表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
30/64

第17話「踊る兎と弓張月」

──


 平間がまず気付いたことは、梯子(はしご)の段と段の間隔がかなり狭いということだ。

 しかしそれは一段飛ばしてゆけばよく、大した問題にはならない。

 行灯(あんどん)を取り落とさないように気をつけながら、平間は慎重に梯子を降りていくと、まもなく地の底に足がついた。

 天を見上げれば、十五尺(約四メートル半)あまりの高さに明るい四角形が見える。


「とりあえず下に着いた!」

「よかった。安全ですか?」

「今のところはね。じゃあ、行ってくる」


 声だけで姿の見えぬ松月に言うと、平間は穴の奥に目を向けて深呼吸する。

 ひんやりと冷えた穴の中はジメジメとしているが、行灯のおかげで三歩先くらいまで見渡せた。

 穴の壁は木材で丁寧に裏打ちされていて、(いく)ばかりか(こけ)むしてはいても、腐食は見られない。

 それどころか、中には比較的新しい木材も散見され、最近修繕されたらしい跡が残されていた。

 その痕跡といい、入り口の扉を開けた感触といい、この穴はつい最近まで誰かが使っていたように感じる。

 平間は腰に差した刀に手を触れて、穴の奥へと足を進める。


 身長|五尺半《百六十七センチメートル》と少しばかりの平間だったが、穴の縦幅は少々窮屈で、背筋を伸ばして歩くのは躊躇われた。

 しかし足元には幅半尺(約十五センチメートル)ほどの板が二枚、切れ目なく敷かれていたため、思いのほか歩きにくくはない。

 横幅は大人二人が何とか並立できる程度だ。

 恐らく壱子なら、小走りに進むことが出来るだろう。


 平間は慎重に、しかし微かに湧き上がる興奮を胸に進む。

 穴は平坦で、自然物では無さそうだった。

 これだけの広さの穴を掘り続けるのは容易ではないだろう、と平間は思った。


 穴を進み始めてしばらく、四半刻もかからない内に、平間の目の前には梯子(はしご)が現れた。

 この先に平らな道はなく、引き返さないのならば梯子を上るしか無いだろう。

 しかしその先は、入り口とは違って真っ暗である。


「まあ、行くしか無いよなあ」


 そう平間は独り言を漏らし、梯子に手をかけた。

 その間隔はやはり狭い。


 今回の梯子は入り口のものより短く、まもなく盲端(いきどまり)に至った。

 平間は少し考えてから、行灯の取っ手を小脇に挟み、反対の手で上方の壁を押してみる。

 わずかに壁が動いた。


 そのまま平間が壁を押していくと、茜色の光がこぼれ出てくる。

 壁に見えたものは扉で、その先には地上の景色が広がっていた。

 やはり観音開きだった扉を全開にして、平間は穴ぐらから這い出る。

 急に増えた光に目を細める。

 見渡せば、そこは河原だった。


 周囲に人影はない。

 これ幸いと、平間は扉を閉めて何事もなかったかのように装う。

 扉は周囲から目立たない位置にあり、遠目に見てはわからないだろう。

 河原の一方は小川で、もう一方は上り坂になっていた。

 その中に階段があることに平間は気付き、何の気無しにそれを登ってみることにした。


 何の変哲もない階段の先には土壁と、そしてやはり何の変哲もない木の扉があった。

 ひとまず、ここが何処なのか知らねばならない。

 そう考えて、平間は扉に手をかけ、その先に足を踏み入れた。


「そち、そこで何をしておる」


 予期せぬ方向から突然聞こえてきた声に、平間は飛び上がるほど驚いた。

 慌てて振り向けば、そこには見知った顔がある


「い、依織さま!?」

「うむ」


 大きくうなずく依織は、いつもよりも簡素な装いだ。

 しかし相変わらず髪型には()っていて、複雑な編みこみで普段より大人びた雰囲気だった。

 依織は頬を膨らせて、やや口ごもりながら言う。


「ひらまよ、今日は(こち)の屋敷に来ていたというのに、顔を見せぬとは何事なのだ? いちこも一緒にいたのであろ? 水臭いではないか」

「それはその、時間がなくて、すみません……ですが、何故ここに?」

「それは(こち)の台詞だ」

「え?」

「ここは(こち)の屋敷で、そちの抜けて来た戸はその裏口だぞ。どこから入ってきた?」

「入ってきたというか、出てきたというか……」


 平間は言葉を濁す。

 それは依織への返事を迷っていたからではなく、あの穴の意味を考えていたからだ。


 貸部屋の庭にあった穴は、水臥小路家の裏口につながっていた。

 ならば、射月はあの穴を使って貸部屋に足を運んでいたということか。

 実際、あの穴を通って行けば人目に付かない。

 交友関係を隠したいのであれば、絶好の抜け道になるだろう。


「ひらま、おい」

「あ、はい。何でしたっけ?」

「どうやってここに来たのか、と聞いておる」

「なんと言うか……。散歩していたんですよ、松月と」

「松月……はて誰だったかな。ああ、確か姉上に使えていた男子(おのこ)だったか。よくしらないが」

「ええ、そうですけど……?」


 依織の様子がどうもおかしい。

 が、今はそんなことをしている場合ではないと思い直す。


「すみません! 僕はもう戻らないと!」

「お、おい!」


 依織の声を後ろ手に聞きながら、平間は先程の扉──裏口に戻る。

 これは間違いなく大きな手がかりだ。

 一刻も早く、松月と壱子に話さなければ。

 平間は依織に「また来ます!」とだけ言い残し、足早に屋敷を後にした。


──


 その後、平間はまもなく松月と合流した。

 即座に貸部屋を後にし、料金はうたた寝する老婆の枕元に置いてきた。

 夜を明かさないのは怪しまれるかも知れないが、長居してボロが出てもいけない。


 無事に花街を抜けたところで、松月は平間と別れた。


「なあ松月、その格好で帰るのか?」

「はい。可能な限り怪しまれないようにしたいので」

「……気に入ったのか?」

「何がですか?」

「ああ、いや、なんでもない。気をつけてね、夜道は危ないから」

「はぁ。でも、それは平間さんも同じでしょう?」


 イマイチ会話が咬み合わない松月に、平間は曖昧な笑みを返す。

 松月のことだ、何かあっても自衛できるだろう。

 そう考えて、平間は松月と分かれて壱子のもとに向かった。


──


 日は落ち、皇都には夜の(とばり)が降りていた。

 皇都で暮らす人々は、夜中にあまり活動しない。

 なぜなら夜は暗く、出歩くにも油が必要で、そして油は安くはないからだ。


 それは貴族とて例外ではない。

 ……のだが、壱子に限れば例外らしい。


「寝ないのか」

「何故寝なければならぬ。もう暗闇が怖い歳でもないぞ」

「そんなこと聞いていないけど」


 平間が呆れ顔で返すと、壱子は「しまった」という表情をする。

 そして黙って寝そべると、手に持った書物に目を落とした。

 円窓から落ちる月明かりが、壱子の黒髪で柔らかに散らされる。

 絵物語の一幕のような、幻想的な光景だ。


 しばらくの間をおいて、壱子はおずおずと顔を上げる。


「……それで平間、何か成果はあったのか?」

「あった。気持ちが悪いくらいに」


 平間はそう答えて、この日花街で起きたことを詳細に説明する。

 おそらく射月が出入りしていた貸部屋を見つけたこと。

 相手の男は中年だったこと。

 貸部屋の庭には人工らしき穴があったこと。

 そして抜け穴の先には、水臥小路家の屋敷があったこと。


「壱子、何か分かるか?」

「分かるというか、その穴は貴族の抜け道じゃな」

「貴族の……? なにそれ?」

「文字通りの意味じゃ。間隔の狭い階段や梯子は無かったか? あるいは、錆止めや漆塗りなどが施されてはいたりは?」

「あったけど」

「では間違いないな」


 壱子はそう言って、のっそりと起き上がる。

 そのまま平間の横に落ち着くと、平間の肩に頭をもたれさせた。


「何してるの」

「皇国の歴史は知っておるか?」

「……あまり詳しくはないけど」

「では簡単に説明しよう。およそ五十年ほど前まで、皇国はいくつもの国々に分かれておった。長らく戦が続いていたが、それを平定したのが今の(みかど)の祖父にあたる人物じゃ」

「ああ、今の帝は三代目なんだっけ」

「うむ」


 言いつつ、壱子は飽きたのか書物を閉じた。

 そのまま頭を滑らせ、平間の膝を枕にする。

 自然と、壱子と目が合った。


「何してるの」

「諸国は統一され、皇国となった。戦乱は収まり、民も安心して暮らしていけるかと思われた」

「無視するな」

「しかし平定後まもなく、戦で活躍した武官による反乱が起きたのじゃ」


──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ