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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第41話「座敷童と蜃気楼」

──


 床に座り込んで子供のように笑う詩織を、壱子はただただ無表情に見下ろしていた。


 すでに、大勢は決している。

 客間に集った人間たちは、壱子の作り出す空気によって支配されていた。

 伊織もその母親も、今となっては壱子に危害を加えることを赦さないだろう。

 こうなっては、詩織が子飼いの兵士たちに命じたとしても、壱子には傷ひとつ付けられない。


「それでは、もう終わりにしようか」


 壱子はそう言って、平間に視線を向けた。


 確かに、もう”勝負”は付いている。

 しかし平間には、まだ一つ引っかかっている事があった。

 そしてそれは、伊織も同じだったらしい。


「壱子、まだ射月の事件が解決しておらぬが」

「解決してはいないが、解決する必要があるか?」

「何を言っておる、あるに決まっておろう! 人が一人死んでいるのだぞ!」


 語気を強める詩織に、壱子は申し訳無さそうに言う。


「伊織、私は射月の命を軽んじて言ったわけではない」

「ならば、どういうことだ」

「もうこの事件は”解決済み”なのじゃ」


 短く言って、壱子は小さく視線を動かす。


「そうであろう?」


 壱子の見つめる先には、客間に居合わせた侍女たちの姿がある。

 彼女らを代表して、朝霧が壱子に答えた。


「何のことでしょう?」

「”もう”とぼける必要は無い。初めからおかしかったのじゃ。射月の亡骸が見つかったあの時間帯に、誰にも見られず死体を運ぶことなど不可能じゃ」

「たしかに、あの時間帯には多くの侍女が行き交っていました。ですが、何か仕掛けを作れば、不可能では無いのでは?」

「不可能ではないが、現実的でもない」

「どういう意味です?」

「その説明のためには、まずこれを見てもらおう」


 そう言って、壱子は懐から一通の書状を取り出した。

 朝霧はそれをうやうやしく受け取って、中身に目を通す。


「書状です。差出人は……忌部省(いんべしょう)の長・脛折(すねおり)様という方です。内容は、射月さんの腑分けについての見解が書かれています」


 眉根を寄せて、朝霧は続ける。


「専門的なので完全には分かり出来ませんが、要するに、射月さんは首を絞められて亡くなったのではなく、(おぼ)れ死にしたのだとあります。そして、身体には無数の傷痕があり、日常的な暴行を受けていた可能性がある、とも……。壱子さま、この理解でよろしいですか?」

「ああ、文句の付け所が無い。素晴らしい」

「お褒めに預かり光栄です。ですが、このことと『射月さんの遺体が誰にも見られずに中庭に運ばれたこと』との間に、何か関係があるんですか?」

「ある。その関係は、犯人の心理状態を考えることで見えてくるのじゃ」


 そう言って、壱子はおもむろに平間に歩み寄る。

 何をするのかと平間が不思議がっていると、壱子はむんず、と平間の髪を掴んだ。

 そして無理やり、平間の頭を前傾させる。


「犯人はまず、射月を溺死させた。

襟元に微妙なシミが付いていたことから、恐らくこのようにして殺したのじゃろう。

しかしその直後、犯人は射月の首を締め直してもいる。

このようにな」


 壱子は平間の髪から手を話すと、今度は後ろから紐で首を絞める真似をしてみせる。

 分かりやすさのためとは言え、扱いがあまりに雑ではないか。

 そう平間は思ったが、言っても仕方がないので黙っておく。


 壱子は続ける。


「では、ここで問題じゃ。なぜ犯人は、わざわざ溺死を縊死(いし)――つまり首を絞められて死んだように見せる工作をしたのじゃろう?」


 その問いかけに、客間にいる者達は皆、沈黙する。

 なぜなら、「誰も答えが分からなかった」からだ。


 重苦しい空気に耐えかねて、伊織が口を開いた。


「分からぬ。壱子、いじわるをせずに教えてくれ」

「よし。では、常識的に考えよう。犯人が工作をする理由は、基本的には一つしか無い」

「自分が犯人だと思われないように、だろう? それくらいは分かる。しかし、水に溺れて死んだ者を、首を絞められて死んだように見せかけても、何も良いことはないのではないか? 池や水なら、この屋敷にいくらでもあるし、首を絞める紐だって──」

「その通りじゃ、伊織。それこそが答えじゃ」

「……何を言っておる?」


 訝しむ伊織に、壱子はつまらなさそうに言う。


「偽装が何かを変えることはなかった。

あまりに稚拙で、無意味なのじゃ。

となると問題は、なぜそのような偽装をしたのか、ということになるが……。

その理由はただ一つ、”方法は分からないか、何かを変えたかったから”じゃ。

ここには、犯人の大きな戸惑いと、焦りが見て取れる」

「消去法、というわけか」

「的確な表現じゃな、伊織。では、戸惑い、焦っていた犯人が、『誰にも見られずに死体を中庭に運ぶ方法』を思いつき、実行するじゃろうか?」

「……無理だな」

「そう、無理なのじゃ。しかし、実際には”誰も見ていない”。これは一体、どういうことじゃろう?」


 微笑すらたたえながら、壱子は伊織を見つめる。

 すると、しばしの間を置いてから伊織は言った。


「まさか……本当は犯人の姿を見ていたが、黙っているのか?」

「まさしくその通り。じゃろう? 朝霧」


 壱子の視線を受け取った朝霧は、気まずそうに目をそらした。

 図星、なのだろう。


 そんな彼女に助け舟を出したのは、伊織だった。


「壱子、朝霧が理由なくそんなことをするとは思えぬ。何か事情があったはずだ」

「確かにそうじゃな。そして、その事情とは……お母上殿、あなたの発言じゃ」

「……私? 何か言いましたか」


 要領を得ない母親の返事に、壱子は何故か苦い顔をした。


「やはり覚えておられぬか……。

お母上殿、あなたはあの時、『私が逃げ去るのを見た』と言ったのじゃ。

絶対に、そんなことは起こりえぬにも関わらず、な」

「それは(こち)も不思議に思っていた。壱子はずっと私と一緒にいたし、射月を殺せるはずもない。母上、なぜそんなことを言ったのだ?」

「……ああ、思い出しました。あの時、壱子さんは伊織と隠れん坊をしていたでしょう? 見つかってはまずいと思って、別の方向に逃げたと言ったのです」

「母上……? 何を言っておるのだ、(こち)はもう何年も隠れん坊などしておらぬぞ……?」


 ぎこちない笑みを浮かべる母親に、伊織は怯えた表情を見せる。

 すると、壱子が母親に尋ねる。


「お母上殿、十年前の今日、大事なことが起こったのは覚えておられるか」

「十年前……?」


 平間には、壱子がなぜそんなことを尋ねるのか分からなかった。

 十年前といえば、壱子はまだほんの小さな子供だ。

 いくら記憶力が良くても、そんな昔に水臥小路家で起こったことを覚えているはずがない。

 そして同時に、伊織の母親自身も、何があったかなど記憶にないだろう。


 しかし、母親ははっきりと答えた。


「その日は確か、座敷童と初めて出会った日ですね。驚いたので、よく覚えています」


 彼女は何を言っているんだ?

 平間には、まるで理解できない。

 座敷童の話など、いままで一度として出て来ていない。

 しかも、座敷童は想像上の存在にすぎない。

 それを見たかのように語るなど……、とてもじゃないが、正気とは思えなかった。

 伊織も、混乱した目で母親を見つめる。


 すると、壱子が口を開いた。



――

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