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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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第8話:ダンジョン配信者としての覚醒

「オキテクダサイ……オキテクダサイ……」


 何者かに呼びかけられる。

 何度も、何度も。無機質な声が、同じ速度、同じ音量、同じリズムで、僕の頭の中に響いてくる。


「はっ!? ここは……」


 勢いよく起き上がると、目の前でふわふわ浮かぶスマホにぶつかりそうになった。凛さんのスマホ――ジンバルンだ。小さな機械は僕の周りを一周し、心配そうにホバリングする。


「オケガハアリマセンカ? イノリサマ……」


「う、うん。大丈夫。けがは……一瞬で治るし……」


 そう答えた直後、遅れて背筋が寒くなった。

 治る。治るからこそ――“どれだけ落ちたか”が分からない。


「データ。ラッカキョリ……オオヨソ二〇〇メートル」


「……そんなに?」


 数字で殴られると、現実味が増す。

 落下の途中、意識が飛んでいた。目覚めたとき死んでてもおかしくない。なのに僕は生きている。いや、生かされているみたいに。


 周囲を見回す。薄暗い迷宮。湿った空気。壁の石は煤けたように黒い。

 第3層と似ている。でも、どこか違う。音が……重い。

 幸い、今のところモンスターの気配はない。いったん息ができる。


「そうだ。ジンバルン、配信は?」


「ケイゾクチュウデス」


 ジンバルンがカメラを僕の正面に寄せた。


『生きてるか~』

『パンチラ見えねえじゃん。ずっと真っ暗だったし』


 いつもの、軽いセクハラ。

 最低だけど――それが妙に安心する。ここは夢じゃない。現実の延長線だ。


(……とりあえずやるべきは、凛さんと合流。凛さんなら大丈夫だろうけど、僕は――モンスターと遭遇した時点でほぼ詰みだ)


「落ちてきた穴は……」


 上を見上げる。

 四角形の闇。どこまでも続く、飲み込むような黒。間違いなく、ここから落ちた。


 そこで一つ、思いつく。


「ねえジンバルン。僕をぶら下げて飛んだり……できない、よね?」


 ポケットサイズの機械に無理難題を投げる。

 でも、ジンバルンは少し間を置いて答えた。


「……カノウデス」


「ほんとに!? じゃあ――」


「デスガ……オススメシマセン。ウエガトザサレルノヲ、ワタシハミマシタ」


「あ……そっか」


 そうだった。落ちる直前、僕が最後に見た景色は――落とし穴が閉じる瞬間。

 喜びと絶望のジェットコースター。戻れない。


 ジンバルンの画面をタップして視聴者数を見る。少しずつ減っている。

 このまま待っていても、何も起きない。待っているだけで、配信が死ぬ。


「……よし。とりあえず、歩こう」


 ゆっくり立ち上がり、足音を殺して歩き出す。

 少し前をジンバルンが飛び、僕を映し続ける。


『なんか、人の声しない?』


 一つのコメントが目に刺さった。


「嘘……ほんとに?」


 耳を澄ます。

 たしかに――鼻をすするような、小さな音。


「モンスター……?」


「オンセイカイセキノケッカデス……人間、女性である確率92%」


 画面に結果が出る。便利すぎて怖い。


「……人なら、助けないと」


 声のする方へ、一歩ずつ近づく。

 一歩踏むたび、嫌な汗がにじむ。残り8%を引いたら――その時点で終わりだ。

 頼む。人であってくれ。


 角の向こうから、すすり泣きが聞こえる。

 僕は息を止め、壁に沿って、こっそり覗き込んだ。


 そこにいたのは――膝を抱えて小さく丸まった少女。僕よりも全然大きいが。


 赤茶の髪をポニーテールにまとめている。制服は……僕の学校のものだ。


 少女が顔を上げた。

 目が合った瞬間、僕の脳が遅れて名前を思い出す。


(……鏑木、有栖さん……?)


 同じクラスの、クラス一の陽キャ。鏑木有栖かぶらぎありすさんだ。


「だ、大丈夫……ですか?」


 小さく声をかけると、彼女はびくっと震え、次の瞬間、目から大粒の涙をこぼし始めた。


 僕はゆっくり姿を見せ、ことり、ことりと近づく。

 警戒していない。というより……警戒する余裕がない顔だ。


 ポケットからハンカチを取り出し、差し出す。


「あ、あの。これ……どうぞ」


 鏑木さんは震える手で掴んだ。

 ハンカチじゃない。僕の手を。


 そしてそのまま引き寄せて、ぎゅっと抱きついてきた。


「……っ!」


 一瞬、こいつ本当はモンスターなんじゃ!? と血の気が引いた。でも、違う。

 震えている。泣いている。生きてる人間の体温だ。


「ご、ごめんね……こ、こんなお姉さんが……こんな、泣いちゃって」


「……大丈夫ですよ。怖いのは一緒です。僕も……怖かったので」


 女子の体に触れるのは正直抵抗がある。

 でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。


 僕も腕を回し、そっと力を込めた。


 ひとしきり泣いて、彼女の抱きつく力が少し弱まる。

 顔と顔が向き合う距離になって、僕は内心で焦った。


(近い……めっちゃ可愛い……いや違う、今それどころじゃない!)


「あの……も、もう大丈夫ですよ。僕、ダンジョン配信者で……その……めっちゃ強いんで」


「コメントヨミアゲキノウ……ON」


『いや今日ずっと魔王様に守ってもらってなかった?』

『女神ちゃん強いの?』

『正直弱そう。てか弱いだろ』

『ガクブルしまくってて、死ぬウ!!』


「ああもう! それ止めてよジンバルン!」


 せっかく格好つけたのに、羞恥心が爆発して顔が熱い。


「……かわいい」


「……え」


 今のはジンバルンじゃない。

 目の前の鏑木さんが、顔を真っ赤にして、両手をわたわた動かしていた。


「あ、あと、ちがっ……その……えっと……」


(……“かわいい”って、陰キャいじりの方便だ。僕は知ってる)


 一瞬だけ、心が沈みかけた。

 でもすぐに、現実を思い出す。今は生存が最優先だ。


「えーっと……」


(まずい。鈴木祈里です、女の子になっちゃいました、なんて言ったら混乱する)


「は、はじめまして。僕は……女神ちゃん。ダンジョン配信者です。君の名前は?」


「鏑木有栖……だよ」


 まだ頬は赤い。それでも、僕を見て答えてくれる。


 次は、一番の問題。


「鏑木さん、ダンジョン配信者……ってわけじゃないよね。どうして、こんな所に?」


 問うと、彼女の顔がじわじわ青くなった。


「ち、違うの! その……友達と二人で来たんだ」


「……友達とはぐれた?」


「……それも、そうなんだけど。逃げてきたの。その友達から」


 嫌な予感が、喉の奥に冷たい針を刺す。


「ジンバルン。ここから先、いったんオフレコ。音も映像も、落として」


 返事はない。

 でもジンバルンなら、分かる。そう信じて待つ。


 鏑木さんは、ぽつり、ぽつりと言葉を落とし始めた。


「……貴方みたいな小さな子にする話じゃないけど……襲われたの。ダンジョンの中で……その友達に」


 胸の奥が、ぞわっと冷える。

 ダンジョン内は、地上の法律も、常識も、薄くなる。

 だから侵入は禁じられているのに――それでも人は入ってくる。

 そして、こういう悲劇が起きる。


「必死に逃げたの。でも……変な穴に落ちちゃって……ずっと滑って……気づいたらここ。そしたら牛の頭の化け物に追われて……」


 ミノタウロス。第3層にもいたやつ。

 つまり――この階層にもいる。


「もう……帰れないのかなって。ここで……一人で……死んじゃうのかなって……」


 鏑木さんがまた泣き出す。

 僕は彼女を強く抱き寄せた。今度は僕から。ぎゅっと。


「大丈夫。たしかに僕は弱い。だけど……絶対に守るから」


 彼女の声が胸の中でもごもごする。


「……ありがとう、女神様」


 ゆっくり力を抜く。

 鏑木さんは泣き止んでいた。目は赤い。でも、無理をして笑っている。


 だから僕は立ち上がり、手を差し出した。


「……行こう」


 鏑木さんは僕の手を取って立ち上がる。

 そして、手は離さなかった。ぎゅっと握ったまま。


(鏑木有栖。この子を守る。僕の命に代えても)


 心の中で、ギフトを“彼女に向ける”ように祈る。

 仕組みはまだ分からない。もしもの時は――自分の体を盾にすればいいだけだ。


 そこから先は無言で歩いた。

 同じような通路が続く。ジンバルンのマッピングが頼りだ。

 つないだ手が、手汗でじわりと湿る。


「ねえ……女神様?」


「“様”じゃないよ。“ちゃん”。女神ちゃん。勝手にリスナーが呼んでるだけなんだけどね。えへへ」


 大層なニックネームを付けられたのが恥ずかしくて、口元が勝手に緩む。


『女二人……何も起きないわけがなく』

『スパッツうんめえ』

【視聴者:???】『後ろ』


 不気味なコメントが、セクハラの波の中を切り裂いた。

 前にもあった。予言みたいなやつ。


「あっ……」


 背筋が凍り、嫌な汗が噴き出す。


「走って!!」


「えっ!?」


 鏑木さんの手を引いて、走り出す。


 ドガン! ……ガラガラガラ……!


 背後の壁が砕け散った。砂煙。転がる瓦礫。

 その中から、のっそり影が顔を出す。


 ここの天井は第3層より高い。通路も広い。

 つまり――出てくるやつも、でかい。


 砂煙の中から出てきたのは、ミノタウロス……の首だった。

 青白い太い腕がそれを角ごと掴み、ぶら下げたまま、のそりと揺らす。


 次の瞬間。


 ――ぼたり。


 首が、捨てられた。


 落ちた首が石床を転がる音より先に、壁の穴から“そいつ”が這い出してくる。


 青白い巨人だった。

 身長は四メートル近いのに、胴は痩せている。代わりに、腕だけが不自然に長い。指先が床に届き、歩くというより――腕で地面を撫でて進んでくる。


 ざりざりと爪が石を引っ掻く、嫌な音。

 肌は血の気がなく、冷たい蝋みたいに青く光る。


 そして、その巨人は首を傾けた。

 まるで、次の獲物を値踏みするみたいに。


『え、なにそれ……』

『首持ってたぞ今!?』

『デッカ……腕長すぎ……』

『女神ちゃん! 超逃げて!!』


 目が合う。いや、合ってしまう。

 次の瞬間――巨人は“走った”。


 違う。走るんじゃない。

 長い腕を地面に突き、体を引き寄せる。蜘蛛みたいに、でも重さは巨人のそれで。通路が震え、石が鳴る。


「な、なに!? なにがあったの!?」


「後ろは見ないで! いいから走って!」


 ここまでいるはずのミノタウロスと不自然なほど接敵してこなかった。

 そしていまだ前方にミノタウロスの気配はない。

 後方の“腕長の巨人”が、この階層の頂点――だから他のモンスターが身を潜めているんだ。


 現状、問題は速度。

 一分もない。追いつかれる。


「……しかたないか!」


 ポケットから凛さんお手製の爆弾を取り出し、ピンを抜く。

 そして後方へ投げる――が、狙いより手前に落ちた。


『そんな適当に投げて、上手くいくわけないじゃん』

『やば……思いっきし外してる』

『これ女神ちゃん達も巻き込まれね?』


 地面に落ちる瞬間、僕は鏑木さんの腕を掴んで引き寄せた。


「鏑木!」


 バゴン!!


 爆発。風圧。二人まとめて吹き飛ぶ。

 背中に破片と瓦礫が刺さる。痛い。――でも鏑木さんに当たらないよう、歯を食いしばる。


 背中から叩きつけられ、地面を何度も跳ねて止まった。


「っ……くぅ……!」


 痛い。

 でも最優先は鏑木さん。


「怪我はない?」


「わ、わたしは大丈夫……。女神ちゃん……様は……? って……足……!」


 遅れて気づく。

 右足が――ない。消し飛んでいる。


 鏑木さんのダメージを肩代わりしたせいだ。

 つまり、ギフトはちゃんと彼女に向いている。


 安堵が一瞬だけ笑みに変わった。


「わ、笑ってる場合じゃない! 手当しないと死んじゃう!!」


「だい……じょうぶ」


 足が再生を始める。骨が組まれ、肉が盛り、皮が張る。数秒で形になっていく。

 鏑木さんは半泣きでそれを見つめ、息を呑む。


(服も……また破れた。自分の装備や服にギフトを回す余裕がない……)


『すっげ~ 爆弾で壁壊して、バリケードにしたんだ』

『やるじゃん天使ちゃん!!!』

『……やったか!?』


 リスナーは気づいている。

 今の爆弾は“わざと手前”だ。崩れた瓦礫で、進路を塞ぐため。


(でも……これで止まるか――)


 ゴギャン!!


 瓦礫が、内側から吹き飛ばされた。

 飛んできた破片が頬を掠り、血がつうっと流れる。


 青白い腕が、瓦礫の向こうから伸びてくる。

 指先が石を掴み、裂くみたいに広げ――巨人の影が、穴から覗いた。


「……化け物かよ」


「……ひっ……!」


 鏑木さんが、ついに後ろを見てしまった。

 体がびくりと跳ねる。


「て、天使ちゃん様……わたしが……囮になる! わたしが――!」


 走り出そうとする彼女の腕を、僕は即座に掴んだ。


「ダメ! 大丈夫だから!」


「でも……!」


 年上の意地。恐怖の中での正義感。

 彼女は僕を守ろうとしてしまう。


 化け物が、もうすぐそこまで来ている。

 しかも――地面を飛び越えるみたいに、軽い。


(……飛び越え。地面、結構えぐれた。もしかして穴を、作れる)


「……ワンチャン、賭けるか」


「なにやってるの!? 逃げて!!」


 鏑木さんはほぼ錯乱状態だ。正常な判断ができない。

 だから――


「ごめん」


 僕は鏑木さんの踵を蹴って転ばせる。

 彼女の体が僕の上に倒れ込む、その刹那。


 青白い影が、真上から覆いかぶさってきた。


「いや……いやああああああああ!!」


「ごめんね。ちょっと落ちると思う」


 ポケットの爆弾のピンを抜き、僕はそれを――真下に叩きつけた。手に持ったまま。

 ド……キーーン。


 白。

 視界が焼け、音が消える。網膜も鼓膜も、一瞬で持っていかれる。


 でも僕は、意識だけを手放さなかった。


(鏑木有栖を守る)


 数秒。無感覚の世界から戻った瞬間、激痛が全身を食い破った。

 そして僕たちは――落ちている。暗闇を、下へ。


「ジンバルン! 僕、生きてる!?」


「ハイ。ゲンジョウイノリサマハ、イキテイマス」


「鏑木は!?」


「セイゾンカクニン……イノリサマヨリ、ウエ五メートル」


 即座に体を大の字にする。空気を掴んで、落下速度が少しだけ殺される。

 ――軽い。内側がまだ再生途中で、体の芯が空洞みたいだ。ふわり、と浮くような錯覚が走る。

 見えた。鏑木さんだ。五体満足。――ただし意識がない。


「……っ! 届いた!!」


 僕は彼女を抱き寄せ、強く抱きしめる。

 首を回して下を確認すると――小さく、青白い光が見えた。地面だ。


(覚悟……完了!)


 ここからは自分との勝負。

 落下の衝撃で意識を失えば、ギフトが切れる。そしたら鏑木さんが死ぬ。


 なのに。


(……なんだろ。すごく……楽しいかも)


 怖い。痛い。死ぬ。

 でも、その全部の上に――凛さんの配信の“熱”が重なる。


「ジンバルン! コメント読み上げ!」


「リョウカイ……

『うおおおお!かっけえよ俺の天使ちゃん!』

『地面砕いて下に逃げたか……頭回るよな天使ちゃん』

<スパチャ50,000円>『葬儀代』」


(凛さんのアーカイブ、こっそり見てたんだ。だから分かる。ここでやるべきことが)


「ジンバルン! こっから切り抜きね!」


 落下はまだ続く。高い。なら――企画にする。


「は~いみなさーん!! 見てますか!? 見てますよね!!」


「どうも……だんじょ~ん!ちゃんねる♪へようこそーーーー!!」


「今日は! いのちがけダンジョンひもなしバンジーをやっていこうと思います!

 生き残ったらチャンネル登録忘れずに!!」


 衝撃に備え――距離を測る。残り十数メートル。ここだ。


 最後の爆弾を真下に落とす。投げるのは苦手でも、落とすだけならできる。


 バゴオオオン!!


 落下直前。背中側で爆弾が爆ぜた。背中が焼け、砕ける。

 でもその間にも肉は再生する。鏑木さんに衝撃が届かないよう、僕が全部受ける。


 ふわっと浮く感覚。

 それでも止まらない。落下が続く。吐き気。脳が“もう楽になれ”と囁く。

 それを、振り払う。


 ドグシャ!!


 地面との接触。

 僕の体は原型を留めない。鏑木さんの衝撃も肩代わりして――粉々。赤い飛沫になった。


(それでも……塵になっても……意識は失わない!)


 凛さんのため。鏑木さんのため。企画を成功させる。守る。

 その執念だけで、意識を繋ぎ止める。


 だんだん視界が戻る。


「あ……あぐ……ぎ……い、いだ……あああああ……っ……!」


 内臓がまだ戻ってないせいで言葉が潰れる。

 涙だけが勝手にこぼれ続ける。


 ジンバルンは無言で近づき、撮影を続行する。

 僕は地面に大の字のまま、手を掲げた。ピースサイン。――耐えきった証。


『……うっそ』

『今一瞬、全身潰れてなかった?』

『なんにせよすげえええええ! スパチャ祭りだ!』


 数十秒。

 体が元に戻る。胸の中を見る。鏑木さんは気を失っているが、呼吸はしている。


 やり切った。守った。


 ――でも。


 本当の絶望は、ここからだった。


 視界の端。

 巨大な影。十メートルに達する“何か”が、青白い光の中で――玉座に腰掛けている。


 化け物。

 いや。


 このダンジョンの、王。

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