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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第二章:女神ちゃん、合宿に行く

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第29話:清掃委員のお仕事だそうです

 放課後の教室。

 帰りのホームルームが終わり、ほとんどの生徒は部活か帰宅かで、もう席を立ってしまっている。廊下の喧騒も、階段を駆け下りる足音も、遠ざかっていくにつれて薄くなって――最後には、教室に「しん」とした空気だけが残った。


 のんびり帰るのは、昔からの日課だ。

 みんながいなくなった教室で、机の上を整えて、カバンの口を閉めて、窓の外を少し眺めてから立ち上がる。……その一連が、僕にとっての“落ち着く”っていう時間だった。


 ただ、今日は昨日までと違って、少し居心地が悪い。


 ……暑い。


 もうそろそろ五月。

 この前まで寒い日が続いていたのに、異常気象を疑うレベルで今日は暑かった。窓から入ってくる風もぬるくて、日差しが染みこんだ床がじわりと熱を返してくる。


「半袖で来ればよかった……」


 数学のノートでパタパタ扇ぐと、一瞬だけ涼しくなるけれど、それでも限度がある。帰りのHR終わりにクーラーは切られてしまい、教室はだんだんと暑さに飲まれていく。首の後ろに汗が滲んで、制服の襟が妙に気持ち悪い。


「細っこいのに、案外暑がりなんだね」


 そう言って、鏑木さんが僕の机の上にすっと腰を掛けた。椅子じゃなくて机の上。堂々としたものだ。


 赤茶色のポニーテールが、肩甲骨のあたりで揺れる。

 彼女は長袖でも平然としていて、一切汗なんてかいていない。窓の外の青空を眺めるその横顔からは、どこか涼しげな印象すら受ける。


「うん。あんまし……暑いの、得意じゃないかも。鏑木さんは?」


「見ての通り。むしろ肌寒いくらい」


「ええ……」


 運動部って暑がりのイメージがあった。筋肉量が多いから、とか。

 でも、鏑木さんは逆らしい。彼女は肩をすくめて、わざとらしく腕をさすった。


「そんなことないよ。その分、冬は地獄だし。なにより部活中が地獄……」


「寒い中でテニスって、確かに辛そう……」


 思い出したのか、鏑木さんは青い顔をして、さらに身震いまでしてみせる。運動中は厚着もできないだろうし、寒がりにとっては、地獄なのかもしれない。


「だから、これぐらいの時期が一番好きだな~」


 ぐぐっと気持ちよさそうに身体を伸ばす鏑木さんは、嬉しそうに外へと視線を向ける。


 僕もつられて窓の方を見る。

 一瞬、窓ガラスに映った鏑木さんの視線と目が合った気がした。……けど、彼女の目はすぐに空へ向いてしまって、やっぱり気のせいだったのかな、と思う。


 外は、雲ひとつない青空だった。

 そこに一本、白い飛行機雲がまっすぐ引かれている。見ているだけで気持ちがいい。


「ほんとだ。綺麗な飛行機雲」


「だよねえ……」


 会話が途切れる。

 長い沈黙が間に落ちるのに、なぜだか気まずくない。むしろ心地いい。鏑木さんは、にこにこしながら空を眺めている。


「……空、見るの。好きなの?」


「……好き。青空も、雨が降ってる空も、全部好き」


 独り言みたいに、ぽつぽつと言葉を零す。

 その声は小さくて、でも不思議と耳に残る。


「なんか……見てると落ち着くんだよね。小さい頃は上ばっか見てて、よく転んだよ」


 自嘲気味に笑う横顔が、可愛らしい。

 こっちまで頬が緩んでしまう。


「……そういえば。凛さんも、空を眺めるの好きだって言ってたな」


 ぽつりと言葉を零してしまった次の瞬間。


 ギロッ。


 鏑木さんの“目線だけ”が、こちらを刺した。


(やばい……)


「ずっきー……いや、鈴木君」


「は、はい……なんでしょう」


 顔は窓へ向けたまま。じとーっとこちらを睨みつけながら、彼女は口を動かす。

 香苗のお説教モードを思い出す。脂汗がじわりと滲んで、ごまかすような苦笑いまで浮かんでくる。


「女の子と話してるときに、他の女の子の名前を出すのはギルティだよ」


「い、いやあれだよ!? 別に鏑木さんとの会話に退屈して――」


「ギルティ……」


「……ご、ごめんなさい。次からは注意します」


 わざとらしく大きなため息をついて、鏑木さんはまた青空へ視線を戻す。


「鈍いよねぇ……ずっきー。鈴木にぶたろう、とかに改名したら?」


「そ、それは勘弁していただけないでしょうか……」


「ふふっ……冗談!」


 にこっと、いつもの明るい笑顔。

 ……に見えたが。


「あはは……なあんだ、ただの冗談……」


 ほんの一瞬、眉間にしわが寄った気がして、僕は言いかけた言葉を飲み込んだ。


(触らぬ神に祟りなし……)


「そういえば、鏑木さん。今日は部活はないの?」


「いやあ……それがね。ちょっとばっかり、ずっきーに頼みたいことがあってさ……」


 鏑木さんがそこまで言ったとき。


「あ、あの……鈴木君……」


 横から声が入った。

 同時に、視界が大きな影で塞がれる。僕も鏑木さんも驚いて、そちらへ目を向けた。


「あ、えっと……その、いきなり……ごめんなさい……」


 そこに立っていたのは、同じクラスの――。


「どうしたの、あこちゃん?」


 鏑木さんが呼んでくれたおかげで思い出せた。

 熊谷愛子くまたにあいこさん。お母さんがアメリカの方らしく、髪は綺麗なブロンド。きっちり三つ編みにまとめられたおさげが揺れている。黒縁の眼鏡の奥には、透きとおる碧眼。


 そして――“色々“と、大きい。

 とにかく背が高い。凛さんほどじゃないけど、女子の中だけじゃなく男子の中でも目立つくらいだ。


(そして胸部のあたりに……視線が……つい……)


「ずっきー……目線……」


 どすの効いた鏑木さんの声。

 慌てて胸元から目線を外すと、鏑木さんが“汚物を見る目”で僕を見下ろしていた。変な汗がぶわっと噴き出す。


「ど、どどど、どうしたのかな熊谷さん!?」


「あの……今日……清掃委員会のお仕事があるから……鈴木君にも……来て、欲しくて」


 熊谷さんはちらちらと僕の目を見て、それでも恥ずかしそうに何度も逸らしながら言った。


 ……清掃委員。

 確か熊谷さんはそうだった。僕は別に委員じゃないけど、熊谷さんが一人で黙々と掃除しているのを見かけるたびに、つい手伝ってしまっていた。もしかして、清掃委員だと勘違いされてる。


「そっか。言い忘れてたけど、ずっきー、今年から清掃委員になったから」


「え!? なんで?」


 うちの学校、委員会って基本三年間固定だったはずだ。

 なのに、どうして僕が今さら。


「新学期早々、前の清掃委員だった男子がごねだしてさ。それで……」


 ああ、なるほど。

 このクラスでの僕の扱いは、体のいい雑用係みたいなものだ。先生も分かっていて、だから僕なら文句を言わないだろう、って勝手に決めたんだろう。


「そ、その……ごめんね、鈴木君……別に鈴木君が許可したことでもないし、やっぱり私、先生に……」


 踵を返して教室を出ようとした熊谷さんの腕を、僕はとっさに掴んでしまった。

 彼女はびくっとして、恐る恐るこちらを振り返る。目は、やっぱり合わせてくれないけれど。


「いや、別にいいよ」


 言ってから、笑顔を作ってみる。


「うん! 今日から清掃委員、鈴木祈里として頑張ります!!」


 熊谷さんが驚いた顔で、初めてしっかり僕の顔を見た。

 目が合う。ほんの一瞬だけでも、それが少し嬉しかった。


「あ! ごめん鏑木さん……」


「いいよ。わたしも部活あるし。あとで話すから。でも、先に帰ったりしたら許さないからね」


 鏑木さんは鞄を肩にかけ、にやりと笑う。


「ありがとう。また後で」


「うん、また後で」


 そうして鏑木さんは教室を出ていった。

 出る瞬間、こっちに軽く手を振ってくれたので、僕も振り返した。


 視線を戻すと、熊谷さんはまた目を逸らしてしまう。

 でも今は委員会の仕事が優先だ。


「それで、今日の活動は?」


「使われてない……花壇の清掃……です」


「了解! 任しておいて!」


 腕をまくって、細い腕にぎゅっと力を入れてみる。

 筋肉なんて存在しない。ぷるぷると腕が揺れるだけだ。


「ふふっ……ありがとう……」


 それでも熊谷さんの表情が、ほんの少し柔らかくなった。

 ……この腕にも、ちゃんと価値はあるらしい。


 熊谷さんの後についていくと、校舎裏の花壇に辿り着いた。

 薄暗くて、ほとんど日が入らない場所。なんでこんなところに花壇を作ったのか疑問になるレベルだ。雑草はぼうぼう、囲いの石レンガには苔が広がり、土は踏まれず固くなっている。これを綺麗にするとなると、なかなか骨が折れそうだった。


 でも横を見ると、熊谷さんの顔は明らかに“やる気”だ。

 ……たぶん掃除が好きなんだろう。そんな人を前にして「やらない」なんて選択肢、僕には取れない。


「よし! それじゃあ、頑張って始めようか!」


「……うん」


 強く頷いてくれる。


 そこからは、本当に長かった。


 まずは草むしり。

 とにかく生えまくった雑草を、ブチッ、ブチッと抜いてゴミ袋に入れていく。最初こそ順調だったのだが――。


「きゃあ!」


「熊谷さん!?」


 熊谷さんが立ち上がって伸びをしたとき、後ろにあった石に躓いて転びかける。

 反射的に駆け寄った僕が、見事に下敷きになった。


「ご、ごめん……!」


「だ、大丈夫……! まだ生きてる……!」


 次に、ゴミ袋。


「熊谷さん……それ、一気に全部運べる? 分けた方が――」


「ごふぁ!!」


「熊谷さん!?!?」


 雑草を詰めたゴミ袋を三つまとめて背負おうとした熊谷さんが、重さに耐えられず後ろに倒れる。

 結果、ゴミ袋が破れて雑草が散乱し、回収作業でさらに時間がかかる。


 そして、水。


「熊谷さ~ん! 水出すよ~!」


「ぶぼぼぼぼぼ!?」


「熊谷さん!?!?」


 石レンガを洗おうとホースに水を通したら、なぜか先端を覗き込んでいた熊谷さんが直撃を受ける。

 びしょびしょ。眼鏡もびしょびしょ。


 本当に、終わるまで倍くらいの時間がかかった気がする。


 気づけば日は落ち切って、あたりは真っ暗。

 校舎の窓の明かりも減って、遠くの体育館だけが眩しく光っていた。


「おわったああ!!」


 眼前には――ぴかぴか綺麗になった花壇が……暗すぎて、あんまり見えないけど。


 でも、結果が見えなくても、やりきったという達成感は確かにあった。胸の奥が、すうっと軽くなる感じ。


 余韻――いや、ちょっとした感傷に浸っていると、ぽんぽんと肩を叩かれる。熊谷さんだ。


「あ……の。ありが……とう」


 ちら、ちらと何度も目を逸らしながら、それでも僕の目を見て言ってくれた。

 心が、ぽっと温かくなる。


「別にいいよ。そんな……僕だって清掃委員なんだし……勝手に変えられただけだけど」


 そう言った僕の声は、冗談めかしていたつもりだった。けれど、最後の一言だけ、どうしても棘が残ってしまう。

 熊谷さんはそれを拾ったのか、拾ってしまったのか。口を開きかけて――閉じた。


 眼鏡のつるを指先でそっと押さえ、落ち着かせるように息を吸う。

 それから、手元の軍手の指先をぎゅっと握りしめた。白い指が、ほんの少し赤くなる。


 視線が僕の顔へ向かって、途中で落ちる。

 もう一度、上がって、また落ちる。


 言いたいことが喉のあたりで渋滞しているみたいに、唇だけが小さく動く。

 それでも、最後には決めたみたいに、熊谷さんは一歩だけ近づいた。すぐにその一歩を後悔したみたいに、半歩引きかけて――踏みとどまる。


「そのね……やっぱり……嫌なのかな……って、思ってた。さっき……嫌そうな……顔してたから」


 おそらく、教室で委員会変更を聞いたときの、僕の反応のことだ。


「驚いただけだよ。嫌がるなんて、そんなことない。むしろ……清掃委員に変われて、僕、嬉しいよ」


「え……?」


 月明かりが差してきて、お互いの表情がやっと見えるくらいになる。

 花壇も、ちゃんと綺麗になっていた。暗いのに、それでも分かる。石レンガの苔が落ちて、土の面が整っていて――僕らが確かに“やりきった”跡が残っている。


「これまで清掃委員会って言ったって、熊谷さん以外、まともに活動してる人、いなかったでしょ。……それが、ずっと悔しかったんだ」


「どう……して……鈴木君が、悔しいの?」


 熊谷さんは、少し首を傾げる。

 理解できない、というより――自分のことに、そこまで感情を向けられる理由が分からない、みたいな顔。


「だってさ。熊谷さんはちゃんと頑張ってるのに。頑張れば頑張るほど、周りは“まあ熊谷がやるでしょ”って、どんどんサボって……最後には熊谷さん一人が黙々と掃除してる。……そんなの、変だよ」


 熊谷さんは、ゆっくりしゃがみ込んだ。

 警戒を解いて、同じ目線まで降りてきてくれるみたいに。夜の空気の中で、眼鏡の奥の碧い目だけが、少しだけ揺れる。


「だから……今まで、委員会に入ってるわけでもないのに……手伝ってくれてたの?」


「うん。それもある。……だって、頑張ってる人が“報われないまま”って、嫌じゃん」


 言い切ったあと、自分でも少し熱くなったのが分かった。

 熊谷さんはその言葉を噛みしめるみたいに、ゆっくり目を閉じる。

 それから、ゆっくり開いた。


「次はね……お花を植えようと思ってるんだ」


「いいね! ヒマワリとかどうかな?」


「ひ、ヒマワリはちょっと……」


「だめだった?」


「咲いてたら……すごく素敵だと思う。でも、日陰だから……ここ」


 確かに。

 じゃあ、日陰でも育つ花を選ばないと。


「熊谷さん、植物とか詳しい?」


「……ううん」


 ぶんぶん首を振る。三つ編みが小さく揺れた。


「そっか。それじゃあ今度、図書室で一緒に調べてみよう」


「うん!」


 熊谷さんから、今までで一番大きい声が出た。

 自分でも驚いたのか、彼女ははっとして、頬まで真っ赤にして俯いてしまう。


 でも――嬉しそうだった。

 その表情が見られただけで、今日の疲れが少しだけ報われた気がした。

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