第31話「逆境の友と背中刺し」
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脛折は言う。
「一つ目は、全く構わん。こんなところで良ければ、好きなだけいればいい。衣食住も用意しよう」
「まことか! 助かる……!」
「そして二つ目だが、これは無理だ」
短く言う脛折に、壱子はにわかに顔を曇らせる。
「理由を聞いても良いか?」
「もちろん。前にも話したが、双子は死罪を赦されて忌部省にいる。言い換えれば、一回死んでいるわけだな」
「話が見えぬが……」
「つまり、双子は死人なんだよ。もちろん比喩だが、政治的にはそういうことになっている。そして、死人は穢れだ」
「ということは、もしや双子は忌部省から出てはいけないのか?」
「正確には、浄嵐神社(※)から出ることは出来ない。ちなみに俺も出られない」
「……脛折殿、お主も何か罪を得たのか?」
「なに、生まれてきたことが罪なのさ」
(※浄嵐神社:皇都から北東に位置する神社。広大な敷地を持ち、その中に忌部省が入っている。)
飄々と言う脛折だったが、平間にはその真意をつかむことが出来なかった。
何かの比喩かも知れないし、単に”はぐらかした”だけなのかも知れない。
しかし、厄介なことになった。
壱子が双子の協力を仰いだのは、彼らが優秀そうだと踏んだからだ。
その根拠は、以前忌部省を訪れた際に、双子が壱子から上手く手間賃を巻き上げてみせたこと。
そして何より、脛折が傍に置いていることが彼らの優秀さを証明していた。
肩を落とす壱子に、脛折は慰めるように言う。
「しかしだ、忌部省には罪人でない者もいる。そいつらならば可能な限り協力できるだろう」
「それはありがたい……。が、状況が状況だけに、なるべく信用のおける人物をお願いしたいのじゃが」
「だったら適任がいる。アンタら二人が命の恩人と言っているから、きっと心配ないだろう」
「……はて? 心当たりが無いが」
「何だ、随分と薄情だな」
眉を片方あげて、脛折は拍子抜けしたように言う。
が、平間も心当たりが無い。
すると、壱子が小さく声を上げた。
「あっ……!」
「気がついたか」
「もしや、野盗の花嫁ではないか」
壱子が言うと、脛折はニヤリと笑う。
平間も得心した。
どこかぎこちなく、脛折が言う。
「その通りだ。あの娘、聞けばなかなかに苦労をしたらしい。身寄りも先立つものも無いというから、ここに置いて置くことにしたんだ」
「しかし、私が命の恩人だと言うのは、どうにも”こそばゆい”ものじゃな……平間はともかく、私は何も出来なかった」
「詳しいことは知らん。が、恩人の話はあの娘本人の口から聞いたんだ。とにかく、彼女なら協力してくれるだろう。顔も割れていないだろうしな」
「ありがたい……! して、三つ目は?」
「ああ、そのことなんだがな」
脛折は言いよどんで、チラリと廊下に目を向ける。
「お姫さん、アンタらがここにいることを誰にも言うなという話だったが、先約があってな……」
「先約? どういう意味じゃ?」
「三つ目の要求は、呑むことが出来ない」
脛折の言葉と同時に、平間はすぐさま刀に手を掛けた。
そして、部屋の戸が開かれる。
そこに立っていたのは、阿と”元”副官の少女だった。
「ご機嫌いかがですか? 壱子さま、京作さま?」
「何をしに来た、紬!!」
いきり立つ平間に、紬はひらひらと手を振ってみせる。
「そう怒らないでくださいよ。私たちの仲じゃないですか」
「どの口が言う……! さっさと要件を言え!」
「そんなの決まっているじゃないですか。お二人と仲良くお話しに来たんですよ」
「馬鹿も休み休み言え! 自分が何をしたか──」
「控えよ、平間」
頭に血を昇らせる平間を、壱子が静かに制する。
平間は歯噛みしながらも、大人しく元の位置に戻った。
けろりとした笑みを浮かべる紬をよそに、壱子は硬い表情で脛折に尋ねる。
「脛折殿、なぜ紬がここにいるか、説明してもらえるか」
「説明も何も、この娘が勝手にここに来たんだ」
「……尾けて来たのか」
そう言って壱子が睨むと、紬は少し怯んだように答える。
「ち、違いますよ。買いかぶりすぎです」
「というと?」
「所詮、アタシは末端に過ぎません。計画の全貌は知りませんし、ここに来たのだって『来るとしたらここしか無い』と思ったからで……」
「偶然だ、というわけか」
「めぐり合わせとも言いますね」
紬は”はにかんで”みせるが、壱子の表情は固い。
「大したものじゃな、私も平間に言われるまでは、忌部省に来ることを思いつかなかった」
「……その、壱子さま、玄風さまのことなんですが」
「何か知っておるのか?」
「その、言い出しにくいのですが……少なくとも亡くなられたという情報は入っていません。これは、陛下についても同様です。何名か死者の報告はありましたが、壱子さまが親しくされている方の名前は無いと思います」
「……そうか」
壱子は無感情に言って、紬を見据える。
「要件はそれだけか? 水臥小路の兵がいるのなら、さっさと教えて欲しいのじゃが」
「そんなものはいません。アタシが勝手に来ただけですから。要件はこれです」
そう言って、紬は懐から一枚の封を取り出す。
「松月くんから預かりました。壱子さまに渡してほしいとのことです」
「なるほど。受け取ろう」
そう言って、壱子は松月からの手紙を手に取った。
封はまだ明けられておらず、紬が中身を盗み見した気配はない。
壱子は封を切ることなく、紬に尋ねる。
「何故これをお主が持っておる?」
「松月さんに渡されたからです」
「はて? お主の働きで私たちが囚われる羽目になったのを、松月は知らぬのかな?」
「それは分かりません。ですが、『確実に手紙を届けたい』のであれば、アタシを選ぶのは妥当な判断かと」
臆面もなく言って、紬は寂しそうに笑う。
それを見て、壱子は言った。
「話は終わりか? お主はこれからどうするつもりじゃ」
「アタシは近衛府に、ひいては水臥小路さまにお仕えしています。ですので、そちらに戻ることになるかと」
「そうか、分かった」
「ですがご安心を。私が壱子さまの居場所を誰かに言いふらすことは無いですから」
「その言葉を、誰が信じると思うのじゃ?」
「信じる以外の選択肢を、壱子さまはお持ちでないと思いますが」
紬はそう言うと、足早に平間たちの元を去っていった。
それを見送って、壱子はポツリとつぶやく。
「確かに、紬の言うとおりかもしれぬな」
──
同日、夜。
今宵は新月である。
闇夜に紛れて皇都を歩くものは、浮浪者か脛に傷ある者しかいない。
そして今や後者となりはてた平間は、壱子と共に、ある場所へと向かっていた。
「壱子、やっぱり僕は反対だ。あまりに信用できない」
「だとしても、手掛かりがあるなら動かねば。そうじゃろう?」
そう言って微笑む壱子だったが、平間にはそれが触れれば壊れそうなほど脆いものに思えた。
平間たちが向かっているのは、松月との合流場所だ。
忌部省で紬から受け取った手紙には、松月の名で「一度会って話がしたい」との旨が記されていた。
そこにはさらに、待ち合わせの時間と場所──水臥小路家の抜け穴が指定されていた。
──
”松月から”の手紙には封を切った痕跡がなかった。
とは言え、本当に差出人が松月である確証は無いし、松月が裸のままで手紙を出し、第三者がそれらしく封をした可能性だってある。
つまり、これが壱子をおびき出すための策略だと考えられるのだ。
というより、その可能性が非常に高い。
にもかかわらず、壱子は松月との待ち合わせに応じると言い出したのである。
さすがに平間は制止したが、壱子は聞かなかった。
『確かに、これに応じて事態が好転する望みは薄いじゃろう』
『だったら──』
『しかし、松月が私に会いたいのが本当で、紬が何らかの罪悪感から、何のウラもなく手紙を持ってきたのだとしたら、最後に残った一縷の望みも切り捨ててしまうことにはならぬか』
『……そうだとしても、僕は賛成できない。むしろ、準備を整えて可能な限り早く、皇都から離れるべきだ』
『それは、私の身を案じての事か』
『ああ。玄風様も梅乃さん(※)も所在不明で、相手の水臥小路家は近衛府を動員して皇都を完全に制圧している。この状況で皇都に戻るのは自殺行為だ』
(※梅乃:壱子の異母姉。怖くて優しくて怖い。)
話の道理は、間違いなく平間にあった。
しかし、壱子は首を縦に振ろうとしない。
そして平間は、こうなった時の壱子が異様に頑固だということを知っていた。
己の身を危険にさらすことが分かっていても、絶対に退こうとしないのだ。
壱子をよく知らぬ者ならば、彼女を「子供じみた愚か者」と謗るだろう。
しかし、苦境に身を置いてなお立ち向かえる人間が極めて稀であることを、平間は知っていたのだ。
そしてさらに、平間は壱子の第一の従者であると自負していた。
であれば、平間のすべきことは一つである。
佐田壱子は全能ではない。
聡明だが、たまには分の悪い掛けに出ることもあるだろう。
その時に、せめて自分だけは壱子と同じ方向を向いていたい。
そう、平間は思った。
壱子は平間を見上げて言う。
『平間。すまぬが、私のわがままに付き合ってくれぬか』
彼女の眼には強い意志と、隠しきれぬ怯えの色があった。
それを見て、平間は苦笑いする。
そして不敵に笑い、最大限、力強くうなずいた。
『なら壱子、僕に考えがあるんだ』
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