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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第30話「小さき友と紅化粧」

──


 荒い息を抑えながら、平間は壱子のあとを追う。

 幸いにして、壱子の残した目印は分かりやすかった。

 分岐のたびに、どちらかの道の端に石が積んであったのだ。

 初めこそ「どちらが正解か」迷ったが、次の分岐でまた石積みがあったために迷わずに済んだ。

 しかし一番の幸運は、すれ違う人が一人もいなかったことだ。


 山道を抜けたところで、岩に腰掛けて休む壱子の姿があった。

 壱子は平間を見咎(みとが)めるや否や、サッと顔を青ざめさせる。


「お主、その血は……!」


 そう言って、壱子は慌てて駆け寄る。

 壱子が焦るのも無理はなかった。

 平間は全身が血みどろだったのである。


「何があった!? あの衛士たちにやられたのか?」

「大丈夫、歩ける程度の軽い怪我だよ」

「馬鹿なことを言うな! その血の量で軽傷なはずがあるか!」


 今にも泣き出しそうな声で言う壱子は、平間の身体を何度も触り始めた。

 まるで平間が死んでしまうとすら思っているような壱子の表情に、平間は少し大袈裟なものを感じる。


 ひとしきり調べ終えて、壱子はホッと息を吐いた。

 すぐに命の危険に直結するような傷は、今のところ無かったらしい、


「うう、無理をしおって……とにかく、まずは傷口を洗わねば。それと、着替えを……しかし、ああ、持ちあわせておらぬ。どこかで買えぬかな」

「心配しなくて良いよ。今は先を急ごう」

「ふざけるな! 傷口が()んで死ぬこともあるのじゃぞ! よいか、まず民家を探して水をもらおう。無ければ川や井戸でも構わぬ」

「でも、この格好を見たら怪しまれないかな」

「怪しまれるじゃろうな。まあ、適当に『イノシシに襲われた』とでも言っておけば良かろう。とにかく早いほうが良い。でないと、悪いものが入って来てしまう」


 そう言って、壱子は平間の手を取って歩き始める。


 落ち着きなく、そわそわと周囲を見回す壱子。

 その姿を見て、平間は壱子が深く尋ねてこないことに感謝した。

 おそらく、言わずとも察してくれたのだろう。


 追ってきた八人の衛士たちのうち、平間は五人を斬った。

 可能であれば一人とて逃したくなかったが、三人が逃げてくれなければ、平間は命を落としていただろう。

 追手が来る可能性が高く、また敵の態度を硬化させてしまうだろうが、今の平間にはこれが限界だった。

 壱子のそばに立つには、どこまでも役不足だ。

 そう、平間は痛感した。


「時に平間、どこか行き先にアテはあるのか? 北に行くと言っていたが……?」

「アテならある」

「どこじゃ? 北に(ゆかり)のある者などあったじゃろうか」

「黄泉の国だ。悪い賭けじゃないだろ」

「……なるほど、縁起でもないな」


 疲れ混じりながらも、壱子はニヤリと笑った。


「では、主街道を避けて進もう。水と寝床も探さねばな」


──


 早朝。


 小屋を出て、平間は深々と頭を下げた。


「本当に、お世話になりました!」

「おう、ミチコちゃんにもよろしくな!」

「もちろんです! ですがすみません、とんだ寝ぼすけで……」

「良いってことよ、子供は眠るのが仕事だ」


 そう言って、無精髭を生やした壮年の男は笑った。


 昨晩、街道を避けて進んだ平間たちの足取りは遅かった。

 そしてそこには、当然二人のすさまじい疲労の影響もあっただろう。


 そんな中で、猟師の小屋を見つけられたのは、奇跡的というべき幸運だった。

 山のふもとに建てられた小屋は、帰りの遅くなった猟師が共同で使っているらしい。

 戸を叩いた平間に応対した猟師は、非常に上機嫌だった。

 聞けば、今日はまれに見る大猟だったのだという。


 大いに嘘を交えて平間が事情を説明すると、猟師は同情して小屋に寝泊まりすることを許してくれた。

 それどころか、手に入れたばかりの鹿肉を振る舞ってくれたのである。


 ただ、壱子は「平間の妹・ミチコ」という偽名を名乗っていた。

 猟師の親切心を裏切るような気がしたが、まあ、許容範囲だろう。

 ほんの少しの後ろめたさを覚えながら、平間は歩き始める。


 その平間の背中で、壱子はまだ寝息を立てていた。

 まるで目を覚ます気配がなかったので、平間が背負ってゆくことにしたのである。


──


 数刻の後。

 陽が最も高くなりつつある頃合いに、平間と壱子は目的地に到着した。

 平間がここを訪れるのは、二度目だった。


 現世(うつつよ)でありながら黄泉の国と(そし)られる、多くの人は名を呼ぶことも避ける。


「よく来たな、我が友よ」


 忌部省の主・脛折(すねおり)(おみ)は、ずんぐりとした顔で歓待の笑みを浮かべた。

 どう反応すればよいか迷う平間に、脛折は門をくぐるように促す。


「そう遠慮するなよ。俺にとって、二回も会いに来てくれる奴はすべからく友達なんだ。それがたとえ、お尋ね者であってもな」

「知っていたんですか」

「そりゃ皇都中に手配されているからな。おい、そんなに警戒するなよ。こんな小男がお前さんたちをとっ捕まえても、礼の一つだって出やしないんだ」

「……言っても意味がないかも知れませんが、僕にはもう頼れる人がいません。あなたを信じています」

(ワラ)は藁でも、随分短い藁を選んじまったな。まあ……、とにかく入れ。何か話したいことがあるんだろ」


 冗談を交えつつ、忌部省の奥に脛折は歩を進めていく。

 平間と壱子は互いに顔を見合わせてから、脛折の後に続いた。


 忌部省の中に入り、門が閉まった。


──


 忌部省の庁舎は、あまり掃除が行き届いていないようだった。

 木の柱はたっぷり湿気を吸っているようで、また畳は何となく濡れているような感触さえある。


「まあ、気にせず座れよ」


 (おもね)(ほえる)が置いた座布団を指して、脛折は平間たちに促した。

 そうそうに腰を下ろした壱子に対して、平間は脛折と(おうし)の双子に会釈してから座布団に座った。


 部屋の奥にある低い机に腰掛けて、脛折が切り出す。


「で、何が望みだ? 友人よ。俺と一緒に、人の体のお勉強でもするかね」


 おどけた調子で尋ねながら、脛折は平間と壱子の顔を交互に見る。

 すると、壱子が口を開いた。


「単刀直入にお願いしたい。要求は三つじゃ」

「話が早くて良いな。聞こう」

「一つ、私と平間をしばらくこの場所にかくまってくれ」

「ほうほう。次は?」

「二つ、(おもね)(ほえる)のどちらか、あるいは両者を貸して欲しい。皇都の情勢を知るために、少し動いて貰いたい」

「ふむふむ、それで?」

「三つ、私達がここにいるということは、出来れば口外しないで頂きたい」

「なるほど。で、見返りは何を期待すればいいのかな?」

「見返りは一切無い。気が向いた時に肩くらいは揉むが、その程度じゃ」

「そうかそうか、よく分かった」


 相変わらず軽妙に言うと、脛折は自分の顎の髭を撫で始める。

 沈黙。

 そしてしばらく後に、脛折はぴんと人差し指を立ててみせる。


「よし、お答えしよう。友人が相手だからな、真摯に検討させてもらった」

「感謝する」

「だが、まず一つだけ聞かせてくれ。お姫さん、アンタの頭の中には医事方(いじかた)(※)の蓄えている情報が全て詰まっているというのは本当か?」

「本当も何も、イジカタとは何じゃ? 人の名か?」

「とぼけなくて良い。質問と言ったが、これはどちらかというと確認だ」

「……確かに事実じゃ。が、最新ではないし、私が嘘をつく可能性もあるのではないか?」

「最新でなくても構わないし、お姫さんが嘘をつくことは絶対に無いと断言できる」

「む、なぜじゃ?」

「アンタは嘘がヘタだからだ」


(※医事方:皇国の部署の一つで、医学・薬学の情報を管理している。その存在意義が「帝の長寿を支えるため」であることから、極端な秘密主義であり、有益な情報であっても外部にはほとんど知られることはない。)


 小さく口角を上げる脛折の言葉に、壱子は苦笑する。


「それを、何処で聞いたのかの?」

「じきに分かる。さて、本題に入ろう」


 脛折は机から立ち上がると、平間と壱子のすぐ傍に、どかりと座る。


「まず見返りについてだ。俺が今まで死んだ人間に触れてきて、どうしても一人では調べきれないことがいくつもあった。それをお姫さんが知っているのなら、教えて欲しい。期限は特に設けない」

「というと?」

「全てが元通りになった後で、その都度聞きたいことを聞く。そして、その都度教えてくれ。可能か?」


 随分と控えめな要求だ、と平間は思った。

 それをよそに、壱子は間を置かずに承諾する。


「分かった。しかし驚いたな、私の知ることを全て教えろ、とでも言うのかと思っておったが」 

「俺はアンタみたいに馬鹿げた記憶力は持っていないんだよ。それに、興味のないことには興味が無いしな」


 そう言って、脛折は(おもね)に何やら目で合図を送る。

 阿は頷き、部屋から出ていった。


 もしや、と思い、平間の身体に緊張が走る。

 が、脛折は変わらぬ調子で続けた。


「では報酬の折り合いがついたところで、お姫さんの要求について答えよう。要求は三つ、アンタ方を匿うこと、双子を貸すこと、そしてアンタらの居場所を誰にも言わないこと、だったな」


 三本指を立てる脛折に、壱子はうなずく。


──

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