第9話
突然のリガードさんの変化に、俺は驚きを隠せないでいたが、そこで気づいた。
あれ……? 他の人たちは顔色一つ変えていないぞ。
護衛の兵士や使用人はもちろんのこと、レフィやアリシアもだ。
あ、アリシアはどこか嫌そうな顔をしていて、普段とは違う表情なのだが、驚きという感じではない。
つまり、リガードさんのこの様子は普段通りってことでいいのだろう。
どこか呆れたような表情をしていることからも、俺の予想は大きくは外れていないのではないだろうか。
そんな疑問を抱かせてきたリガードさんは、アリシアの腰に縋り付くようにしていた。
「アリシア! 頼む! お兄ちゃん怖いんだ! 迷宮の攻略なんて一度もしたことがないんだから、お兄ちゃんと代わってくれ!」
何を言っているんだこの人は。
アリシアに迷宮の攻略を任せようとするような発言に、アリシアはため息を吐いた。
「兄さん。いい加減にして。家を継ぐことになる兄さんがこんな情けなくてどうするの?」
「そんな酷いことを言わないでくれよアリシア! オレは別に家を継ぎたかったわけじゃないんだ! ただただ、一番に生まれてしまったわけでできるのなら、弟に譲りたいとも思ってる……!」
なんて情けない宣言をするのだろうか。
発言内容はともかくとして、宣言した際の凛とした様子は、やはりゴーラル様の面影があった。
アリシアの、人前では、と言っていた言葉の意味を嫌でも理解させられた。
「それじゃあ、家を追放されても良いの?」
アリシアが冷たく言い放つと、リガードさんはアリシアから離れた。
頬を引くつかせ、顔は青ざめている。
首をぶんぶんと横に振って声を上げた。
「そ、それは嫌だ! というか、ずるいじゃないか! 弟たちはのほほんと家のお金を使って生活できるだろう!?」
「皆も、別にのほほんと生活するわけじゃない。今の兄さんみたいに領内の各地を担当することになるだけ」
「う、うう……だ、だったらオレがそれをやって別の誰かが領主を引き受ければいいだろう!」
「だから――」
リガードさんの言葉に、アリシアが呆れた様子で対応していく。
アリシアとリガードさんのやり取りを眺めていると、レフィがこそこそとこちらへとやってきた。
「あれが、リガード様です。バーナスト家の次期当主となります」
「……そ、そうですか」
レフィの言葉に、俺はそれ以上の返答はできなかった。
とても不安に見えます、というのが第一印象だったからだ。
貴族というのは基本的に長男が家を引き継ぐことになる。
ただ、長男に何か不幸があった場合はその限りではないらしいが。
実際、貴族の歴史を見れば長男が何かしらの事故で亡くなってしまい、次男、三男が家を引き継ぐこともあったそうだ。
……まあ、何かしらの事故に見えるだけで、実際は暗殺、毒殺などもあったそうだが。
アリシアとそんな勉強をしたことを思いだしていると、アリシアがこちらへとやってきた。
「フェイク。とりあえず部屋に行こう」
「……い、いいのか?」
「良くないぞぉぉぉ! アリシア! お願いだ! オレと一緒に作戦会議に参加してくれぇぇ!」
涙を流しそうな勢いでアリシアにすがりついているリガードさん。
その姿はあまりにも情けない。少しゴーラル様に似た雰囲気があるせいで、ゴーラル様がアリシアに泣きすがっているようにも見えてしまった。
「……もちろん、それは私も参加するから。とりあえず、一度私たちは部屋に行きたいの。いいでしょ?」
「あ、ああ……! アリシア! それにフェイクも期待して待っているからな!」
「え、俺も……?」
「ああ……! キミも戦えると聞いていたからな! オレの代わりに戦ってくれる人は大歓迎だ!」
「フェイクはあくまで鍛冶師として同行するだけ。兄さん、理解してる?」
「はっはっはっ。理解しているとも。ただ、仲間が増えるのは心強いだろう?」
「それはそうだけど……」
満面の笑顔とともに親指を立てたリガードさん。
堂々と情けない宣言ができるのは一つの才能だと思う。
そんなことを考えながら、俺はアリシアとともにリガードさんの書斎を離れた。




