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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第14話「揺らぐ理性と猫かぶり」

──


前回のあらすじ。

 松月を連れて去った紬は、かわりに謎の美少女を連れてきました。

 誰?


──


「紬……その子は?」

「よし、第一関門は突破しましたね。ですが、京作さまも冷たいお方です」

「何の話だ」

「先ほどまで一緒にいた人の顔を忘れてしまうのを、冷たいと言わずしてなんと言うんですか?」

「……は?」


 平間は紬の言葉が理解できずに眉根を寄せる。

 しかし数瞬の間を起いて、平間の脳裏に考えたくない仮説が浮かんだ。


「まさか、松月か!?」

「正解〜! 似合っているでしょう?」

「似合ってはいるが、そう言う問題じゃ……」


 紬の言う通り、似合っていた。

 着物にはひらひらとした装飾が多く、非常に少女趣味の強いものだったが、髪や帯の飾りは上品に洗練されていて、ほどよい清楚さがある。

 もともと松月は精悍な顔立ちをしていたが、まさか女装をこなしてみせるほどだとは。

 平間は率直に驚き、戸惑った。

 いや、それどころか、日ごろ道行く娘たちと比べても、今の松月はまったく見劣りせず、むしろ目を引く存在のような……。


 色々と思考が混乱していた平間だったが、ここでハッと我に返る。


「ちょっと待て紬、これは問題があるだろ」

「あー、そうですよね、やっぱり問題ですよね」

「なんだ、分かっているのか」

「はい。すでに松月くんは声変わりを迎えているので、そのまま喋ると少なからず違和感があるんです。でもご安心を、今後訓練を積むことで、違和感のない発声法を習得することが可能ですから!」

「そこじゃない、そこじゃない!」

「なんですか、大きな声を出して」

「いくら何でも、女装させる意味は無いだろ!? 見ろ、松月だって嫌がっているじゃないか」


 きょとんとする紬に、平間は松月を指して言う。

 実際、松月は先程から終始うつむきがちで、頬も紅潮させている。

 さぞかし恥ずかしいに違いない。


 しかし。


「いえ、大丈夫です」


 顔を上げて、松月は言った。

 しかし、自ら「大丈夫」と言う人間が本当に大丈夫であることは少ないことを、平間は経験上知っていた。

 すると、この場で一番楽しげな紬が口を開く。


「落ち着いてください京作さま、アタシがただ自分の楽しみのためだけに、わざわざ女装をさせるような人間だと思いますか?」

「思う」

「思わないでしょ? 実はこれには深いワケがあるんです」

「話を聞け」

「確かに『松月くんを女装させたら似合いそうだな、面白そうだな』とは思いました」

「思ってるじゃないか」

「しかしですね、今回の調査において最も有効なのは、『射月さんの足跡をたどること』なのです」

「……というと?」

「興味を示しましたね。私の考えはこうです」


 紬は急に神妙な顔つきをして、続けた。


「ここ花街では、殿方の相手をする女性は二種類しかいません。遊女か、そうでないかです」

「ふむ」

「そして射月さんは後者です。侍女として働きながら遊女であることは絶対にありませんから」

「そうなのか?」

「ええ、遊女は言わば『金のなる木』で、その身柄は丁重かつ厳重に管理されます。射月さんほどの器量の持ち主であれば、特にそうなるでしょう」

「なるほど。管理されていないってことは、射月さんは遊女じゃないってことだな」

「そういうことです。では、遊女でない射月さんがここで何をしていたか。これを常識的に考えれば、貸部屋を使っていた可能性が非常に高い」

「だろうね」

「すると、相手の殿方が誰だったのか、かなり見えてきます」

「……どうして?」

「言ったでしょう、男女の交わりは最上位の秘め事だ、と。その秘め事を、わざわざ花街に来て済ませますか?」


 紬の問いかけに、平間はしばし考え込む。

 そして、首を横に振った。


「いや、しないな」

「そうなんです。普通は貸部屋など使わないのです。貸部屋と言っても安くはありませんから、片方がもう片方の家に移動してコトに及ぶのが普通です。ですが、射月さんとそのお相手は、そうしなかった……何故だと思います?」


 試すような視線を平間に向け、紬は微笑む。

 平間はしばし考えて、口を開いた。


「男女どちらの家も……使えなかったから」

「素晴らしい。冴えていますね京作さま。では、射月さんとお相手の殿方、それぞれの事情について考えてみましょう。まずは射月さんの方から」

「射月さんの家というと、つまり水臥小路家のお屋敷だ……住み込みで働いていたんだから。だとすれば、普通の頭をしている人なら、そこを使うとは思えない」

「そうですね。例外があるとすれば水臥小路家の一族の方でしょうか。ですがその場合は、侍女を自分の寝所に呼ぶのが一般的な流れになるので、この例外は考慮に値しないでしょう」

「じゃあ、次は『相手の男が自分の家を使えない理由』か……だけど紬、そもそも人物が特定できていない時点で、これを考えるのはちょっと無理が無いか?」

「半分正解で半分違います。確かに現時点では、射月さんと一緒にいたという殿方を特定することは出来ません。ただ、ある程度絞ることは可能です。例えば、貸部屋は高価ですので、()はおそらく裕福な生活をしているでしょう」

「となると、貴族か、商家の主か、その辺りになるのかな」

「はい。ですがそう考えると、新たな疑問が浮かんでくるのです」


 そう言って、紬は人差し指を立ててみせる。

 どうも壱子の仕草が移ってきているな、と平間は思いつつ、紬の思考を代弁する。


「つまり、金持ちが(めかけ)を囲うのは普通なのに、ってことか」

「ええ。彼らお金持ちの人々、特に貴族の方々は、妾を持つことを非難されることはありません。なのに自分の家……というかお屋敷を使わないのには、二つの理由が考えられます。一つ目は、正妻の方がとても怖い場合です。これは京作さまならすぐに理解できると思います」

「僕なら? どういう意味だ」

「そのままの意味です。京作さまが浮気した場合、壱子さまは真っ先に京作さまを絞め殺すか、自ら断崖絶壁に身を投げるか、あるいはその両方の道を選ぶでしょう」

「お前は壱子を何だと思っているんだ」

「でも、理解できるでしょ?」

「……まあ、そうだけども」


 言いつつ、平間は大きなため息をつく。

 それを無視して、紬は続ける。


「つまり、()は恐妻家の貴族ないし商家の人間だということです。そして恐らく、この条件はかなり厳しいはずです。上流階級の方の婚姻はほとんどが政略的ですし、必然的に乾いた夫婦仲になりがちなので。しかも性的に盛んな人物と言う条件も加わるので、さらに絞ることが可能でしょう」

「なるほど、確かに……。で、もう一つの理由って言うのは?」


 平間が尋ねると、紬はぴくりと眉を動かして、薄く笑った。

 その笑みがあまりに冷たかったので、平間はの胸中はにわかにざわついた。

 紬は言う。


「もうひとつの理由は……その交合(こうごう)自体が人としての禁忌に触れるから、というものです」

「禁忌って、つまり」


 平間は思わず松月に視線を向けた。

 そしてすぐに、それを後悔する。

 が、幸いにして、松月は平間の意図を曲解したらしい。


「俺達姉弟に、家族はいません。詩織さまに拾われる少し前までは父親がいましたが、飲んだくれのロクデナシで、勝手に死にました」

「あ、ああ、そうか」


 うなずきつつ、平間はすぐに自分の考えが間違っていたことに気付く。


 そもそも男女の交わりの禁忌は「子供」「死体」、そして「肉親」である。

 射月の場合考えられるのは「肉親」だが、その中に松月が含まれる可能性は皆無だ。

 なぜなら彼には財力がなく、また射月の身体にあった傷痕をみて、ひどく動揺した様子も見せていたからだ。

 仮に松月が()であるなら、その反応を示すことは無いだろう。


 すわりの悪くなった平間は、意図して話を戻す。


「じゃあ要するに、射月さんと一緒にいた男は恐妻家の金持ちで決定ってことだね。って、じゃあどうして松月が女装しなきゃいけなかったんだ?」

「京作さま。それは単純明快ですよ。情報が少ないからです」

「……どういう意味だ?」

「この仮説から絞り込めたとは言え、それでも条件を満たす人物は、貴族に限定したとしても二〇名は下らないでしょう。彼らについて更に詳しく調べるのはアタシの仕事ですが、正直なところ、この人数はあまりに荷が重いのです」

「うーん、それはそうだろうけど」

「そこで京作さまと松月くんには、『これから貸部屋を借りる従者と、その相手で町娘に変装したお姫様』を演じていただきます」

「……なんで?」

「未婚の姫が夜伽(よとぎ)を経ることは、絶対にあってはなりません。いえ、あったとしても、絶対に知られてはなりません」

「だからこそ、貸部屋を使う動機付けになると?」

「ご明察。その考えで、今の松月くんを見てください。絶妙に『着せられている』感じがあるでしょう? 無理して変装しているような雰囲気が、じわりじわりと()み出てくるようです」

「確かに……?」

「この雰囲気はアタシでは出せません。まさしく適材適所、松月くんにしか出来ない働きなのです。ご納得いただけました?」


 得意げに言う紬に、平間はぎこちなく頷く。

 ここまで華麗に女装を正当化されると、そうする以外に方法がなかったのだ。


「では納得していただいたところで、私から最後の助言を。花街には案内役がおりますので、その人に『一番人目につかない貸部屋を』と言ってください」

「分かった。でも、どうして人目につかないところなんだ?」

「実は貸部屋を使うことって、花街を男女で歩くので、意外と目立つんですよ。つまり『公然の秘密』になりがちなのです。ですが今回は、アタシの情報網に射月さんの相手が誰だったのか、一切入ってきていないんです。しかし裏を返せば、それだけ秘密保持に気を(つか)っていたとも言えます」

「なるほど、そういうことなら」

「そして繰り返しになりますが、松月くんは可能な限り人前で話さないように。声でバレます」

「分かりました」


 紬の忠告に松月は素直に頷く。


「紬さん、何から何までありがとうございます。本当に」

「いえいえ、アタシも良いものが見られたので。頑張ってくださいね! 仕上げにこの外套(がいとう)を。これで傍目には顔が分かりません」


 平間と松月は、紬に手渡された外套をかぶる。

 多少怪しげだが、これくらいのほうが役になりきれるかも知れない。


「それでは、後は若いお二人に任せましょうかね。うふふ」


 紛らわしいセリフを残し、紬は立ち去っていった。

 軽やかな足取りの後ろ姿を見送って、平間は松月に言う。


「じゃあ……行こうか」


 それに黙ってうなずいた松月を見て、平間は彼の実直さを再確認した。


──

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