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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第43話「裸兎と割れ氷」

──


 平間と壱子が紬に案内された先は、不気味に広大な一室だった。

 部屋には家財がほとんど無く、がらんとした室内には両脇に点々と燭台(しょくだい)が設置されている。

 平時ならばともかく、今の平間たちには禍々しくみえる。

 暗がりのために、こちらからは部屋の奥は見えないが、何やら(ささや)き合うような声が聞こえる気もした。


 部屋の入口で、壱子は半歩前に立つ紬を見上げ、言った。


「紬、水臥小路惟人はどこにいる」

「奥に。お進みを」

「不穏な気配じゃな。伏兵でもおるのか?」

「いると分かっている兵を”伏兵”とは呼ばないのでは?」


 紬がおどけてみせると、壱子はふっと緊張をゆるめる。

 そして、紬の胸元に目を向けて言った。


「私の贈った短刀ではないか。二本とも差してくれているとは、嬉しいな。重かろうに」

「大した重さではありません。これから壱子さまの身に振りかかることを考えれば」

「驚いた、まるで私の心配をしてくれているかのような物言いじゃ」

「主に自分の心配ですよ。まあ……少しくらいは壱子さまの身も案じてあげます」

「ふふ、そうか」


 小さく吹き出す壱子に、紬は怪訝(けげん)そうに眉根を寄せる。


「……何がおかしいのです?」

「いやなに、前にお主が言っていたのを思い出したのじゃ。『平間のことも、私のことも、好きだ』と」


 壱子が言うと、紬は嬉しいような苦しいような、複雑な表情を見せた。

 それとは対照的に、壱子はにこやかに続ける。


「安心せよ。お主は良き友じゃ。私も、お主のことが好きだぞ」


 壱子の表情は穏やかで、この場にはまるで相応しくない。

 まさか、と思い、平間の胸はざわついた。


 紬が言うには敵の兵士が潜んでいるという。

 それを隠す必要が無いほど、圧倒的な人数なのだろう。

 しかしこちらは少数だから、武力による勝算はごくごく薄い。

 そして、相手は私兵を抱え、近衛府を掌握している左大臣だ。

 帝も玄風も所在不明のこの状況では、水臥小路が皇国での最高権力者であるといえる。

 壱子も「水臥小路の秘密」を握ってはいるが、舌戦を挑んでも武力で口を封じられれば一溜(ひと)まりもない。


 そのような状況で、なぜ壱子は平静でいられるのだろう。

 平間には、その答えが一つしか思い浮かばなかった。


 壱子は、死ぬつもりなのではないか。


 この数日間、か細い壱子の身には、多くの辛い出来事が降りかかった。

 もともと他人を蹴落とすことに慣れていない壱子にとって、詩織など敵対する人間を攻撃しなければならなかったことは、多大な心労だったに違いない。

 その結果、彼女の心がぽっきりと折れてしまっていても、何ら不思議ではなかった。


 となると、詩織による殺人を明らかにしたのも、松月を想いやる伊織のためなのではないか。

 そして、すべき事が終わった今、水臥小路の手に掛かって命を終えようとしているのではないか。

 だから紬にも優しい言葉をかけ、良き最期を演出しようとしている……。

 そう、平間には思えてならなかった。


「そんな怖い顔をするでない」


 そう言って、壱子はジッと平間の目を見つめる。

 その澄んだ瞳に心の中を見透かされたような気がして、平間は驚く。

 が、壱子はなおも穏やかに言った。


「お主はどんな時でも、私を守ってくれた。そんなお主に、私は全幅の信頼を置いておる。ゆえに、お主も私を信じてくれても良かろう」


 はにかむ壱子に、平間はハッとした。

 自分としたことが、何と言うことだろう。

 平間の目の前にいる少女は、他でもない佐田壱子なのだ。

 誰よりも可憐で、聡明で、そして芯が強い。

 その壱子が、半ば自害のような真似をするはずがない。

 そんなことにも気が付けないとは……平間は大いに自分の浅慮(せんりょ)を恥じた。


「では、行こうか」


 燭台の灯りに瞳を(らん)と輝かせ、壱子は歩き出す。

 部屋の奥に近づくにつれ、囁く声がはっきりと聞こえるようになってくる。

 そこには、七人の男たちが腰を下ろして、何かを話し合っていた。


「佐田壱子さまを、お連れしました」


 紬が言うと、男たちは一斉にこちらへ振り向いた。

 平間は、部屋の最奥、すなわち上座に水臥小路惟人が鎮座していることに気付く。

 他の六人の男たちは知らない顔だったが、着物に施された|家紋$三日月と曼珠沙華。$の刺繍から、彼らも水臥小路家の人間であることがわかった。


 水臥小路家の一族以外にも、部屋の壁沿いには十名余の兵士の姿があった。

 彼らは鎧こそ身につけていなかったが、いずれも屈強そうで、武器を携えていた。


 一族のうち一人が、眉間にしわを寄せ、壱子に怒鳴るように言う。


「なぜ佐田の姫がここにいる!? この者は陛下殺害を(くわだ)てた大罪人だろう!」


 語気を強める相手だったが、壱子は涼しい顔で言った。


「これは左大臣の弟君。久しいのう。以前より肥えたようじゃが……姪御(めいご)懸想(けそう)する悪い癖は、もう治されたのかな?」

「なっ……何をわけの分からぬことを!」

「分からなければ結構。しかし貴族の世界は狭いゆえ、どんなことでもすぐに噂になる。それに、私は少々耳聡(みみざと)性質(たち)でな? ……もし都合の悪い噂を一族に言いふらされたくなくば、少し黙っていてもらおうか」


 壱子が冷たく(にら)みつけると、男は赤面して大人しくなる。

 平間はちらりと紬に目を向ける。

 すると、視線に気付いた紬は慌てて首を横に振った。

 ……どうやら、彼女が吹き込んだ情報ではないらしい。


 誰も口を開かないのを確認すると、壱子は水臥小路惟人に目を向ける。


「左大臣殿、一体何のお話をしておられたのかな。もしや、次の右大臣を誰にするか、相談していたのじゃろうか」

「いいえ。別の話ですよ。ですが……いずれその話もしなければ、とは思っていました」


 そう言って、水臥小路は余裕たっぷりに笑ってみせる。

 見るからに、壱子を舐め腐っている表情だ。

 しかしそれも当然だろう、いくら壱子に理があろうとも、状況は完全に水臥小路に有利なのだから。


 壱子が黙っていると、さらに水臥小路は続ける。


「ですが、貴女がここに来てくれて好都合でした」

「捕らえる手間が省けるからか?」

「それもありますが、最も大きな理由は『貴女の希望を直接訊けるから』です」

「ほう……? 話が見えぬが」


 壱子が声を潜めると、水臥小路はひどく下卑(げび)た笑みを浮かべる。


「いくら貴女が大罪人であっても、うら若き姫を死罪とするのは忍びない、という結論に達しました。しかし、男子のように僧籍に入れるというのも難しい。そこで、貴女には我々のうち誰かの妻となっていただきたいのです」

「……で、その者が次の右大臣になると?」

「察しが良くて助かります。不幸にも当家は嫡流の男児に恵まれませんでした。一人いましたが、不出来な上に夭折(ようせつ)する有り様でね。他にも|落胤$らくいん。貴人が身分の低い女性に産ませた子供のこと。落とし子とも。$ならば多くいますが……やはり家格(かかく)は守られねばなりません」


 不愉快に顔を歪ませる水臥小路に、壱子は吐き捨てるように言う。


「つまり、誰の妻となるか選べ、と言いたいのか」

「ええ、一応は希望を聞いておきますよ。まあ、希望通りになるかは分かりませんが。ああ、もし望まれるのなら、この自分の側室となっても構いませんよ。跡継ぎの決め方なら、他に案がありますから」

「馬鹿を言え。お主より便所蟋蟀(ベンジョコオロギ)の方が、まだ好感が持てる」


 壱子の辛辣な一言で、場の空気は一気に凍りつく。

 さすがの平間も、この時ばかりは水臥小路に同情した。


 そんなことを欠片も気に留めず、壱子は溜息(ためいき)混じりに言った。


「それにしても、(だい)それた事を考えたものじゃ。私の火薬を盗んで貴族の屋敷に火を放ったあげく、その罪を私になすりつけ、さらには鳴峰寺(めいほうじ)を爆破するとは。どうせこれも、私と父上の不仲を理由に、私の所業だということにするつもりだったのじゃろう?」

「というより、それが”真実”です。勝者の唱える歴史が、真の歴史となるのですから」

「その姿勢は否定せぬが、賛同も出来ぬな。やはり……歴史は真実から作られるべきじゃ」


 静謐な光をたたえた瞳で、壱子は言う。

 その中に、平間は彼女の決意を見て取った。

 しかし、水臥小路は壱子を鼻で笑う。


「その歴史を語る人間がいなければ何の意味も無いでしょう?」

「その人間なら、ここにいるが」

「どうでしょうね」

「なに……?」


 訝しんで、壱子は水臥小路を見つめた。

 すると、その細い肩に手が置かれる。

 紬だ。


「どうした、何の用じゃ」

「ごめんなさい、ここまでしないと報酬を受け取れないんですよ」

「……どういう意味かな」

「毒を喰らわば皿まで、とでも言いましょうかね」


 そう紬が言うのと同時に、平間は慌てて刀に手をかける。

 紬の左手は壱子の肩に置かれ、右手は……抜身の短刀を握っていたのだ。


 しかし、壱子は紬の左側にいる。

 その立ち位置が、一瞬の隙を作った。


 紬は、短刀を壱子の胸に深々と突き刺した。

 平間の視界がぐわりと歪み、時間の流れがゆっくりになる。


 壱子の細い身体が揺れる。


「さすが壱子さまの用意してくれた品です。よく出来ていますね」


 紬は笑って、膝をついた壱子の左胸から短刀を引きぬいた。

 同時に、赤黒い液体が畳にこぼれ落ちる。

 壱子は胸をおさえ、紬を見た。

 そしてわずかに口を動かした後、うつ伏せに倒れた。


 平間は吼え、刀を抜いた。


──


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