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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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第25話:単眼の少女

 ……だめだ。全くもって授業に集中できない。


 飛び立っていったらいこさん。例の男を追跡中だという凛さん。二人のことが心配で、黒板の文字が頭に入ってこない。先生の声も、教室のざわめきも、遠くの音みたいにぼやけていく。


「……もし、二人になにかあったら」


 教壇のすぐ目の前の席。先生と目が合えば即アウトな距離だというのに、身体のそわそわが止まらない。太ももが勝手に揺れて、机の下で靴先が小刻みに鳴る。ノートにペンを走らせても、書いているのは意味のない線ばかりだった。


 そんな時だった。


 コツン、と軽い衝撃が頭に当たり、机の上に白い何かがぽとりと落ちる。


(……紙? なんか書いてある)


 気になって解いてみると、丸っこい字で短い言葉。


『ずっきー、大丈夫? もしかして体調悪い? 鏑木より』


 胸の奥が、ふっと緩む。


 ちらりと後ろを振り返ると、窓際の席で鏑木さんが両手を合わせて、申し訳なさそうにこちらを見ていた。たぶん、紙が頭に当たったことを謝っているんだろう。わざとじゃないなんて、言われなくても分かるのに。


(心配、してくれてるんだ)


 お手紙をもらったのであれば、返さねば不作法というもの。


 僕も急いでノートの切れ端をちぎり、短くメモを書く。丸めて、ぽい。


『全然大丈夫だよ。心配させてごめんね』


 メモを見た鏑木さんは、ぱっと笑顔になってピースをしてくる。僕も小さくピースで返した。


 まあ……凛さんたちなら、大丈夫か。


 そう考えに至って、ようやく黒板へ視線を戻す。


 ――そして、目が合った。


 真正面。こちらを睨みつける体育教師の顔と。


(終わった)


 ◇


 一方そのころ、桐生凛。


 ドトトトトト!!!


 雨粒がヘルメットの表面を叩き、風切り音が耳元で唸る。濡れたアスファルトは黒く光り、白線が伸びては消えていく。


 車の隙間を縫うようにして走る一台の大型バイク。そこに跨っているのは、あたし――桐生凛だった。


 上空には黒い翼を生やして空を駆ける、例の黒スーツの男。飛行速度が異常に早い。少しでも気を抜けば巻かれる――が、男はまだ自分が追われていることに気付いていない。


 らいこの姿が見えない。だから気を抜いている。


 そのおかげで追跡は、ぎりぎり成立していた。


「もしもし、凛! 聞こえてる?」


 ヘルメットのインカムに割り込んできたのは、らいこの声。


 通話はつなげていない。となると祈里のスマホ経由か。


「聞こえてる。祈里は無事だったか?」


「とりあえずは大丈夫そう。でも、どうもギフトの“回復”の方の調子が悪そうだったわよ」


 ギフトの不調――祈り不足か。だが今は考えている暇がない。


「分かった。こっちは今も追跡中だ……っと、進展あり」


「なに?」


 空を飛んでいた男がゆっくりと高度を下げる。そして少し前を走る黒いバンの上に、まるで重さがないみたいに着地した。


 その瞬間、バンのスライドドアが中から開き、男は中へと飛び込んだ。


「例の男、ええい面倒! こっから“黒腕くろうで”と呼称する!!」


「で、その黒腕が今、目の前の黒いバンの中に入った!!」


 ナンバープレートが曲げられている。あのバンの中にいるのも、件のダンジョン犯罪者の一派だろう。


「おそらくバンの中に数名の仲間がいる!」


「了解! ごめんだけど、もうちょっとスピード落として、凛!!」


 一瞬、意味が分からなかった。が、らいこが考えなしに命令するはずがない。とりあえずアクセルを若干戻して減速する。


 その瞬間だった。


 ドシン!!


 バイク後部に衝撃。空から何かが降って来たような重さ。


「ごめん! 乗せて!!」


 らいこか。ヘルメットはもちろん被ってない。こりゃあ後で警察に怒られるやつだ。


「どうした? 調子悪いとは言わせないぞ」


「仕方ないでしょ! ギフトの性質上、雨の中だと威力が下がって、スピードが出せないのよ!」


 らいこのギフトは地雷――足元から爆発を起こすギフト。雨で足元が湿ると爆圧が逃げるのか。初耳だが、理屈は通る。


「しゃあない。しっかり掴まってろ!!」


 アクセルをまた全開。らいこが乗った分、目立ちすぎると相手に存在がバレる。車一台を間に挟んで追跡を続行。


「……待て。このルートは……」


「なに、なんか分かったの?」


「おそらくだが、あいつら高速に乗る気だ!」


「……中々俗っぽい悪党ね。悪党ならもっとヘリとか使いなさいよ」


 そう言いながら、らいこはポケットからスマホを取り出してどこかに連絡をかける。


「もしもし、こちらジライちゃん。現在ダンジョンの夜明け団の構成員を追跡中! ああもう面倒! 左京さんに代わって!!」


 連絡先はおそらくNDK本部。こういう時、国家組織がいると話が早くて助かる。らいこの数少ない有用な点だ。


「ごめんなさい、左京さん! 高速道路、封鎖して! 場所は今の私の現在地から一番近い入口!!」


 一方的に話を終わらせると、らいこは返事も聞かずに通話を切った。


「良いのか? そんな雑で……」


「緊急時にいろいろ考えてられないでしょ!」


 こいつのこういうところは、素直に尊敬できる。


 そして、車の速度は中々早い。十分も経たずに高速入口へ着いてしまった。


 流石は国家組織。入口にはすでにパトカーの赤色灯、三角コーン、警官の姿。雨の中、制止の腕が光って見えた。


 黒いバンは減速しない。警察の静止をガン無視して、そのまま高速へ侵入した。


「凛! こっちの気にしなくていい! かっ飛ばして!!」


「いいんだな!!」


 こっちもアクセル全開。一瞬警官が動こうとしたが、後ろに座るらいこの姿を見ると、すぐさま敬礼して素通りさせてくれた。


 前方を確認する。規制を張っているのか、高速道路はガラガラ。車が一台もいない。


(早すぎるだろ……)


 だが、こっちにとっては好都合だ。バンと大型バイク、どっちが速いかなんて自明の理。


 びゅんっ! 一気に加速。だが、あっちも相当速い。改造車両か。


「凄いでしょ! うちのトップの左京さん! 仕事の早さなら世界一なんだから!!」


「黙ってて。舌噛んでも知らないぞ!!」


 少しずつ距離が縮まってくる。時速は優に二百を超えている。エンジンが悲鳴を上げるのが分かる。


 さすがに相手も怪しむ。バンの窓が開き、そこから例の黒スーツの男が顔を覗かせた。白い麻袋がばたばたと風にたなびく。そして、手には拳銃。


「凛! 危ない!!」


 バンッ!!!


 正確に狙いをつけられ発射された弾丸が、バイク前面の風防に当たる。


 ――ガン。


 硬い音。弾は弾き返され、風防に浅い傷が走るだけだった。


「特製の防弾ガラスだ! 簡単には抜けんさ!! でも……っ」


「きゃっ!?」


 即座に車体を傾け、壁ぎりぎりへ寄せる。次の弾が、先ほどまでタイヤがあった路面を削った。


(狙いはタイヤ……!)


 車体を狙っても意味がない。なら、狙うのはタイヤ一択。こっちは一輪でも壊されたら終わりだ。


 だからこそ、男が顔を出している窓から死角になるよう、そのままバンの真後ろに張り付く。


 キキィ――!


「凛、前!!」


 刹那、ベタ付けした瞬間にバンが急ブレーキ。背面が一瞬で迫ってくる。


「っ!」


 その瞬間、急旋回。右に思い切り倒し、バンの横を抜ける。


「らいこ!」


「分かってる!!」


 横を抜ける刹那、らいこはあたしの肩を掴んで体を浮かせ――


 ドゴオオン!!


 車体側面へ思い切りキック。爆発の勢いも乗せた一撃で助手席のドアは大きくへこみ、車はバランスを崩して大きくよろめいた。


「やった!!」


 バドン!!


 もちろんこっちも大きくよろめく。だが、即座にらいこはあたしの肩を支点に足を反対方向へ送り、そこで爆発。爆風で強引にバランスを取り戻す。


 ――が、それは相手も同じだった。


 黒腕が伸縮し、形を変え、細長いロープのようになる。先端が錨のようにアスファルトへ突き刺さり、それを支点に車体の姿勢を立て直した。


「……なかなかの手練れだな、あいつら」


「ええ……正面戦闘なら負けようがないけど……こうも悪条件が重なると……凛!!」


 こっちが前に出たということは、あっちからしてみれば狙い放題だ。


 バン! ……バン! ……バン!


 何発も弾丸が発射される。


「しっかり掴まってろ!!」


 背中がぎゅっと掴まれる感覚。それを確認してから、車体を大きく傾ける。


 ミラーで後方を見ながら、狙いの方向を読む。避ける。避ける。避け続ける。


 一発でも当たれば終わり。


 精神が削られる状況で、あたしは重要なことを忘れてしまっていた。


 ――上だ。


 ビュン!! ザシュ!!


「黒い腕が!!」


 らいこの叫び声。その瞬間、腹部に激痛が走る。


「くっ……!?」


 見ると、黒腕が真っ黒な槍のように変形し、あたしの腹部を貫通していた。


(あたしに刺さってるってことは……)


 チラリと後方を確認。らいこの腹にも、同じ槍が突き刺さっている。


「前を走るのは得策じゃない。すまん、らいこ! 速度を落とす!」


「了解!!」


 アクセルを緩めた瞬間――


 バゴン!!


 後方から爆発音。らいこが、刺さった槍の根元へ至近距離の爆発を叩き込んだのだ。


 黒い槍がどろどろと溶けて液体みたいになり、体から抜け落ちていく。


 そして急ブレーキで一気に後ろへ。そこをバンが通り抜け、前へ出た。


「どうする、らいこ。いったん引くか!?」


「ううん。追跡続行。絶対に逃がさない!」


 ミラー越しに映るらいこの顔には、にやりとした不敵な笑みが浮かんでいた。


「だって……この先からは私の独壇場よ……」


「……そういうことか」


 目の前、少し先にトンネルが見えてきた。超長い海底トンネル。外に出るまで時間がかかる。


 そして、トンネル内部に入る。


 空から打ち付けていた雨が止む。音が変わる。湿った風が途切れて、乾いた空気が肌に当たった。


「行ってこい! らいこ!!」


「ええ!!」


 ドンッ!


 後方から大きな衝撃。らいこが飛び立つ衝撃。


 一気に彼女はバイクを越し、前のバンに接近していく。


 黒腕がまた槍の形になって、らいこを追う。


 だが空中戦において、らいこに叶うわけがない。


 槍は途中から何本も細い槍になり、弾幕のようにらいこを襲う。けれど彼女は、その槍の隙間をくぐっていく。爆発で角度を変え、速度を変え、軌道を変える。


 そして――バンの上に着地。


 刹那、バチバチと足元が弾ける。


「さあ……終わりよ!!」


 らいこは目を見開き、足元に力を入れた。


 その時だった。


 車の中から、男の声が聞こえた気がした。


「……よかった。間に合いましたか。我が家族たちよ……ただいま……」


 悪寒が背を走る。叫ぼうとする。だが、その時にはもう遅かった。


「らい――」


 ドゴオオオオン!!!


 一瞬の出来事だった。


 前を走るバンのさらに前方から、何かが飛んできた。


 少女の姿をした異形。


 ひとつ目の怪物。緑色の髪がくるくると巻かれ、額からは一本の短い角。手には鉄の棍棒。黒いスーツに、腰へ巻いたジャケット。


 一見、ただの少女にしか見えない。


 だが――速度が違う。重さが違う。存在が違う。


 単眼の怪物は前方から飛来し、その勢いのまま車上のらいこの腹部へ蹴りを突き刺した。


 ぐにゃり、とらいこの身体が折れ――次の瞬間、車上から吹き飛ぶ。


 らいこは全身から力が抜け落ちたみたいに、弱々しく後方へ……こちらへ飛んでくる。


 そして車上で棍棒を持ち、仁王立ちする怪物と目が合った。


 直感した。


 ――らいこは、死んだ。

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