表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
50/64

第36話「小熊の涙と夜明け前」

──


 動き出した牛車に続いて、平間たちは歩き出す。

 そして、平間は壱子に尋ねた。


「壱子、どうして伊織さまはあそこまで松月に固執するんだ?」

「……あ?」


 平間の問いに、壱子は「信じられない」と言いたげな目をする。


「そんな目で見るなよ。だって、松月は詩織さまの従者だろ? 伊織様とは接点がなかったはずだ」

「……あのな、お主は大馬鹿者(おおばかもの)か?」


 心底あきれ果てたという風に、壱子は大きく溜息をつく。

 平間はムッとして、壱子に言い返した。


「そこまで言わなくたっていいじゃないか」

「いいや、大馬鹿者じゃ。全く、ニブいのもいい加減にせよ」

「ニブい? っていうと、まさか……」

「そうじゃ、伊織と松月は恋仲(こいなか)だったのじゃろう。おそらくな」


 特に感慨もなく、淡々と壱子は言う。

 しかし、平間はにわかには信じられない。


「待ってくれ、松月は詩織さまが好きなんじゃないのか? だから従者として近くにいるんじゃ……?」

「松月がそう言ったのか?」

「言ってないけど……。でも、松月と伊織さまは接点なんて無いだろ」


 平間がそう言うと、壱子はさらに顔を渋くする。


「あのな、伊織と松月に接点があったのは明白じゃろう」

「なんで?」

貴種病(アレルギー)で伊織が倒れた時、あやつは何をしていた? 蹴鞠(けまり)じゃろ? 普通、姫がするか?」

「いや、あまり……」

「そうじゃろ。それに、伊織は碁が強かった。松月も碁が得意だったという。おそらく、伊織に碁や蹴鞠を教えたのは松月じゃろうな」


 確かに、壱子の言うことは可能性としてはあり得る。

 ただ、今ひとつ平間は納得できなかった。


「でもさ壱子、趣味が同じだからって、その……親しい間柄だってことにはならないんじゃないか?」

「それは一理ある。実際。お主と私の趣味嗜好は似ておらんしな」


 そう言って、勝手に納得する壱子。

 平間としては色々と突っ込みたいことが多くあったが、なんと言えばいいか分からなかったのと、野暮なことを言ってまた怒られるのが嫌なので、黙っておいた。

 すると、壱子は再び口を開く。


「しかし、証拠はまだある。松月が私に送った手紙を見て、伊織はすぐにそれが松月の字だと分かったじゃろう?」

「ああ。だから?」

「それだけ、普段からやりとりをしていたということじゃ。身分の違いもあるし、伊織は詩織(あね)と仲が悪い。堂々と語らうわけにも行かなかったのじゃろう」

「……そうか」

「そして何よりの証拠が、こんな時間に、こんな大人数を連れて松月を探しに出ている事じゃ」


 壱子がそこまで言って、ようやく平間は理解した。


 なぜ、伊織が壱子を嘘つきだと断じたのか。

 それは、松月を思うあまり、彼の死を受け入れられなかったからだろう。

 しかしだとすると、壱子が伊織の誤解を解くのは、なおさら難しいように思えた。


 平間の心配を察したのか、壱子は平間に言う。


「そう暗い顔をするな。状況は決して悪くない」

「悪くないというのは、ちょっと無理があると思うんだけど。見ての通り縛られているし、味方もいない」

「しかし、水臥小路の屋敷には向かっている。おおむね予定通りじゃ」


 あっけらかんと壱子は言うが、平間の不安は尽きない。


 実のところ、平間と壱子では、見ているものが違う。

 壱子が目指すのは水臥小路惟人(すがのこうじこれひと)を打ち破ることだが、平間の至上命題は壱子の身を守ることだ。

 裏を返せば、もし水臥小路を打倒したとしても、壱子が怪我をしたり、命を落としたりしてしまえば、平間にとっては最悪の事態になる。


 この場を無事に切り抜けられるのか。

 平間が表情を険しくすると、間もなく、水臥小路家の屋敷が近づいてきた。


──


「忌部省に使いを送ってくれ」


 水臥小路家の屋敷に入り、壱子は開口一番そう言った。


 連れて来られたのは、屋敷の中庭である。

 そこに敷かれた粗末なゴザに座らされて、壱子は伊織の目を見つめる。

 中庭にいるのは伊織とその母親と数人の侍女で、詩織の姿は無い。


 壱子の要求に口を開いたのは、伊織だった。


「なぜだ? 時間稼ぎのつもりか?」

「違う! 忌部省には、確かに松月の遺体が安置されている。確かめに行けば、私の言っていることが確かに事実だと分かるはずじゃ」

「……では明朝、忌部に人をやろう。そして、そちらは父上に引き渡す。(こち)はもう寝る」

「待て伊織!」

「なんだ、まだ用があるのか?」

「ある。私はこれから、松月の死の真相を話す。それだけではなく、何故射月が死んだのか、誰に殺されたのかも話す」

「そちが嘘を言っていないことを、まだ証明していない。明日にしてくれ」

「であれば、私は話さない。永遠にじゃ」

「……何?」


 壱子の言葉に、伊織はピクリと眉を動かす。

 すると、平間にしか分からないほどわずかに、壱子が口角を上げる。


「言った通りじゃ。私は既に、射月と松月の死の真相に至っておる。そしてその真相は、私以外の口から明らかになることはない」

「なぜそう言い切れる? うぬぼれか?」

「うぬぼれは多分に含まれているが、それだけではない。まず第一に、この事件の真相は水臥小路家の禁忌に触れる。故に、水臥小路家と同格の者しか真相を語ることが出来ぬ。第二に、私がいま語らなければ、証拠は隠滅されてしまう。故に、後世の者は真相に至ることが出来ぬ」

「大した自身だな、壱子」

「お褒めに預かり光栄じゃ。で、どうする? この機会を逃せば、松月がなぜ死んだのかを知る機会は、未来永劫(みらいえいごう)訪れぬぞ」

「脅しのつもりか?」

「そうとも。まさしく脅しじゃ。生きるか死ぬかが掛かっておるし、なりふり構っておられぬじゃろう?」


 自嘲気味に言う壱子に、伊織は表情を固くして黙りこむ。


 伊織の心境は揺れている。

 それを目ざとく察知して、壱子はさらに追撃を始めた。


「伊織、私には時間が無い。姉はおそらく屋敷にとどまっているだろうが、いつ火が掛けられてもおかしくはない。父は生死すら分からぬ。一刻も早く、この状況から抜け出したいのじゃ」

「その気持ちは分かるが……」

「であれば、私に誤解を解く機会をくれ。可能な限り早く」

「……父上のお気持ちも聞かねば」

「伊織、私はお主と話しておる」

「しかし、(こち)の一存で決めるわけには……」

「私と平間を捕らえたのは、誰の一存じゃ?」


 ぴしゃりと言って、壱子は伊織を見据える。

 地べたに縛られている壱子が有利に立っているのは、奇妙な光景だと平間は思った、

 たじろぐ伊織に、壱子は容赦なく続ける。


「本当は、うすうす分かっておるのじゃろう? 私が嘘など言っておらぬことを」

「そっ、それは……!」

「松月の死を認められぬ気持ちは痛いほど分かる。しかし、お主は知っているはずじゃ。私が松月を手にかける理由など一つもないことを。そして、私がそのような(むご)い仕打ちをする人間でも無いということを。違うか?」

「……違わない」

「であれば、改めて頼む。私の話を聞いてくれ。これは友としての願いじゃ」


 伊織をまっすぐに見て、壱子は何度目かの懇願をする。

 不安げに目を泳がせる伊織は、おずおずと口を開いた。


「壱子、そちを信じていいのか?」

「それを聞くのは無粋(ぶすい)じゃろう」

「何を言って……?」

「友を信じるのは難しいことじゃ。しかし、だからこそ価値がある。わざわざ友情を確認することに、意味があるとは思えぬ」

「……なるほど。確かにな」


 壱子の言葉に、伊織はうなずく。

 そしてゆっくりと壱子に近づいて、彼女を後ろ手に縛る縄に手を掛けた。


「結構、固いのだな……っと」


 壱子を縛っていた縄が(ほど)け、するりと落ちた。

 すると突然、待ち構えていたかのように壱子が動く。


「伊織っ」


 平間は慌てた。

 まさか伊織を人質に取るつもりではないか、と思ったのだ。

 だが、ここで迂闊に動けば、全てが水の泡になってしまう。


 ……しかし、平間の懸念は当たらなかった。


「辛い決断をさせてしまったな……許してくれ」


 壱子は、伊織を強く抱きしめていた。

 そしてその眼には、涙さえ浮かんでいる。


「親しい者を亡くした痛みは凄まじい。私も、母を亡くした時を思い出した」

「壱子……」

「母の死を受け入れるのに、私は何ヶ月もかかった。いや、まだ受け入れられているか分からぬ。しかしお主は、私を開放して、受け入れた。大したものじゃ。強いな。驚いた」

「う、うぅ……」

「私の胸で良ければ貸そう。お主よりは薄いがな」

「ひぐっ、ううっ、うわあぁぁあああ!!」


 屋敷中に響く大声で、伊織は泣き始める。

 溢れ出る涙が壱子の服に染みを作るのには、そう長い時間は必要なかったようだ。


 伊織にしてみれば、松月の死を否定するために壱子を「嘘つき」だと断じたのだろう。

 それをやめて、壱子を信じると言うことは……つまり、伊織は松月の死を受け入れたのだ。

 それがいかに重大な決断だったのか、想像するに難くない。


 ただ、平間は「自分の縄も解いてくれないか」とも思っていたが。


 その時だった。


「あらあら、随分とみっともない泣き顔ですこと」


 酷薄な声が、平間たちの耳に入る。

 その主は、美しくも邪なる娘――水臥小路詩織である。


――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ