第25話「澄んだ凶器と虚仮威し」
──
ひとしきり言い終えて、壱子は「これで水臥小路が退出する」と踏んでいた。
なぜなら、ここまで小娘に馬鹿にされているにも関わらず、その小娘相手には憂さ晴らしも出来ないからだ。
居心地が悪いに決まっている。
さらに言えば、水臥小路が出て行ってくれれば、のんびりと思索にふけることが出来る。
水臥小路にぶつけた話は、決してデマカセではない。
が、水臥小路を煽るために、少なからず理論を曲げている。
また即興故に、穴もある。
その穴に水臥小路が気付く前に、壱子は次の最善手を計画する必要があった。
そうでなくとも、壱子には大いなる不安がある。
「全く、皇国一の姫と聞いていたのに、とんだじゃじゃ馬ですね」
「お言葉じゃが、魚も水の中ならば美しく舞うが、陸に上がれば醜く跳ね回るのみじゃ。ああ、良いことを思いついた。その魚を、早くもとの川に返してやってはどうじゃ?」
「いいや、しばらく跳ね回っていただく。何、大人しく座っておられれば宜しい」
そう言って、水臥小路は部屋を後にしようとする。
その姿を見て、壱子は「これで策を練られる」と、内心ホッとした。
また壱子自身も気付いていなかったが、水臥小路に対する嫌悪感で、壱子はかなり消耗していたのである。
しかし、壱子のアテは外れた。
入れ替わりで、しかも水臥小路以上に苦手とする人物が、部屋に入ってきたのである。
「あら、もうお話は終わりですか? 貴方様」
そう言って残念そうに首を傾げるのは、水臥小路家の双子姫が姉、詩織であった。
気品と色香を絵に描いたようなその姿は、やはり伊織とは似ても似つかない。
詩織は格子の向こうにいる壱子に近づくと、可笑しくてたまらないとばかりに口元を抑える。
「あらあらまあまあ。お久しぶりですね、佐田壱子さん。随分と可愛らしいお姿ですこと」
「知っておる。何の用じゃ」
「対したことではありません。世にも恐ろしい血みどろの姫君とやらを見に来ただけですわ」
「こんな顔で良ければいくらでも見ていけば良い。ん、松月もおるのか」
壱子が言うと、詩織の後ろで控える松月が小さく会釈する。
その容姿端麗な従者の登場に、壱子は内心ほくそ笑んだ。
松月は、平間と協力して抜け穴を発見した。
その時の雰囲気を平間に尋ねたところ、多少挙動不審ではあったが「終始円満に終わった」と言っていた。
つまり、忌部省で見せた妙な敵愾心を、松月はもう持っていない可能性が高い。
さらに、松月は姉・射月の死の真相を解明することに強い熱意を持っている。
それを踏まえれば、松月にとって壱子は「共通の目的を持った仲間」と言えないこともない。
多少の懸念材料はあるが、松月が協力してくれるのならばずっと動きやすくなる。
となれば、まずは松月と二人で話が出来る状況が欲しい。
少し思案して、壱子は詩織に言う。
「詩織どの、一つお頼みしたいのじゃが」
「あら、なんですか」
「すこぶる暇なのじゃ。誰か碁の相手でもしてくれぬかな」
「碁なら松月も得意ですよ。あんなものの何が良いのか、分かりませんが」
「これがなかなか面白いのじゃ。では松月……殿にお相手願おうかな」
「なりません。貴女は虜囚ですから。身分をわきまえて頂きたいですわ」
「あ、そうか。まあ良い」
企みが潰えて、壱子は小さく唇を尖らせる。
しかし、まだ手はある。
「では、もうひとつ」
「聞きましょう」
「着替えを持ってきてもらえるかな。此度の騒動で走り回っていたら、汗をかいてしまった」
何気なく言った壱子。
しかし、詩織の表情は見る見る険しくなった。
「私を小間使い扱いですか」
「や、そんなことはないが……」
予想外の反応に、壱子は今日一番で戸惑った。
「何、そこの松月にでも頼もうと思ってな。誰でも構わぬが」
「……まあいいでしょう。ですが、松月はいけません。別の侍女にやらせます」
「そうか。別に誰でも構わぬ」
そう言いつつ、壱子は密かに歯噛みした。
あわよくば松月との接点を作れるかと思ったが、そう易々とは行かないらしい。
無理に言えば怪しまれるだろうし、ここは大人しく引き下がるべきだろう。
と、壱子は思っていたのだが。
「詩織さま、そのお役目、ぜひ自分に!」
緊張した面持ちで言うのは、松月である。
その表情からして、何か考えがあるに違いない。
それは壱子にとってはありがたいことには違いないのだが……。
何と言おうか、ウラがあるのが丸わかりなのだ。
「どうして?」
案の定、詩織は訝しみながら尋ねる。
その視線を受けた松月は、しどろもどろになりながら口をモゴモゴ言わせた。
壱子も上手い返しを期待する。
しかし。
「……すみません、なんでもありません」
松月は赤面し、あっさりと引き下がってしまう。
皆が松月に視線を集めていることをいいことに、壱子はあからさまに肩をすくめた。
彼女が以前感じたように、どうも松月は行動が先走る嫌いがあるようだ。
それはそれで可愛らしさもあるのだが、こういった場面ではやはり短所と言うべきだろう。
松月に興味を無くしたのか、詩織は退出しようとする。
どうやら、本当に顔を見に来ただけらしい。
「……それにしても」
去り際、詩織は壱子を見て口を開く。
「その可愛らしいお姿、座敷童のようですわね」
座敷童とは、家に住み着くという子供の妖怪である。
住み着いた家に幸運をもたらすと言われているが、一方で座敷わらしが去ると、たちまち没落してしまうとも言われる。
その言葉に、壱子はニヤリと笑う。
「なるほど、確かにいたずら好きなところは似ておるかも知れぬ。であれば、座敷童にあらかって、丁重にもてなして(※)もらおうかの」
「あら、それは出来ませんの」
「なぜじゃ?」
(※:座敷童がいなくなると家が没落してしまうため、その家の人々は座敷童を手厚くもてなし、出て行かないでもらおうと心を砕いたという。)
意表を突かれて眼を丸くする壱子に、詩織は小さく口角を上げて冷たく微笑む。
「私、効率の悪い方法は嫌いですの。丁重に扱っても、すこし気を悪くしてしまったら出て行ってしまうのでしょう?」
「かも知れぬな……だったら、どうするというのじゃ」
「こうして閉じ込めてしまえばいいのです。いっそ、手足も切り落としてしまえば間違いありません。そうは思いませんか?」
さも本気で言っているかのような声音で、詩織は言う。
壱子は一気に表情をこわばらせた。
「……今の私は非常に座敷童に同情的だと前置きしておくが、反対じゃな」
「あら残念。気が変わったら教えてくださいましね」
眼を細める詩織に、壱子は薄ら寒いものを感じた。
うすうす気がついてはいたが、詩織は水臥小路よりもずっと恐ろしい。
父親はまだ理性的な分だけ御しやすいが、詩織は何をしでかすか分からない。
すると、今度は水臥小路が口を開く。
「座敷童など、縁起でもない」
「あら、そうですか。私は好きですけれど」
「妻のようなことを言うでない。気色が悪いわ」
その言葉に、壱子はぴくりと眉を動かす。
「妻のようなこと」というと、つまり伊織や詩織の母親のことだろうか。
彼女が座敷童を好きなのはともかく、水臥小路がそれを嫌うのはなぜだろう。
何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
壱子はそんなことを考えていたが、特に答えを得られるわけでも無かった。
水臥小路と詩織が去り、壱子は退屈を持て余して、お手玉をいじくり回すのだった。
──
近衛府の拷問を受けて、平間は独房に戻った。
──




