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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第6話「墓の土竜と曼珠沙華」

――


前回のあらすじ。

 ついに始まった見せしめの処刑。

 しかし平間はその罪人の中に無実の女性がいることに気付く。

 処刑の中止と再捜査を求める平間(とその肩を持つ壱子)だったが、左大臣・水臥小路これ人の強硬な姿勢の前に為す術がない。

 万事休すか、と思われたその時、謎の美女が現れる。

 彼女こそ依織の姉・詩織を名乗り、妖しく笑うのだった。


――


 水臥小路(すがのこうじ)家の依織(いおり)詩織(しおり)は、双子である。

 そう平間は聞いていたが、目の前に現れた詩織(あね)はあまりにも依織(いもうと)に似ていなかった。 

 全体的に子供じみた雰囲気の依織に対し、詩織はずいぶんと大人びているように感じる。

 歳の頃はおそらく二人とも十六、七だろうが、二人の間には五才前後の年齢差があるように思えた。


二卵性の(そういう)双子もおる」


 平間の思考を読んだのか、壱子が囁いた。


「それに、装いや化粧によって(おなご)が別人になるのは、お主も知っての通りじゃ」

「……なるほど」


 素材の良さの暴力のような壱子が言うのもどうなのか、と平間は思ったが、それを口に出すことはしない。

 すると水臥小路が口を開いた。


「詩織、自分が何をしたのか分かっているのか」

「何をしたのか、と申されますと?」

「無駄な問答は嫌いだと、いつも言っているだろう」

「では単刀直入にお答えいたしますわ」


 苛立つ水臥小路に、詩織は手に持った扇を優雅な仕草で広げてみせる。


(わたくし)は貴方様をお救い申し上げたのです」


 その言葉を聞いた平間は、思わず耳を疑った。

 それは水臥小路も同じだったようで、怪訝そうに眉をひそめて聞き返す。


「救った? 我には刑の執行を邪魔をしたようにしか見えなかったが」

「あら、貴方様はそれに関与していないということだったのでは?」

「……無駄な問答は嫌いだ、ともう一度言わねばならぬか」

「まあ怖い。ですが(わたくし)にとっては、あの可愛らしい姫君の方がずっと怖いですわ」


 そう言って詩織が指し示すのは、壱子である。

 当の壱子はきょとんとして、目をぱちくりとさせた。

 水臥小路は眉間の皺を更に深くして言う。


「何を言っている?」

「若く美しい娘は、ときに屈強な荒くれ者より敵に回してはいけない存在です。皇宮こうきゅう(※)ではあまり馴染みがない教訓かもしれませんが」

「我を愚弄(ぐろう)しているのか」

「そんな恐れ多いこと……ですが貴方様はご存知ないのでしょう。美しい娘は知恵も力もありませんが、何もせずとも人を惹きつけます。暗闇では腕ずくでねじ伏せればよろしい。しかしこのような場では、脅威になります。現に、周囲の者たちはほとんど佐田の姫に同情的な目をしておりました」

「だから、あの罪人を助けたと?」

「出過ぎたことだというのは理解しております。しかし長い目で見れば、その方が水臥小路家の利益になるかと」


(※:帝の住んでいる場所のことだが、ここでは政治の世界のことを言っている。)


 詩織は伏目がちにうなずき、うやうやしく礼をする。

 

 見事だ、と平間は思った。

 詩織は水臥小路を立てつつ、しかし明確に壱子の肩を持っている。

 柔よく剛を制す、とはこのことを言うのかもしれない。

 

 何やら考え込んだ水臥小路が何も言わないのを見て、詩織は再び口を開いた。


「仕方がありません。もし、お役人さま?」

「は、はい?」


 急に声をかけてきた詩織に、処刑台の役人が慌てて応じる。

 壮年の役人の頬は、よく見ればわずかに紅潮していた。

 その反応に平間は首を傾げる。

 確かに詩織は美しいが、何か底知れない不気味さを感じていたからだ。

 

 しかし詩織の方は平間を一瞥(いちべつ)することもなく、涼し気な声で続ける。

 

「先程は失礼を。お怪我はありませんか?」

「いえ、何も……」

「それは何よりでした。ところで、その女罪人はまだ息がお有りで?」

「え、ええ、ええ、ありますが、お陰様で」


 緊張のせいか、役人は支離滅裂な返答をする。

 しかし、罪人の女性がまだ生きていることは確かなようだ、

 すると詩織は目を細めて、よどみなく言う。


「そうですか。そちらは残念です。お手数ですが、改めて吊るしてください。左大臣さまがご所望ですので」

「ですが……」

「無用の問答は嫌いなのですよ、(わたくし)も」

「……ッ、直ちに!」

「いや待て」


 慌てる役人を制したのは、水臥小路だ。


「待ちなさい。その者は新たな証人を得た。異例ではあるが、処分差し戻しで再び取り調べをせよ」

「か、かしこまりました……」


 処刑台の役人は、部下に命じて罪人の女性を台から下ろさせた。

 そして再び処刑が始まる。


「待ってくれ! 俺も無実なんだよ!!」

「俺もだ! まだ死にたくない!」


 諦めていた他の罪人たちは、急に芽生えた生への希望にすがって騒ぎ出す。

 それを無視して、詩織は水臥小路(ちちおや)に礼をした。


「賢明なご決断でした」


 そう言って、大人びた笑みを向ける詩織。

 しかし水臥小路は、険しい表情のまま(きびす)を返して行ってしまった。

 

「あらあら、あれでは英断も形無しというもの。殿方は気位が高すぎていけませんね」


 詩織は楽しそうに目を細めると、しずしずと壱子に近寄る。


「はじめまして。水臥小路惟人の娘、詩織でございます。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」

「いや、こちらこそ。佐田の壱子じゃ。さきほどはどうも、ご助力感謝する」

「私が助けたのは貴方ではありませんわ、壱子さん。全ては私と、私の一族のため。礼を言われるのは筋違いというものです」

「そ、そうじゃろうか……」


 ぴしゃりと言う詩織に面食らったのか、壱子は口をもごもごさせる。

 すると詩織はさらに続ける。


「母や妹がお世話になったと聞いております。ぜひ私も、よろしくお付き合いさせて頂きたいものです。(いおり)の友は、私の友でもありますから」

「はぁ……」

「それと、愚かなる姫君に一つご忠告を」

「なに?」


 予想していなかった侮蔑の言葉に、壱子は表情を一気に硬くする。

 それを見て、詩織は満足気にほころばせ、言った。


「それです。貴方は直情的過ぎますわ。正しさだけで思い通りになるほど、世の中は素直ではありません」

「……ご忠告感謝する」

「分かっていませんね。思っていないことを言え、という話ではありません。己を通したければ相手を転がしなさい。相手に『自分が転がしているのだ』と思わせなさい。それが貴族として生まれた娘が生き残るための、唯一の方法です。そしてなにより大切なのは、手段を選ばないことです」

「それは……従者に矢を放たせるということも含むのか?」

「ふふ、当然です」


 何を分かりきったことを、とばかりに詩織は言うと、視線を外して息をつく。


「さてと、それでは私はこれで。二人とも、帰りましょう」


 詩織は自分の従者に言って、その場から立ち去ろうとする。


「詩織どの、もう帰られるのか? まだ来たばかりじゃが」


 壱子に呼び止められて、詩織は足を止めた。

 振り返った彼女は、不思議そうに首を傾げる。


「ええ、帰りますよ。もうここにいる意味はありませんし」

「意味……?」

「ええ、花が咲くのは一瞬ですもの」


 薄い笑みで詩織は言うと、さっさと踵を返していってしまった。

 去り際、詩織の侍女がぽつり、とつぶやく。


「……(うらや)ましいですね」


 その視線の先には、吊るされゆく罪人たちの姿がある。

 羨ましいとはどういうことか、と平間は思ったが、尋ねる間もなく侍女は姿を消した。


 詩織たちを見送って、壱子は言う。


「行ってしまった」

「忙しいのかな」

「たわけ、そんなはずあるか。貴族の娘ほど暇な人種はおらぬ」

「自分で言う?」

「私だから言う。説得力があるじゃろ? それにしても……」


 壱子はニヤリとした笑みを消して、眉間にしわを寄せる。


「水臥小路詩織……何を考えているのか分からぬ娘じゃな」

「もしかして、詩織さんに言われたことを気にしているのか?」

「まあ、多少は……。しかし、言っていることは理解できた。怒ってはおらぬ」

「その割には、唇が尖っているけど」

「う、うるさい!」


 平間の声に、壱子は顔を真っ赤にして言う。

 よく見ると、壱子の両の目は潤んで、光をよく反射していた。

 詩織に言い負かされて()()()()も出なかったのが、よほど悔しかったらしい。

 思わず平間が同情すると、壱子はそれをいち早く察知したらしい。


「そんな目で私を見るな! これはつまり……そうじゃ、私の弱点がより少なくなるということ! ふ、ふふ、ふふふふふ、私は、私の伸びしろが恐ろしい……!!」

「壱子、感情がとっ散らかってるぞ」

「ああもう、うるさい! こうなってはヤケ食いじゃ! 平間、菓子を持ってこい!」

「はいはい」


 結局、壱子は宴が終わるまで、延々と不機嫌そうに菓子を食べ続けていた。

 後日、それが彼女の身体に付いたことは言うまでもない。


ーー


 後日。

 退屈を持て余した壱子は、依織の屋敷を訪れていた。

 ついでに平間も「どうせヒマじゃろ」とばかりに壱子に連行されていた。


 のどかな秋の陽気だった。


「お姉ちゃんとは、もう長いこと話していないな」

「仲が悪いのか?」

「というより、他人だ。仲が良いとか悪いとか、そもそもそんな話ではないのだ」

「なるほど……」


 依織の答えにうなずく壱子だったが、その表情は釈然としない。 

 壱子はそのまま視線を落とし、黙りこんだ。

 二人の間には、あまり使い込まれていない碁盤が置かれている。

 平間は碁を(たしな)まないので詳しくは分からないが、どうも先程から壱子の黒石がよく取られているように見える。

 ひとしきり考え込んでから、壱子は碁盤の(すみ)に石を置いて言った。


「一口に姉妹と言っても、ずいぶんと違うのじゃな。私の姉はかなり私に干渉してくるから、どちらかというと鬱陶(うっとう)しいくらいなのじゃが」

「壱子にも兄弟がいるのか?」

「五つほど上の姉が一人おる。母は違うが、仲は悪くない。鬱陶しいが」

「そうか。いつか会ってみたいな」

「変な姉じゃぞ」

「変な妹なら目の前にいる」

「どういう意味じゃ」

「まあまあ」


 依織は飄々(ひょうひょう)と答え、無邪気に笑いながら白石を置く。

 すると壱子が、小さく「あっ」と声を上げた。


「ま、待った!」

「待ったは無し。そう言ったのはいちこだ」

「ぐぅ……それはそうじゃが……」

「ごちそうさま」


 芝居がかった動きで手を合わせ、依織は揚々と黒の石を盤面から取り去る。

 その数、十あまり。

 残された盤面はほぼ白一色で、壱子の黒は片隅に小ぢんまりと陣地を構えるのみだ。

 ほとんど勝負がついていることは、平間にもわかった。


「うう、降参じゃ……依織、次は五目並べにせぬか?」

「構わぬぞ」

「クク、かかったな。五目並べなら負けることはない!」

「碁を始める前も、そう言っていたような気がするが」

「き、記憶違いじゃろう。私が先手(※)で良いな?」

「うむ」


(※:五目並べでは、先手が圧倒的に有利とされている。つまり壱子は、節操無く勝ちに行っていると思われる。)


 依織が頷くと、壱子はいそいそと惨敗した盤面を片付ける。

 その表情は、自信に満ち溢れていた。


「ふふ、私を怒らせるとどうなるか、思い知るが良い!」


 そう高らかに啖呵を切った壱子は果たして、十六手目で負けた。


――

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