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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第31話「逆境の友と背中刺し」

──


 脛折は言う。


「一つ目は、全く構わん。こんなところで良ければ、好きなだけいればいい。衣食住も用意しよう」

「まことか! 助かる……!」

「そして二つ目だが、これは無理だ」


 短く言う脛折に、壱子はにわかに顔を曇らせる。


「理由を聞いても良いか?」

「もちろん。前にも話したが、双子(アイツら)は死罪を(ゆる)されて忌部省にいる。言い換えれば、一回死んでいるわけだな」

「話が見えぬが……」

「つまり、双子は死人(しびと)なんだよ。もちろん比喩だが、政治的にはそういうことになっている。そして、死人は(けが)れだ」

「ということは、もしや双子は忌部省から出てはいけないのか?」

「正確には、浄嵐(じょうらん)神社(※)から出ることは出来ない。ちなみに俺も出られない」

「……脛折殿、お主も何か罪を得たのか?」

「なに、生まれてきたことが罪なのさ」


(※浄嵐神社:皇都から北東に位置する神社。広大な敷地を持ち、その中に忌部省が入っている。)


 飄々と言う脛折だったが、平間にはその真意をつかむことが出来なかった。

 何かの比喩かも知れないし、単に”はぐらかした”だけなのかも知れない。


 しかし、厄介なことになった。

 壱子が双子の協力を(あお)いだのは、彼らが優秀そうだと踏んだからだ。

 その根拠は、以前忌部省(いんべしょう)を訪れた際に、双子が壱子から上手く手間賃を巻き上げてみせたこと。

 そして何より、脛折が傍に置いていることが彼らの優秀さを証明していた。


 肩を落とす壱子に、脛折は慰めるように言う。


「しかしだ、忌部省には罪人でない者もいる。そいつらならば可能な限り協力できるだろう」

「それはありがたい……。が、状況が状況だけに、なるべく信用のおける人物をお願いしたいのじゃが」

「だったら適任がいる。アンタら二人が命の恩人と言っているから、きっと心配ないだろう」

「……はて? 心当たりが無いが」

「何だ、随分と薄情だな」


 眉を片方あげて、脛折は拍子抜けしたように言う。

 が、平間も心当たりが無い。

 

 すると、壱子が小さく声を上げた。


「あっ……!」

「気がついたか」

「もしや、野盗の花嫁ではないか」


 壱子が言うと、脛折はニヤリと笑う。

 平間も得心した。

 どこかぎこちなく、脛折が言う。


「その通りだ。あの娘、聞けばなかなかに苦労をしたらしい。身寄りも先立つものも無いというから、ここに置いて置くことにしたんだ」

「しかし、私が命の恩人だと言うのは、どうにも”こそばゆい”ものじゃな……平間はともかく、私は何も出来なかった」

「詳しいことは知らん。が、恩人の話はあの娘本人の口から聞いたんだ。とにかく、彼女なら協力してくれるだろう。顔も割れていないだろうしな」

「ありがたい……! して、三つ目は?」

「ああ、そのことなんだがな」


 脛折は言いよどんで、チラリと廊下に目を向ける。


「お姫さん、アンタらがここにいることを誰にも言うなという話だったが、先約があってな……」

「先約? どういう意味じゃ?」

「三つ目の要求は、呑むことが出来ない」


 脛折の言葉と同時に、平間はすぐさま刀に手を掛けた。

 そして、部屋の戸が開かれる。


 そこに立っていたのは、(おもね)と”元”副官の少女だった。


「ご機嫌いかがですか? 壱子さま、京作さま?」

「何をしに来た、紬!!」


 いきり立つ平間に、紬はひらひらと手を振ってみせる。


「そう怒らないでくださいよ。私たちの仲じゃないですか」

「どの口が言う……! さっさと要件を言え!」

「そんなの決まっているじゃないですか。お二人と仲良くお話しに来たんですよ」

「馬鹿も休み休み言え! 自分が何をしたか──」

「控えよ、平間」


 頭に血を昇らせる平間を、壱子が静かに制する。

 平間は歯噛みしながらも、大人しく元の位置に戻った。


 けろりとした笑みを浮かべる紬をよそに、壱子は硬い表情で脛折に尋ねる。


「脛折殿、なぜ紬がここにいるか、説明してもらえるか」

「説明も何も、この娘が勝手にここに来たんだ」

「……()けて来たのか」


 そう言って壱子が睨むと、紬は少し怯んだように答える。


「ち、違いますよ。買いかぶりすぎです」

「というと?」

「所詮、アタシは末端に過ぎません。計画の全貌は知りませんし、ここに来たのだって『来るとしたらここしか無い』と思ったからで……」

「偶然だ、というわけか」

「めぐり合わせとも言いますね」


 紬は”はにかんで”みせるが、壱子の表情は固い。


「大したものじゃな、私も平間に言われるまでは、忌部省(ここ)に来ることを思いつかなかった」

「……その、壱子さま、玄風さまのことなんですが」

「何か知っておるのか?」

「その、言い出しにくいのですが……少なくとも亡くなられたという情報は入っていません。これは、陛下についても同様です。何名か死者の報告はありましたが、壱子さまが親しくされている方の名前は無いと思います」

「……そうか」


 壱子は無感情に言って、紬を見据える。


「要件はそれだけか? 水臥小路の兵がいるのなら、さっさと教えて欲しいのじゃが」

「そんなものはいません。アタシが勝手に来ただけですから。要件はこれです」


 そう言って、紬は(ふところ)から一枚の封を取り出す。


「松月くんから預かりました。壱子さまに渡してほしいとのことです」

「なるほど。受け取ろう」


 そう言って、壱子は松月からの手紙を手に取った。

 封はまだ明けられておらず、紬が中身を盗み見した気配はない。

 壱子は封を切ることなく、紬に尋ねる。


「何故これをお主が持っておる?」

「松月さんに渡されたからです」

「はて? お主の働きで私たちが囚われる羽目になったのを、松月は知らぬのかな?」

「それは分かりません。ですが、『確実に手紙を届けたい』のであれば、アタシを選ぶのは妥当な判断かと」


 臆面もなく言って、紬は寂しそうに笑う。

 それを見て、壱子は言った。


「話は終わりか? お主はこれからどうするつもりじゃ」

「アタシは近衛府に、ひいては水臥小路さまにお仕えしています。ですので、そちらに戻ることになるかと」

「そうか、分かった」

「ですがご安心を。私が壱子さまの居場所を誰かに言いふらすことは無いですから」

「その言葉を、誰が信じると思うのじゃ?」

「信じる以外の選択肢を、壱子さまはお持ちでないと思いますが」


 紬はそう言うと、足早に平間たちの元を去っていった。

 それを見送って、壱子はポツリとつぶやく。


「確かに、紬の言うとおりかもしれぬな」


──


 同日、夜。

 今宵は新月である。

 闇夜に紛れて皇都を歩くものは、浮浪者か脛に傷ある者しかいない。

 そして今や後者となりはてた平間は、壱子と共に、ある場所へと向かっていた。


「壱子、やっぱり僕は反対だ。あまりに信用できない」

「だとしても、手掛かりがあるなら動かねば。そうじゃろう?」


 そう言って微笑む壱子だったが、平間にはそれが触れれば壊れそうなほど脆いものに思えた。


 平間たちが向かっているのは、松月との合流場所だ。

 忌部省で紬から受け取った手紙には、松月の名で「一度会って話がしたい」との旨が記されていた。

 そこにはさらに、待ち合わせの時間と場所──水臥小路家の抜け穴が指定されていた。


──


 ”松月から”の手紙には封を切った痕跡がなかった。

 とは言え、本当に差出人が松月である確証は無いし、松月が裸のままで手紙を出し、第三者がそれらしく封をした可能性だってある。

 つまり、これが壱子をおびき出すための策略だと考えられるのだ。

 というより、その可能性が非常に高い。


 にもかかわらず、壱子は松月との待ち合わせに応じると言い出したのである。

 さすがに平間は制止したが、壱子は聞かなかった。


『確かに、これに応じて事態が好転する望みは薄いじゃろう』

『だったら──』

『しかし、松月が私に会いたいのが本当で、紬が何らかの罪悪感から、何のウラもなく手紙を持ってきたのだとしたら、最後に残った一縷(いちる)の望みも切り捨ててしまうことにはならぬか』

『……そうだとしても、僕は賛成できない。むしろ、準備を整えて可能な限り早く、皇都から離れるべきだ』

『それは、私の身を案じての事か』

『ああ。玄風様も梅乃さん(※)も所在不明で、相手の水臥小路家は近衛府を動員して皇都を完全に制圧している。この状況で皇都に戻るのは自殺行為だ』


(※梅乃:壱子の異母姉。怖くて優しくて怖い。)


 話の道理は、間違いなく平間にあった。

 しかし、壱子は首を縦に振ろうとしない。


 そして平間は、こうなった時の壱子が異様に頑固だということを知っていた。

 己の身を危険にさらすことが分かっていても、絶対に退こうとしないのだ。

 壱子をよく知らぬ者ならば、彼女を「子供じみた愚か者」と(そし)るだろう。

 しかし、苦境に身を置いてなお立ち向かえる人間が極めて稀であることを、平間は知っていたのだ。

 そしてさらに、平間は壱子の第一の従者であると自負していた。


 であれば、平間のすべきことは一つである。

 佐田壱子は全能ではない。

 聡明だが、たまには分の悪い掛けに出ることもあるだろう。

 その時に、せめて自分だけは壱子と同じ方向を向いていたい。

 そう、平間は思った。


 壱子は平間を見上げて言う。


『平間。すまぬが、私のわがままに付き合ってくれぬか』


 彼女の眼には強い意志と、隠しきれぬ怯えの色があった。

 それを見て、平間は苦笑いする。


 そして不敵に笑い、最大限、力強くうなずいた。


『なら壱子、僕に考えがあるんだ』


──

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