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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第45話「返す刀と鰐渡り」

──


 水臥小路の提示した条件は、次のようなものだった。

 一つ、縫春の薬代は水臥小路家が建て替え、紬の借金とすること。

 二つ、借金は紬が水臥小路家に尽くした度合いに応じて返済されること。

 三つ、借金が完済された時、縫春の特効薬を購入して使用すること。

 水臥小路家が恣意的に運用できる条件ではあったが、何よりも縫春の回復を願っていた紬にとっては、願ってもない話だった。


 水臥小路によって身代金が支払われ、紬は自由の身になった。

 しかしそれも束の間、紬は右近衛府の下働きに出される。

 これは、水臥小路が近衛府への影響力を強めようと企んでいたからだ。


 紬はよく働いた。

 無邪気な子供を装って聞き耳を立て、近衛府の内情や武門御三家の弱みを握っては、せっせと水臥小路に密告した。

 その結果、それまで武門御三家によって牛耳られていた近衛府だったが、あれよあれよと言う間に水臥小路の息のかかった者に取って代わられた。

 そして数年で、水臥小路惟人は右近衛府大将の座に居座ることが出来たのである。

 多くの人々は水臥小路の手腕に驚いたが、その裏に紬がいた事を知る者は、ただ一人としていなかった。

 この時点で、紬の借金は三分の二程度になっていた。


 水臥小路が右近衛府を掌握したあとも、紬は近衛府にとどまり続けた。

 その理由は、近衛府は皇都の治安を維持する部署であり、同時に多くの有益な情報が寄せられたからだ。

 それらの情報は紬によって水臥小路にもたらされ、彼の地盤をさらに盤石にしていった。


 ある時、一人の少年が近衛府にやってきた。

 水臥小路の政敵である佐田氏が寄越したという少年を警戒し、水臥小路は紬に、そばで様子を探るように命じた。

 はじめこそ紬は身構えたが、少年の凡庸な様子を見て、すぐに警戒を解いた。

 言うまでもなく、その少年とは平間京作のことである。


 平間について、紬ははじめ何も危機感を抱いていなかった。

 むしろ、どうして佐田氏がこのようなうだつの上がらない少年を気に掛けるのか、疑問に思ったほどだった。

 水臥小路からは「機を見て追い出せ」と言われていたが、その必要性すら感じていなかった。


 しかし、紬の予測は外れた。

 平間が野盗討伐において大功を立ててしまったのである。

 水臥小路が近衛府の長となってから、近衛府の能力は目に見えて落ちていた。

 それも、皇都の間近に居座る野盗を放置せざるをえない程には。

 近衛府内にも、水臥小路の手腕を疑問視する声が陰ながらささやかれ始めていた。


 こういった背景から、水臥小路が危機感を抱いたのは当然だった。

 そこで水臥小路は手を回し、言いがかりのような理由で平間を罷免させた。

 なお、この罷免には紬は一切関わっていない。

 彼女は彼女なりに、自分の身代わりになって野盗に捕らえられた平間に恩義を感じていたからだ。

 しかしこのことはかえって、紬に対する不信感を水臥小路に植え付けることとなってしまった。


 その後、紬は平間と行動を共にするようになる。

 表向きは壱子に仕えてはいたが、陰で水臥小路に情報を流してもいた。

 借金は、この時点で半分ほどになっていた。


 そんな折、水臥小路は紬に「借金の返済を免除する」と申し出た。

 無論、条件付きでである。


 その条件とは、佐田氏の失脚に貢献すること。

 紬によって、壱子が火薬を所持している事を知っていた水臥小路は、紬に警備の隙を探らせ、手の者に火薬を盗み出させた。 

 さらに、その火薬で手近な貴族の屋敷に火を付けさせると、紬を使って壱子を誘導し、その身柄を捕らえさせた。

 その上で”あえて”壱子を逃し、鳴峰寺崩落の犯人に仕立てあげたのだ。

 壱子の行動を見張っていたのは、もちろん紬である。


 すでに、壱子は「火薬で自らの父親を殺した狂人」ということになっている。

 あとは彼女を殺し、水臥小路は「混乱を収めた立役者」の座に収まれば良い。

 そうすれば、水臥小路家が皇国で最も大きな権力を握ることが出来る。


 その計画の総仕上げとして、水臥小路は紬に、壱子が素直に従わない場合は殺害するように命じていた。

 これにより、水臥小路は自分の手を汚さずに済むだけでなく、紬の忠誠を確かめることも出来る。


 紬は水臥小路の意地の悪さに吐き気がしたが、彼の計画に乗る以外に、紬が採れる選択肢は残されていなかった。


──


────


──


 刀を抜いた平間は、脇目も振らず紬に斬りかかる。

 とっさに短刀で受けた紬。

 しかし、受けきれずに短刀は弾き飛ばされた。


 血走った目で刀を振り上げる平間だったが、それを控えていた水臥小路の兵たちが押さえつけた。

 いくら平間が復讐に燃えていたとしても、多勢に無勢。

 兵士たちに羽交い締めにされ、平間は獣のようにもがいた。


 それを横目で見ながら、紬は落とした短刀を拾い上げて、鞘に納める。


「相変わらず、京作さまはアタシを殺すことに躊躇(ためら)いが無いんですね。傷つくなあ」

「ふざけるな! お前、自分が何をしたか──」

「あーあー、(うるさ)いなあ。こっちにも事情があるんですよ。少し黙っててくれます?」


 紬は開き直り、水臥小路に向き直る。

 庭先から、季節外れのうぐいすの鳴き声が聞こえた。


「これで、目標の金額になりましたよね。縫春(ねえさん)を救う秘薬のために、船を出してくれる約束、守っていただけますか」

「勿論です。ですがその前に、そこの邪魔な従者を片付けてしまいましょう」


 そう言って、水臥小路は平間を取り押さえる兵士たちに合図した。

 兵士の一人が刀を抜く。

 すると、間髪入れず紬が口を開く。


「お待ちください。その者は手懐ければ水臥小路さまの助けになるはずです。殺すべきではありません」


 いつになく早口で言う紬に、水臥小路の眉がピクリと動いた。

 短い沈黙を挟んで、水臥小路は息をつく。


「『手懐ければ』でしょう? しかし我の目には、とても不可能に見えますが」


 水臥小路の言う通り、平間には鞍替(くらが)えするつもりなど毛頭ない。

 しかし、紬は首を振る。


「それくらい簡単ですよ。黙らせてご覧に入れましょうか」

「ほう……? やってみなさい」


 紬の申し出は、水臥小路の興味を引いたらしい。

 優雅に会釈して、紬は肩で息をする平間に歩み寄った。


 平間の眼前で、紬はにこりと笑う。

 身構える平間に、紬はごく自然な所作で、そっと口付けた。


 そして何事もなかったかのように顔を上げ、水臥小路に向き直る。


「ね、黙ったでしょう? この者は籠絡(ろうらく)済みなのです」


 微笑む紬を横目に、平間は混乱していた。

 もう既に壱子が刺された事で頭がいっぱいだった平間には、紬が何を考えているのか、まるでわからない。

 壱子を殺しておいて、平間のことは助けようとしているのか?

 なぜ?


 いや、それよりも──。


 紬は平間に顔を近づけた時、平間にだけ辛うじて聞こえるほどの声で、こう言っていた。


『このままだと”本当に”死にますよ。アタシを信じて。お願い』


 これは、平間の身を案じる言葉だ。

 しかしそこには、何か別の意味があるのではないか。

 そう、平間には思えてならなかった。


 平間が思案していると、水臥小路が口を開く。


「なるほど。では紬、お前にその下人を任せても良いでしょう」

「寛大なお言葉、感謝いたします」


 ホッと表情を和らげて、紬は礼をする。

 すると、水臥小路が言う。


「ところで、我は無駄な問答が嫌いなのです」

「あら、アタシはそうでもありませんが……なぜそんなことを?」

「いえ、早い内にネタばらしをしておこうと思いましてね」

「……何の、話ですか」


 にわかに表情をこわばらせる紬に、水臥小路はジメジメした笑みを浮かべる。

 そして、廊下の方にむけて言った。


「では、入って来なさい」


 障子が開き、閉まる音。

 それに続いて足音が、平間たちのやってきた暗闇の先から聞こえてくる。

 人影は……、一つだ。


 その人物は、二十台後半くらいの女だった。

 平間はその女を見たことは無い。

 が、紬の反応は違ったらしい。


縫春(ほうしゅん)姉さん……? 気が付いていたんですか?」


 縫春と呼ばれた女は、笑顔で紬に手を振ってみせる。

 しかし、紬の表情は曇ったままだ。

 紬は水臥小路に向き直り、棘々(とげとげ)しい声音で尋ねる。


「どういうことですか、水臥小路様。いくら無知蒙昧(むちもうまい)なアタシでも、あなたが借金を返しきる前に秘薬を買ってくれるほどお人好しではないことは知っているつもりなのですが」

「そうカッカしないの、紬。教えたでしょう? 殿方に対しては、いつも(しと)やかでいなさいと」


 縫春と呼ばれた女は、薄く微笑んで紬をたしなめる。


「でも寂しいわ、紬。久方ぶりに私と話しているのに、ちっとも喜んでくれていないみたいじゃない」

「喜んでいますよ、もちろん」


 そう返す紬は、しかし、まるで嬉しそうではない。


「ですが姉さん、アタシはあなたが、かつて毒酒をあおって以来、死んだものと思って生きてきました。今更ぴんぴんした姿を見せられても、反応に困るんですよ」

「ならば、どうすべきか教えてあげる。素直に再開を喜びましょう?」

「あいにく、そんな気分にはなれません。つまり姉さん、貴女は……アタシを騙していたんですね」


 紬の言葉に、冷たい光が縫春の瞳に宿った。

 その光を押し込めるように目を細め、縫春は言う。


「騙したといえば、騙したことになるのかもね。本当は、身請(みう)け金を踏み倒す計画だったのよ。眠ったまま目覚めなければ、死んだものとして花街から出られるでしょう?」

「つまり、アタシが姉さんを助けようとしたのは、余計なお世話だったと?」

「いいえ、無駄なものですか。おかげで遊ぶお金が出来たもの」


 悪びれずに言う縫春に、紬は頬をひくつかせる。


「では、あの無くなった御曹子は、姉さんが殺したのですか……?」

「まあそうね。被害者が犯人だとは、誰も思わないでしょう?」

「確かに、せいぜい無理心中を疑ったくらいですね。ですが姉さん、あなたは彼のことを好いていたんでしょう? それでも、自分が花街から出るために殺してしまったんですか?」


 紬の切実な問いを、縫春は一笑に付した。


「だって仕方ないじゃない。私は、みじめな遊女のままで人生を終えるのは嫌だったの。それに──」

「それに?」

「水臥小路さまも手を貸してくれたわ。花街を抜けたら、自分のところで悠々自適に暮らせって。こんな良いお話、断る理由があって?」

「どこまで……どこまで勝手なことを」

「もちろん、紬には悪いと思ったわ。でも、私のために頑張ることが出来て良かったでしょう? なにせ、あなたを見出したのは私ですし、恩返しくらいしても(ばち)は当たらないはず。ああ、でも、たびたび私の顔を見に来た時には、眠るふりをしなければならないのが面倒だったわ」


 平然と笑う縫春に、紬は信じられないという表情をする。

 すると紬は、水臥小路に向けて尋ねる。


「では水臥小路様、あなたは? 亡くなったのは、実の息子でしょう?」

「あれは不出来でした。気弱で、一介の遊女にほだされてしまうとは……上に立つ者ではない。そして、そんな者は私の息子ではない」

「……頭がおかしいんじゃないですか?」

「ふむ、(あるじ)に利く口ではないな」


 そう言って、水臥小路は控えている兵士に目配せする。

 すると、兵士の一人が刀を抜いた。


 緊張した面持ちで、紬は言う。


「……アタシを、殺すんですか」

「その通りだ」


 水臥小路がうなずくと、兵士は無言で紬に近づく。

 その様子を、縫春は涼しい顔で眺めていた。

 恐らく、彼女は紬の殺害を織り込み済みだったのだろう。


「はじめから、そのおつもりだったんですね」

「無論だ。紬、お前はもう用済みです。計画のあらましを知る者を──我が生かしておくとでも?」


 水臥小路の言葉を合図に、兵士が白刃を煌めかせる。

 観念したかのように、紬は目を閉じ、そしてつぶやく。 


「……あーあ、ろくな人生じゃなかったな」


 兵士が、刀を振り下ろした。


――

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