29 前線
ヒロインイベント【魔物大発生】は、“聖女ヒロイン”への攻略対象者からの好感度が最大値になった場合に発生する。
聖女ヒロインの【神術スキル】によって難易度が変わり、アルグレイ王国所有のダンジョンから、難易度が高い順に王都からの距離が近くなる。
神術スキルが低い場合は王都から遠い位置で発生し、王国所有騎士団全ての支援が得られるが、王都から近い第一から第四ダンジョンで発生した場合は、王国の支援がほとんど受けられずに、聖女ヒロインが攻略対象者と一緒に前線で戦わなければいけなくなるのだ。
今回発生した第三ダンジョンの場合、難易度は上から二番目になる。
王都の中にあり、学院に最も近いので、学院講師や第二王子近衛騎士隊の支援を得られるが、聖女ヒロインは王都にある【教会】の神官達を指揮して、最前線で戦わなくてはいけない。
「さあ聖女様、今こそあなたのお力で、女神様の光を世界に示しましょうぞっ!」
「…………」
知恵里は教会の神官達に連行されて前線に赴いていた。
本来なら起こるはずのないイベント。聖女ヒロインの攻略対象である大人組――聖騎士エリアス、近衛騎士アンディ、学院講師エリクは、好感度さえ碌に上がっておらず、知恵里本人の【神術スキル】はいまだにレベル2で最大値である10には程遠い。
しかも、学院生徒である侯爵令嬢を、教会関係者が襲撃すると言う不祥事が起こった為に、【教会】としては無理矢理にでも次期聖女である知恵里と教会の手でこの事態を終息させる必要があったのだ。
表面上は知恵里を【聖女】として敬いながらも、教会から派遣された先ほどの司祭からは、『この事態が終わるまでけして逃がすものか』と言う意志が感じられた。
神官達の中には、『厄介なことになりかけたが、女神様は汚名を晴らす機会を与えて下さった』と暢気なことを口走り、遠くで聞こえていた知恵里の心を重くした。
(なんで……、なんでよっ! 確かにあの状況をどうにかして欲しいって女神に祈ったけど、こんなの無理よっ! ……でも)
確かにあの状況から逆転するには、かなり強引な――それこそ天災でも無い限り無理な話だと思った。それと同時に知恵里はこのイベントを自分が終わらせることが不可能だとも気付いている。
(……だったら何か、もっと安全で、もっと危機を煽れるような事があれば……)
知恵里は頭の中で綿密に計算し始める。
この世界を、人間がゲームのように動くと錯覚して失敗してしまったが、今まで人の機微を読んで良いように周りを動かしていた知恵里は、ゲームから逸脱したことで本来の能力を発揮した。
「……そこのあなた」
「はい聖女様、いかがなさいましたか?」
教会から派遣された、純朴そうな――知恵里からすれば単純な“カモ”にしか見えない若い司祭に、自分の容姿を知っている知恵里は一番良い角度でニコリと微笑む。
「たった今、女神様より【神託】がありました」
***
コンコンコン。
『グギョ、ゴフ、アゲェッ!』
ズズンッ、と巨体が地面を揺らすように崩れ落ちる。
街で遭遇したオーガにトリプルボギーを決めてしまいましたが、最後にはどこか喜んでいるようなお顔になっていましたね。
そんな皆様にお喜びをお届けすることが幸せ。フルーレティにございます。
「さて、どちらに向かいましょうか」
向かうのはお塩ダンジョンなのですが、シャロンお嬢様とのお約束通りにアンディ様とジョエル様をお助けに向かうか、根本であるダンジョンの方を何とかするか、少々悩んでいるのでございます。
「とりあえず、お嬢様とのお約束が最優先でございますね」
この事態をどうにかしても、アンディ様がお怪我をなさったらお嬢様に申し訳ありません。ぶっちゃけ、街が壊滅するよりもお嬢様のお言葉が最上です。
『グガアッ!!』
おっと、またはぐれ魔物ですか。あれは確かホブなんとかでしたね。ダンジョンに近くなったせいでもありましょうが、街中でこれほど遭遇するとは、よほど拙い状況なのでしょうか。
キン……ッ!!
『ガァ……』
鍔鳴りのような音が突然聞こえると、ホブなんとかさんが真っ二つになって地面に転がる。その血煙の向こうに騎士のような姿を見留め、私は両手を腰の前で合わせ、静かに頭を下げた。
「お助け下さりありがとうございました。エリアス様」
「いや、君には余計なお世話だったかな」
まるでヒーローのように颯爽と現れたのは、教会の聖騎士ことエリアス様でいらっしゃいました。きちんと血糊を布で拭いすらりと剣を鞘に収めるそのお姿は、育ちの良いボンボン風味が強うございますね。
「……何か妙なことを思っていませんか?」
「とんでもございません。私のように無力なメイドをお助け下さるなどさすがは騎士様だと感心していたのでございます」
「……フルーレティ嬢を無力だなんて思えないですけど」
意外と勘がよいようで。
「ところで、戦況はいかがでしょうか。ジョエル様が向かわれても、だいぶ魔物に押されていると聴きましたが」
「そちらは私の配下の神官騎士が向かいましたので、持ち直せるとは思います。それにしても情報が早いですね……」
「噂はそれなりに。それと、来るまでに私も魔物にかなり襲われましたので、かなり漏れているのかと愚考させていただきました」
「……え」
「はい?」
エリアス様が一瞬呆気にとられたように私を見る。そんな残念そうな目で見られましても、お嬢様以外では喜べません。
「フルーレティ嬢……。あなたには別の武器を持っていただきたいのですが、君の持つ棍棒は呪いの武器ですよね? それはある種の――所謂、下半身に節操のない魔物から狙われる特質だと思うのですが……」
「ああ、なるほど」
そんな設定、すっかり忘れておりました。
私の武器である【オークキラーEX】は生殖魔人であるオークをナイスショットしすぎたせいで呪われ、オークに親の敵のように嫌われる性質がありましたが、その同類の人型の魔物にまで嫌われるようです。
「申し訳ございません。気にしたことがありませんでした」
「私の贈った武器は、確かにそれには劣りますからね……」
以前、約束していただいた通りエリアス様より、ミスリル製の片手棍をお贈りしていただけましたが、私は今もトゲ棍棒を愛用しております。
これより劣る……とエリアス様は仰りましたが、あの片手棍は大変素晴らしいものでございました。なにしろ裏ルートで金貨30枚にもなりましたから、銀貨1枚まで値切ったトゲ棍棒とは(価)格が違います。(ゲス)
ですがこれで行動指針を変更しなければいけませんね。
「このオークキラーを持つ身といたしましては、ジョエル様のお近くに赴く訳には参りませんね。では、これにて失礼を…」
「待って下さい」
踵を返そうとする私をエリアス様が呼び止めた。
私が行けばアンディ様を襲う魔物を私が惹き付けることが出来るやも知れませんが、遠くからさらに魔物を呼び寄せでもしたら本末転倒です。そこで第二案である手っ取り早くダンジョンの発生源を潰そうと思い立った訳ですが、まだ何かあるのでございましょうか。
エリアス様は初めて出会った時のように私の前で跪き、真摯な口調で騎士の誓いを口にする。
「人々の為に死地に赴かんとする高潔な乙女よ。どうかこの私にあなたを護る栄誉をお与え下さい」
まぁ、付いてこれるのならですが。
エリアス様と私はそのままダンジョンに突入して奥を目指します。ですが最奥ではなりません。エリアス様によりますと、外部にダンジョンに魔物を呼び寄せる穴が出来るのですが、その出口が上層の浅い階に作られてしまう場合があるそうです。
魔物大発生とは、偶然、魔物が多い地域に吸い込む穴が出来て、偶然に上層にその出口が作られる偶然の産物だそうです。
……少々がっかりです。異世界なのに魔王とかいないのですか?
それはそうと、置いていくつもりでダンジョンを駆け抜けている訳ですが、エリアス様は余裕で付いてこられますね。
これはいけません。高級メイドとして殿方より先に動けないようでは、あのメイド長よりお仕置きを受けてしまいます。
『キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「あの声はっ」
「絹を引き裂くような大乙女の悲鳴でございますね」
「大乙女……いや、冷静に判断している場合ではないでしょう」
至極常識的な判断により私達は声の聞こえたほうへ向かいました。そこで待ち受けていたものとはっ。
「これは、食人植物の寄生でしょうか。それとも“エロ触手”に分類しますか?」
「…………」
「いいからさっさと助けなさいっ!」
ぬめぬめとする奇妙な触手に襲われていたのは、あの裁判からさっさと逃げ出したカミラ様でいらっしゃいました。
てっきり公爵領にでも逃げたのかと思いましたら、本当に原因を潰そうとしていたのですね。まぁ、逃げても貴族としてはお終いなので、プライドの高いカミラ様が逃げる確率は低そうでしたが、こんなところで触手と戯れているなんて……
「本当にそっち方面がお好きなのですね」
「好きでやってるんじゃないわよっ! さっさと助けなさいっ!」
「とりあえず助けましょう。それに魔物の発生源もここにあるようです」
カミラ様は魔物の発生源を見つけていたようです。これもあの怪しい【神託】とやらでしょうか。それを潰そうとしたのか、カミラ様の私兵が倒れていますね。
周囲の魔物を倒して、あっさりと発生源を潰すことが出来ました。
カミラ様はエロ触手に半裸で弄ばれているだけなので、少々エロくなっていること以外は問題無さそうでしたが、真面目人間のエリアス様がさっさと助け出されてしまいました。もちろん、ちゃんと後で使えるように“写し絵”でカミラ様のエロスを撮影させていただきました。
それにしてもあっさりしすぎていますね。私が潰すよりも先に出口が消えかかっていましたから、カミラ様がもう少し粘れば、本当に解決した功労者となれたかも知れません。
「フルーレティ嬢、どうかしましたか?」
「いいえ、エリアス様。後はダンジョン外に出た魔物を駆除するだけですので、上に参りましょう」
「そうしましょうか。……少々お待ち下さい」
エリアス様が二枚貝の貝殻のような物を取り出し耳に当てる。確か、貝殻二枚が対になる魔道具で、遠くと通話が出来る【携帯式魔導通話器】でしたね。……お嬢様と私も欲しいのですが、あれだけで金貨200枚もするので手が出ません。
「何っ、街中に魔物が流れ込んできただとっ? チエリ嬢が指揮を? 外では何が起きている!?」
どうやらまだ【魔物大発生】は終わっていないようです。チエリ嬢がまた何かしたのでしょうか。
それよりもお嬢様の身が心配です。お待ち下さいお嬢様。あなたのメイドが大至急お側へ参りますっ。
次回、メインヒロインの実力




