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宮廷鍛冶師の幸せな日常 ~ブラックな職場を追放されたが、隣国で公爵令嬢に溺愛されながらホワイトな生活送ります~  作者: 木嶋隆太
第二章

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第11話



 次の日。

 ゴーラル様が屋敷に戻ってくるのは今日だと聞いていた。

 午前中鍛冶を行ったあと、俺は書庫で今日も勉強中だった。


「家紋、家訓……さすがに全部を覚えるの大変だな」


 俺はこの国にいるたくさんの貴族たちについてを考えていた。

 それぞれの家には歴史があり、それに基づいての家紋や家訓がある。

 そして、これを覚えておけば相手がどの家かが一発で分かるようになるのだ。


 だから、覚えておいて損はない……どころか、覚えておいた方が接する態度なども決めておける。

 家訓を覚えておけば、それを基本に話題を振ることも可能となる。

 相手からすれば、自分の家の家訓を覚えていてくれたとなれば喜ぶこともあるとか。


 これらを自然な会話の中で指摘し、話題を膨らませることができれば立派な貴族の仲間入りというわけだ。


「確かに……大変だった」

「もうアリシアは全部覚えてるのか?」

「だいたいは、覚えてる」

「さすがだな……」

「小さい頃から教えられてたから。フェイクだって、小さい頃から鍛冶してたんだよね?」

「……まあ、そうだな」


 小さい頃からやっていることは覚えやすいともいうし、そういう部分もあるのかもしれない。

 とはいえ、それを言い訳にして覚えないということはできない。

 俺はもう一度家紋、家訓の一覧が書かれた紙を眺めていく。


「家紋や家訓はその家の背景から見ていくと覚えやすいかも」

「そう、だよな」


 バーナスト家の家紋や家訓がまさにそうだった。

 バーナスト家の家紋は、腰に持った剣に手を当てた男性と、その手前に剣と盾のマークが入っていた。

 そして家訓は『刃を磨き、刃と成れ』だ。


 バーナスト家の初代は、鍛冶師として国に剣を納めながら、自身も戦闘を行っていた人だ。

 だから、こういう家紋、家訓となったらしい。


 そうやって家紋や家訓は出来上がっていくらしい。

 これはバーナスト家だけではなく、だいたいの貴族家でもそうだった。


 貴族は、誇りと尊厳を大事にしている。

 今までは、それほど意識したことはなかったけど、これからは大事にしないといけない立場だ。

 俺はじっと記憶するように紙を見て、ぶつぶつと呟いていく。


 そうして、しばらく勉強をしていた時だった。

 不意に頬にぴとりと冷たい感触が襲う。


「ひ!? なんだアリシア!?」

「フェイク、もう一時間くらいずっとぶっ続け。休憩して」

 

 彼女はいつの間にか用意していたのだろう。冷たいコップを頬に当ててきた。

 中には冷えたお茶が入っているようだ。

 俺は手元の紙を机に置いた。

 もうそんなに時間が経っていたのか。なのに、あんまり覚えられている気がしない。

 このまま集中しすぎても記憶出来そうになかったので、俺は一度休憩をとることにした。

 アリシアを心配させてしまうかもしれないしな。


 俺の隣の椅子に座っていたアリシアが、椅子をすっと動かした。

 体を傾け、ぴたりと肩が触れ合う。


「アリシア……? どうしたんだ」

「あんまり頑張りすぎないでね」

「あ、ああ」


 その言葉とこの接触の意味は繋がらないと思うんだけど。


「……理由もなくくっついたら、ダメ?」

「いや、別にいいけど」

「よかった」


 嬉しそうに微笑み、アリシアが続けて口を開いた。


「二人きりで、こうしてゆっくり出来るだけでも、私幸せだから。そんなに無理して勉強しなくても、大丈夫だよ? お父さんもいいって言ってるし」

「……まあ、無理のない範囲でやっていくよ」

「うん」


 それにしても……。

 俺はアリシアの服へと視線を向けてしまう。

 今日のアリシアはいつもよりも薄着だ。


 比較的四季がしっかりとあるこの大陸だが、今日は夏日のように気温が上がっていた。

 屋敷内は魔法のおかげで一年ほぼ変わらず快適な温度が維持されているが、ひとたび外に出ればそれはもううだるような暑さだ。


 普段とは違うアリシアに、少しドキドキしてしまっていたが、今は勉強に集中しないとな。

 十分ほど休憩したところで、俺は再び手元の紙へと視線を向けた。


「アリシア、次の勉強に移ろうか」

「うん。それじゃあ、さっきの家紋とか家訓とかの穴埋め問題を解いてみよっか」

「お、おう」

 

 まだどれだけ解けるか分からない。

 アリシアやレフィが用意してくれた手書きの問題を見て、俺は気合を入れなおす。

 渡された問題を俺は解き、隣ではアリシアが俺と問題をのぞきこんでくる。

 ペンを走らせる音だけが響く静かな時間。それは心地良かった。 

 問題を解き終えたところで、俺は先程暗記に使っていた紙と問題を確認し、答え合わせをする。


「正解は半分くらいか……」

「うん。これだけ覚えられたら上出来。記憶力、いいほうだと思う」

「そうか?」

「うん。偉い偉い」

「何か子ども扱いしてないか?」

「いい子いい子」


 アリシアが冗談交じりに微笑んでくる。……まあ、悪い気はしないけどさ。


「アリシアは面倒見の良いお母さんになりそうだよな」


 これだけ熱心に誰かに何かを教えられるのは一つの才能だろう。

 俺がコップの飲み物を飲みながらそんなことを考えていると、


「ふえ!?」


 突然驚いたような声を上げたアリシアに、俺も遅れて気づいた。

 ……良いお母さんってことは、つまり俺との子どもってことになるもんな。

 そりゃあ、そういう反応するよな。


 顔を真っ赤にしたアリシアに、俺も照れ臭くなってしまった。

 とりあえず、勉強の方は順調に進んでいる……と思う。

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