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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第11話「うろの溜まりと耳年増」

──


 何のためらいもなく射月(いづき)の肌をあらわにさせた脛折に、松月はあっと息を呑む。

 すると脛折は、射月から目をそらさずに言う。


「正直なところ、俺はお前がここで一緒にお姉さんを『開く』のは反対だ。色男」

「何? 俺が臆するとでもいうのか?」

「ちーがうわ。ばかたれ」


 いきり立つ松月を、脛折は鼻で笑う。

 が、すぐに真剣な表情で松月を横目に見やる。


「腑分けっていうのはな、色男、死者が知られたくない情報まで分かっちまうもんなんだ」

「というと?」

「そうだな、『お姉さんが未通娘(おぼこ)かどうか』とかならすぐに分かる」

「……殺すぞ」

「だから見ないことをオススメしているんだ。もちろん、アンタに調べるなと言われれば調べない。」

「だったら──」

「しかし、そこのお姫さんが『やれ』と言ったら俺はやる。こう見えて俺は権力に弱くてな。強いものに指図されたらイヤとは言えないのよ。だからま、お姫さんとは仲良くしておいたほうがいいぜ」


 脛折はふざけた調子で言うが、松月の表情は険しい。

 すると壱子が歩み出て、よどみなく言う。


「脛折どの、そもそも私はそんなことを望まぬが」

「本当か? だがお姫さん、アンタの目的はこの別嬪(べっぴん)さんが誰に殺されたのか明らかにすることだろ?」

「うむ」

「だったら、この娘が未通娘(おぼこ)かどうかは、有効な判断材料になると思わないか?」

「そうなのか?」

「そりゃあ、そうだろう」

「そうか……」

「……どうした?」

「いや、というか、そもそも()()()とは何じゃ?」

「……」

「……? なんじゃ?」


 不思議そうに尋ねる壱子に、周囲がしんと静まり返る。


 脛折は気まずそうに視線を泳がせ、たまたま目が合った平間に「何とかしろ」とばかりに合図する。

 だからと言って平間に何が出来るわけでもない。


 結局、紬が壱子に近付き、その肩を抱いて語りかけた。


「壱子様ー? そのお話は、ちょーっと後にしましょうか?」

「なぜじゃ紬。何か変なことを訊いたわけでもあるまいし」

「それが訊いてるんですよ〜。どういう意味なのか、あとで京作様にじっくり教えてもらいましょうねー」

「む、そうか? 分かった」


 壱子はしぶしぶ納得して、平間をチラと見てから端の方に戻る。

 対する平間は、面倒事を押し付けられた恨みを込めて紬を睨むが、当の紬はいたずらっぽく微笑むだけだった。


「じゃ、残るってことでいいんだな?」


 脛折が改めて問いかけると、松月は黙ってうなずいた。


「よろしい。だったらもう言うことはないさ。ただ、美しい女には必ず秘密がある。後悔するなよ」


──


 一糸まとわぬ射月の身体は、美しかった。

 とは、言えなかった。


「これは……酷いな」


 死体に慣れているはずの脛折でさえ、眉をひそめて息を吐く。


 射月の身体には、無数の傷があった。

 刺し傷や切り傷がほとんどだったが、中には熱湯や鉄火棒によると思われる火傷(やけど)の痕も見受けられる。

 奇妙なのは、服を着れば隠れる場所に傷が集中していたことだ。

 これだと、生前の彼女を一見しただけでは傷の存在には気付くことができない。


 脛折は(おもね)(ほえる)に傷の場所や形を書き写すよう指示して、松月に向き直る。


「色男、この傷に見覚えは?」

「いや、無い」

「じゃあ心当たりは? 簡単にはこんな傷は付かないだろ」

「それも無い」

「役立たずめ。姉弟なら、風呂の一つでも一緒に入るだろう」

「入るか! 姉さんの身体がこんなになっているなんて、俺が一番驚いているんだ」


 そう言う松月の表情からは動揺がありありと伝わってきていて、彼が嘘を言っているようには思えない。

 それは脛折も同じ感想だったらしく、「あっそ」と短く返して、今度は壱子に話を振った。


「お姫さん、アンタの見立てでは、この別嬪さんはどうやって殺されたんだ?」

「あくまで推測じゃが、射月は屋敷内のどこかで首を絞められて殺されたあと、犯人に中庭に連れて来られたと考えられる」

「屋敷内、と言える根拠は?」

「着ていたのは屋敷の侍女向けの共通のものだった。発見時の衣服の乱れがほぼ無かったから、着せ替えられた可能性は低い。また、屋敷に入るには門番のいる出入口を通らなくてはならぬ」

「なるほど。では『首を絞められた』と言える根拠は?」


 脛折の問に、壱子は怪訝な顔をする。


「決まっておるじゃろう。射月の首元には、何かで絞められたような痕が残っておるではないか」

「だから絞殺だと?」

「……おかしいか?」

「いや全く。だが、俺の考えは違う」


 そう言って、脛折は阿と吽(ふたご)が記録を終えたのを確認する。

 そして道具箱から無骨な短刀を取り出し、革の手袋(※)を付けた。


(※:皇国では、死者に直接触れるのは一般的に不吉であるとされる。これによって感染に対する防御を行えるが、無論そんな知識は存在していない。おそらく経験則的に「死者に触れると死ぬ」ということを知っていたのだろう。)


「では、『開こう』」


 脛折は短刀を射月の首の根本に当てると、縦にまっすぐ刃を走らせる。

 血は流れず、切れ目から薄い赤が覗く。

 その赤に脛折は刃を差し入れ、慣れた手つきで皮膚を剥離(はくり)していく。

 うっすらと筋肉の走行が見えてくるが、これが大胸筋だろうか。


「あ、アタシこういうの無理ですごめんなさい」


 真っ青な顔で紬は言うと、そそくさと部屋の外へ出て行く。

 それを見送って、脛折は独り言のように言う。


「お姫さん、いま手は空いているかね」

「あ、ああ……まさか、手伝うのか?」

「違う。そこにアンタの従者がいるだろう」

「平間のことか」

「そうだ。そいつの首をだな」

「うむ」

「思いっきり絞めてみろ」

「分かった」


 言うが早いか、壱子はためらいもなく平間の首に手をかける。

 驚いた平間が身をよじると、壱子の手はすぐに離れた。


 その間も手を止めなかった脛折に、壱子はたずねる。


「無理じゃな。脛折どの、何がしたかった?」

「簡単な実験だ。平間くんよ、アンタの手はどう動いた? 首元に手をやろうとしただろう」

「ええ、まあ……無意識に」

「それが人間として普通の反応なんだよ。首を絞められたら、というより、息が苦しかったら首に手をやるんだ。」

「そうなんですか……。で、それが何か?」

「こっちに来い。首もとをよく見てみろ」


 脛折に言われるまま、平間は射月の首もとをまじまじと見る。

 しかしやはり、そこには昨日見た通りの索状痕(さくじょうこん)があるだけだった。


「……縄で絞められた痕がありますね」

「他には?」

「それだけですが……」

「そう、それだけなんだ」


 脛折の言葉を怪訝に思って、平間は顔を上げる。

 と、脛折の顔が思いのほか間近にあり、思わずのけぞる。

 脚折は笑う。


「いい反応だ。さて、人間は首を絞められると、無意識に首に手をかけるんだったな」

「そうですね」

「では今、自分が思い切り首を締められていたとしよう。体術の心得がある場合ならまだしも、そうでなければ、がむしゃらに窒息から逃れようとするはずだ。それこそ、必死に縄を外そうと()()()だろう」

「……もしかして」

「そう、この死体にはその痕が無い」


 ということは、射月が首を絞められた時、彼女は抵抗できない状態にあったことになる。

 考えられる可能性はいくつかある。


 射月が縛られていた場合。

 射月が気絶していた場合。

 そして、射月がすでに死亡していた場合だ。


「さらに言えば、窒息死した人間は首から上に血が()まる。頭から心臓に帰る血管は、より皮膚に近い部分にあるからだ。しかし、今回はその痕も無い」

「ってことは……どういうことです?」

「首を絞められた時点で、血管には血は流れていなかった。つまり、死んでいたと考えられる」

「では、死因は別にあるということじゃな」


 そう言う壱子の言葉には、素直な称賛が込められていた。

 脛折は頷いて、巨大なハサミを手に取る。


「そうだ。だからわざわざこうして内臓を直接見て調べるわけだ」


 言いつつ、脛折はオオバサミで射月の肋骨を切り折っていく。

 そして肋骨と胸骨をまとめて取り去られると、下から肺腑が現れる。

 まだ時間が経っていないせいか、肺はみずみずしく光を反射していた。

 同時に、独特の臭気が平間の鼻を突いた。


 さらに脛折は、喉元を切り開いて気管をあらわにする。


「俺の勘だと、本命はここだ」


 脛折は小さいハサミに持ち替えると、でこぼことした気管を縦に切り開く。


「やっぱりだ。見ろ」


 脛折が指さした部分に平間が顔を近づけると、気管の中でかすかに光るものが見えた。


「水……ですか」

「そうだ。それに見てみろ、()の断片だ」

「水に入っていたんですかね? というか、そもそも気管に水が入るものなんですか?」

「絶対ではないが、基本的には入らない。食事をしている時、飯が変なところに入ってむせたことがあるだろう。同じように、水が気管に入っても、むせて吐き出す仕組みになっている。人の体っていうのは、よく出来ているもんだよ」

「ということは、この水も射月さんが亡くなった後に入ったわけですね」

「応用力があるな少年。素晴らしい。しかしハズレだ」


 一瞬うれしくなった平間は、すぐにがっかりした。

 それを励まそうとしているのか、脛折は少し悪びれつつ、明るい調子で続ける。


「生きていて気管に水が入る理由はいくつか考えられるが、一番わかり易いのは溺れた時だな。頭では息を吸えないのを分かっていても、息苦しさに耐えかねて身体が『吸おう』としてしまう。で、水が気管に入って尚更苦しくなる、という塩梅だ」


 脛折は小さく「可哀相に」とこぼしてから、壱子の方へ向き直る。


「というわけだ、お姫さん。俺の見立ては『この娘は水死した。その後、何者かが首に縄の痕をつけて絞殺だと偽装した』ってことになる。何か質問は?」

「ひとつだけ。身体の傷はどう説明する?」

「恣意的な傷の付き方だと思う。服を着ていると見えなくなる部分に傷が集中している。親が子を虐待するときに、周囲に虐待を知られないようにするのと似ているな」

「となると、犯人は目上の立場の人間というわけか」

「断定は出来ないが、その可能性は高いだろう。それに、傷の中にはまだ治りきっていない新しいものと、そうでない古傷とがある。つまり、暴行はかなり前から、しかも恒常的に行われていた可能性が高い」

「なるほど」


 壱子はうなずいて、松月の方を見る。


「松月、お主と射月が水臥小路家に仕えたのはいつからじゃ?」

「……それを言う義理はありますか。犯人かも知れない貴方に、協力する義理が」

「無い。無いが、もしお主が姉君のことで負い目を感じているのなら、それは筋違いだと言わねばならぬ。姉君はお主に知られたくなかったから黙っていたのじゃ。お主に責は無い」

「……」

「自分で背負い込むな。私は味方じゃ。もしお主が望むのなら、全力を()って犯人を調べあげ、姉君の無念を晴らすと約束しよう。しかし、未だに私を信じられぬのなら、それを責めはしない。私の落ち度じゃからな」


 真剣な表情で言い、壱子は松月をまっすぐに見つめる。


「どうじゃ、私に協力してくれぬか」

「……仕方ありません。分かりました。まだ貴方を完全に信用したわけではありませんが、最大限に利用させていただきます」


 不遜に言う松月に、壱子はくくく、と笑う。


()い。それくらいの方が互いに後腐れなく動けるじゃろう。正直なところも気に入った。して、先ほどの問の答えは?」

「はい。俺も姉も、詩織様にお仕えし始めたのは八年前です。それからずっと、変わらず過ごしてきました」

「では、姉君には輿入れの噂があったが、それは(まこと)か?」

「輿入れですか? 聞いたことがありませんが」

「なんじゃ、ならば嘘か」

「いえ、そうとも言い切れません。俺たち使用人は、十日に一日程度、非番の日があります。姉は決まって非番の時は外出していましたから、その時に誰かに会っていたのかも」

「ふむ……それは気になるな。その口ぶりだと、姉君が誰と何をしていたのか、お主は知らないのじゃろ?」

「……はい」

「では、次はその情報集めじゃな」


 そう言って、壱子は不敵に笑う。

 と、次の瞬間、糸が切れたように壱子の体から力が抜ける。


「お、おい壱子!?」


 平間が慌てて抱きとめるが、壱子はぐったりとして目を閉じたままだ。


「どうすれば……とりあえず外に!」


 焦った平間は壱子を抱きかかえるが、それを脛折が制した。


「落ち着け少年。疲れただけだ。じきに良くなる」

「ですが──」

「気付かなかったのか。お姫さんは、死体を初めて見た時から酷い顔色をしていた。きっと見慣れてなかったから、神経をすり減らしたんだろう。さっきの姉ちゃんみたいに退散すれば良かったのによ。一段落ついて、安心したんだな」

「そうですか……」

「無理なら他人に任せればいいのに、生真面目だね、まったく。いわゆる『頭は良いがバカ』ってやつだ」


 その言葉を聞いて、平間は反射的に脛折を睨む。

 すると脛折は芝居がかった動きで手を振った。


「おいおい、褒めているんだぜ。人間、利口すぎてちゃ面白くない。俺は嫌いじゃないぞ。お姫さんも、少年、お前もだ」


 脛折はニッと笑ってから、松月の存在に気付いて「アンタも好きだぞ? うん」と付け加える。

 そして、


「じゃあ、そろそろ出て行け。もう後始末くらいしかすることが無い。結果は後日、まとめて報告する」

「ですが、何か手伝うことは」

「何を手伝うんだ。俺には阿と吽がいる。助手はこいつらで十分だ。何か分かったら知らせるよ」

「……分かりました」

「それと、特別にこの娘さんからは臓腑を抜き取らないでおいてやろう。異国の連中にくれてやるにはもったいないからな。……冗談だよ」


 松月に思いっきり睨まれて、脛折は顔をひきつらせる。


 そしてそのまま、平間は壱子を抱きかかえて洞窟を後にした。

 無論、出口で待ち構えていた紬に事情を説明するのに、多大な労力を費やしたことは言うまでもない。


──

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