れた。




