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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第46話「賽の河原と泥土竜」


 紬は、血がにじむほど強く唇を噛み締めていた。

 しかし、来るはずの衝撃と痛みが来ないことに、ゆっくりとまぶたを上げる。


 兵士が斬ったのは、紬ではなかった。


「……え?」


 そこには、何が起こったのか理解していない縫春の姿があった。

 肩から胴にかけて斜め(ななめ)に斬り裂かれた彼女は、兵士が刀を収めると同時に仰向けに倒れた。

 それを横目に紬は水臥小路に言う。


「何の、冗談ですかね?」

「そやつも知りすぎた。それに、飽きた」

「……満足ですか、自分勝手に人を動かして、命を奪って。(みかど)も、壱子さまのお父上も殺して、自分が帝にでもなるおつもりですか」

「自分が矢面に立つのは悪手でしょう。せっかく姫を蘭宮に嫁がせるのです。もっと上手くやりますよ」

「……大逆(たいぎゃく)の極悪人め」

「勝てば良いのですよ。極悪人でもね」


 平然と言う水臥小路。

 紬は黙り込み、歯噛みした。


「さて、それはどうじゃろうな」


 涼風のような心地よい声が、薄暗い一室に響く。


 その声の主の姿を見て、平間は大きく目を見開いた。


「でかした、二人とも。この勝負……私たちの勝ちじゃ」


 壱子は立ち上がり、不敵に笑う。

 その胸元には、赤黒い液体がべっとりと付着していた。


「まさか、ああも唐突に刺されるとは思わなんだ。驚いて三途の川を渡り損ねてしまったわ」


 そう言って、壱子はつんつんと指先で傷のある場所をつついてみせる。

 シミが広がっていないのを見るに、もう出血は止まっているのだろうか。


 平間はそんなことを考えていたが、本当は、身震いするほど嬉しかった。

 しかし、いきなり動くのは得策ではないだろう。

 壱子に驚いたのか、羽交い締めにする兵は、わずかに力をゆるめている。

 それに気付いた平間は、”その時”に備えて最善手を模索し始めた。


 黄泉還(よみがえ)った壱子の姿を見て、水臥小路はあからさまに狼狽(うろた)えた。

 その隙を突いて、壱子は言う。


「水臥小路殿、私は死の間際で、面白いものを見た。これから起こる未来の光景じゃ」

「ほう、どんな?」

「私は屋敷で羊羹を食べていた。つまり、もとの日常が戻っていたわけじゃ──おっと、兵らに命じて私を殺そうとしても無駄じゃ。また黄泉還(よみがえ)るからな」

「ならば、試してみますか」

「どうぞご自由に。幽霊になって悪戯(いたずら)をしてみるのも面白かろう」


 手を胸元で垂らして見せる壱子は、しかし、さらに言葉を続けた。


「しかしな、その前に一人紹介したい友人がおる。恥ずかしがり屋ゆえ、余り人前には出て来ぬが、今日は特別に来てくれた」


 壱子がそう言うと、何やら天井裏でゴソゴソと音がし始める。

 ネズミにしては大きい。


 間もなく、天井の板が嘘みたいに外れた。

 そして、間の抜けた声が一つ。


「過分なご紹介感謝だな、お姫さん」


 その声の主が、天井の穴からひょっこりと顔を出す。

 それを見て、平間は思わず口をぽかんと開けた。


 天井裏にいたのは、脛折だった。


 記憶違いでなければ、「忌部省の外には出られない」のでは無かったか。

 いや、そんなことより、どうして彼が今ここにいるのだろう?


「何者だ?」


 怪訝そうに言う水臥小路も、平間と同じ感想だったらしい。

 すると、水臥小路は臆面もなく言う。


「話は聞かせてもらったぜ、左大臣さん。俺は忌部の長をやっている脛折臣って者だ。以後よろしく」

「忌部の長が……何をしに来た?」

「言っただろ、話を聞きに来たんだ。それにしても、この屋敷の屋根裏は広くていいね。俺みたいな小男じゃなくても、のんびり暮らせるだろう」


 おどけて言う脛折を、水臥小路は無視することに決めたらしい。

 そして、再び壱子に視線を向ける。


「つまり……私の計画を知る者を増やすことで、真実の歴史とやらを語る口を増やそうと、そういうわけですか?」

「違う。というか、左大臣殿は脛折殿が何者か、知らぬようじゃな」

「忌部省の長でしょう?」

「ふふ、いいや、それだけでは無いのじゃ」


 笑みを抑えこむようにして、壱子は続ける。


「『脛折』というのは、皇国ではほぼ聞かぬ姓じゃ。

しかし省庁の長となれば、それなりの家柄が必要になる。

では、この脛折臣(すねおりおみ)という人物は、一体何者なのじゃろうな?

実を言うと、私は最初、その疑問を抱きはしたが、興味をそそられなかった。

しかし左大臣殿の攻勢が強まるにつれ、必然的に脛折殿の事を知らねばならなくなったのじゃ

数少ない味方だったからな」


 そう言って、壱子は苦笑する。

 その様子は何処か楽しげだが、水臥小路は文字通り苦々しい顔をしていた。


「では左大臣殿? 『脛を折る』という文字から、何を想像されるかな?」

「……」

「ああ、こういう問答には乗ってくれぬのじゃな。まあ良い。答えは”奴婢(ぬひ)”、すなわち奴隷じゃな。近頃は聞かぬが、昔は捕らえた敵の足を折って隷属させていた。つまり『脛折』とは、人を一つ低い階級に(おとし)めることを言う」

「……だから?」

「だからこそ、なぜ官庁の長となっているのかが分からなくなる。しかし、手掛かりはある。『(おみ)』という名じゃ」


 何となく居心地の悪そうな脛折をよそに、壱子は得意げに言う。


「臣とは、二つの意味がある。

一つ目は、(いにしえ)(かばね)、もう一つは、率直に『貴人に仕える者』、転じて『ありふれた普通の人間』という意味じゃ。

前者はほとんど意味を持たぬから、おそらく後者の意味合いと捉えて良いじゃろう。

これを踏まえると、『脛折臣』という名の持つ意味が見えてくる。

すなわち、『一つ低い階級に落とされた人間』といったところかな。

……だとすれば、もうひとつの疑問が生まれてくるのじゃ。

一つ階級を落とされたのに、それでもなお人間であるというのならば、脛折殿はもともと何者だったのか? とな」


 壱子の言葉に、平間はハッとした。

 以前、脛折は「自分は罪を犯した」と言っていた。

 そして、冗談交じりに「生まれてきたことが罪なのだ」とも。


 だが、もし仮に、本当に生まれてきたことが罪になったのだとしたら。

 平間の脳裏には、一つの家の名前が浮かんだ。

 あそこならば、話に何の矛盾も無くなる。


 満を持して、壱子は言葉を並べ始め──るかと思いきや、口を挟んだのは脛折本人だった。


「お姫さんの推測通り、俺の親父はこの国の帝で、しかも俺は長男だった。

つまり、俺は春宮(とうぐう)と呼ばれていたかも知れない人間なんだ。

こんな見てくれじゃ無ければね。

親父(みかど)は俺の背がこれ以上伸びないと分かると、俺を春宮殿(とうぐうでん)から忌部省に押し込めたんだ。

まあ、忌部の方が好き勝手出来て居心地が良いし、殺そうとしないだけまだ優しい」


 自嘲気味に言う脛折だったが、水臥小路は釈然としない。


「その話を、誰が信じるのです?」

「信じなくていいさ。俺はただ、ここで聞いたアンタの悪巧みを、親父に告げ口するだけだ。このお姫さんのためにね」

「ならば、我がどうするか分かるでしょう?」

「俺を殺そうとする。だが、アンタはそれが出来ない」

「なぜそう言い切れる?」

「屋敷の外を見てみろよ。いや……その必要も無いか」


 脛折が言うのと同時に、一人の男が部屋に転がり込んでくる。

 男は足早に水臥小路の元へゆくと、荒い息をしながら(ひざまず)く。


「大変です! お屋敷を衛士たちが包囲しています!! 貴方さまを引き渡せ、とも……!」

「何だと? なぜ衛士が我に刃を向ける?」

「帝だよ」


 狼狽する水臥小路に、脛折は淡々と言う。


「アンタ、結構前から睨まれていたんだよ。

強引な方法で権力を拡大していたから、野心があるんじゃないかってな」

「だからといって、衛士たちを動かせるはずが……」

「あるんだなあ、それが。

お姫さんから聞いたが、鳴峰寺をぶっ壊したんだって?

親父(みかど)は疑り深い性格でね、人前にはめったに顔を出さない。

そんな親父が、ただ眺めがいいからってあんな不安定で逃げ場のない場所を好むと思うか?」

「……」

「鳴峰寺天覧堂は飾りなんだ。実際には、帝は内裏からほとんど出ていない。外を出歩いているのは偽物だ。不健康な事この上ないが、今回ばかりはそれが奏功したらしい」

「そんな……左大臣たる我は、そんなことも知らなかったのか」

「信用されてなかったんだよ。親父がアンタを左大臣っていう高位に付けた理由は分からないが、まあ、アンタを泳がせるためだったのかも知れない。親父は保身にかけては天才的だ。俺を殺さずに置いたのも、まだ役に立つと踏んだからだろう。お優しいことだ」


 そう言う脛折の口調は、どこか水臥小路に同情的だった。


「というわけで、俺はお姫さんの言われた通り、内裏にいる親父に告げ口をし、俺は屋根裏に潜むことにした。なぜ屋根裏なのかは聞かないでくれよ。楽しそうだったから、としか答えられないからな」

「……」

「で、どうするよ左大臣。道は二つに一つだ。俺達を殺して自分も死ぬか、大人しく投降して釈明するか……後者なら、俺も多少は口利きしてやろう。運が良ければ、頭を丸める程度で済む」


 脛折が言うのと同時に、部屋の周囲がにわかに騒がしくなる。

 恐らく、屋敷に押し寄せていた衛士たちが動き出したのだろう。


「どうするか、だと?」


 低く、水臥小路は言う。


 勝敗はすでに決していた。

 壱子が脛折に助力を求め、その結果、水臥小路の叛意が帝に知られることとなったのだ。

 水臥小路が頼りにしていた近衛府も、もはや彼の刃を向ける存在となってしまっている。

 いま、水臥小路が頼れるのは、ここにいる数名の親族と、十名余りの手勢だけ。

 名実ともに、壱子たちに軍配が上がっていると言えよう。


 もはや、水臥小路にこの状況を打開する手は無い。

 衛士たちの足音も、間近に迫ってきている。


 その時だった。


――

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