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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第24話「肥えたる屍体と猫の牙」

──


 座敷牢(ざしきろう)とは、その名の通り、座敷に設けられた牢のことを言う。

 それらの多くは組み立て式で、必要に応じて設置することが出来る。

 その目的は無論、誰かを軟禁するためなのだが、囚人は往々にして身分の高い人間であった。

 とは言え、身分の高い人間が狭い空間に押し込められることは通常無い。

 ゆえに囚人は”ワケアリの”貴人であり、例えば家臣の信を失った家長などが「家を守るため」に閉じ込められることがあった。


 が、中には貴い家に生まれながらも、先天的に障害を負っていた者を密かに世話するために座敷牢が用いられることがあった。

 直接手を下すことはもちろん、打ち捨てて野垂れ死にさせることも出来ないから、生かす。

 しかしだからと言って、表に出すことは絶対に出来ない。

 家の恥となるからだ。

 座敷牢とは、そう言った後ろ暗い事情で使われるものでもあった。


 そんな座敷牢で、壱子は座布団で足を崩し、肘置きに思いっきりもたれ(・・・)かかり、ふんぞり返っていた。


「はてさて、こんな小娘を攫って何とするつもりかな? よもや、娘御と碁を指してほしい、などとは言うまいが」


 おおよそ|囚われの身とは思えぬ図々しさで、壱子は格子越しに尋ねる。

 その問いかけに、男が笑って答える。


「無論です。佐田の姫君。貴女をここに呼んだのは、そのような些事(さじ)(ゆえ)ではありません」

「であれば、この身にどんな大事が振りかかるのじゃろう? 恐ろしゅうて夜しか眠れぬ」

「この状況で戯言とは、やはり貴女は只者ではない……危険ですね」

「危険? 可笑(おか)しくて(へそ)()が千切り取れるかと思ったぞ。と……ああ、もう随分と前に取れておったな」

「……」

「冗談はさておき……お主ほどの人物が、この年端もゆかぬ娘の何を恐れるというのじゃ──左大臣殿?」


 鋭く刺々しい蒼い光を、壱子はその眼に宿す。

 その視線の先に立つ男、左大臣・水臥小路(すがのこうじ)惟人(こてひと)は、しかし、眉一つ動かさずに余裕の笑みを保っていた。

 貴族の普段着である直垂(ひたたれ)を身に纏っているのを見るに、ここは恐らく水臥小路家の屋敷の中なのだろう。

 とはいえ、壱子はここに来るまで目隠しをされていたし、水臥小路家が所有する屋敷がいくつあるか、想像も付かない。

 移動にあまり時間が経っていないから、皇都の中かその近郊かと思われるが……。


 壱子はあくびをするふりをしながら、部屋の中を見回す。

 窓はある。

 が、紙が張られていて外を伺うことは出来ない。

 ついでに太い木枠が嵌めこまれていて、壱子の力では脱出が難しそうだった。

 現時点で確認できる出入り口は一つだけで、それは座敷牢の鍵を開けなければ辿りつけない。


 はてさてどうしたものか、と壱子が思い悩んでいると、水臥小路が口を開いた。


「しかし困ったことになりました。まさか──」

「その通り。私が憎き枕草氏の屋敷を爆破したのじゃ。そしてあまつさえ、逃亡の折に罪もない女と、衛士二人を従者に殺害させた。じゃろう?」

「……理解が早くて助かります」


 水臥小路の表情に、微かだが不快感が顕になる。

 それを見て、壱子は再び口を開いた。


「しかし、時の最高権力者どのの描いた筋書きとしては、少々稚拙と言わざるを得まい」

「これは手厳しい。しかし、じきに証拠は揃うでしょう。今ごろ近衛府では、貴女の従者が傷めつけられています」

「……自白の強要ということか」


 壱子は眉根を寄せ、表情を硬くする。

 すると、水臥小路は満足気に言った。


「そう怖い顔をしないで頂きたい。どうせ、貴方に出来ることなど何もないのですから」

「……はて、左大臣殿は何を言っておられるのかな?」


 あざける水臥小路に、壱子はきょとんとしてみせる。

 水臥小路の笑みが、にわかに陰った。


「どういう意味です?」

「私は悔しいのではない。悲しいのじゃ」

「ほう?」

「私を罠に嵌めようとする人間が、こうも浅はかでは……策を(ろう)す甲斐が無い」

「聞き捨てなりませんね」

「何、小娘の戯言よ。しかし、平間が傷めつけられているということは……つまり、あやつは生きておるのじゃな。聞き出す手間が省けたわ」


 くくく、と壱子は嘲るように笑う。

 代わりに、水臥小路の笑顔が消えた。


「では、今から殺すことも出来ますが」

「なるほど? しかし、今のでさらに生存を確信した。もう安心じゃな」

「……」

「さらに言えば、平間がまだ生きているということは、おそらく左大臣どの、お主は平間を”殺すことが出来ぬ”のであろう?」

「それは単に、貴方の希望でしょう」

「いいや違う。左大臣殿、お主は伊達で今の地位にはおられる方ではない。豪腕じゃともっぱらな噂じゃぞ。ああ、これは本当に褒めておる」


 壱子は立ち上がり、座敷牢の中にある箪笥(たんす)を物色し始める。

 その中から古びたお手玉を見つけると、小さく鼻を鳴らした。


「貴族の世界で上り詰めるためには、あらゆるものを上手く使わねばならぬ。武器になるものは全て使うし、盾となるものは全て身を守るための備えとする。さもなくば、腹から刀が生えることになるじゃろう」


 言いつつ、壱子はお手玉を弄び始めた。

 二つ、三つと、鮮やかな色が宙を舞う。

 そのふざけた態度に、水臥小路は苛立ちを募らせる。


「ほう。だから?」

「だから、お主は平間を殺せないのじゃ。アレが私にとって特別な存在だということくらい、紬を通じて知っておるのじゃろう? つまりお主にとって、アレは武器や盾となる存在じゃ。みすみす殺すような真似はしない」

「単なる推測でしょう」

「それも違う。いま平間が生きていることが、何よりの証拠じゃ。いま死んでいないから、平間は武器と思われておる。だから死なない。お主はアレを殺せない。私を殺せないのと同じように、じゃ」


 壱子は楽しげに言うと、お手玉を放り投げるのを止めた。

 そして右手でお手玉を二つ握り、水臥小路に見せつける。


「さて、そしてこれは同時に、平間の捕縛が完全に無意味であったことを意味する」

「……何を馬鹿げたことを」

「馬鹿はどちらかな。今、私は平間が死なないという確証を得た。つまり、お主がこれから行うはずだった『従者を殺すぞ』という脅しは通用しなくなったわけじゃ。なにせ、本当に殺してしまっては無価値になってしまうからな」

「……」

「ゆえに、平間が死ぬ状況はただ一つしかない」


 ぽとり、と壱子はお手玉を一つ落とす。


「それは、平間の価値が無に帰した時。すなわち、私が死ぬ時じゃ」


 残りの一つも落とし、壱子は悪意たっぷりに笑う。


「だが、私は死なない。なぜなら、怒り狂っておる左大臣殿が今、私を殺さないからじゃ」

「この場に手打ちにしても構わないぞ、小娘」

「そうするほど愚かではないじゃろ、お主は」

「……」

「ちなみに、憂さ晴らしで平間を殺すのはおすすめしない。その時は私も迷わず自死するからじゃ」


 そう言って、壱子は今度は本当のあくびを噛み殺す。


「ゆえに、私にも平間にも人質としての価値は無い」

「あなたに価値がない? さすがにそれは違うでしょう」

「ところが、残念ながら無価値なのじゃ。理由を聞きたいか? 聞きたくなくても勝手に話すが」

「……どうぞご自由に。好きになさったら宜しい」

「その理由とはこうじゃ。近衛府には佐田の間者がいて、今ごろ父や姉に、平間の生存を伝えるじゃろう。そして父も姉も、私と同じように考える。つまり、平間が死んでいないから壱子(わたし)も死んでおらず、安全じゃ、とな。だからと言って左大臣殿、お主は平間を殺すわけにも行かない。私が死ぬからじゃ」


 壱子は思いっきり舌を突き出した。

 いつでも死んでやるぞ、という意思表示である。


「ゆえに左大臣殿、お主は私をどうすることも出来ない。かつ、父や姉はそれを知っている。だから人質としての価値が無い。……何をしたかったのかは知らぬがな」


 再び、壱子は大きなあくびをする。


「と、言うわけじゃ……無駄足ご苦労であった、左大臣殿。父と姉によろしくお伝えあれ。ああ、夕食は念入りに作るよう申し伝えていただきたい。私は舌が肥えておるのでな」

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