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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第48話「避れる別れと拗ねる猫」

――


 水臥小路惟人による騒乱から数日。


 屋敷で退屈を持て余していた壱子のもとに、客人が訪ねてきた。

 友人の少ない壱子のことだから、客と言ってもおおよその想像はつく。


「おお、よく来たな」


 来客の報せを受けた壱子が出迎えたのは、左大臣の娘・伊織である。

 伊織の姿を見て、壱子は首をかしげる。


「伊織、旅にでも出るのか?」


 その問いかけに、伊織はすこし緊張しながらうなずいた。

 壱子はとりあえず、「玄関先では良くない」と、伊織を客間に招いた。

 二人は、多くの親交のある多くの少女たちがするように、隣り合わせで腰を下ろす。


 伊織は、普段の手の混んだ編み込みの多い髪型ではなく、動きやすそうな一つ結びをしていた。

 いつもよりも端正で、数段大人びて見える伊織の顔は、わずかにやつれた様子があった。

 が、血色は良いようだ。

 そしてその中には、どこか姉・詩織の面影もある。


 伊織は言う。


(さき)の事件があって、皇都の屋敷を引き払うことになったのだ。これからは、南にいる縁者の家に住まわせてもらえるらしい」

「あ、そうか……」


 応じる壱子の表情には、寂しさと気まずさが(にじ)み出ていた。

 壱子としては伊織が遠くに行くことになるというだけでなく、その原因の一端は壱子自身にあると思っているのだろう。


 すると、伊織が慌てて言う。


「決して壱子を責めているわけではないぞ。(こち)の父が、壱子や壱子の父に戦いを挑んだのがことの始まりだ。そして父は敗れ、(こち)はその娘だった、というだけ。だろう?」

「しかし、私は──」

「もう言うな、壱子。確かに、(こち)が水臥小路の娘で、壱子が佐田の娘だから、(こち)らは離れ離れになってしまう。しかし、そうでなければ、(こち)らは出会うことすら無かった。(こち)はむしろ、壱子と出会えたことが嬉しい」


 まっすぐに壱子を見つめる伊織は、じつに晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。

 そんな伊織に、壱子はしばらく悶々としていた。

 しかし、やがて意を決して伊織の手を取る。


「そうじゃな。お主の言う通り、別れを嘆くよりも、出会えた幸運を喜ぼう。道中、無事であってくれ。私も、遠くない将来にお主を訪ねる」


 壱子は真剣な口ぶりで言う。

 すると伊織は突然、吹き出して笑い始めた。


 戸惑って、壱子は訪ねる。


「伊織、なにがおかしい?」

「いやなに、予想通りの反応だと思ってな。壱子は頭でっかちだからな、(こち)が慰めてやらねば、きっと気を病んでしまうと思った。どうすれば壱子が納得できるか、朝霧と相談していた甲斐があったというものだ」

「……むぅ、そんなに可笑(おか)しいか」

「可笑しい。しかし、安心してくれ。一緒に朝霧も付いて来てくれるし、それに……」


 言いよどむ伊織は、何を言おうとしたのだろう。

 その悲しげな瞳から察するに、松月に思いを馳せているのだろうか。


 壱子はどう返すべきか迷った。

 その時である。


「壱子、いるか!?」


 遠く、玄関の方から聞こえたのは、平間の声である。

 間もなく、客間の障子が開き、息を荒くした平間が転がり込んでくる。


「ここにいたか。壱子、例の罠だけど、かかったぞ」

「ほう、存外に早かったな」


 目を丸くする伊織をよそに、壱子は小さく鼻を鳴らした。


「で、何処にいる?」

「連れてきた。こっちだ」


 平間は伊織に軽く会釈して、部屋から退出した。

 状況が飲み込めていない伊織に、壱子は短く「まだ時間はあるか?」と訪ねる。

 伊織が頷くと、壱子は彼女の手を取ったまま平間のあとに続いた。


──


 佐田氏の屋敷には、庭に面した縁側がある。

 そこに腰掛け、壱子は庭に座らされた人物に目を細めた。


「……どうしてアタシが縛られているんですかね」


 まるで解せない、とばかりに、地べたに敷かれたゴザに座らされた紬は言う。

 そのぐるぐる巻きっぷりは、かつての平間を彷彿とさせる。


 不服そうな紬に、壱子は扇を手に口を開く。


「近衛府に手を回して、お主を手配しておったのじゃ。で、のこのこ関所に現れたお主を捕らえ、平間に連れてきてもらった」

「だから、どうしてアタシが手配されなきゃいけないんですか!」

「お主は私に何も言わずに去ろうとしていたじゃろう? 現に、お主が捕らえられたのは関所じゃ」

「うっ……でしたら、縄だけでも解いてくださいよ」

「ダメじゃ。逃げるものは縛り付けておかねば」


 広げた扇を口元にあて、壱子は紬を見据える。


「して紬、なにゆえ私の元を去る? 挨拶も無しとは、つれぬではないか」

「いや、だってアタシ、結構壱子さまに酷いことしてますし……貧民街に誘い込んだのとか……」

「酷い? 何を言っておる、あんなのは大したことではなかろう」

「……壱子さまこそ、何を言っているんですか?」

「お主の罠はある程度目星がついていたし、怖くもなかった、ということじゃ」

「負け惜しみですか?」

「残念ながら違うのじゃ、これが」


 ふふん、と鼻を鳴らし、壱子は楽しげに笑う。


「実は、近衛府に内通者がおってな。田々等(たたら)というのじゃが」

「……それ、本気で言ってます?」

「無論じゃ。そもそも、近衛府に平間をねじ込めたのも、田々等の助力があったからこそのことじゃ」


 顔を引きつらせる紬に、壱子はさらに続ける。


「その証左(しょうさ)に、以前、田々等が私の屋敷を訪ねてきた時があったじゃろう? あの時、田々等は急に火薬の話題を出してきたり、『近衛府の情報収集能力は変わっていない』などと言っていた」

「それが何か?」

「少なくとも私の調べた限りでは、近衛府に紬ほど情報に通じた者はいなかった。それなのに『変わっていない』というのは、つまり、紬が相変わらず近衛府に出入りしていることを(ほの)めかしていたわけじゃ。それに急な火薬の話題は、『これから火薬に関係した事件が起こるぞ』という事を暗に示している」

「まさか……」

「そして、実際その通りになった。しかも紬、お主が妙な動きで私たちを貧民街に誘いこもうとしていたから、何か罠があることくらいは見当がつく。私たちを捕らえようとしたのも田々等だったから、まあ危害を加えられることはないと思っておった」

「……吐き気がしますね」

「そう言うな。だいたい、私が安心できた理由は、お主にもあるのじゃぞ」

「どういう意味です?」


 眉をひそめる紬に、壱子は微かに口角を上げた。


「言ったではないか。お主は私や平間のことが好きじゃろう?」

「……もう嫌いになりそうなんですが」

「それは困る。平間、紬の縄を解いてやれ」


 壱子の言葉に、平間はうなずく。


 身体の自由を手に入れた紬は、身体をさすりながら壱子に尋ねた。


「で、アタシを捕まえた本当の理由は何なんですか?」


 じっとりとした目つきで言う紬に、壱子はしばし逡巡する。


「まあ、そうじゃな……平たく言えば慰留(いりゅう)しようと思ったのじゃが」

「慰留? 行くなってことですか?」

「う、うむ」


 歯切れ悪くうなずく壱子だったが、紬は苛立ちを(あら)わにした。


「馬鹿なことを言わないでください! いくら何でも、アタシが壱子さまに何をしたのかくらい、理解しているんですよ!?」

「だとしても、私はお主には行って欲しくない」

「いいえ、そんなわけには行きません。少なくともある時点まで、私は壱子さまに危害を加える計画に加担していました。壱子さまを殺したふりをしたのだって、とっさの思いつきです。そんな人間をそばに置いていたら、いつかきっと命取りになります」

「でも、お主はもう裏切らぬじゃろう?」

「そういう話じゃないんです。心構えの話をしているんです」

「ならば、私も今は『紬に残って欲しい』という話をしている」


 わざと会話を噛み合わせない壱子に、紬は苦い顔をする。


 平間には、どちらかと言えば紬の言い分が正しいように思えた。

 おそらく、紬にはもう壱子を危険な目に合わせるつもりは一切ないだろう。

 しかし、壱子がいま無事でいられるのは、ほんの些細な偶然や気まぐれの積み重ねでしかない。

 それなのに、なおも紬を近くに置いておこうとするのは、やはり危険だと言わざるを得ないだろう。

 ただ、それを案じていることそれ自体が、紬に害意がないことの証明になっているのだが。


 すると、紬は壱子の言葉を待たず、(きびす)を返そうとする。


「とにかく、アタシは壱子さまに相応しくありませんので。挨拶をしなかった非礼はお詫びします。それでは」

「待て、紬」

「何度も言わせないでくださいよ。アタシには、もう壱子さまの近くにいる資格は無いんです」

「百歩譲って、資格は無いかも知れぬ」

「でしょう? だったら──」

「しかし、義務はある」

「……何を言っているんですか?」


 怪訝そうに聞き返す紬に、壱子は真剣そうな表情を浮かべる。


「紬、お主には私のそばで働かなければならぬ。それは、私に金を返さねばならぬからじゃ」

「アタシ、壱子さまに借金なんかしていませんけど」

「いいや、している。忘れたとは言わせぬぞ。お主は私の元から、大量の火薬を盗んでいたことを」

「……あっ、その(はなし)します?」


 ぎこちなく作り笑いをする紬に、壱子はおおげさにうなずいてみせる。


「無論じゃ。火薬は実に高価でな、その埋め合わせがなければ私の腹の虫がおさまらぬ。そこで紬、お主には盗んだ火薬分の代金を稼ぐまで、私のそばで働いてもらう」

「それ……、何年かかるんですか」

「お主の働き次第じゃな。しかし安心せよ、衣食住は支給するし、欲しければ小遣いもやろう。ああ、たまに私と菓子を一緒に食べることも出来るぞ」

「……」

「どうじゃ。これでも駄目か」


 さきほどとは打って変わって、壱子の目には切実な色が宿っていた。

 平間は直感で、もし紬がなおも首を縦に振らないのなら、壱子は諦めるのだろうと思った。


 ……すると、紬は小さく笑い始める。


「ふふ、あはは、あははは! まったくもう、本当に壱子さまったら!」


 しばらくの間、紬は一人で腹を抑えて笑い続けていた。

 そして目に|涙$のちに平間が紬に訪ねると、「笑いすぎたんですよ」と答えた。$を浮かべて壱子を見つめる。


「あーあ、そこまで言われたら断れないじゃないですか。でも、その調子だと本当に背中を刺される事になりますよ」

「そうならないためのお主や、平間じゃろう。違うか?」

「間違いありません。まあ、せいぜい全力でお仕えさせていただきますよ」


 そう言って、紬はやれやれと肩をすくめる。

 壱子はホッと息をつき、平間に視線を向けて微笑んだ。


「ところで伊織さま、松月くんとは一緒ではないのですか?」


――


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