切り裂く刃
俺は今日も早めの時間に登校する。
すっかりこの時間に登校するのも慣れちゃったな。
学校までの二十分は俺にとって心を整える大切な時間となっていた。
いくらクラスメイトと決別してボッチになったとしても、学校を、クラスを変えることは出来ない。
俺はただの高校生だ。
親の力を借りなければ生活も出来ない。……身体だけ大きくなったけど、まだ子供である。
――うん? 今日はボッチ達が少ないな?
いつも見かけるボッチ君やボッチちゃん達の姿が見えない。
彼ら彼女らにも、きっと学校以外で大切な人達がいるんだろうな。
俺みたいに……。
ふと、後ろから肩を叩かれた。
振り向くとそこに立っていたのは……ツインテールの小さな女の子であった。
全く気配を感じなかった……。
無言で俺を見つめる。
可愛らしいのに吊り目が強気な印象を与える。
「ふん……」
彼女は荒い鼻息とともに俺に手紙を渡した。
俺は戸惑いながらもそれを受け取る。
「あ、ああ、これは?」
「……」
ツインテールさんは、無言のまま小走りで俺を追い越して先に向かってしまった。
俺はポツンと立ち尽くしてとりあえず手紙を読むことにした。
『お手紙ですみません。いつも登校中に見かけていました。学校の噂であなたの状況を聞いて……。不躾ですが、同じボッチとして無理せず頑張って下さい』
文字の横に可愛らしいウサギのイラストがあった。
ウサギは人参を掲げて、『頑張るきゅ!』という吹き出しが書いてあった。
……ウサギって『きゅ』って鳴くのか?
――なんだこれは? 確か、いつも歩道の端っこを歩き、横断歩道は白い白線を踏む自分ルールがある娘だったな。
俺の噂? 学校中でいじ……られていた俺がボッチになった事か?
俺は手紙を見つめる。なんだか心がほんわかとしてきた。
ボケっと突っ立っている俺は、今度は横から声をかけられた。
「おい、貴様。……ボッチなめるなよ。俺たちの精神力の強さを愚鈍な生徒どもに見せてやれ」
優等生風ボッチの彼が恐ろしいまでの存在感で現れた。
彼は俺を一瞥すると鼻を鳴らして言い放った。
「……いつもと様子が違ったから声をかけただけだ。それ以上でもそれ以下でも無い。け、決して心配してるわけじゃないからな。ふん、勘違いするな!」
彼は眼鏡をクイッと持ち上げて颯爽と歩き始めた。
言葉はきついけど……俺の事を心配している感情が伝わる。
……はは、素直じゃないんだね。優等生君は。
俺も眼鏡をクイッと持ち上げた。
今度はコンビニから出てきた太っちょボッチが俺に迫る。
俺の前まで来たけど……無言のままであった。
少し待つと、やっと喋り始めてくれた。
「…………でゅふ……た、田中氏」
「俺の名前を知ってるの?」
太っちょボッチは下を向いたまま話しかけてきた。
「……た、田中氏は学校の有名人……。田中氏が……ボッチになって……正直、ざまぁだと思ってた」
――うん? 俺が有名人?
太っちょボッチは顔を上げた。
「う、うん……。り、リア充がボッチになってざまぁって……。でも、遠くから見ていると……ボッチを貫こうとしてる田中氏を見てると……俺も頑張ろうかな、って思ってきて……」
彼はいきなり頭を下げた。
「田中氏、ありがとう。ボッチの俺に勇気をくれて。……俺も頑張る」
足をもつれさせながら走り去る太っちょボッチ。
その後も、学校へ行く途中に様々なボッチたちと目が合った。
無言で頷くボッチ。
小さく手を振ってくれるボッチ。
恥ずかし気に声をかけてくれるボッチ。
――痛みを知ってるボッチ達。……それは普通の生徒も変わらないはずだ。いつボッチになるか分からない恐怖と戦っているだろう。
だから……おれは、
「――前を向く」
俺の心が高揚しているのが分かる。
ボッチたちの応援。
……俺よりも大変な状況のボッチもいるだろう。俺よりも心が弱いボッチもいるだろう
俺は気がつけば自分の拳を握りしめていた。
*************
俺は文芸部室にはよらずに普段よりも早めに席を着いた。
朝の登校はゆっくりと歩いていたから、いつもよりも遅い時間。
クラスにはポツポツと生徒達が登校していた。
クラスの空気感は無であった。
……佐藤さんはすでに席に着いていて、近寄りがたいオーラを放つ。
俺が佐藤さんに目で挨拶をすると、佐藤さんは小さく頷く。
俺は自分の席に座ると、数人のクラスメイトがおずおずと近づいてくる。
「た、田中君。い、いじり過ぎてごめんね」
「ははっ、あの状況じゃあ仕方ないよね……別に田中の事が嫌いなわけじゃないけど」
「無理っしょ? 逆らったら俺たちが……ね?」
今のコイツラはクラスの空気に支配されていない。
普通に育っていれば、普通の感性を持っているからな。
――ボッチになった俺は……コイツラを無視をすればこの場をやり過ごせるだろう。
こんな奴らと関わらなければいい。
――だが、ここも大切な……生きていくための空間だ。
媚びた面をするクラスメイト。俺は関係なかったという顔をするクラスメイト。
……切り捨てる? 威圧して伝播させて平穏な生活を送る?
――違う。
コイツラも前の俺と一緒なんだ。
だから、俺は席を立って……口を開いた。
「なあ、教科書を貸して卑猥な落書きをされてボロボロに返ってきたらどう思う?」
俺はクラスメイトの……関口に告げた。
「あ、う、うん……」
今度は菊池を見て俺は言い放った。
「面白がって俺の髪を引っ張って、廊下に引きずり回した事は覚えているか?」
菊池は下を俯いてしまった。
俺は続ける。
「プロレスごっこでパロスペシャルを本気でかけられて、肩を脱臼した経験はあるか?」
その場にいた全員は口を噤んでしまった。
教室にクラスメイトが続々と登校してくる。
クラスメイトは異常な状況に気がつく。
「お、おい、他のクラスに遊びに行こうぜ!」
「あ、ああ、そうだな!」
鮫島が眠そうな顔で現れた。
教室に入った瞬間、鮫島は目を見開いて……興味深そうに俺を見据えた。
出ていこうとしたクラスメイトの肩を掴む。
「ちょいまち、お前ら出ていったらハブにすっぞ? まあ座れや」
クラスのリア充の言葉に従う中位カースト生徒。
俺はそれを横目で見つつ無視をした。
次第に俺の声は大きくなる。
「あいつは俺の頭に卵を投げつけたよな?」
「お前は面白がって俺のカバンを隠したよな?」
「君は俺にわざとプリントを配らなかったよな?」
「あのグループは、俺と一緒に遊びに行ったのに……途中でいなくなったよな?」
「ねえ、ジュース代金はいつ払ってくれるの?」
「俺の壊された物は戻ってくるの?」
俺がボッチで一番身に付いたスキルはなんだ?
――観察だ。
俺はクラスを観察する。
同情心、俺はやってない、罪悪感、敵対心、様々な感情が渦巻いている。
クラスメイトは俺の言葉を聞き入っていた。
俺は一拍間を置く。
言葉をすり替えるな。逃げようとするな。
シンとしたクラスの空気を切り裂く言葉を放つ。
「……俺はいじられていたんじゃない。――俺は……お前らにいじめられて……おもちゃにされてたんだ!!!」
俺は教室に入ってきた茜を指差した。




