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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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第4話:コンビ結成!?まず服を着てください!!

 甘い匂いがした。

 果物の、みずみずしい匂い。皮を剥いた瞬間に立ち上る、少し青い香り。

 それが喉の奥をくすぐって、次の瞬間には胸の内側まで満たしてくる。


 白い花が降っている。


 等間隔に並ぶ木々が、夜の闇の中で回廊みたいに伸びていた。

 枝先は花で埋まり、風が吹くたび、花弁が雪のように舞って――途中で、ふっと止まり、また落ちる。


 世界の時間が、現実と噛み合っていない。


 リンゴ園だ、と、なぜか分かった。

 理由なんてない。ただ「そうだ」と身体が知っている。


 その園の中心に、ひとり立っている。


 背中だけ。

 けれど、背中だけで“近づいてはいけない”と分かる。


 髪が長い。腰のあたりまで流れている。

 闇より深い漆黒――夜そのものを纏ったみたいで、見ているだけで息が詰まる。輪郭だけが、かろうじて光に縁取られていた。


 その髪の一部が、細く編まれている。

 細い三つ編みが数本、束ねるでも飾るでもなく、まるで鎖の形を“正しい”と決めたみたいに、きちんと背へ落ちている。

 乱れない。乱れてはいけない、とでも言うように。


 頭上には小さなティアラ――あるいは、薄いヴェールの縁が、ほのかにきらめいていた。

 派手じゃないのに、視線がそこから離れない。王冠の重さだけが、静かに空気を押さえつけている。


 白い花弁が、彼女の髪に降り積もる。

 光をも飲み込む漆黒の髪の上で、花の白がやけに眩しい。

 白は汚れないまま、黒は隠れないまま。対比が、美しすぎて胸が痛んだ。


 近づこうとした。

 足を動かす前に、膝の裏がひゅっと冷える。


 怖いんじゃない。

 ――許されていない。

 その感覚が、骨の奥に直接触れてくる。


 彼女が、わずかに動いた。


 肩が揺れ、ヴェールの端が息をする。

 髪がさらりと流れ、背中に積もっていた花弁が、ひとつ、ふわりと滑り落ちた。


 振り返る。


 ほんの少しだけ、こちらへ向く気配。

 顔が見える――そう思った刹那。


 髪の艶だけが、黄金のように光った。


 漆黒の髪の表面に、薄い金が走る。

 まるで実が熟れる瞬間だけを切り取ったみたいに、甘く、冷たく、王冠みたいな光。


 “園の主”だと、理屈じゃなく身体が理解してしまう。


 次の瞬間、視界が白で満ちた。


 花弁が一斉に舞い上がったのか、僕の意識が落ちたのか分からない。

 ただ最後に残ったのは、黄金の艶と、白い花の匂いだけだった。


 ――そして。


 耳の奥で、あの音が鳴る。


 ピロン。


 スマホなんて見ていないのに、通知音だけが“脳”を叩く。

 見えない文字が、白い空間の奥で滲む。


『次は――』


 そこで、世界が反転した。


    ◇


 温かい。

 そして、ふかふかだ。


 ゆっくりと瞼を開ける。そこにあったのは見慣れない天井だった。

 僕にかけられていた布団も、覚えのない香りがする。


 息を吸う。

 熱くない。なのに、肺が一瞬だけひゅっと縮む。


 火の記憶が、まだ身体のどこかに残っている。

 治っても、痛みの“形”だけは消えないみたいに。


 辺りを見渡す。

 床に置かれたサンドバッグ。ダンベル。懸垂バー。作業机とデスクトップ。

 まるで筋トレ好きの男子大学生の部屋――そんな空気。


「ここは……一体……」


 頭がぐるぐるして状況が理解できない。

 どうして見知らぬ部屋の布団の上で寝ていたのか。まったくもって覚えがない。


 放心状態でぼーっとしていると、すぐ近くの扉がガチャリと開かれた。


 そしてそこに立っていたのは――裸の女性。

 ……裸の、桐生凛だった。


「……え」


 一拍。

 脳が理解するより先に、目が“現実”を拾ってしまう。


 湯気の匂い。濡れた髪。鍛えた身体の輪郭。

 強い人の体温が、そのまま形になったみたいな存在感。


 視線が、下へ滑る。

 上へ戻る。

 ダメだ、見てる。見てしまってる。


「って、いやいやだめだあああああ!!」


 即座に掛け布団を頭からかぶって絶叫した。


「えっ!? ちょ、なに!? どうしたの!?」


 布団の中で心臓が暴れる。

 ……そうだ。全部を思い出した。


 僕は気絶して、凛さんに運ばれて――たぶん、この部屋で寝かせてもらってたんだ。


「えーっと……怪我は大丈夫かな?」


 凛さんの優しい声が布団越しに聞いてくる。

 すぐそばだ。しゃがみ込んで、布団の前から話してる。


 残念ながら僕には、こういう状況を楽しめるほどの度胸は無い。

 急いで、たぶん凛さんが一番勘違いしそうなことを訂正する。


「あ、あの! お姉さん!」


「うん? どうしたのかな?」


「ご、ごめんなさい! ぼ、ぼぼ、僕! 男なんです! 男子高校生!!」


 言った。言ったぞ。

 可愛い女の子の姿になってしまっただけの男子高校生。そうです僕が変態です。殴るなら殴ってください。


 ……と思ったが、意外にも凛さんは冷静だった。


「でも、服脱がせるときに見たけど、付いてなかったよ?」


「そ、それはその……なんか……今日、気が付いたら女の子になっちゃってて……」


 信じてもらえなくてもいい。

 でも、嘘はつきたくなかった。だから真実を、そのまま話す。


「て、ていうか! ぬ、脱がせたんですか!? なにゆえに!?」


「そりゃ、あんなどろどろの服で寝かせらんないもん。大きいけど、私の服で許してね」


 そっか。

 ギフトのおかげで服は破れたり焼けたりはしてないけど、僕の服は元から砂で汚れてたんだ。


 布団の中で自分の身体を見る。

 オーバーサイズのTシャツが着せられていた。真ん中にどでかく「酒」と書かれている。


「そ、そうでしたか……お手数かけしました……」


「でも待ってね。……それじゃあ、あのすごい力も最近現れたってこと?」


「最近っていうか。今日、初めてです。お姉さんを追いかけてダンジョンに入った瞬間、目の前が真っ暗になって……」


 僕は今日のことを話した。

 いじめのことだけは、飲み込んだ。

 飲み込んだせいで、喉の奥だけが苦い。


「そっか……君、すごいよ、それ」


 声の温度が少し上がる。


「それはギフトって言ってね、少しの人しか持ってない特別な力。君はそれを今日手に入れたんだよ」


「それで折り入って相談が――」


「あの! ちょっと待ってください……!」


 僕は慌てて止めた。


「とりあえず服着てください! お姉さんのこと見れません!」


「ああそっか! ごめんごめん! ちょっと待っててね!」


 ばたばたと物音。遠ざかる気配。

 布団の中でようやく息を吐く。


 ……なのに、耳の奥が、また変にざわついた。


 ピロン。


 幻聴じゃない。

 今、確かに――スマホの通知音がした。


(……お姉さんのスマホ?)


 でも、布団の中からじゃ見えない。

 そして、僕は“見ない方がいい”と、なぜか本能で思った。


 また扉が開く音。


「よし、着た! もう大丈夫!」


 布団を少しずらして確認する。

 凛さんはTシャツと短パン姿になっていて、さっきの破壊力は消えていた。……助かった。


 凛さんは布団を端に寄せ、カーペットの上に座る。

 僕はゲーミングチェアに座らされた。


 ようやく、まともに視線が合う。

 そして嫌でも分かる。僕――身長、めっちゃ縮んでる。


「それじゃあ改めて! あたしは桐生凛きりゅう りん。今は大学三年生で、ダンジョン配信者やってます!」


「大学三年生? あれ、でもセーラー服……着てな――着てませんでしたか?」


「あれはコスプレよ。ああいう個性がある方が配信者は人気が出るの」


 自信満々に言い切る顔が、妙に眩しい。


「それで、君の名前は?」


「……す、鈴木……」


 凛さんはうんうんと笑顔で頷く。


鈴木祈里すずき いのりです……」


「祈里くんか! よろしくね!!」


 そう言って凛さんは無理やり僕の手を掴んで、ぶんぶん振り回した。


「でも私がフェンスよじ登るところ、見てた……か。まあ確かに、地味めなやつが見てた気がする」


「地味めって!? ……まあ否定はできませんけど」


 悔しいが、地味なのは事実だ。否定のしようがない。

 というか凛さんに比べたら、大体の人は地味に見えてしまうだろう。


「それでさ、折り入って相談してもいいかな?」


 相談? 僕に?

 頭の上にはてなが浮かぶ。


 凛さんは床に雑に置かれていた、ひびだらけのスマホを手に取ると、画面をこちらに向けた。

 動画サイト――YouTube。


 そこに映っていたのは、僕だった。

 今日のダンジョン。燃えて、治って、走って、笑って――凛さんが槍みたいに道路標識を落とすところまで、全部ばっちり。


 そして数字。

 再生数がものすごい勢いで増えていっている。それもリアルタイムで。

 凛さんが更新ボタンを押せば、見る見るうちに高評価もコメントも増えていく。


「今日のダンジョン配信のアーカイブ」


「いつの間に撮ってたんですか……しかもこんないいアングルから……」


「これ、勝手に空飛んで撮影してくれるの。あたしの秘密アイテムの一つよ」


 凛さんは得意げに言って、スマホを僕の顔の近くまで寄せる。


 ……コメント欄が、雪崩みたいに流れていた。


『女神キタコレ!!』

『白髪の子誰!?』

『回復えぐ』

『痛がりながら立ってるの刺さる』

『今日はこれでいいや』


 僕の、この姿の僕についての言葉ばかり。

 褒められるのなんて久しぶりで、刺激が強すぎて、頬が勝手に熱くなる。


 ――その流れの中で。


 ひとつだけ、異物が混ざる。


【視聴者:???】『見ている』


 背筋が、ぞわりとした。


 凛さんは気づいていない。

 いや、気づいているのに、気づかないふりをしているのか。


「どう! すごいでしょ!」


「は、はい……こんな褒められたの、初めてです……」


「それでさ。折り入っての相談ってわけ」


 凛さんはスマホの電源をぽちっと切ると、真面目な顔で僕の目を見つめてくる。

 温度が変わる。空気が締まる。


「あたしとコンビを組んでほしい」


「コン……ビ?」


「そう。一緒にダンジョン配信をやってほしい」


 凛さんの瞳は、今日で一番真剣に見えた。

 ドラゴンと対峙しているときより、さらに。


「あたし、夢があるの。登録者千万人以上になって、最強のダンジョン配信者――ぴかぴかきんきんさんを超えたい」


「……それは、どうして」


「……」


 凛さんは黙ってしまう。

 一度うつむいて、少しだけ唇を噛んだ。


「えっと……話しにくいことなら……」


 そう言いかけた時、凛さんが顔を上げた。


「お金のため。あたしはお金を稼ぎたい。たくさん。使い切れないぐらいの」


 俗っぽい。

 でも、瞳が澄んでいる。

 フェンスを飛び越えた時の、あの“前しか見てない目”だ。


「でも……僕なんかが手伝ったって……」


「これ見て」


 凛さんは過去のアーカイブを見せてきた。

 視聴回数は多いもので十五回。いいねはゼロ。


「これまでのあたしの配信。こんなに再生数が伸びたの、初めてなの。だから……」


 言葉が詰まる。

 僕は待つ。

 凛さんが、“自分の夢”を口にするまで。


 そして凛さんは、すっと立ち上がり、僕に手を差し伸べた。


「君となら、てっぺん取れる。だから力を貸して!」


 僕も……初めてだ。

 ここまで誰かに求められるなんて。


 この体はギフト。貰い物に過ぎない。

 本来の自分の力じゃ決してない。


 それでも――。


「……よろしく、お願いします」


 僕は凛さんの手を取ってしまった。

 凛さんはぎゅっと、優しく――でも力強く握り返してくれた。


「よろしく! 相棒!」


「は、はい……相棒……」


 相棒という響きは、くすぐったい。


「ところで祈里くん、お家には連絡しなくて大丈夫なの? もう夜の十一時だけど」


「え!? 十一時!? ……でも……」


 言葉が詰まる。

 こんな体で帰っても、僕だって信じてもらえない。


「そっか。それじゃあおうちの電話番号だけ教えて」


「はい……それぐらいなら……」


 凛さんは電話番号を聞くと、部活の合宿だとかなんだとか適当に言い訳をつけて、数日は帰れなくなると家族に伝えてくれた。


「ごめんなさい……なにからなにまで」


「まあ仕方ないよ。いろんなギフトがあるとは教授から聞いたことあるけど、身体が……まして性別まで変わるなんて初めて聞いたし」


「……そう、ですか」


 不覚にも暗い顔になってしまった。

 ――戻れないかもしれない。

 そう思った瞬間、胸の奥が冷える。


 凛さんは僕の頭にぽんと手を置いた。


「うちの大学の教授、ダンジョン研究やってんだよね。その一環でギフトについても。祈里くん、その体じゃどうせ高校にも行けないでしょ。だから明日、一緒に教授んとこ行ってみよ」


 笑顔だった。

 僕の不安を大きくしないための笑顔。


 嬉しい。落ち着く。

 でも、男子高校生としての反抗心も芽生える。


「ぼ、僕、高校生……それも男ですからね!」


「わーってる、わーってる」


 凛さんは意にも返さず、僕の頭を優しく撫でた。


 その後、シャワーを使わせてもらって汗を流し、凛さんは布団へ。

 僕はゲーミングチェアを倒して床と平行にして眠りについた。


 ゲーミングチェアは、僕の中の男の意地が勝ち取った戦利品だ。

 女の子を椅子で寝かせちゃいけない――と頑張って勝ち取った、戦利品。戦利場所。


 ……まあ、女の子は布団で寝てるんだけど。


 部屋の灯りが落ちる。

 暗闇が広がる。


 その時。


 ピロン。


 ひび割れたスマホが、勝手に光った。

 凛さんの方だ。


「……は?」


 凛さんが、布団の中から半身を起こす気配。

 画面を見た瞬間、空気が変わった。


 僕も、息を止める。


 表示された差出人は――見覚えのある、空白みたいな名前だった。


【新着メッセージ:???】


『白い花の園で、次を告げる』


 喉がひゅっと縮む。


 あの匂い。

 あの黄金の艶。

 あの“許されていない”感覚。


 夢じゃない。

 さっきの“園”は、ただの夢じゃない。


 凛さんが、暗闇の中でこちらを見る。冗談じゃない目で。


「……祈里くん。これ、君のギフトと関係あるよね」


 答えは出ない。

 言葉の代わりに、耳の奥だけが妙に冷たい。


 ピロン。


 もう一度、鳴った気がした。


 それはスマホじゃない。

 僕の“中”で鳴っている。


 見られている。

 ずっと。最初から。


 白い花の匂いだけが、なぜか消えなかった。

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