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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第22話「青き茨と仕込み針」

──


 (すそ)が擦り切れ、垢の浮いた衣服と、そこから覗く骨ばった身体。

 それらから察するに、女はこの辺りに住む貧しい民なのだろう。

 うつ伏せに倒れる彼女の背中には、肩から脇腹にかけて、大きく斬られた痕があった。

 恐らく、逃げようとした女を、背後から斬りつけたのだろう。


 平間はとっさに周囲を見回す。

 が、やはり人影は無い。

 目撃者を得ることは出来なさそうだ。


 単なる通り魔か、それとも爆発事件の犯人が口封じのために女を殺したのか。

 平間にはその判断がつかなかった。

 しかし。


「壱子さま、あれ……」


 おもむろに口を開いた紬。

 彼女の指差す先には、なおも点々と続く火薬の跡と、それに並行して(したた)り落ちた血痕がある。

 そうやら、後者だったらしい。


「口封じか。罪に罪を重ね、あまつさえ無辜(むこ)の民を手に掛けるとは……許せぬ」


 明確な怒気をにじませて、壱子は吐き捨てるように言う。

 何処までも根が純粋な壱子は、弱いものを虐げる邪悪が大嫌いだった。

 そして、それは平間とて同じである。


 壱子は平間の顔を見上げて言う。


「平間、弔いは後回しとする。このままでは、さらに多くの死者が出るかも知れぬ」

「同感だ」

「良し。紬もそれで良いか」

「もちろんです。壱子さまの向かわれる場所が、私の行先ですから」


 そう言って、紬は明朗にうなずく。

 すると壱子はニヤリと笑う。


「なんじゃ、らしくないではないか、紬」

「……何がです?」


 紬の問いかけを、壱子は微笑んで無言で流した。


「では行こう。二人とも、敵は武器を持っておる。気を抜くな」


 言うが早いか、壱子は血痕と火薬の示す方へ駆けて行く。

 その後を追う平間だったが、やはり妙なざわつきは残ったままだ。

 何と表現すればいいだろう。

 まるで、何者かにゆるく心臓を掴まれているような、そんな気持ちの悪さだ。


 三人が更に進むと、開けた広場に出た。

 ここまで来て、未だ生きた人間と出会っていない。

 今まで平間がここに来た回数はそう多くないが、こうも閑散としている場所では無かったはずだ。

 やはり、何かがおかしい。


 平間が(いぶか)しんでいると、壱子が右の袖を引いた。


「平間、またじゃ……」


 震える声で言う壱子。

 その視線の先には、建物にもたれるようにして動かない二人の男がいる。

 服装からみて、彼らは衛士(えじ)(※)のようだった。

 そして地面にはやはり、生存を絶望させるほどの血だまりが出来ていた。

 その中には、彼らの持っていたらしい槍が、無造作に転がっている。


(※衛士:戦闘から労役まで幅広い雑務を行う、皇国の下級兵士。多くは平民の出身。自発的に衛士となる者の他に、税である労役の一環で職務に当たる者もいる。)


 壱子は息を荒くして、二人の衛士に近づいていく、

 そしてそっと彼らの首筋に手を触れると、まもなく首を横に振った。


「やはり駄目か……。それにこの鮮やかな斬撃、只者ではない」


 壱子の言う通り、二人の衛士はそれぞれ腹と喉を斬り裂かれていた。

 創口(きずぐち)からあふれる血液は、まだ耐えていない。

 平間たちが到着する直前に、二人は殺害されたとみるのが妥当だろう。


 その時、平間の視界の(すみ)に、割れた小さな壺が入った。

 壺の中には黒い粉が入っている。

 それが今まで追っていた火薬と同じものだと気付くのに、そう長い時間はかからなかった。


 しかしこれでは、まるで平間たちが火薬を持って逃げ、遭遇した衛士たちを殺したように見えるのではないか──。

 そう思った矢先。


「お前たち、ここで何をしている!」


 その声に振り向くと、四人の衛士(えじ)が平間達に向けて槍を構えていた。

 彼らの表情は緊迫していて、完全にこちらを警戒している。

 その誤解を解こうと、平間は明るい調子で切り出す。


「良かった、実は──」

「おい、動くな! その男たちは……お前たちが殺したのか!?」

「まさか!」


 平間は無実である証拠を見せようと、自分の腰に差した刀を抜いてみせる。

 曇り一つ無い刀身を見れば、衛士たちも納得してくれるだろう。

 と、思ったのだが。


「貴様、やはり──!!」

「は? え、何だこれ……!?」


 平間の刀には、ぬらりと光る赤黒い血が付着していた。

 べったりと刀身にまとわり付くそれは、糸引くほど生々しい。

 想定外の出来事に、平間の頭は真っ白になる。


「ちょっと待ってください、これは……」


 平間は弁明しようとする。

 が、衛士たちは警戒を緩めようとはしない。

 それどころか、仲間同士で口々に(ささや)き合っている。


「なあ、あれって命令にあった火薬じゃないか?」

「だったら、例の爆発も……」

「間違いない、あいつらだ」


 衛士たちは、平間たちが人殺しだと判断したらしい。

 槍の穂先をこちらに向け、じわりじわりと平間たちを取り囲むようにして近づいてくる。


 何が起きているのか、平間にはサッパリ分からなかった。

 なぜ、刀に血が付いている?

 日頃から、刀の手入れは欠かせていない。

 そして平間は、もう随分と人を斬ってなどいない。

 ゆえに、刀に血が付いているはずはなかった。


 衛士たちの反応は、至極当然のものだ。

 どうすれば彼らに自分の無実を理解させられる?

 いや、それよりもまず、壱子の身の安全を優先しなければ──。


「京作さま、何を呆けているんですか!」


 紬の一喝で、平間はハッと我に返る。

 まずは冷静にならなければ。

 分からないことだらけが、ならば確実なことを整理しよう。


 一つ目。おそらく今、衛士たちの誤解を解くのは無理だ。

 次に二つ目。平間の刀に血液を付着させた者がいる。

 そして三つ目。おそらく、平間たちは今、何者かに罠にはめられようとしている。

 となれば、結論は一つしか無い。


「二人とも、一刻も早くここから離れるぞ!」

「分かりました!」


 勢いよく紬はうなずく。

 が、壱子はジッと死んだ衛士を眺めていた。

 不測の事態に、固まってしまったのだろう。


 だが無理もない。

 そもそも、壱子は死体を見慣れてすらいないのだ。


 平間はとっさに壱子を抱え上げる。

 運動音痴の壱子ならば、こうしたほうが速いだろう。


「京作さま、付いて来てください! 多少の土地勘ならあります!」

「ああ、頼む!!」


 紬に続いて、平間は駆け出す。


「逃げたぞ、追え!」


 背後からは、衛士たちの足音が響く。

 彼らの一人、小隊長らしき衛士が言った。


「本部に伝令だ。佐田の姫と貴族の従者が逃走している。屋敷の爆破のみならず、二名の衛士を殺害した。非常に危険だ。屋敷に逃げ込んで手が付けられなくなる前に、捕らえるんだ!!」


──


 平間、壱子、紬の三人は、打ち捨てられた廃屋の中で静かに息を潜めていた。

 すぐ近くを、複数の足音がせわしなく通り過ぎていく。

 それらが聞こえなくなってから、平間はそっと口を開いた。


()けたか……?」

「おそらくは。しかし京作さま、急がねばなりません」

「というと?」

「アタシたちが採れる現時点での最善策は、壱子様のお屋敷に戻ることです。そうすれば、さすがに近衛府もやすやすとは手出しが出来ません。その間に玄風(くろかぜ)さまに動いていただき、アタシたちの無実を証明してもらうのです」

「時間稼ぎ、ってことか」

「ええ。玄風様という武器がある以上、今回ばかりは『逃げるが勝ち』です」


 紬が緊張した面持ちで言う。

 平間が壱子に視線を向けると、壱子は黙ってうなずいた。

 それを見て、紬が切り出す。


「では、善は急げです……と、言いたいところですが、急がば廻れという言葉もあります。そして経験上、どちらの言葉も真実です」

「だったら、どうするんだ?」

「決まっています。両方です」


 聞き返した平間に、紬はくいっと口角を上げる。


「恐らく、向こうもこちらがお屋敷に戻ることを想定してます。なので、今から南に向かうのは危険でしょう。衛士が多く配置されているでしょうから」

「だったら、北か」

「そうです。幸い、北には貧者の森があり、アタシには土地勘があります。衛士たちも、有象無象うごめく貧者の森には、手を出しにくい」

「こちらに有利で、相手に不利な土地、ということか」

「まさしくその通りです。ですので、アタシたちはまず貧者の森に入り、その後迂回(うかい)してお屋敷に戻ります。時間が経つにつれて配備される衛士も増えるでしょうから、可能な限り素早く行動しなければなりません。よろしいですか、壱子さま?」

「無論じゃ。そうと決まれば、さっそく出発しよう」


 短く答えて、壱子は腰を浮かす。

 その顔にはうっすらと疲労の色が(にじ)んでいた。


 平間は廃屋を出て、周囲を見回す。

 やはり近くに衛士はいないようだ。

 後に続いて、壱子と紬が出てくる。


「では壱子さまは私のそばに。京作さまは何が起きても対処できるよう、利き手は空けておいてください」

「分かった」


 平間がうなずくと紬は壱子の手を取って歩き始める。

 道を知っているのは紬だ。

 故に彼女が先導するのは当然だが、それに壱子がくっついているのは少々(かんば)しくない。

 が、壱子がそばにいては平間が自由に動けないのもまた事実だ。

 次善の策としては、許容範囲だろう。


 だがそれ以上に、やはり何かが引っかかる。


「紬、壱子を恨んでいる貴族に心当たりはあるか?」

「どうしてそんなことを聞くんです?」

「爆発と言い、女の人や衛士の死体と言い、出来過ぎている。まるで、誰かが壱子を罠に嵌めようとしているように見える」

「なるほど……ですが、壱子様を恨んでいる人物となると、あまり見当がつきませんね」

「なんだ、紬なら知っていると思ったのに」

「そうではなく、いくらでもいる、という意味です」


 言葉を切り、紬は路地を一つ右に曲がった。

 傾きかけた陽を背にしているから、ちゃんと北に向かっているのだろう。


「恵まれた人間というのは、それだけで人の恨みを買ってしまうものです。そう言う意味では、壱子様ほど妬まれている方はいないかも知れません」

「言われてみれば、そうか」

「それに、そんな漠然とした話でなくても、壱子様の(もと)にはひっきりなしに縁談が来ていて、それらをことごとく断っているじゃないですか。向こうが勝手に傷ついて、勝手に恨んでいても不思議ではないでしょう」

「……自分勝手な話だな」

「そうですとも。人は誰しもが自分勝手です。自分の利益のためなら、他人をどうしようが構わない。そんなふうに思っている人は、案外少なくないんですよ」


 紬はさらに一つ、路地を曲がる。

 その時ふと、平間の脳裏にある仮説が浮かんだ。


 ことの始まりは、壱子の保管していた火薬が盗まれたこと。

 その火薬の存在は、壱子と侍女の紫、それに火薬を売った商人のみが知っていた。

 しかし、”皇国に持ち主不明の火薬があること”ならば、近衛府の田々等も知っていた。

 と、平間は思い込んでいた。


 仮に、田々等が”壱子が火薬を持っていること”を知っていたのだとしたら。

 田々等が壱子に火薬の話題を出したことが、ほんの気まぐれではなく、意図したものだとしたら。

 ……どうやって田々等はその情報を得たのか?


『そこの紬さんが貴女にお仕えしたことで、近衛府の情報収集力はほとんど変化していません』


 田々等のあの言葉を、平間は”近衛府が強力な情報収集能力を持っていて、紬が抜けただけでは影響がない”という意味だと思っていた。

 しかし、そうでは無かったら?

 もしかすると、あれは”紬が現在も近衛府に情報を提供している”という意味なのではないか。

 その場合、そもそもの前提が崩れるかも知れない。

 

 壱子に仕えれば、壱子の屋敷に入ることは非常に容易だ。

 そして、敷地内の蔵の中身を見ることも、現実的に可能だろう。


 つまり、紬は十分に知りえたのだ。

 壱子が火薬を保管していることを。


 同時に、これまでの違和感の数々が稲妻のように繋がる。


 平間の刀が血塗られていたのも、ゆく先々で死体が見つかるのも、これで全て説明がつく。

 となれば、黒幕は……。

 いや、そんなことより──!


 先行する紬は、また曲がり角を折れる。


「紬、壱子から手を離せ!!」


 平間が叫ぶと同時に、紬は足を止める。

 曲がり角の先には、貧者の森へと続く開けた道。

 と、百名余りの衛士の姿があった。


「危なかった……なんとか間に合いました」


 紬は平間に背を向けたまま、ホッとしたように言う。

 衛士たちが槍を構える。


「ごめんなさい、京作さま。こうするしか無かったんです」


 平間の背後からも、数人の衛士が現れる。

 退路が経たれた。


「紬、裏切ったのか?」

「まさか」

「だったら──!」

「その言葉遣いは正確ではありません。裏切るとは言わないじゃないですか」


 そう言って振り返った紬は、薄く冷たい笑みを浮かべていた。


「だって、初めからアタシは味方じゃないんですもの」


──

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