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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第38話「舌切雀と毒林檎(解決編・壱)」

──


 戦場には、客間が選ばれた。

 その理由はいくつかある。

 第一に、それなりの広さがあること。

 そして第二に、客間は屋敷の中央にあり、伊織・詩織の双方が気兼ねなく出入りできることが挙げられる。


 というのも、伊織たちの住む屋敷は入り口などのある中央部から、翼を広げるような概形をしている。

 その左右それぞれに伊織と詩織の居住領域があり、ゆえに仲の良くない彼女たち双子は、相手の領域に立ち入ることは無い。

 姉妹が対立関係にあるこの状況では、中立を保つために中央部で話を進めるのが良い、と壱子は考えたのだろう。


 壱子は立会人として、伊織と詩織の他に、彼女らの母親を指名した。

 いわく、「彼女(ははおや)が今回の事件で鍵となる人物」なのだという。

 寝所から叩き起こされた母親はひどく眠そうにしていたが、壱子の顔を見ても、特に不審がる素振りは見せなかった。


「さて、始めるか」


 壱子は客間に集まった人々を見回して、小さく笑みを浮かべた。

 客間に集ったのは八人。

 すなわち、平間、壱子、伊織・詩織の姉妹とその母親、そして朝霧ら三人の侍女である。

 さらに部屋の周りには、水臥小路家の私兵が固めていた。

 隙を突いて壱子が逃げ出すことは、恐らく不可能だろう。

 兵士たちは壱子を殺すのをためらったが、捕らえるくらいは造作もなくやり遂げるはずだ。


 ゆえに、状況としては完全に壱子に不利……でもなかった。

 伊織は壱子の味方と思っていいだろうし、母親は伊織にべったりである。

 また、朝霧ら侍女も、以前は詩織は腫れ物に触れるかのように扱っていた。

 兵士たちは詩織が掌握しているだろうが、場の空気としては壱子に有利だと言ってもいいかも知れない。


 客間の中心に立つ壱子は、自らを取り巻くように佇む人々に向け、口を開いた。


「では……まずは松月の事件から明らかにして行こう。事件の概要はこうじゃ。今晩、松月は私と待ち合わせをしていた。場所は、この屋敷と花街とを結ぶ抜け穴じゃ」

「抜け穴? なんだそれは」


 壱子に尋ねたのは、伊織である。

 その膝には大黒丸が鎮座しており、その手には煎餅(せんべい)が握られていた。

 緊迫したこの状況であってもなお普段通りに振る舞うとは……思いのほか、大物の基質があるのかも知れない。


 伊織の問いには、平間が代わりに答えた。


「伊織さま、覚えていらっしゃいますか? 以前僕と、この庭の奥にある戸のあたりで鉢合わせしたことを」

「ああ、覚えておるが、それが?」

「実はあの時、僕は花街から抜け穴を通ってこの屋敷の傍に出てきたんです」

「その話はまことか?」

「ええ。必要であれば、抜け穴までご案内しますが」

「……いや、その必要は無い。時間の無駄だ」


 伊織は首を横に振り,大黒丸の頭を撫でる。

 すると、壱子が再び口を開いた。


「では話を戻そう。私は松月と会うため、平間と二人で抜け穴に向かった。しかし抜け穴に入ろうとした瞬間、平間は気絶した。これは恐らく、燃焼によって生じた瘴気(※)が原因だと考えられる」

(瘴気:この場合、一酸化炭素を含む低酸素の空気のこと。)

「つまり、抜け穴の中には瘴気が充満していたと言いたいわけだな?」

「その通りじゃ、伊織。そして、松月はその抜け穴の中にいた」

「瘴気にさらされると、どうなるのだ?」

「命を落とす。もし触れた瘴気がごく少量ならば、平間のように回復するのじゃが、松月のように大量に、かつ長時間さらされると……死んでしまう」

「……壱子、疑うわけではないが、抜け穴の中に松月がいる可能性を考えて、助けに行くことは出来なかったのか?」


 伊織の切実な声に、壱子はつらそうに目を伏せる。


「これはどうしても言い訳になってしまうが……一息吸っただけで気絶してしまう瘴気の中をかいくぐり、松月を助け出す方法はなかった。あるとすれば、抜け穴の天井に大穴を開けて瘴気を薄めることくらいじゃが、それも私一人では不可能に近い」

「そうか。いや、別に壱子を責めているわけではない。続けてくれ」

「すまぬ。では──」

「一つよろしいかしら」


 澄んだ声が、壱子の言葉を遮る。

 声の主は、詩織である。

 壱子は身構えつつ、詩織を見やった。


「何かな、詩織殿」

「貴女の従者が気絶したという話……果たして本当かしら? 今の話だと、証人は貴女と従者しかいませんし、口裏を合わせているだけでは?」

「その心配は当たらない。平間が気絶した事は忌部省(いんべしょう)の長・脛折(すねおり)殿が知っておる。また、松月の死因も瘴気であると見てまず間違いない、という見解も一致しておる。信じられなければ、忌部省に確認を取っていただきたい」

「あらそうですか。なら、まあ事実と見て良いでしょう」


 つまらなさそうに言う詩織を横目に、壱子は周囲を見回して言った。


「さてここで、この場にいる皆に確認したい。この中で、私が話す前に抜け穴の存在を知っている者がいたら、正直に申告して頂きたい」


 壱子の言葉に返ってきたのは、沈黙であった。

 誰も応じないか、と思われたが、おずおずと手を上げる者が一人。


 双子姫の母親である。

 彼女の方を見て、壱子は尋ねる。


「お母上殿、差し支えなければ、いつ抜け穴の存在を知ったのか、教えていただけぬか」

「知ったのは、娘たちが大きくなってこの屋敷に移り住んでからです」

「誰から聞いたのじゃ?」

「主人です。もしもの時は、娘を連れてここから逃げるようにと言われていました」

「なるほど」


 壱子は頷き、再び一同に尋ねる。


「他に、抜け穴の存在をしていたものは……おらぬか。分かった」


 頷き、壱子は続ける。


「ならば、この中に嘘をついている者がおるな」


 壱子の言葉に、場は”にわかに”どよめき立つ。

 すると、周囲の動揺を抑えるかのように伊織が口を開いた。


「壱子、それはつまり、母上以外に抜け穴の存在を知る人物がいたということか?」

「まさしく、その通りじゃ」

「証拠はあるのだろうな? あやふやな推理では、水掛け論になってしまうぞ」

「無論じゃ。では、お母上殿にお聞きしよう。答えたくなくば、答えなくても良い」


 そう前置きして、壱子は言う。


「毒殺未遂事件の時、伊織は『お母上殿が毎日服を脱がし、身体を調べる』と言っていた。しかもその目的は『傷一つ付いていては困るから』とのことじゃったが……それは、間違い無いじゃろうか?」

「ええ」

「であれば、二つほどお聞きしたい。まず一つ目。身体を調べるようになったのは、何時頃からじゃ?」

「それは……言えません」

「結構。では二つ目。調べるのは主に、(また)の辺りではないか?」


 壱子の言葉に、母親は大きく目を見開く。

 その反応は、母親の言葉を待つよりもずっと雄弁に、壱子の仮説が真実であることを物語っていた。


「やはりそうか。であれば、伊織の身体を調べるようになったのは、おそらく一年半ほど前からではないか?」

「……なぜそれを? 伊織から聞いたのですか?」

「いや、単なる推測じゃ。一応、根拠はあるが」


 そう言って、壱子は目を細める。


「で、お母上殿。これより私は、あなたが伊織の身体を調べていた理由を話すが、”伊織を退出させなくても構わないか?”」


 その時だった。


「黙れ、この阿婆擦(あばず)れがぁぁあああッ!!!」


 突然、壱子に白刃が迫る。


 それは、鬼のような形相(ぎょうそう)の詩織だった。

 とっさに平間が間に入ろうとするが、間に合わない。


 刃は壱子の頬をかすめる。

 一滴の赤が畳に落ち、体勢を崩した壱子は尻餅をつく。

 その上に、詩織は馬乗りになった。


「死ねよ、クソ女」


 詩織の両手で掲げられ、白刃が(きら)めく。

 まさに刃が振り下ろされようとした瞬間、平間は詩織に渾身の力で体当(たいあた)りを食らわせる。


 詩織の手からこぼれた短刀が弧を描き、壱子の頬のすぐ(そば)に突き刺さった。


「邪魔するな下人! どけ!」

「どきません! 一体何のつもりですか!?」


 凄む詩織に、平間は息を荒くして答える。

 平間にはなぜ詩織が態度を急変させたのか分からなかったが、だとしても、壱子に危害を加えさせるわけには行かない。


「クソがッ! 兵士ども、入って来い! こいつらを殺せ!」


 詩織の声に、客間の障子が一斉に開き、武器を手にした兵士が雪崩(なだ)れ込んでくる。


 平間は狼狽(ろうばい)した。

 いま、平間は丸腰である。

 伊織に縛られて連行される折、刀は奪われてしまっていたのだ。

 つまり、兵士たちに対抗する手段は、平間には残されていなかった。


 しかし。


「控えよ!! 乱命らんめいも見分けられぬのか!?」


 叫ぶように声を上げたのは、伊織である。

 伊織は逃げ出した大黒丸には目もくれず、肩で息をしながら言った。


「お姉ちゃん……いや詩織、もしや約定を反故にするつもりか?」

「黙れ、お前に何が分かるんだよ! おい兵士ども、さっさとこいつらを殺せよ! 伊織、ついでにお前も死ね!」

「し、死ぬか! 」


 言葉こそ勇ましいが、伊織は涙目になっていた。

 おそらく、詩織がものすごく怖いのだろう。


 一方、兵士たちは髪を振り乱して命令する詩織に従うべきか、迷っているようだった。

 おそらく彼らの命令系統には、詩織は伊織よりも上位にいる。

 だが、今の詩織が正常な判断能力を持っているようには見えない。


 場は膠着していた。

 その隙に、平間は壱子に近づく。


「壱子、大丈夫か?」

「ああ、少し頬を切っただけじゃ。嫁入り前なのに……かくなる上は、お主が貰ってくれ」

「冗談を言えるなら大丈夫みたいだね。一応、これを当てておいて」


 平間は懐から手ぬぐいを取り出し、壱子に手渡す。

 大人しく受け取った壱子に、平間は尋ねた。


「しかし、どうして詩織さんは急に壱子を襲ったりしたんだろう」

「秘密を暴露されたくなかったのじゃろう」

「秘密?」

「ああそうじゃ。詩織には秘密がある。忌々しい秘密がな」


 吐き捨てるように言うと、壱子は立ち上がる。


 詩織は侍女に腕を抑えられており、必死に振り解こうとしていた。

 その詩織にではなく、壱子は母親に目を向ける。


「お母上殿、もう一度尋ねるぞ。”伊織を退出させなくて良いか”?」

「どういう意味だ壱子? (こち)がここにいてはいけないのか?」

「是とも否とも言いがたい。だからお母上殿に聞いておる」


 壱子は何の話をしているのだろう。

 平間には全く見当がつかなかったが、固唾(かたず)を呑んで母親の言葉を待った。


 この場にいる数十名もの人々の視線を受け、母親はまっすぐに壱子を見つめていた。


 沈黙が降りる。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「言わない、ということは、出来ないのですね」

「出来ぬ。私も命をかけておるからじゃ」

「でしたら……仕方がありません。伊織、あなたも聞きなさい」

「ふざけんなクソ(ババア)! 何勝手に決めてんだよ!!」

「お黙りなさい!!」


 横から(わめ)く詩織を、母親は甲高い声で制した。

 (ひる)む詩織に、母親は言う。


「もとはと言えば詩織、全て貴女の身から出た(さび)ではないですか! 壱子さん、構いません。娘の恥は我が身の恥です。甘んじて受け入れましょう」

「……分かった」


 母親の言葉に、壱子は頷く。

 詩織は何やら大声で喚いていたが、それを無視して壱子は続けた。


「では、話を戻そう。結論から言えば、『抜け穴の存在を知らなかった』と嘘を吐いたのは──詩織殿、お主じゃな?」

「知らねえよ。適当なこと言ってんじゃねえよ!!」

「いいや、適当ではない。なぜならお主は、日常的に抜け穴を使っていたからじゃ。恐らく、一年半ほど前から」

「は? 意味わかんないこと言ってんじゃねえよ!」


 挑戦的な言葉を叩きつけ、詩織はすさまじい形相で壱子を睨む。

 しかしその割に、平間には詩織がとても(もろ)い存在に思えた。

 そう、それはまるで、瀕死の獣のようだった。


 壱子は言う。


「抜け道の先にあるのは、花街の貸部屋じゃ。そこは、関係を公に出来ぬ男女の逢瀬(おうせ)に使われる。

そして、私は平間から、貸部屋の主である(ばば)の話を正確に聞いた。

いわく、射月は中年の男と店を訪れ、そして明け方、店を出て行ったという。

しかし、ここで疑問が生じる。

一つ目は、抜け穴には日常的に人が使っていた痕跡があったが、誰が使っていたのか?

二つ目は、抜け穴はよく整備されていたが、誰が整備していたのか?

一つ目の謎の答えだが、これは射月ではない。なぜなら、射月は貸部屋の入り口から入り、裏口から出て行ったからじゃ。その間に行き来していた可能性もあるが、動機が見当たらない」


 言葉を切って、壱子は周囲を見回す。

 この場は、完全に壱子を中心に回っていた。


「ならば、誰が抜け穴を使っていたのか?

これは、二つ目の疑問の答えが教えてくれる。

そもそも、抜け穴の存在はお母上殿くらいでないと知り得なかった機密事項じゃ。

その存在を知り、かつ維持整備まで行える人物は限られている」


 壱子の言葉に、ぽつり、と伊織はつぶやく。


「……父上だ」

「その通りじゃ伊織。

つまり、抜け穴を使っていた人物は左大臣・水臥小路惟人(すがのこうじこれひと)、あるいは彼に近い人物である可能性が非常に高い。

が、水臥小路惟人が抜け穴で移動する意味も痕跡も全く無いから、射月と一緒に貸部屋に入った男こそが水臥小路惟人であったと思われる。

ならば、抜け道は彼と逢瀬を重ねる女性が使用していたと考えるのが自然じゃ。

射月が同行していたのは、その女性の存在を隠すための欺瞞であったのじゃろう。

男が一人で貸部屋を使うというのは、明らかに不自然であるゆえな」


 そこまで言って、壱子は深く息を吸う。


「さて、ここで基本に立ち返ってみる。そもそも、貸部屋はどんな時に使われるのか──そう、秘密の逢瀬(おうせ)じゃな」


 そう言って、壱子は二本指を立ててみせる。


「秘密を守るために貸部屋を使う理由は、大きく分けて二つ。一つ目は、妻が非常に恐ろしくて浮気がバレたら殺されるような場合。しかし、水臥小路惟人の場合はこれに当たらない。すでに多くの側室を抱えているからじゃ。では二つ目は何か。それは、人としての禁忌に触れる場合じゃ」


 すると、壱子は今度は指を三本立ててみせた。


「そして男女の交わりにおいて、禁忌は三つしか無い。すなわち、子供、死体、そして肉親じゃ」


 そこまで言って、平間は壱子の意図が分かってしまった。

 同時に、かつて壱子が「射月の死はこれ以上探る必要は無い」と言っていた意味も理解する。


 壱子は続ける。


「子供は違う。

この屋敷に子供はいないからじゃ。

そして死体も違う。

この屋敷に死体は無いからじゃ。

ならば残るのは……」


 母親に視線を移し、壱子は身体をこわばらせる。


「お母上殿、あなたは知っておったのじゃろう? だから、伊織の身体を調べていた。これ以上、間違いが起こらないように。父が娘に手を出さぬように」

「ええ。その通りです」


 うなずく母親を見て、壱子は詩織に目を向けた。


「以上から、結論は一つに導き出される。詩織殿、お主は父親と交わっていた。これがお主の秘密じゃ」


──

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