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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第23話「いたずらうさぎと白ごはん」

──


 紬は待ち構えていた衛士たちに向かって、間延びした声で言う。


「もしもーし、命令通り、壱子さまをお連れしましたよ〜」


 それに(こた)えたのは、衛士の集団の奥から出てきた男だった。


「ご苦労。やはり正確な仕事ぶりだな」


 よく見知った顔。

 田々等だ。


──つまり、紬は田々等と共謀して壱子を捕らえようとしているのか。


 とっさに平間はそう判断する。

 それからの平間の行動は(はや)かった。


 敵は紬と衛士たち。

 最大の懸念は壱子の安全である。

 しかし敵の性質から、彼らが壱子に危害を加えることは無いと判断する。


 つまり、多少の武力行使は許される。


 大きく紬に踏み込み、同時に抜刀。

 狙うは紬の顔面。

 そうすれば、壱子が巻き添えを食わない高さになる。


「待て平間!」


 壱子の声。

 だが今この状況で、待つ理由は一切ない。


 左、立ちはだかる衛士が突き出した槍を、穂先を払って(かわ)す。

 衛士が体勢を崩し、それを平間は身体を当てて弾き飛ばした。


──


 平間は、決して才能に恵まれた人間ではない。

 かと言って、取り立てて器用であったり、飲み込みが早いわけでもない。

 近衛府に入り、隊長格になったのも、壱子の肝煎(きもい)りがあったが故だ。


 しかし、平間はどこまでも生真面目で愚直だった。

 他人に(そし)られる何倍も、実力不足を自覚していた。

 陰で指差される回数の何倍も、何も持たぬ自分を恥じて眠れぬ夜を過ごした。


 そんな彼であるがゆえに、平間は誰よりも努力を怠らなかった。

 時間があれば練武場に足を運び、徹底的に自分を(いじ)め抜いた。

 そして気付けば、平間を笑うものはいなくなっていた。


──


 次いで、右から二人。

 雑に振り下ろされた槍を掻い潜り、一人目の鼻っ柱に(つか)を叩きこむ。

 飛び散る血を頬に浴びながら、平間は二人目を一瞥する。

 その衛士は顔を青くして、見るからに恐怖していた。


「邪魔だ!!」


 平間が一喝すると、相手は身動(みじろ)ぎして一歩下がる。

 衛士たちには、戦意などなどもとより無いのだ。

 その隙に、平間は紬との距離を詰める。


 間合いに入ると同時に、平間は紬の頭部めがけて刀を薙ぐ。

 が、手応えはない。


 間一髪で紬が(かわ)したのだ。

 そう気づくと同時に、平間の眼前に槍の(きっさき)が現れる。

 とっさに後退した平間だったが、紬は壱子を連れて衛士の中に下がってしまった。


 引きつった笑みで、紬が振り向く。


「あーあ、傷つくなあ。アタシ、結構京作さまと仲良くやってきたつもりだったんですけど。何の迷いもなく刃を向けられちゃうなんて」

「ふざけろ! どっちが──」

「あ、動かないでくださいね。定型文ですけど、壱子さまがどうなっても良いんですか?」


 そう言って、紬は短刀を抜いて壱子につきつける。

 その短刀は、壱子が紬に贈った守刀だった。


「上手く使うではないか。贈った甲斐があったというものじゃな」


 ぎこちない笑い、軽口を叩く壱子、

 しかし、紬は言葉を返さない。


 平間は迷った。

 この状況では、壱子の奪還は不可能だろう。

 ……仕方がない。

 ほんの一瞬の逡巡を挟んで、平間は撤退の決断を下す。


 その刹那、平間の後頭部に鈍い衝撃が走る。

 反射的に振り向く平間の額に、もう一撃。

 背後にいた衛士が、とっさに攻撃を加えてきたのだ。。


 平衡覚(へいこうかく)が失われ、平間の顔に地面が衝突してくる。

 うつ伏せに倒れたのだと理解した時には、さらに頭部にもう一撃。

 ぐわりと視界が歪み、意識が遠くなる。


「本当、京作さまって人が良くて、鈍いんですね。おかげで助かりました」


 遠くに、紬の声が聞こえた。


「でもまあ、悪く思わないでください。そういうところも大好きでしたよ。もちろん、壱子さまも」


 皇国広しと言えど、これほど信用できない言葉は無い。

 そう思いながら、平間は意識を手放した。


──


 湿ったものが頬に触れる感覚と、不快な湿気。

 それが、平間が最初に取り戻した感覚だった。

 次いで、後頭部の鈍痛に、手首と肩の違和感。


 いくつもの不快感に顔を歪めながら、平間はゆっくりと目を開ける。

 暗い。

 ……が、やがて目が慣れてくると、錆びた鉄格子が目に入ってきた。

 平間は、その鉄格子に見覚えがあった。

 ただし、”こちら側”の景色ではなかったが。


「近衛府の……地下牢か」

「せいかーい。流石ですね」


 不意に聞こえてきた耳慣れた声。

 その持ち主を一瞬で特定した平間は、怒りに身を任せて跳ね起きる。


「紬……!!」

「そんなに睨まないでくださいよ。怖いじゃないですか」


 いつもと全く変わらぬ調子で紬は言い、手に持った握り飯を一口頬張った。


 檻の中で、平間は今の状況を確認する。

 ここは近衛府の地下牢で、自分は閉じ込められている。

 貧者の森で気絶した後、ここに運び込まれてきたらしい。


 手首は後ろ手に縛られている。

 足首も動かないから、そこも縛られているのだろう。


 檻の広さは一間(二メートル弱)四方くらい。

 ぬかるんだ床に、申し訳程度のゴザが敷いているだけで、居心地はひどく悪い。


 檻の外で木箱に腰掛け、紬はのんびりと口を開いた。


「ところで京作さま、お腹すきません?」

「そんなことはどうでも良い。壱子はどこだ」

「……はぁ、こんな状況になっても壱子さまですか。少しはご自分の心配でもしたらどうです?」

「ごちゃごちゃ言うな、裏切り者め!」


 湧き上がる怒気を、平間はそのまま言葉にしてぶつける。

 すると紬は一瞬だけ、泣きそうな顔になった。

 しかしすぐに、不敵な笑みを作って言う。


「だから言ったじゃないですか、アタシは裏切ってなどいないって」

詭弁(きべん)だ」

「認識の相違、と言って欲しいですね」


 そう言って握り飯をかじる紬は、悪びれる素振りすら見せない。


「アタシに言わせれば、今回の出来事でそんなに怒られる筋合いはありません」

「何を言っている?」

「だから、裏切ると言うのは、味方だった者が背くことをいうんです。でもアタシの場合は違います」

「始めからそのつもりだったってことか?」

「というより、アタシは京作さまと違って、ずっと左近衛府に籍を置いていました。『クビになる』とは言いましたけど、『クビになった』とは言わなかったでしょう? 嘘は吐いていません」


 平然と言ってのける紬に、平間は押し殺すように言った。


「そうだとしても、僕や壱子にとっては裏切りだった」

「あっそうですか。それは失礼しました」

「それで、壱子はどこにいる?」

「教えられません。ですが、黄泉の国ではありませんよ。二重の意味でね」


 二重の意味、というのは、忌部省のことを指しているのだろう。

 淡々と話す紬は、嘘を言っているようには見えなかった。

 それに仮に嘘だとしても、今は確かめる術がない。

 平間は話題を変えることにした。


「…… 刀の血糊も、紬、君がやったんだろう」

「正解! ちなみにあの血は、お屋敷の裏で飼っていた鶏のものです。京作さまの刀はあらかじめ隠しておいて、侍女の方々含めて全員が避難した後、ばっさりと。亡骸は適当に処理しちゃいましたけど、勿体無かったですかね?」

「北の貧民街に誘い込んだのも、君か」

「そうですね。あ、でもさすがに爆発と人殺しまではアタシじゃありません」

「誰がやった?」

「知りませんよそんなの。火薬の扱いなんて教われば誰だって習得できそうですし、衛士を二人斬るのだって、少し腕があって隙を突けば可能なんじゃないですか。それこそ、京作さまにだって出来ると思いますよ」


 明るい調子で、紬はよく喋った。

 その態度に、平間は何か引っかかるものを感じる。


「……いやに饒舌じゃないか」

「あー、そうですかね? まあ、もとからお喋りが好きなんで。特に京作さまとは」

「それも嘘だろ」

「ヤですね、アタシ、京作さまに嘘を吐いたことなんてありませんよ?」

「それが嘘だろ」

「……そうかも知れません。自信なくなってきました」


 そう言って、紬はけらけらと笑う。

 彼女がいつものように話すので、妙に緊迫感がない。


「誰に言われた?」

「何がです?」

「とぼけるな。君が勝手に裏切ったわけじゃないだろ」

「だから、裏切ってませんってば……いくら京作さまでも、それは教えられません」


 紬は困ったように肩をすくめる。

 しかし、平間としても引き下がるわけにはいかない。


 いま居る場所と紬の口振りからして、恐らく紬は近衛府の命令を受けて動いていた。

 となれば、選択肢はかなり絞られる。


「田々等か?」

「冗談にしては面白すぎますよ、京作さま。アタシが言うのも変な話ですが、あれは小物です」

「なら──」

「ご想像にお任せします。ところで京作さま、お腹すきませんか?」

「さっきから何なんだ?」

「おにぎり持ってきたんですよ。食べます?」


 言いつつ、紬は竹の皮の包みを差し出す。

 正直なところ、平間は空腹だった。

 しかし、素直にうなずくのは(しゃく)でもある。


「そこに置いておいてくれ。後で食べる」

「いいですけど、どうやって?」

「何?」

「手足が縛られている状況で、どうやって食べるんです? 置いておくにしたって、地面は濡れてべしょべしょですけど」

「……」

「……お腹すいてるんですね。はい、あーん」


 紬は自分で包みを開けると、握り飯を取り出し、格子越しに平間に差し出した。


「何のつもりだ」

「こうするしか無いでしょう? 嫌なら持って帰りますけど」

「……縄を解いてくれ」

「駄目です。元近衛府小隊長だったら、格子の開け方を知っているかも知れませんから」


 紬の主張は、悔しいが理にかなっていた。

 事実、平間は格子を枠から外す方法を知っている。


 屈辱的だが、食べられるときに食べておくべきだろう。

 紬の差し出した握り飯に、平間はかじりついた。


「美味しいですか?」

「……握り飯は何個ある?」

「五個ですけど。いくつ食べますか?」

「全部だ」


 無心に握り飯を咀嚼(そしゃく)し、嚥下(えんげ)する。


 一刻も早く、壱子のもとに行かなくてはならない。

 そのためには、今できることをしなければ。


 そう決意した平間は、紬の指に付いた米粒まで舐めとる勢いだ。


 結局、紬は自分に命令した人間を言わなかった。

 しかし、近衛府を私物化して動かせる人物は限られている。

 近衛府の上位にいる貴族としては、弥勒間(みろくま)室朽(むろくち)笹谷歌(ささやうた)の武門御三家が挙げられる。

 ただ状況から判断して、おそらく黒幕は──。


──


「やはりお主か」


 平間よりも何段も上等な牢──座敷牢の中で、壱子は格子の向こう側に立つ相手を睥睨(へいげい)した。


──

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