第24話
次の日の朝。
アリシアとともに開店準備を行っていた。
……昨日のベストルの件は、アリシアには話していない。
ベストルはアリシアには手を出すつもりはない、と話していたし大丈夫だろう。
俺は店の入り口に、開店を伝える看板を置いた。
とりあえず、まだその看板は裏側にしておき、俺は改めて店の看板を眺めた。
……今日、ようやくフェイクの鍛冶屋が開店となる。
店の看板を眺め、嬉しい気持ちに浸っていると、アリシアが中から出てきた。
「こっちの準備、終わったよ」
「そっか。ありがとな」
「もういつでも大丈夫だよ」
いよいよだ。
俺は店の開店を伝えるために、入り口の扉を開け放つ。
両開きの扉を開いたまま固定するために石を置く。
入り口の看板を表側に切り替えれば、これで開店だ。
俺とアリシアは店内へと戻る。
それから、俺とアリシアは販売を行うためのカウンターへと行き、そこに用意しておいた椅子に座った。
あとはどれだけお客さんが来るかだな。
さすがに開けてすぐに誰かが来るということはない。
これは十分に予想していた。
しばらくは暇な時間が続くだろう。
俺はちらと鍛冶工房に繋がる通路へと視線を向ける。
そこには、椅子を並べて兵士たちが座っている。
お客さんからは覗きこまなければ見られることはないだろう。
カプリたちの他に、昨日泊まった兵士たちもいる。合計八人の兵士たちがいれば、アリシアに万が一ということもないだろう。
「あっ、フェイク! 誰か来たみたい」
アリシアが興奮した様子で俺の腕を叩く。
その声につられて視線を向けたのだが、しばらくしてアリシアがひくっと頬を引くつかせていた。
……入ってきたのはレベルトだったからだ。
レベルトは相変わらずの自信に満ちた表情で、護衛の兵士を入口に待たせ、一人中へと入ってきた。
「フェイク様、アリシア様。こちらにいると聞いてきましたよ」
「……ひ、ひさしぶり」
アリシアはレベルトが苦手なようで、少し表情がひきつっていた。
彼は悪い人ではないのだが、腹の底が分からない人でもある。
確かに、苦手な人は苦手だろう。
「久しぶりです」
「そんな仰々しい態度はやめてください。正式に婚約関係になられたんですよね? そうなれば、あなたの方が立場は上なんですから」
……そうは言ってもなぁ。
でも、公爵家の立場を貶めないためには、必要なことなんだよな。
「……わかったよ、そのかわり。こういう公式じゃない場所ではレベルトも普段通りに接してくれないか?」
「うーん……それはちょっと難しいと言いますか」
「頼むよ。あくまで友人として接したいんだ」
……レベルトとは今後も友人として対応したい。
俺の指摘に、アリシアが何か言うことはないので大きく問題ではないようだ。
「……はぁ、そこまでいわれるとなぁ。アリシア様、よろしいでしょうか?」
「うん……それで、大丈夫、だから」
アリシアがそういうと、レベルトは改めてにかっと笑った。
「それにしてもお店を開くなんてさすがだな、フェイク!」
「ただ開いただけでまだ誰もお客さんは来てないけどな。レベルトはどうして来たんだ?」
「まあ、軽く挨拶でもと思ってね。またお世話になるかもしれないしね。なにより、未来の花婿に顔を覚えてもらうためにね」
冗談めかしくウインクをしてきた彼に苦笑する。
確かに、それを理由にすれば外出も容易に行えるだろう。
「顔はもう十分覚えたさ」
「そうかい?」
「でも……別に花婿が誰かなんてそんなに重要なのか?」
「何を言っているんだい。貴族の間ではアリシア様の婿様が決まったということで話題が持ち切りさ」
「……そうなのか?」
それはそれで、なんだか面倒なことになりそうなのだが大丈夫か?
「まあ、そう深刻そうな顔をしなくても大丈夫さ! 君はドーンとしていたほうがいい。もちろん、君からすればほとんどの相手は君以下の立場の貴族なんだからね」
「ドーンと言われてもな。中々慣れないよ、さすがに」
「ははは、それはまあ仕方ないさ。まあ、あまり気負わずにな」
「……そう、だな」
「まあ、ゴーラル様の名前を傷つけるようなことがあれば、どうにかなってしまうかもしれないけどね?」
「……」
こ、こいつ。
彼はあっけらかんと言ったが、俺はそれが一番不安だった。
ゴーラル様は俺にも優しく接してくれている。あの人を支えられるような人間になりたいとも思っていた。
「レベルト……あんまりフェイクの負担になるようなこと、言わないで」
アリシアが目を鋭くし、低い声を上げる。いつも以上の迫力に、さすがのレベルトも慌てた様子で頭を下げた。
「申し訳ありません、アリシア様」
「フェイク、あんまり気にしないでね」
「ああ、分かってる」
難しい話なんだよな。
今の俺の立場よりも偉い人というのはそうはいない。
なので、多くの相手には毅然とした堂々とした態度をとる必要がある。
そうでなければ、公爵家の威厳がなくなってしまうからだ。
だから、したほうがいい、ではなくしなければならない、のだ。
とはいえ、偉ぶってもいけない。難しい塩梅だ。
「大変だよな、色々と……」
これから先、それらを考えていかなければならない。




