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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第二章:女神ちゃん、合宿に行く

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第32話:特級ダンジョン犯罪者ゼロ

桐生凛視点の回です

 休日の大学。研究室で一人、巨大な斧を前に、黙々と作業を進めている大きな背中。——あたし、桐生凛だ。


 研究室棟は、平日と比べて驚くほど静かだった。廊下の足音が遠く、換気扇の低い唸りと、蛍光灯の小さなジジッという音だけが残る。窓から差し込む光はあたたかくて、白衣の袖口がほんのり温まる。


 こういう空気、嫌いじゃない。

 ……いや、好きだ。


 もちろん、少し寂しさもある。

 寂しい原因は、たった一つ。いつも隣から聞こえてくるはずの声が、今日はない。


「ジンバルン。例のデータ解析、終わったか?」


 スマホに話しかけると、すぐに人工音声が返ってきた。


『はい、完了済みです。ところで、今は何を作られているのでしょうか?』


「新型武器の開発。それと——祈里のための装備設計だ」


 机の上には、金属片と図面、工具、そして完成しかけの部品が散らばっている。視線を上げれば、壁際にずらりと並ぶ“これまで”が見えた。刀にナイフ、銃に鞭。……そして、あたしの相棒である巨大な斧。


 どれも、基本的に“あたしが振る”前提で作ってきたものだ。

 重い。硬い。速い。——それで、強い。


「祈里が無茶をするのは、無茶をしなくちゃいけない状況が多すぎるからだ」


 言いながら、手袋越しに刃の縁を撫でる。冷たい金属が、指先にじわりと伝わる。


「それは無論、あたしが弱いのが一番の原因。でも……戦いで祈里が取れる選択肢が少ないのも、でかい。だから、あいつが無茶しなくて済むように、選択肢が増えるように、色々考えてはいるんだが……」


 思いつかない。

 “祈里でも扱えて”、なおかつ“祈里を無茶させずに済む”武器。


 ——頭を抱えそうになった、その時。


 がちゃり、と。

 隣の実験室へ続く扉が開く音がした。


(まきまきか? ……いや、まだ帰るには早いはず)


 手元の作業をいったん止め、椅子から立ち上がって肩を回す。身体を伸ばし、扉を開いた。


「あら、凛。やけに静かだけど、祈里くんは今日はいないの?」


 そこに立っていたのは、黒いハーフツイン。ピンクを基調にした地雷系ファッション。足元は厚底、目元はきらきら、でも視線だけはやけに鋭い——らいこだ。


 片手には紙袋。袋のロゴと印刷からして、どう見てもケーキ屋のもの。


「……警備、通してくれたのか?」


「ふふ。NDKの身分証って便利なのよ。休日の大学の受付なんて、顔見せたら大体通るわ」


「ほんと、いい性格してるな」


「褒め言葉として受け取っとく」


 さらりと笑って、らいこは紙袋を揺らした。


「で、祈里くんは?」


「祈里ならテニス部の合宿に行ってる。帰ってくるのはゴールデンウィーク明けだ」


「そう……それは残念」


 らいこが、あからさまに肩を落とす。


「せっかく、この前のお礼にケーキ買ってきたのに」


「……お礼?」


「そう。だから、仕方ない。まきまきもいないんでしょ? 二人で食べましょ!」


 言うが早いか、らいこは研究室の流し台へ向かい、戸棚から皿とフォークを取り出し始めた。勝手知ったる研究室、というか——完全に自分の家みたいな動きだ。迷いが一切ない。


 その間に、あたしはケトルに水を入れて火をかけ、コーヒーを用意する。紙フィルターをセットして、粉を落とす。

 こういう作業は、余計なことを考えなくて済む。


「この前って、ダンジョンの夜明けとの戦いのことか?」


「ええ……あの時、祈里くんが来てくれなかったら、確実にあたし死んでた」


 らいこは、箱を開けながら、軽く笑った。

 笑ってるのに、声の奥が少しだけ冷たい。


「あの単眼ちゃんから一発もらった時にね、“あ、死んだ”って確信したもの。……なんだかんだ後処理が忙しくて、きちんと感謝は伝えられてなかったから」


 ものの一分で、大きなテーブルの上にケーキが並ぶ。フルーツタルト、ショートケーキ、小さなチョコのケーキ。色が並んで、研究室が一瞬だけ“休日”になる。


「情けない話だ」


 ドリッパーから落ちるコーヒーの雫が、トプン、と音を立てる。その音が、やけに大きく聞こえた。


「あたしも、あの時は祈里に助けられた。お前がやられた瞬間……正直、心が折れた。もし祈里が来てくれなかったら……あたしは壊れてたと思う」


 沈黙が落ちる。

 研究室の空気が、少しだけ重くなる。


「本来、私たち大人が、あの子を守ってあげなくちゃいけないのに」


 らいこの声が、少しだけ震えた。


「……まさか守られる側になるなんてね。本当に……みっともない……」


 “仕方ない”って言いそうになった。

 “まだ若い”って言いそうになった。

 でも——それは、違う。少なくとも、らいこにとっては。


 国から「国民を守る側」として認められた国家公認配信者。

 その肩書きを、誇りも責任も、ちゃんと背負っているやつだ。


 だからこそ、子どもに守られた事実を、簡単に飲み込めない。


(……でも、手を引っ張るのは違う)


 弱ってるやつを、無理やり前に引っ張るのは、ただの自己満足だ。

 今のあたしができるのは——隣に立って、一緒に前を見ることだけ。


「……強くならねばな。あたしたちも」


 真っすぐ、らいこの顔を見る。

 らいこは、うつむいていた顔を上げた。視線がぶつかる。


「そうね」


 小さく、でもはっきり。


「うん……その通り。もっと、もっと強くならなくちゃ。次は、守ってあげられるように」


 影が晴れる。

 らいこは昔からこうだ。落ち込む。でも、そのまま沈み続けない。折れたって、折れたままじゃ終わらない。


 コトリ、とらいこの前にコーヒーを置いた。


「ほら。温かいうちに飲め」


「ありがと」


 手を合わせて、それぞれケーキを取る。

 らいこはフルーツタルト。あたしはチョコレートケーキ。

 コーヒーの香ばしい匂いの中に、甘酸っぱい果物の香りがふわりと混ざる。


「そうだ、凛。相談があるの」


 らいこがスマホをこちらへ向ける。画面には動画サイト。

 ダンジョン配信のアーカイブ……いや、タイトルに小さく「※ミラー」と付いている。


「これ、見てもらえない?」


「公式のじゃないのか」


「元の配信は途中で落ちた。でも……切り抜きとミラーが一気に出回ったの。最悪よ」


 再生ボタンが押され、映像が動き出す。


 石造りの壁。湿った空気。奥の暗がり。——ダンジョン内部。

 画面の中央には、端正な顔立ちの青年が映っていた。


 髪は左右で色が違う。右が白、左が赤。瞳は深紅。年齢は……十代後半くらいに見える。

 あたしは毎日配信者の情報をチェックしてる。だが、こいつは見たことがない。


 ——なのに、チャット欄の流れだけは異様に速い。


『やっほ~お前様ら。見えてる? 見えてっか分かんねえな。まあいいや』


 少し高めの声。青年は、にやりといたずらな笑みを浮かべた。

 そして、まるで演説みたいに声を張り上げる。


『俺さあ、雑魚が嫌いなんだよね』


 瞬間、チャットが爆発する。


『は?』

『みんな急いで通報!』

『そこどけよ人殺し!』

『何様のつもりだよ』


 それらを眺めて、青年は心底楽しそうに続けた。


『……あ、勘違いすんな。お前様らみたいな弱い奴が嫌いなんじゃない』


 笑ってるのに、目が笑っていない。乾いている。


『**雑魚のくせに、弱者相手にだけ強者ヅラするクソ雑魚**が嫌いなんだよ。

 国に選ばれたって肩書き背負ってさ。雑魚モンスター相手に無双して、ヒーローごっこして、

 それでお前様らに囲われて自分は“強い”って思い込んでる——ああいうの。ま~じで無理』


 胸の奥が、嫌な冷え方をする。

 こいつ、ただの炎上狙いじゃない。言葉の選び方が——“狩る側”のそれだ。


『だからさあ……今ここで、日本政府に宣戦布告しま~す!』


 にこにこ笑って言い切り、青年は立ち上がった。


 ——その瞬間、見えた。


 椅子代わりにしていたもの。

 血に濡れて、地面に倒れ伏す、中性的で小柄な配信者の姿。


「……えるまちゃん!?」


 国家公認配信者『えるまルマるま』のえるまちゃん。可愛い見た目で若い女性層に人気——なのに、戦闘になると急にキレが変わる“ガチ”のやつだ。その“ガチ”が、床に転がっている。


 喉が、からからに乾く。


『今日から毎日、ダンジョン配信者をぶっ殺していくから。特に国家公認のやつ』


 青年は、さらりと言った。

 まるで「今日のメニュー」を読み上げるみたいに。


『ああ、逃げたりしたらダメだよ?』


 口調だけは軽い。だから余計に寒い。


『逃げたら次は、公認だとか関係なく、**弱いやつを踏み台にして“強い気”になってる連中**を片っ端から潰す。

 企業の看板背負ってダンジョンでイキってるやつも、不法侵入で弱い奴狩ってるやつも、同じ。

 ……結局、弱者踏んで笑ってんのは、一緒だしさ』


 ——矛先が、広い。

 ただの復讐じゃない。標的の分類が、独自の“正義”で出来上がっている。


 青年は壁にスマホを立てかけ、少し距離を取る。

 両手を広げる姿は——観客に手を振る舞台役者みたいだった。


『さあ、かかって来いよ! 正義のヒーローども!』


 笑顔が、薄い。

 目だけが、妙に乾いている。


『俺はゼロ。弱者の味方っていうよりか——**弱者を踏むクソ雑魚の敵**だ。

 俺が悪で、お前様らが正義だってんなら——勝てるよな?

 強いんなら、この俺を倒せるよなあ!!』


 ゼロが地面から何かを掴み、ゆっくり振り上げた。


 ——巨大な斧。


 あたしの斧と同じくらいの大きさ。なのに、片手で持ち上げている。

 しかも、見た目に機構がない。純粋な“力”で。筋肉だけで。


(こいつ……化け物だ)


『それじゃ、対戦待ってるね』


 ゼロが斧を投げる。

 直後、ガンッ——画面が激しく揺れ、スマホが叩き割られたのか、映像はそこで停止した。


 横目でらいこを見る。

 平静を装っているのに、怒りが漏れてる。目の奥が、火みたいに熱い。


「こいつはゼロ。本名、住所、年齢、全部不明の特級ダンジョン犯罪者」


 らいこが、噛み殺すように言った。


「すでに公認配信者が数人やられてる。ギフト持ちなのは確実。でも、ギフトの詳細はほとんど分かってない。分かってるのは——」


 らいこの視線が、まっすぐあたしを刺す。


「こいつには、ギフトを封じる、もしくは無効化する力があるってこと」


 ——たしかに最悪だ。


 ギフト頼りの戦い方が、通じない。

 それはつまり、優秀なギフトを持ったNDKの配信者でも太刀打ちできないということ。


 しかも、祈里がいると危険が跳ね上がるかもしれない。あいつは“庇える”けど、そのぶん“庇ってしまう”。あいつの異常回復の能力も無効にされたら、危険だ。

 ……なら、祈里がいない今しかない。


 守れなかった罪を清算できる、唯一の時間。


「こいつをぶっ飛ばすのを手伝って。日比野さんも動いてるけど……多分、私たちギフト持ちだけじゃ歯が立たない」


 らいこが言う。


「あなたの力が必要なの」


 断る理由がない。


「……分かった。いつから動く?」


 らいこの口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かぶ。

 そしてこいつは、なぜかそこで——タルトを手づかみにして、一口で口に放り込んだ。


「ひふぁふぁらふぉ!」


「食べてから喋れ!!」


 もぐもぐ。ごくん。

 らいこは咳払いをして、言い直す。


「今からよ! 三十秒で支度して!!」


「無茶言うな……いや、言うと思った」


 椅子を蹴って立ち上がる。斧の柄に手をかけた瞬間、重みが掌に戻ってくる。

 ——大丈夫だ。これは、ただの鉄塊じゃない。あたしが積み上げてきた“責任”だ。


 祈里がいない、数日間。

 その間に——全部終わらせる。


 守られる側で終わらないために。

 次は、守る側に戻るために。


 そのために、あたしたちは立ち上がった。

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