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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第21話「逆巻く火焔と勇み足」

──


前回のあらすじ。

 抜け穴という重大な手がかりを見つけた平間だったが、壱子は「射月の事件はもういい」とし、盗まれた火薬の所在を探すように命じる。

 首をかしげる平間だったが、そこへかつての平間の上役・田々等が現れる。

「平間が近衛府に復帰することは出来ない」

とする田々等は、さらにその理由が水臥小路家と佐田氏の対立であることを匂わせた。

その直後、近くの屋敷で火の手が上がる。延焼の恐れもあり、屋敷から飛び出す壱子だったが……。


──


「すさまじい煙じゃな……」


 黒煙を立ち上らせて炎上する屋敷を見て、壱子は頬に汗を滴らせた。

 風に乗った白い灰が、壱子の黒髪に舞い降りた。


 火災発生の方を受けた壱子は、素早く動きやすい格好に着替えると、平間を連れて屋敷を飛び出した。

「突然炎が燃え上がった」という証言から、盗まれた火薬が関係していると直感したらしい。


 不幸中の幸いというべきか、現時点で死者は出ていないようだった。

 爆発の起きた枕草の屋敷の周囲は、野次馬や火消しの衛士たちでごった返していた。


「壱子さま! まったく、勝手に出て行かないでくださいよ!」


 後ろから聞こえた声に振り向けば、そこには長いものを抱えて走ってくる紬の姿があった。

 平間のそばで立ち止まった紬は、息を切らせながら、持っていた長いものを平間に押し付ける。


「京作さまも、少しは壱子さまを制御してくださいよ! ハイこれ、忘れ物です」

「ああ、僕の刀か」

「そうですよ。何かあったらどうやって壱子さまをお守りするんですか? 多少の心得があるとは言え、さすがに徒手空拳では限界があるでしょうに」

「面目ない。助かったよ」

「呑気なんですから……。しっかりしてくださいね」


 呆れ顔で言う紬は、しかしすぐ真面目な表情を作る。

 そして人差し指を(くわ)えて、高く掲げた。


「いやはや、派手に燃えていますね。風向きは……よかった、壱子さまのお屋敷の方には向いていないようです」

「しかし近頃はよく乾く季節じゃ。油断は出来ぬ」

「それはそうですね……一応、お屋敷の方でいつでも水を使えるようにしておきましょう。ところで壱子さま、出てくる途中で、ただならぬ噂を耳にしたのですが」

「何じゃ、申せ」

「なんでも爆発の直後、覆面をした小柄な人影が、北の方角へ足早に去っていったというのです。やはり盗まれた火薬が使われたのでしょうか?」

「分からぬ。私は火薬を買い占めたわけではないからじゃ」


 難しい顔をして、壱子はうつむく。

 その額には汗が浮かんでいる。

 しかしその理由は、単に炎に熱されたためだけではないように平間には思えた。


「しかし、原因の一端が少しでも私にあるのなら、捨ておくことは出来ぬな」

「でしたら……」

「その者を追おう。平間、紬、すまぬが付き合ってくれるか」


 顔を上げた壱子に、二人は同時にうなずく。

 思えば、刀を持ってきた紬は、もとから壱子がこう言い出すことを見越していたのかも知れない。

 いざという時に冷静に対処できるという点で、紬は平間の数段上をいっているようだ。

 近衛府を免職させられた時はどうなるかと思ったものだが、それでも彼女が付いて来てくれたのは幸運だったのだろう。


「ところで壱子さま?」

「なんじゃ」


 駆け足で北に向かった三人は、平民の多く住む地区に入っていた。

 いや、平民というよりも、貧民という方が的確かも知れない。


 無計画に建てられた無数の”あばら家”は、不規則で雑然とした町並みを作り出していた。

 このような町は隠れ場所の多く、必然的に犯罪の温床になる。

 さらに北にいったことろにある貧者の森(※)ほどではないが、夜に一人で歩くのは危険な地区だ。


(※:かつて平間が討伐した野盗が根城にしていた森。紬の生まれ育った場所でもある……らしいのだが、彼女が自分について語ることは少なく、その信憑性には大いに疑問が残る。)


 平間の聞いた話では、一部の良識ある高級役人たちはこの辺りを潰して再編したがっているらしい。

 しかしこの町の(うす)(ぐら)い特徴を利用している権力者が多いらしく、またその実行の困難さから、計画はまるで進んでいないと言う。

 また、貧者の森との緩衝地帯としての役割もあるらしく、その扱いは思いのほか難しい物になっているのだそうだ。


 いずれにせよ、用心に越したことはない。

 平間がいっそう警戒を強めると、紬はのんびりとした調子で壱子に尋ねる。


「ねえ壱子さま」

「なんじゃ」

「今日アタシにくれた守刀(まもりがたな)なんですが、二本ありました。手違いですか?」

「いんや、そんなことはないぞ」

「でも、どちらも同じような見た目ですよ?」


 紬はそう言って、細長い袋から守刀の(つか)だけ覗かせる。

 確かに、二本の守刀は柄巻(つかまき)の模様や色まで同じだ。

 しかし壱子は、いたずらっぽく笑って首を横に降る。


「いや、別物じゃ。人とて、誠実であっても邪悪でも、見た目は同じじゃろう。それと同じことよ」

「そういうものですかね? いまいち釈然としませんが……」

「そういうものじゃ。人も物も、結局は使ってみなければ分からぬ。お主に渡した刀も、一本は大切に使えばいつまでも、何度でも使える。もう一本は一度きりしか使えぬが、上手く使えば絶大な効果をもたらすじゃろう」

「はあ……? まあ、護身用の刀を何度も使うっていうのも、それはそれでどうかと思いますけど」

「ふふ、それもそうじゃな。しかし、雑談はこれまでじゃ。見よ、火薬じゃ」


 壱子は地面にしゃがみ込み、落ちている黒い粉を指先で拾い上げる。


「確かですか?」

「ああ、間違いない。ひとしきり遊んだからな。見間違えるはずはない」

「……壱子さま、もう少し姫君らしい遊びをされたらどうですか? 火薬で遊ぶお姫様なんて、聞いたことがありません」


 紬が至極まっとうな意見を口にすると、壱子はあからさまにうんざりとした表情を浮かべる。


「紬、お主まで(ゆかり)のような小言を並べるになったか。私は悲しいぞ」

「でも、そんな調子だと、いざお嫁に行ってもすぐ離縁されてしまいますよ。ただでさえ壱子さまは期待されやすいのですから」

「その心配は無い。な? 平間」

「何が『な?』なのか分からないけど……」

「なぜ分からんのじゃ」

「なんで分からないんですかね」


 壱子と紬に同時に視線を向けられて、平間は慌てる。

 そして返答に迷った挙句、無理やり話を逸らした。


「で、これが火薬だとして、どうするの?」

「無論、この痕跡を辿(たど)っていく」


 壱子は迷いなく言うと、立ち上がって顔を上げる。

 その視線の先には、点々と続く火薬の跡があった。


 黙々と進んでいく壱子と、その後に続く紬。

 その二人の後ろ姿に、平間は名状しがたい違和感を覚えた。

 というより、今回の事件は違和感しか無い。


 まず、火薬を使って屋敷を放火した犯人が、火薬をこぼしながら逃げることなど起こりうるだろうか?

 平間は火薬のことを良く知らない。

 が、少なくとも持ち運びやすい物ではないはずだ。

 その火薬を多めに持って行って、余ったから持って帰り、さらにこぼしていく……などという杜撰(ずさん)な真似をするだろうか?

 余ったのなら、その場で使いきってしまえば良い、というのは、単に素人考えなのだろうか。


 そもそも、そんな扱いにくい火薬を使って、貴族の屋敷を燃やす理由は何だ?

 もっと簡便な方法などいくらでもあるだろうに、なぜわざわざ火薬を使ったのか?


 燃やされたのが、貴族の屋敷だというのも謎だ。

 私怨を晴らすためだとしても、火災が起きた屋敷では貴族が死んでいない。

 使用人を狙うのであれば、火薬を仕掛ける場所は他にいくらでもある。

 単に火薬を使いたかった……という線もあるだろうが、それこそ狙うべき対象は他にあるだろう。


 考えれば考えるほど、疑問点が浮かんでくる。


 しかし何よりわからないのが、そのことに壱子が気付いていないことだ。

 普段引き篭もってばかりの壱子は、往々にして常識が欠如しているが、今回もそれなのだろうか。


「壱子、ちょっと待──」

「まずい!」


 平間が声をかけようとした瞬間、先行していた壱子が急に駆け出した。


 その先は開けた広場になっている。

 人の気配は無い。

 しかし、平間の心は妙にざわつき始める。


 平間の視界に入ったのは、通りの(かたわ)らに横たわる、大きなぼろ雑巾のような何かだった。

 それが倒れた女であると平間が気付いた時には、すでに壱子はそのそばへ駆け寄っていた。

 おびただしい血の溜まりを意に介さず、壱子は女のもとに(たたず)んで、その頬に手をあてる。


「まだ温かい。しかし、この出血では……」

「手の施しようがないか」

「ああ。残念じゃが、すでに事切(ことき)れておる」


 壱子はうつむいて、女の虚ろな眼を閉じさせた。


──

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