第26話「予期せぬ待ち人と恋心」
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夜。
拷問とは、言うまでもないが「事件の被疑者に自白を求めるために行われる、暴力的行為を伴う取り調べ」のことを言う。
そしてもちろん、平間が拷問を受けた理由は「罪の自白をさせるため」である。
だが、一回目の拷問が終わった際に、平間が第一に感じたこと。
それは「思いのほか温いな」ということだった。
そう感じた原因はいくつかある。
一つは、平間自信が拷問の手順を熟知していたから。
近衛府の拷問は大変良く出来ていて、人間が嫌がることが綿密に研究され、それに則って拷問の手順が定められていた。
そして平間は拷問を担当したことはなかったが、仕事の関係で見聞きする機会は多かった。
ゆえに、平間は近衛府の拷問が何たるかをよく知っていたのである。
そして、次に何が行われるのか、そしていつ終わるのかが分かれば、精神的な苦痛は幾分か軽くなる。
「おーい、来たぞ。私だ」
ただ、それよりも大きな要因があると平間には感じられた。
というのも、いくら拷問の手順を知っていたとしても、軽減される苦痛などたかが知れているのだ。
では最たる原因は何なのかというと、拷問担当の役人・拷問官が、全体的にやる気がなかったことである。
平間を担当した拷問官は、顔見知りではなかった。
手心を加えないように、知り合いは除外されたのだろう。
しかしそうであれば、尚更この状況を説明できない。
「聞いておるのか? おい」
牢に敷かれたゴザに寝そべりながら、平間はさらに考えを巡らせる。
そもそも、なぜ平間は牢に繋がれているのだろう、
その答えは、「何者かが壱子に罪を着せようとしていたから」に他ならない。
では、その”何者か”とは誰か。
これはある程度想像がつく。
単純に考えれば、今回の事件の首謀者は、壱子ないし佐田氏に恨みを持っている者となるだろう。
しかしそんな人物は、それこそ無数にいる。
世間知らずな壱子のことだ、どこで変な恨みを買っているかは知れない。
そのうえ佐田氏は巨大な権力を持っているから、どれだけの人間に恨まれているか、想像も付かない。
巨大な獣ほど、踏み殺す蟻の数は増えるのだ。
「朝霧、反応がないぞ。死んでおるのか?」
「さあ……? 死んでいるのかも知れませんね」
とは言え、今回は近衛府が動いている。
平間と壱子の捕縛に田々等が一役買っていた事を踏まえれば、かなり高位の人物が関与している可能性が高い。
近衛府を動かすほどの力を持っている貴族は、水臥小路家に武門御三家だ。
それに加えて、皇家も一応考慮されるべきかも知れない。
ただ不思議なのが、仮にそれくらいの力を持つ存在が暗躍していたしても、その目的は読めない。
もし企みが成功して、壱子が他の貴族の屋敷を火薬で吹き飛ばしたということになっても、それ以上の展開は望めないのだ。
なぜなら壱子が事件を起こしていたとしても、それがそのまま壱子の父親の責任問題になるとは考えにくい。
というか、その程度で折れるならば、右大臣という役職は務まらないだろう。
何はともあれ、今回の事件を「佐田氏への攻撃」だと仮定すれば、もっとも黒幕に近いのは水臥小路家だろう。
佐田と水臥小路の両家が政治的に対立していることはよく知られた事実であるし、水臥小路家としては致命傷とならなくても良しとするのかも知れない。
しかしいずれにせよ、最大の懸念事項は壱子の安全である。
そのためにはまず、彼女の居場所を探し、かつ牢を脱出しなくてはならない。
紬の言葉を信じるのなら、生きてはいるらしいのだが……。
よもや近衛府に囚われているということ
「おい! いい加減にせぬか! この大たわけ者が!!」
「うわあ! な、なんですか!?」
突然聞こえてきた怒声に、平間は跳ね起きる。
慌てて見れば、そこに経っていたのは外套を深くかぶった少女だった。
外套の裾からは、可愛らしい着物の装飾が覗いている。
手の混んだ髪型に、年齢以上に幼く見える顔立ち。
その少女を、平間はよく知っていた。
「伊織さま!? どうしてこんなところに?」
「朝霧に案内してもらい、牢屋番にわいろを渡した」
「意外と賢いんですね……」
「何か言ったか?」
「なんでもないです」
「……まあ良い。まったく、人が呼んでいるのだから返事をせぬか」
「すみません、考え事をしていて」
頬を膨らせて腕を組む伊織に、平間は申し訳無さそうに頭を下げる。
しかしそんなことより、平間には伊織に訊くことがあったのを思い出す。
「伊織さま、壱子は──」
「それで、壱子はどこにいるのだ?」
「……知らないんですか?」
「そちこそ知らぬのか?」
伊織の問いかけに、平間は無言で首を横に振る。
それを見て、伊織はあからさまに拍子抜けする。
「私が知ることが出来たのは、そちが近衛府に囚われているという事のみだ」
「そうですか……」
「そちと壱子はいつも一緒だと思い込んでおったが、見当違いであったようだな」
伊織の言葉に、平間の胸がぎゅっと締め付けられるように痛む。
しかし、今は鑑賞に浸っている場合ではない。
そう思い直して、平間は懸命に思考を回した。
肩を落とす伊織は、平間が見た限り嘘を言っているようには見えない。
となると、水臥小路家は噛んでいないのだろうか?
……いや、伊織の人柄を考えるに、仮に水臥小路気が首謀者だとしても、彼女には仔細を知らせることはしないだろう。
これだけでは、特に何の手がかりにもならないか。
そう平間が落胆しているとが、伊織は眉根を寄せて言う。
「困った。壱子が近衛府に囚われたとばかり思っていたが……見つかったのは従者のみか」
「……なんかすみません」
「よい。しかし困った。本当に困ったな」
「何がです?」
「そちと壱子のことだ、きっと何かの間違いではないかと思っておった。なのに牢屋番に聞けば、壱子は嫌いな貴族の屋敷に火を放ち、そちは人を三人斬り殺したと言うではないか」
「それは誤解です! 僕も壱子も、何もしてません!」
「……そうなのか?」
「当たり前です!」
「しかし、犯人は皆そう言うのでは無かったか?」
「そう言われてしまうと、返す言葉がないんですが……」
平間が返答に困っていると、朝霧が伊織に耳打ちする。
「伊織さま、時間がありません。無断でお屋敷を抜けたことがお母上様に知られたら、またお叱りを受けますよ」
「……それは一番困る」
伊織はさっと顔を青くして、平間に真剣な目線を向ける。
「相分かった。ひとまず信じよう。壱子は私の友であるなら、壱子の従者である”そち”もまた私の友だ。友を信じるのは美徳であると、母上も申しておった。のう、朝霧」
「左様にございますね」
「であれば、私は平間をここから出すために全力を尽くそう」
「ありがとうございます。でも、どうやって?」
「何、父上に頼むのだ。多分、すぐに出られる」
伊織の答えに、平間は表情を曇らせる。
「どうした、不満なのか」
「いえ、そんなことは……とても感謝しています」
仮に水臥小路が今回の事件を引き起こしたのであれば、伊織の好意も無駄になってしまうだろう。
しかし、逆に考えればどうだ。
もし何の問題もなく出られれば、水臥小路が手を回していないことを示す試金石にはなる。
平間が無理やり納得してみせると、伊織は気軽な調子で言った。
「ともかく、安心せよ、私の父も壱子の父も、とてもえらい。いくらでも風車?を押すことが出来る。そちがいくら極悪人であろうと、何人を手に掛けようと、都中に火を放とうと、綺麗に無罪ほうにん……ほうねん? いや違うな」
「放免?」
「それだ。ゆえにドンと構えておれ」
そう言って自信満々に胸を張る伊織は、なんとも子供っぽかった。
が、同時にほのかな温かみも感じる。
平間自身も気付いていなかったが、紬の裏切りや壱子との別離が、ここに響いていたのかも知れない。
その時、牢の入り口で大きな咳払いが聞こえた。
「もう時間か。牢屋番というのは思いのほか強欲だな」
不服そうに言う伊織に、平間は苦笑いを返す。
「ではな、平間。何か他に私にしてほしいことはあるか?」
「壱子を探してほしいです。あと、紬という娘の行方も追ってもらえれば……彼女が、僕らを嵌めた張本人です」
「ああ、そちらと一緒にいた豊満な娘だな。分かった」
「感謝します」
伊織との会話の中で、平間は生返事が多かった。
が、この謝辞は心からのものだった。
この状況では、誰も助けてくれなくても不思議ではない。
なのに、伊織は人目を忍んで会いに来てくれたのだ。
これがどんなにありがたいことか。
去り際、伊織はふり返って言う。
「時に平間よ」
「なんです?」
「その、お姉ちゃんの従者に、こう、髪の長い者がいただろう」
「侍女ですか?」
「違う、男だ」
「男……ああ、松月ですか。彼がどうかしましたか?」
「松月というのか、知らなかったな、はは……」
「なにか悪いものでも食べました?」
「食べてない。実はあの者が、見知らぬ女物の着物を持っていたのだ。何か知らぬか?」
「それは……」
平間は迷った。
その着物は恐らく、松月が女装させられた時のものだろう。
なぜ伊織がそんなことを気にするのか分からないが、松月の名誉を考えると、あまり口外すべきでないような気がする。
「いやあ、知りませんね……?」
「まことか? 朝霧、差し入れ」
「かしこまりました」
伊織に言われて、朝霧は持っていた包みを開いてみせる。
そこには、色とりどりの料理があった。
中には焼き豚まである。
思わず、平間はつばを飲み込んだ。
「どうだ、これでもやはり知らぬか」
「……」
「どうした」
「……」
「よし、もう良い。朝霧、それは私の夜食とする」
「待ってください! 分かりました!」
「ほう……ようやく吐く気になったか」
腰に両手をあて、得意げに笑う伊織。
その頬は妙に紅潮しているように見えるが……気のせいだろうか。
平間は首を傾げつつ、何と答えるか迷った。
「その服はですね、紬が渡したものなのです」
「なんと、あの娘がか」
「そうです。何の意図かは分かりませんが、気まぐれでそういうことをする奴なので、まあそういうことなんだと思います」
「いまいち要領を得ぬが……つまり、松月の意中の相手への贈り物では無いわけだな?」
「? よく分かりませんが、それは絶対にありませんね」
「そうかそうか、良かった良かった」
何故かごきげんになって、伊織は何度もうなずく。
そして平間に料理を手渡すと、意気揚々と去っていった。
──
朝。
目覚めると、壱子は不可解な光景を目の当たりにした。
鍵が、空いているのである。




