第6話「墓の土竜と曼珠沙華」
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前回のあらすじ。
ついに始まった見せしめの処刑。
しかし平間はその罪人の中に無実の女性がいることに気付く。
処刑の中止と再捜査を求める平間(とその肩を持つ壱子)だったが、左大臣・水臥小路これ人の強硬な姿勢の前に為す術がない。
万事休すか、と思われたその時、謎の美女が現れる。
彼女こそ依織の姉・詩織を名乗り、妖しく笑うのだった。
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水臥小路家の依織と詩織は、双子である。
そう平間は聞いていたが、目の前に現れた詩織はあまりにも依織に似ていなかった。
全体的に子供じみた雰囲気の依織に対し、詩織はずいぶんと大人びているように感じる。
歳の頃はおそらく二人とも十六、七だろうが、二人の間には五才前後の年齢差があるように思えた。
「二卵性の双子もおる」
平間の思考を読んだのか、壱子が囁いた。
「それに、装いや化粧によって娘が別人になるのは、お主も知っての通りじゃ」
「……なるほど」
素材の良さの暴力のような壱子が言うのもどうなのか、と平間は思ったが、それを口に出すことはしない。
すると水臥小路が口を開いた。
「詩織、自分が何をしたのか分かっているのか」
「何をしたのか、と申されますと?」
「無駄な問答は嫌いだと、いつも言っているだろう」
「では単刀直入にお答えいたしますわ」
苛立つ水臥小路に、詩織は手に持った扇を優雅な仕草で広げてみせる。
「私は貴方様をお救い申し上げたのです」
その言葉を聞いた平間は、思わず耳を疑った。
それは水臥小路も同じだったようで、怪訝そうに眉をひそめて聞き返す。
「救った? 我には刑の執行を邪魔をしたようにしか見えなかったが」
「あら、貴方様はそれに関与していないということだったのでは?」
「……無駄な問答は嫌いだ、ともう一度言わねばならぬか」
「まあ怖い。ですが私にとっては、あの可愛らしい姫君の方がずっと怖いですわ」
そう言って詩織が指し示すのは、壱子である。
当の壱子はきょとんとして、目をぱちくりとさせた。
水臥小路は眉間の皺を更に深くして言う。
「何を言っている?」
「若く美しい娘は、ときに屈強な荒くれ者より敵に回してはいけない存在です。皇宮(※)ではあまり馴染みがない教訓かもしれませんが」
「我を愚弄しているのか」
「そんな恐れ多いこと……ですが貴方様はご存知ないのでしょう。美しい娘は知恵も力もありませんが、何もせずとも人を惹きつけます。暗闇では腕ずくでねじ伏せればよろしい。しかしこのような場では、脅威になります。現に、周囲の者たちはほとんど佐田の姫に同情的な目をしておりました」
「だから、あの罪人を助けたと?」
「出過ぎたことだというのは理解しております。しかし長い目で見れば、その方が水臥小路家の利益になるかと」
(※:帝の住んでいる場所のことだが、ここでは政治の世界のことを言っている。)
詩織は伏目がちにうなずき、うやうやしく礼をする。
見事だ、と平間は思った。
詩織は水臥小路を立てつつ、しかし明確に壱子の肩を持っている。
柔よく剛を制す、とはこのことを言うのかもしれない。
何やら考え込んだ水臥小路が何も言わないのを見て、詩織は再び口を開いた。
「仕方がありません。もし、お役人さま?」
「は、はい?」
急に声をかけてきた詩織に、処刑台の役人が慌てて応じる。
壮年の役人の頬は、よく見ればわずかに紅潮していた。
その反応に平間は首を傾げる。
確かに詩織は美しいが、何か底知れない不気味さを感じていたからだ。
しかし詩織の方は平間を一瞥することもなく、涼し気な声で続ける。
「先程は失礼を。お怪我はありませんか?」
「いえ、何も……」
「それは何よりでした。ところで、その女罪人はまだ息がお有りで?」
「え、ええ、ええ、ありますが、お陰様で」
緊張のせいか、役人は支離滅裂な返答をする。
しかし、罪人の女性がまだ生きていることは確かなようだ、
すると詩織は目を細めて、よどみなく言う。
「そうですか。そちらは残念です。お手数ですが、改めて吊るしてください。左大臣さまがご所望ですので」
「ですが……」
「無用の問答は嫌いなのですよ、私も」
「……ッ、直ちに!」
「いや待て」
慌てる役人を制したのは、水臥小路だ。
「待ちなさい。その者は新たな証人を得た。異例ではあるが、処分差し戻しで再び取り調べをせよ」
「か、かしこまりました……」
処刑台の役人は、部下に命じて罪人の女性を台から下ろさせた。
そして再び処刑が始まる。
「待ってくれ! 俺も無実なんだよ!!」
「俺もだ! まだ死にたくない!」
諦めていた他の罪人たちは、急に芽生えた生への希望にすがって騒ぎ出す。
それを無視して、詩織は水臥小路に礼をした。
「賢明なご決断でした」
そう言って、大人びた笑みを向ける詩織。
しかし水臥小路は、険しい表情のまま踵を返して行ってしまった。
「あらあら、あれでは英断も形無しというもの。殿方は気位が高すぎていけませんね」
詩織は楽しそうに目を細めると、しずしずと壱子に近寄る。
「はじめまして。水臥小路惟人の娘、詩織でございます。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「いや、こちらこそ。佐田の壱子じゃ。さきほどはどうも、ご助力感謝する」
「私が助けたのは貴方ではありませんわ、壱子さん。全ては私と、私の一族のため。礼を言われるのは筋違いというものです」
「そ、そうじゃろうか……」
ぴしゃりと言う詩織に面食らったのか、壱子は口をもごもごさせる。
すると詩織はさらに続ける。
「母や妹がお世話になったと聞いております。ぜひ私も、よろしくお付き合いさせて頂きたいものです。妹の友は、私の友でもありますから」
「はぁ……」
「それと、愚かなる姫君に一つご忠告を」
「なに?」
予想していなかった侮蔑の言葉に、壱子は表情を一気に硬くする。
それを見て、詩織は満足気にほころばせ、言った。
「それです。貴方は直情的過ぎますわ。正しさだけで思い通りになるほど、世の中は素直ではありません」
「……ご忠告感謝する」
「分かっていませんね。思っていないことを言え、という話ではありません。己を通したければ相手を転がしなさい。相手に『自分が転がしているのだ』と思わせなさい。それが貴族として生まれた娘が生き残るための、唯一の方法です。そしてなにより大切なのは、手段を選ばないことです」
「それは……従者に矢を放たせるということも含むのか?」
「ふふ、当然です」
何を分かりきったことを、とばかりに詩織は言うと、視線を外して息をつく。
「さてと、それでは私はこれで。二人とも、帰りましょう」
詩織は自分の従者に言って、その場から立ち去ろうとする。
「詩織どの、もう帰られるのか? まだ来たばかりじゃが」
壱子に呼び止められて、詩織は足を止めた。
振り返った彼女は、不思議そうに首を傾げる。
「ええ、帰りますよ。もうここにいる意味はありませんし」
「意味……?」
「ええ、花が咲くのは一瞬ですもの」
薄い笑みで詩織は言うと、さっさと踵を返していってしまった。
去り際、詩織の侍女がぽつり、とつぶやく。
「……羨ましいですね」
その視線の先には、吊るされゆく罪人たちの姿がある。
羨ましいとはどういうことか、と平間は思ったが、尋ねる間もなく侍女は姿を消した。
詩織たちを見送って、壱子は言う。
「行ってしまった」
「忙しいのかな」
「たわけ、そんなはずあるか。貴族の娘ほど暇な人種はおらぬ」
「自分で言う?」
「私だから言う。説得力があるじゃろ? それにしても……」
壱子はニヤリとした笑みを消して、眉間にしわを寄せる。
「水臥小路詩織……何を考えているのか分からぬ娘じゃな」
「もしかして、詩織さんに言われたことを気にしているのか?」
「まあ、多少は……。しかし、言っていることは理解できた。怒ってはおらぬ」
「その割には、唇が尖っているけど」
「う、うるさい!」
平間の声に、壱子は顔を真っ赤にして言う。
よく見ると、壱子の両の目は潤んで、光をよく反射していた。
詩織に言い負かされてぐうの音も出なかったのが、よほど悔しかったらしい。
思わず平間が同情すると、壱子はそれをいち早く察知したらしい。
「そんな目で私を見るな! これはつまり……そうじゃ、私の弱点がより少なくなるということ! ふ、ふふ、ふふふふふ、私は、私の伸びしろが恐ろしい……!!」
「壱子、感情がとっ散らかってるぞ」
「ああもう、うるさい! こうなってはヤケ食いじゃ! 平間、菓子を持ってこい!」
「はいはい」
結局、壱子は宴が終わるまで、延々と不機嫌そうに菓子を食べ続けていた。
後日、それが彼女の身体に付いたことは言うまでもない。
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後日。
退屈を持て余した壱子は、依織の屋敷を訪れていた。
ついでに平間も「どうせヒマじゃろ」とばかりに壱子に連行されていた。
のどかな秋の陽気だった。
「お姉ちゃんとは、もう長いこと話していないな」
「仲が悪いのか?」
「というより、他人だ。仲が良いとか悪いとか、そもそもそんな話ではないのだ」
「なるほど……」
依織の答えにうなずく壱子だったが、その表情は釈然としない。
壱子はそのまま視線を落とし、黙りこんだ。
二人の間には、あまり使い込まれていない碁盤が置かれている。
平間は碁を嗜まないので詳しくは分からないが、どうも先程から壱子の黒石がよく取られているように見える。
ひとしきり考え込んでから、壱子は碁盤の角に石を置いて言った。
「一口に姉妹と言っても、ずいぶんと違うのじゃな。私の姉はかなり私に干渉してくるから、どちらかというと鬱陶しいくらいなのじゃが」
「壱子にも兄弟がいるのか?」
「五つほど上の姉が一人おる。母は違うが、仲は悪くない。鬱陶しいが」
「そうか。いつか会ってみたいな」
「変な姉じゃぞ」
「変な妹なら目の前にいる」
「どういう意味じゃ」
「まあまあ」
依織は飄々と答え、無邪気に笑いながら白石を置く。
すると壱子が、小さく「あっ」と声を上げた。
「ま、待った!」
「待ったは無し。そう言ったのはいちこだ」
「ぐぅ……それはそうじゃが……」
「ごちそうさま」
芝居がかった動きで手を合わせ、依織は揚々と黒の石を盤面から取り去る。
その数、十あまり。
残された盤面はほぼ白一色で、壱子の黒は片隅に小ぢんまりと陣地を構えるのみだ。
ほとんど勝負がついていることは、平間にもわかった。
「うう、降参じゃ……依織、次は五目並べにせぬか?」
「構わぬぞ」
「クク、かかったな。五目並べなら負けることはない!」
「碁を始める前も、そう言っていたような気がするが」
「き、記憶違いじゃろう。私が先手(※)で良いな?」
「うむ」
(※:五目並べでは、先手が圧倒的に有利とされている。つまり壱子は、節操無く勝ちに行っていると思われる。)
依織が頷くと、壱子はいそいそと惨敗した盤面を片付ける。
その表情は、自信に満ち溢れていた。
「ふふ、私を怒らせるとどうなるか、思い知るが良い!」
そう高らかに啖呵を切った壱子は果たして、十六手目で負けた。
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