54 卒業 ②
三人称のみです。
前話の内容で、入場の順番で影の薄いジョエルのことを忘れていたので追加しました。
王国歴894年度、魔術学院卒業パーティーが始まった。
パーティーには貴族等が在籍する特別クラスだけでなく、同年に卒業する生徒全員、総勢88名が参加する。
そう聞くと少ないようにも感じるが、この世界の人間種は魔力を持っていても、それを実技レベルで使える者は多くないのだ。
それ故に強い魔力を持つ者は重用され、建国時に力を示したことで貴族となった末裔は、魔法を扱える事が当然のように思われている。
そんな風潮があるので、侯爵という上級貴族でありながら、魔力制御の難で魔術を扱えずにいたミシェル家令嬢が蔑まれていたのも仕方のないことなのだろう。
卒業生は88名だとしても、エスコートパートナー、卒業生の家族や学院の関係者などを含めると参加者は軽く300名を超える。
その他にも給仕や生演奏を聴かせる楽団なども必要なので、会場は学院内でも千名以上を楽に収容出来る大講堂が使われていた。
学院内で形式上は身分差などないが、すでに入場している一般市民と後から入場してくる貴族とは明確な差が存在する。
一見すると料理も飲み物も同じだが、貴族側では素材や料理人が厳選され、一般生徒やその関係者がそちらへ向かおうとすると、騎士達にやんわりと遮られた。
それほどまでに強い力を持つ貴族は尊重されている。それ故に力を扱えない貴族は平民からも蔑まれることになる。
今年度の卒業パーティーは例年とは少々雰囲気が違っていた。
貴族側の入場口から貴族の生徒達が入場してくる。先に入ってくるのは男爵や子爵などの中級貴族で、準男爵や騎士爵などの下級貴族は一般生徒と同じ扱いだ。
だが一般生徒や貴族の関係者が注目していたのは貴族の生徒ではなく、彼らが異世界より召喚した知性生物――【パートナー】達である。
『なんでも今年度の召喚されたパートナーは、人族だったとか』
『数百年前の聖女様の時代以来ですな』
『人族が召喚されるのは、大いなる災厄を回避する為に女神様が遣わしたとか……何か起こるのでしょうか? 恐ろしいですわ』
『はっはっは、何度か大きな事件も起きましたが、収まったではありませんか。過去でも大きな事件の後は国が大きく繁栄しますから、これからが楽しみですよ』
『これも女神様のお導きなのでしょうね』
『見て。黒髪に黒い瞳……あの方々ではなくて?』
貴族側から入場してくる黒髪黒憧の少年少女達に視線が集まる。
自分達と同じ【人族】と言っても異世界人である。自分達が学生の頃にオーガや魔物などが召喚されたのを見ていた貴族達は、現れた眉目秀麗な少年少女達に感嘆の溜息を漏らした。
だが、入場する【パートナー】達が増えるにつれて、貴族関係者達の表情が訝しげに歪められていく。
『どういうことだ? どうして私の甥は侍女などをエスコートしている!?』
『私の孫娘もですわ……。パートナーを得られなかったというの?』
貴族生徒の約半数が【パートナー】を得られていなかった。
パートナー候補の少年達はほぼ全員が貴族のパートナーになっていたが、疲れた表情の少女達は半数以上が執事のエスコートで入場している。
どういう事だとざわめく貴族関係者の中で、一人の女性が吐き捨てるように呟く。
『私の妹が言っていましたわ。ミシェル家のシャロン様が、ジョエル殿下を差し置いて早々にパートナーを決めてしまったとか』
『それは私も聞きましたぞ。一番美しい娘をさらい、パートナー候補をメイドにして奴隷のように扱っていると』
『まあ、なんて酷いことを……』
『所詮は、王妃の覚えめでたくとも、下級貴族出身の母を持つ者よな』
『卑しい生まれで、魔術もまともに使えぬ劣等生と聴きましたわ』
そんな貴族達の声が聞こえたのか、一般生徒の一部が怒りの表情を垣間見せた。
以前は無口で厳しい印象から恐れられ疎まれていたシャロンだったが、学園の危機に対して見せた毅然とした態度から、彼女が貴族としての務めを果たそうとしているだけだと気付き、魔術の腕前でも見直されている。
そもそもシャロンとそのパートナーであるメイドの奇抜なやり取りは、学院内でも多くの者が目撃し、その可愛らしい姿から徐々に人気が上がっていた。
今にして思えば、どうしてそこまで彼女を疎んでいたのか、自分達でも首を傾げるほどだった。
だがそうは思っていても、一般生徒では貴族に反論することは許されない。
その時、会場が一瞬ざわめいた。
今話題に上がっていたミシェル侯爵家令嬢シャロンが入場してきたからだが、それ以上に彼女の美しさにも目を惹かれた。
これほど美しい娘だったのだろうか? 見たこともない光沢の上質なドレスを纏った彼女は、白薔薇と呼ばれた彼女の生母を彷彿とさせた。
そして第二王子ジョエル殿下の婚約者候補だったシャロンが、メルシア侯爵家の嫡男にエスコートされていることも周囲に衝撃を与えていた。
メルシア侯爵家のアンディはまだ独身で見た目も良く、ジョエル殿下の護衛騎士隊長をしていることから、令嬢達にとても人気が高かった。
その衝撃も次に現れたジョエル殿下が、初めて見る黒髪の令嬢をエスコートしていることで上書きされた。
この卒業パーティーで王族がエスコートすることは、そのまま婚約者として見られることになる。
彼女はどこの令嬢なのだろうか? そんな話がざわめきを増し、その後に入場してきた王太子殿下にエスコートされた子爵令嬢クラリスが現れても、事前に王太子と聖女の婚約を知らされていた民衆からざわめきは消えることなく、クラリスがわずかに顔を顰めた。
「(……どうなってるの!?)」
その様子を貴族関係者席から見ていたエミル王女は唖然としていた。
あの黒髪のメイドの報告では、順調に事が進んでいて、ギンコに嫌がらせをするシャロンをエミルの侍女も確認している。
報告では、ギンコはシャロンからの嫌がらせで、ジョエルの婚約者となることを辞退する寸前だと聞かされていた。
だが今現在、ギンコはジョエルと幸せそうに見つめ合い、婚約者を取られて怒っているはずのシャロンは、アンディと甘い雰囲気を漂わせている。
あの黒髪のメイドが裏切ったのだろうか? 捜してみても会場に彼女の姿は見つけられない。
このままではいけない。このままでは大好きなジョエル兄様が、得体の知れない異世界の女に取られてしまう。とエミルは焦る。
ジョエル兄様は、シャロンのような愛してない女と形だけの結婚をして、一生私だけを可愛がっていれば良いのだ。その為なら兄妹で禁断の関係になっても構わないと、エミルは本気で考えていた。
(早く……早く、なんとかしないと)
この場に居る人達が混乱から立ち直り、なし崩し的に認めてしまう前に行動を起こさなければいけない。
その焦る気持ちが神に届いたのか、耳の奥で響くような【声】が聞こえた。
『立ちなさいエミル。すぐにギンコを糾弾するのです。ギンコは王族の婚約者に相応しくない、貴族の常識とは相容れない行為をしています。今すぐギンコを糾弾すれば、シャロンが味方となって証言してくれるでしょう』
エミルはその声こそ【神託】だと思った。
過去に王妃や聖女となった者達も、神託を聴いてこの国を導いてきたと思い出し、エミルはニヤリと嗤いながら席を立った。
颯爽と歩くエミルの耳から、メイド服を来た小さな蜘蛛が出て行ったことにも気付かずに……。
「ギンコさんっ、あなたの行動は目に余るものがあります。あなたはジョエル兄様のお相手に相応しくありませんわっ!」
「エミルっ!?」
突然、ギンコを糾弾し始めたエミルに、ジョエルが驚いたように声を上げた。
「お兄様にその女は相応しくありませんわっ。その女を王族の一人にするなど、わたくしが許しませんっ!」
「何を言ってるんだ!? ギンコはそんな子じゃないっ」
「お兄様は騙されているのですっ! 証人がいますわ」
「証人……?」
訝しげに眉を顰めるジョエル。驚いたように固まっているギンコ。
突然のことに出席者からざわめきが漏れる中で、エミルは得意そうに銀髪の少女へ顔を向けた。
「さあっ、シャロン、証言しなさいっ!」
そのエミルの言葉と出席者全員の視線を受け、シャロンが慌てたように泣きそうな顔でプルプルと首を振る。
「ぎ、ギンコは良い子ですわっ、そんなこといたしませんっ」
シャロンの言葉にエミルが目を丸くする。
どうして? 神託にしたがっただけなのに、どうしてこうなったの?
「……エミル」
「ジョエル兄様……、ち、違いますわっ! わたくしではありませんっ、女神様からご神託があったのですっ!」
「……神託?」
どう見てもエミル王女の妄想にしか聞こえなかったが、出席者達の視線が自然と会場にある女神の祭壇に向けられた。
どうして例年にはない祭壇が今年だけはあるのだろう? その横にはこの国唯一の聖騎士であるエリアスが控えていいる。彼が何かしたのか、祭壇からは異常なほど女神の神気が輝かんばかりに溢れていて人々の注目を集めた。
どう考えてもエミル王女の苦し紛れの虚言。それでも国民から愛されるまだ幼い王女が、兄の選んだ相手を貶めるのが普通には思えず、そこに祭壇から神気が溢れていることが『神託』の一言にあり得ない信憑性を持たせた。
『まさか、本当に女神様が?』
そんな思いが出席者達の脳裏を過ぎり、その思いが信仰を一瞬でも揺るがせたのか、祭壇の聖印が震えるようにカタカタと震えた。
「今ですっ!」
突然声を張り上げたエリアスが、聖印に剣を突き立てた。
まさか女神にもっとも愛されると言われる聖騎士エリアスが、そんなことをするとは思えず人々が驚愕すると、それ以上にお気に入りの子に剣を向けられたことで、祭壇から光る物体が驚いたように飛び出した。
その光に向けて、天井から張り付いていた黒い影が舞い降りると、輝く糸のような物で光る物体を絡め取っていく。
よく目を凝らせば、見えないほど細い糸が会場全体を蜘蛛の巣のように覆っている事に気付けただろう。
何重にも絡みつく蜘蛛の糸に囚われながらもがく光に、天井から降りてきた黒髪のメイド少女が、歌うようにニコリと微笑む。
「つーかまーえた」
次回、ネタバレ自重。対女神戦




