第14話「揺らぐ理性と猫かぶり」
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前回のあらすじ。
松月を連れて去った紬は、かわりに謎の美少女を連れてきました。
誰?
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「紬……その子は?」
「よし、第一関門は突破しましたね。ですが、京作さまも冷たいお方です」
「何の話だ」
「先ほどまで一緒にいた人の顔を忘れてしまうのを、冷たいと言わずしてなんと言うんですか?」
「……は?」
平間は紬の言葉が理解できずに眉根を寄せる。
しかし数瞬の間を起いて、平間の脳裏に考えたくない仮説が浮かんだ。
「まさか、松月か!?」
「正解〜! 似合っているでしょう?」
「似合ってはいるが、そう言う問題じゃ……」
紬の言う通り、似合っていた。
着物にはひらひらとした装飾が多く、非常に少女趣味の強いものだったが、髪や帯の飾りは上品に洗練されていて、ほどよい清楚さがある。
もともと松月は精悍な顔立ちをしていたが、まさか女装をこなしてみせるほどだとは。
平間は率直に驚き、戸惑った。
いや、それどころか、日ごろ道行く娘たちと比べても、今の松月はまったく見劣りせず、むしろ目を引く存在のような……。
色々と思考が混乱していた平間だったが、ここでハッと我に返る。
「ちょっと待て紬、これは問題があるだろ」
「あー、そうですよね、やっぱり問題ですよね」
「なんだ、分かっているのか」
「はい。すでに松月くんは声変わりを迎えているので、そのまま喋ると少なからず違和感があるんです。でもご安心を、今後訓練を積むことで、違和感のない発声法を習得することが可能ですから!」
「そこじゃない、そこじゃない!」
「なんですか、大きな声を出して」
「いくら何でも、女装させる意味は無いだろ!? 見ろ、松月だって嫌がっているじゃないか」
きょとんとする紬に、平間は松月を指して言う。
実際、松月は先程から終始うつむきがちで、頬も紅潮させている。
さぞかし恥ずかしいに違いない。
しかし。
「いえ、大丈夫です」
顔を上げて、松月は言った。
しかし、自ら「大丈夫」と言う人間が本当に大丈夫であることは少ないことを、平間は経験上知っていた。
すると、この場で一番楽しげな紬が口を開く。
「落ち着いてください京作さま、アタシがただ自分の楽しみのためだけに、わざわざ女装をさせるような人間だと思いますか?」
「思う」
「思わないでしょ? 実はこれには深いワケがあるんです」
「話を聞け」
「確かに『松月くんを女装させたら似合いそうだな、面白そうだな』とは思いました」
「思ってるじゃないか」
「しかしですね、今回の調査において最も有効なのは、『射月さんの足跡をたどること』なのです」
「……というと?」
「興味を示しましたね。私の考えはこうです」
紬は急に神妙な顔つきをして、続けた。
「ここ花街では、殿方の相手をする女性は二種類しかいません。遊女か、そうでないかです」
「ふむ」
「そして射月さんは後者です。侍女として働きながら遊女であることは絶対にありませんから」
「そうなのか?」
「ええ、遊女は言わば『金のなる木』で、その身柄は丁重かつ厳重に管理されます。射月さんほどの器量の持ち主であれば、特にそうなるでしょう」
「なるほど。管理されていないってことは、射月さんは遊女じゃないってことだな」
「そういうことです。では、遊女でない射月さんがここで何をしていたか。これを常識的に考えれば、貸部屋を使っていた可能性が非常に高い」
「だろうね」
「すると、相手の殿方が誰だったのか、かなり見えてきます」
「……どうして?」
「言ったでしょう、男女の交わりは最上位の秘め事だ、と。その秘め事を、わざわざ花街に来て済ませますか?」
紬の問いかけに、平間はしばし考え込む。
そして、首を横に振った。
「いや、しないな」
「そうなんです。普通は貸部屋など使わないのです。貸部屋と言っても安くはありませんから、片方がもう片方の家に移動してコトに及ぶのが普通です。ですが、射月さんとそのお相手は、そうしなかった……何故だと思います?」
試すような視線を平間に向け、紬は微笑む。
平間はしばし考えて、口を開いた。
「男女どちらの家も……使えなかったから」
「素晴らしい。冴えていますね京作さま。では、射月さんとお相手の殿方、それぞれの事情について考えてみましょう。まずは射月さんの方から」
「射月さんの家というと、つまり水臥小路家のお屋敷だ……住み込みで働いていたんだから。だとすれば、普通の頭をしている人なら、そこを使うとは思えない」
「そうですね。例外があるとすれば水臥小路家の一族の方でしょうか。ですがその場合は、侍女を自分の寝所に呼ぶのが一般的な流れになるので、この例外は考慮に値しないでしょう」
「じゃあ、次は『相手の男が自分の家を使えない理由』か……だけど紬、そもそも人物が特定できていない時点で、これを考えるのはちょっと無理が無いか?」
「半分正解で半分違います。確かに現時点では、射月さんと一緒にいたという殿方を特定することは出来ません。ただ、ある程度絞ることは可能です。例えば、貸部屋は高価ですので、彼はおそらく裕福な生活をしているでしょう」
「となると、貴族か、商家の主か、その辺りになるのかな」
「はい。ですがそう考えると、新たな疑問が浮かんでくるのです」
そう言って、紬は人差し指を立ててみせる。
どうも壱子の仕草が移ってきているな、と平間は思いつつ、紬の思考を代弁する。
「つまり、金持ちが妾を囲うのは普通なのに、ってことか」
「ええ。彼らお金持ちの人々、特に貴族の方々は、妾を持つことを非難されることはありません。なのに自分の家……というかお屋敷を使わないのには、二つの理由が考えられます。一つ目は、正妻の方がとても怖い場合です。これは京作さまならすぐに理解できると思います」
「僕なら? どういう意味だ」
「そのままの意味です。京作さまが浮気した場合、壱子さまは真っ先に京作さまを絞め殺すか、自ら断崖絶壁に身を投げるか、あるいはその両方の道を選ぶでしょう」
「お前は壱子を何だと思っているんだ」
「でも、理解できるでしょ?」
「……まあ、そうだけども」
言いつつ、平間は大きなため息をつく。
それを無視して、紬は続ける。
「つまり、彼は恐妻家の貴族ないし商家の人間だということです。そして恐らく、この条件はかなり厳しいはずです。上流階級の方の婚姻はほとんどが政略的ですし、必然的に乾いた夫婦仲になりがちなので。しかも性的に盛んな人物と言う条件も加わるので、さらに絞ることが可能でしょう」
「なるほど、確かに……。で、もう一つの理由って言うのは?」
平間が尋ねると、紬はぴくりと眉を動かして、薄く笑った。
その笑みがあまりに冷たかったので、平間はの胸中はにわかにざわついた。
紬は言う。
「もうひとつの理由は……その交合自体が人としての禁忌に触れるから、というものです」
「禁忌って、つまり」
平間は思わず松月に視線を向けた。
そしてすぐに、それを後悔する。
が、幸いにして、松月は平間の意図を曲解したらしい。
「俺達姉弟に、家族はいません。詩織さまに拾われる少し前までは父親がいましたが、飲んだくれのロクデナシで、勝手に死にました」
「あ、ああ、そうか」
うなずきつつ、平間はすぐに自分の考えが間違っていたことに気付く。
そもそも男女の交わりの禁忌は「子供」「死体」、そして「肉親」である。
射月の場合考えられるのは「肉親」だが、その中に松月が含まれる可能性は皆無だ。
なぜなら彼には財力がなく、また射月の身体にあった傷痕をみて、ひどく動揺した様子も見せていたからだ。
仮に松月が彼であるなら、その反応を示すことは無いだろう。
すわりの悪くなった平間は、意図して話を戻す。
「じゃあ要するに、射月さんと一緒にいた男は恐妻家の金持ちで決定ってことだね。って、じゃあどうして松月が女装しなきゃいけなかったんだ?」
「京作さま。それは単純明快ですよ。情報が少ないからです」
「……どういう意味だ?」
「この仮説から絞り込めたとは言え、それでも条件を満たす人物は、貴族に限定したとしても二〇名は下らないでしょう。彼らについて更に詳しく調べるのはアタシの仕事ですが、正直なところ、この人数はあまりに荷が重いのです」
「うーん、それはそうだろうけど」
「そこで京作さまと松月くんには、『これから貸部屋を借りる従者と、その相手で町娘に変装したお姫様』を演じていただきます」
「……なんで?」
「未婚の姫が夜伽を経ることは、絶対にあってはなりません。いえ、あったとしても、絶対に知られてはなりません」
「だからこそ、貸部屋を使う動機付けになると?」
「ご明察。その考えで、今の松月くんを見てください。絶妙に『着せられている』感じがあるでしょう? 無理して変装しているような雰囲気が、じわりじわりと滲み出てくるようです」
「確かに……?」
「この雰囲気はアタシでは出せません。まさしく適材適所、松月くんにしか出来ない働きなのです。ご納得いただけました?」
得意げに言う紬に、平間はぎこちなく頷く。
ここまで華麗に女装を正当化されると、そうする以外に方法がなかったのだ。
「では納得していただいたところで、私から最後の助言を。花街には案内役がおりますので、その人に『一番人目につかない貸部屋を』と言ってください」
「分かった。でも、どうして人目につかないところなんだ?」
「実は貸部屋を使うことって、花街を男女で歩くので、意外と目立つんですよ。つまり『公然の秘密』になりがちなのです。ですが今回は、アタシの情報網に射月さんの相手が誰だったのか、一切入ってきていないんです。しかし裏を返せば、それだけ秘密保持に気を遣っていたとも言えます」
「なるほど、そういうことなら」
「そして繰り返しになりますが、松月くんは可能な限り人前で話さないように。声でバレます」
「分かりました」
紬の忠告に松月は素直に頷く。
「紬さん、何から何までありがとうございます。本当に」
「いえいえ、アタシも良いものが見られたので。頑張ってくださいね! 仕上げにこの外套を。これで傍目には顔が分かりません」
平間と松月は、紬に手渡された外套をかぶる。
多少怪しげだが、これくらいのほうが役になりきれるかも知れない。
「それでは、後は若いお二人に任せましょうかね。うふふ」
紛らわしいセリフを残し、紬は立ち去っていった。
軽やかな足取りの後ろ姿を見送って、平間は松月に言う。
「じゃあ……行こうか」
それに黙ってうなずいた松月を見て、平間は彼の実直さを再確認した。
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