50 王女
「れ、れれレティ、落ち着いてね」
「かしこまりました、シャロンお嬢様」
お出掛けでございます。お嬢様は相変わらず可愛らしゅうございますね。
今すぐエロ可愛い衣装を着せて床の間に飾って、参拝したい気持ちで一杯でございますが、今はそれどころではありませんので、奥歯が砕けるほど噛みしめて我慢しなければなりません。
「……レティ、どこか痛いの?」
「失礼いたしました。お嬢様があまりにステキなので、歯茎から血が出たようです」
「どうしてそうなりましたのっ!?」
お嬢様の緊張がほぐれたようで良うございました。
シャロンお嬢様と私が何をしているのかと申しますと、第一王女であるエミル様より呼び出しを受けております。
卒業パーティーまで後二ヶ月を切ったにも拘わらず、第二王子のジョエル様は、いまだにエスコートするパートナーを発表しておりません。
お嬢様を含めて婚約者候補は五名いらっしゃいますが、そのうちのお二人はすでに学院を卒業なされた年上の女性で、貴族女性は二十歳までに婚姻しないと醜聞が悪うございますから、あまりにも待たせすぎと言うことでそのお二人は辞退なされたそうです。
エミル様は、お兄様であられるジョエル様が、女性の気持ちを解られていないのではないかとご心配になり、学院に居られる婚約者候補をお一人ずつ呼ばれて、お気持ちを聞いてお慰めしたいとの仰せです。
エミル様に関しては色々と情報を集めていましたが、意外と早く接触をしにいらっしゃいましたね。
「シャロン様、ようこそいらっしゃいました」
エミル様付きである二十代後半の王宮侍女が、当たり障りのない笑みで扉の前に居たお嬢様を招き入れる。
エミル様は十三歳。学院の三年生ですが、お嬢様と同じ女子寮ではなく、王族や公爵家の子息子女が使う特別棟に居られます。
「菓子をお持ちしました。お納め下さい」
「かしこまりました。ありがたく存じます」
私と侍女でやり取りし、持参したお菓子を渡す。侍女達が毒味をしなければ王女様に出されることはありません。
まぁ、半月後に倒れる毒を作るのも簡単なのですが、なにも仕込んではおりません。その替わり、こっそりと別の小包を侍女に渡すと、侍女もメモのような紙をこっそりと私へ差し出した。
「よしなに」
「よしなに」
そして何事もなかったように、私と侍女はお茶会の役割を相談しました。
私が渡したのはアンチエイジング効果のあるお菓子でございます。
情報を探る過程として薬物と甘味で侍女達を籠絡し、エミル様の情報を流していただけるようにお願いしておりました。
さすがに王族の秘密を教えるような情報は寄越しませんが……ほほぉこれはこれは。メモによりますと、どうやら年上の婚約者候補二名が辞退したのは、お兄様大好きっ子のエミル様から圧力があったそうです。
残り三名、お嬢様を除いた二名の候補者にもすでに圧力が掛かり、今回もお嬢様に圧力が掛かるやも知れないので注意するように、と書かれてありました。
まぁ、私がエミル様が動くように情報を流したせいなのですが。
「お、お久しぶりでございます、エミル様」
「久しぶりね。そんなに緊張しなくてもいいのよ、シャロン。幼い頃は一緒に遊んだこともあったでしょう?」
お茶会が始まりました。お年が近い上級貴族であるお嬢様は、エミル様の遊び相手をなされていたこともあったようです。
エミル様は、艶やかな金の髪に澄んだ碧い瞳と、ジョエル様と良く似た絵本に出てきそうな“お姫様”でいらっしゃいましたが、お嬢様を彷彿とさせるきつめの顔立ちだけは可愛らしいお方でした。
「……これ、美味しいわね」
「ええ、レティが作ったお菓子ですのよ」
「へぇ……あなたがフルーレティ?」
「シャロン様のメイドをしております、フルーレティにございます」
タルトタタンを食されていたカトラリーを皿に戻し、エミル様はスッ…と目を細めて挨拶をする私をジッと見つめる。
「噂は聞いているわ。確かにお兄様達が興味を持つ程度の美貌はお持ちのようね」
「勿体ないお言葉でございます」
しばしお茶を飲みながらたあいのない――どうでもいいような会話を続けていると、エミル様は本題に入った。
「シャロン、あなたのことは先生方や他の方々から聴いています。成績があまり芳しくなく、強い物言いで、下級生からも避けられているとか」
「え……」
エミル様のお言葉にお嬢様がポカンと口を開ける。さすがにそこにお菓子を入れたら怒られそうですね。
成績が悪いのは豊かすぎるたわわのせいで算術が苦手だからです。私も努力しましたが、コレばかりは“世界の理”なのでどうしようもございません。けしてお勉強に涙目になっているお嬢様が可愛らしいとか思っていた訳ではないのです。
お嬢様が避けられているのは、テンパってお言葉がきつめになっているせいですが、最近は憧れの目で見つめる下級生も多くなってきました。
「あなたはジョエルお兄様の第一夫人には相応しくありませんわ。ただそれでは王家として不誠実ですので、わたくしのほうでユーリお兄様の第三夫人に推薦しておきますわ。そのメイド共々ユーリお兄様のところへ行きなさい」
「わたくしが、ユーリ殿下とっ!?」
そう言えば王太子殿下のユーリ様から、お嬢様と私を欲しいとかそんなことを言われたこともございました。
しかし、エミル様はお兄様大好きではあっても、ジョエル様限定でしたね。
ジョエル様でもユーリ様でも、私から見ればあまり変わりないような気もいたしますが、お嬢様にしてみれば、能力主義の冷淡なところがあるユーリ様のお側はお辛いでしょう。王宮侍女達も憐憫の視線をお嬢様に向けています。
突然のことにお嬢様が目を白黒させていると、冷たく言い放っていたエミル様が嫌な笑みを浮かべる。
「ですが、シャロンにはまだやって欲しいことがありますのよ。最近、ジョエルお兄様の周りを飛び回るハエをご存じかしら? 確か……ギンコとか」
「え、……ギンコが何か?」
「あなたもギンコには口惜しいものを感じているのでしょ? ポッと現れた虫にお兄様の隣を取られそうになっているのですから。わたくしに協力するのなら、そうね……、ジョエルお兄様の側妃程度なら認めてあげてもよろしくてよ」
「……………」
ギンコ嬢とお友達であるお嬢様にしてみれば、全て聞かなくても、それがギンコ嬢にとって宜しくないであろう計画に加担することなどあり得ません。
ですが、貴族として王族には逆らえない。貴族の矜持を取るか友情を取るか、お嬢様がお怒りの感情を浮かべて口を開きそうになった瞬間、私がお嬢様の肩を叩いてその言葉を止める。
「かしこまりましたエミル様。お嬢様とご相談の上、私がご協力させていただきます」
「レティっ!?」
「あら、あなたがするの? そうね……シャロンより適任かもね。いいわ。誠心誠意、わたくしに協力しなさい」
「はい、エミル様」
私が晴れやかな顔で微笑むと、エミル様は満足そうにニヤリと笑った。
それからどの程度協力出来るかお嬢様とご相談の上で後日……と言って、お嬢様と私はエミル様のお部屋から退出いたしました。
特別棟から出てしばらく廊下を歩き、人通りのなくなったところで、お嬢様がお怒りの顔で振り返る。
「レティっ! どういうつもりですの? あなたはギンコを、」
「大丈夫です。問題はございません」
「え……?」
「お嬢様にはエミル様のご命令に逆らうことは難しいでのしょう? 私のほうでギンコ嬢と口裏を合わせますので、シャロンお嬢様はご心配なく、ご自身のお幸せのみをお考え下さい」
「レティ……」
計画通り(ゲス顔)
お嬢様の悪い噂も、ギンコ嬢のことも、彼女とお嬢様と仲が悪いという嘘も、全て私が意図的に侍女に流した情報でございます。
ギンコ嬢が女神より受けた神託によりますと、シャロンお嬢様とエミル様が悪役令嬢として関わってくるそうなので、エミル様には申し訳ありませんが、悪役としてきちんと働いていただきましょう。
神託によりますと、“最大イベント”らしいですから、女神をおびき出す舞台としては上出来ではありませんか?
エミル王女はここまで悪くするつもりはなかったのですが、書き上がったら、ずいぶんと悪役になりましたね……。
次回は着々と広がる蜘蛛の罠。学院の様子。




