第5話「波乱の嚆矢と金木犀」
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「よし、次」
壇上の役人が言うと、吊るされた罪人たちは縄から降ろされ、処刑台の下に設けられた幕屋の奥に引きずられていった。
間をおかず、次の五人の罪人が連れてこられ、首に縄をかけられる。
「平間、お主は何人捕らえたと言っていた?」
「百人くらい」
「……そうか」
壱子は短く答える。
その手がいつもよりも白く、震えていることに平間は気付いた。
平間はどうすることも出来ず、せめて終わりだけでも見ようと自分の作戦で捕らえた野盗たちに目をやる。
野盗には大人の男だけではなく、女や平間よりも若い者もいた。
しかし、処刑は驚くほど淡々と進められていく。
ふと、平間は水臥小路に目をやった。
その表情は実に楽しげで、平間の頬を引きつらせるには十分なほど不気味だった。
紬の話では、この男は壱子を側室に迎え入れようとしているということだったが……もしそれが本当であれば、きっと壱子にとっては良い未来にはならない。
そして驚くべきことに、宴に参加している貴族の中で、壱子のような反応をする者は少数派だった。
多くは水臥小路のように、この処刑を楽しんでいる。
唯一の救いは、依織が気まずそうに目を背け、菓子を呑み込まずにいつまでも噛み続けていたことだ。
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何度罪人が吊るされただろう。
処刑台の奥に設けられた幕間には、既に七、八十あまりの死体が運び込まれているはずだ。
動かなくなった五人を下ろす光景もすっかり見慣れてしまい、周囲の貴族たちも関心を示さなくなってきた、その時だった。
「あれは……!」
平間が思わず声を上げたのは、ある罪人に目を取られたからだ。
その罪人は女であり、そして正確には“罪人では無かった”のである。
「あの人は違う! 殺しては駄目だ!」
平間が叫ぶと、刑の執行に興味を失いかけていた人々の目が、一斉に平間に集まる。
その中には壱子も、依織も、そして水臥小路も含まれていた。
「平間、何が違うと言うのじゃ?」
しばしの沈黙を挟んで、壱子がおずおずと尋ねる。
平間は周囲の注目を集めてしまったことに焦っていたが、なるべく冷静に言葉を選んでいく。
「いま処刑台の上にいる、右から二番目の女の人は、野盗じゃない。無実だ」
「……どういう事じゃ?」
「僕があの野盗の一団を捕らえた時、彼らは宴会をしていた。それは野盗の若頭の婚姻だったんだけど、その花嫁が彼女だ」
野盗に聞かされた胸糞悪い話のせいで、平間はその女の顔をはっきりと覚えていた。
見紛うはずは無い。
すると、今度は水臥小路が口を開く。
「何か意見でもあるのか?」
「はい、あの人を処刑してはいけません」
「ふむ……ところでお前、何者だ?」
「佐田壱子さまの従者で、平間と申します」
「従者! 従者とは……ククク、ハハ……」
水臥小路はおかしくて仕方ない、とばかりに目を細めて笑い始める。
つられて、周囲の貴族たちも笑い始めた。
困惑する平間に、水臥小路は侮蔑と怒りを込めた視線を向ける。
「クク、従者風情が私に意見するとは、時代は変わったものですね。見た目だけ取り繕っても、生まれが貧しければ卑しい人間にしかなれません……身の程をわきまえなさい」
その声色からは、水臥小路の殺意すら感じられるようだった。
平間は萎縮して、みぞおちのあたりが重くなる。
すると水臥小路は再び笑みを作りなおして言う。
「ところで、従者がなぜ野盗の事情を知っているのですか? もしや下人、お前が奴らの仲間だったりしないでしょうね」
「違います。僕は以前、近衛府にいました。ご存知ないとは思いますが……。それで野盗の捕縛の際、一味からその話を聞いたのです」
「ふむ。しかし下人よ、野盗の妻は野盗の一味、罪人であることは変わりないのでは?」
「それは違います。あの女の人は行商人の娘で、野盗に父親を殺されて、無理やり花嫁にされました」
平間の言葉に、水臥小路はぎょろりと丸い目をさらに丸くする。
「なるほど、そうか」
「はい、ですので――」
「しかし罪人は罪人だ。続けなさい」
そう言って、水臥小路は処刑台の上の役人に目配せする。
役人もうなずき、部下の男たちに合図して罪人の首に縄をかけさせた。
平間は慌てて抗議する。
「ちょっと待ってください、もう一度調べれば!」
「言葉の使い方に気を付けなさい、下人」
「……っ」
「無知な下人に教えてあげましょう。人を殺した者は死罪。盗みを犯しても死罪。徒党を組んで罪を犯さば皆同罪とする。これが法です。そして、法は守られなければなりません。これは既に決まったこと。諦めなさい」
「……」
平間が黙り込んだのを見て、水臥小路は満足気に頷いた。
そして再び処刑台に合図をし、刑を続けさせようとする。
しかし。
「決まったこと? 決めたことの間違いじゃろう」
歌うような、しかし刺々しい声が周囲に響く。
同時に、慌ただしくなっていた処刑台の動きが再び止まる。
「いま何とおっしゃいました? 佐田の姫君」
水臥小路は声の主――壱子に目を向ける。
よく肉のついた水臥小路の顔には相変わらず笑みがたたえられていたが、細められた目には明確な苛立ちの色が見える。
その理由は、自分の用意した余興を邪魔されたことにあるのか、あるいは自分よりずっと年少の娘に挑戦的な言葉を投げかけられたせいか。
しかしそれでも、壱子は怖気づくことなく水臥小路を見据えて言った。
「『もう決まったこと』と言うのは可笑しな話だと思われぬか? どちらかと言えば、左大臣殿は『決める側』の人間じゃろうに」
「お門違いですよ姫君。確かに我は近衛府の大将も務めておりますが、罪人の刑を決めるのは刑部省です」
「取り調べをするのは罪人を捕らえた側(※)の近衛府じゃ。であれば、左大臣殿はまぎれもなく決める側だということになる」
「ですが姫君、我がすべての罪人を裁いているわけではありません。国を治めるには法の順守が何よりも重要。決まったことには……従わなければ」
「なるほど」
(※:近衛府は左近衛府と右近衛府があり、両者は基本的に仲が悪い。今回取り調べをしたのは左近衛府。)
水臥小路の言葉に、壱子は小さく息をついてうなずく。
それを見た水臥小路は、満足げに微笑んだ。
「理解したのなら、続けても?」
「いや、やはり可笑しい。そもそも取り調べは適切に行われたのじゃろうか? 十把一絡げに全員死罪としたのでは無いか」
「姫君、それはあまりに――」
「確かに法は大切じゃ。しかしその使い方を誤れば、民心を遠ざける。周囲をご覧あれ、左大臣殿」
「何?」
壱子に言われ、水臥小路が顔を上げる。
平間もつられて見れば、宴に参加していた人々の視線がこちらに集まっていた。
彼らに共通していたのは、誰もが困惑していたことだ。
「疑念の目じゃ。法は正しくあるから価値があるのであり、そうでなくては害悪でしかない。満足に調べもしないまま、捕らえた者は全て死罪としていたのであれば、怠慢じゃ。吊るされていない罪人はまだおる。裏を取るのはそう難しいことでは無いじゃろう。そうと決まれば――」
「黙れ!!」
突然苛立ちを爆発させた水臥小路に、壱子は目を丸くする。
すると、水臥小路はハッとして、先ほどまでの笑みを作り直した。
「ああ……失礼。ともかく、刑は続けます」
「しかし――」
「決めたことだ」
「待て、もう一度調べてから……!!」
「くどいぞ! 娘が政に口を出すな!!」
暴論だが、正論だった。
皇国において政治を行うのはすべて男性であり、女性が介在することは無いと言って良い。
例外として、帝の后が影響力を持った時期もあった。
しかし、やはりあくまで例外であって、「女は政治に口出しすべきでない」というのは、皇国の一般常識だと言えるのだ。
とはいえ、時に「正論」と「正解」が異なることも、また事実だ。
年端も行かぬ壱子を叱りつけることで、水臥小路に対する周囲の視線は確実に厳しいものになっていた。
それに気付かず、水臥小路は処刑台の役人に何度目かの合図を送り、刑の執行を続けさせる。
台上の役人たちが待っていましたとばかりに罪人たちを小さな足台の上に立たせ、首に縄をかけていく。
例の花嫁の女性は一切抵抗せず、自分の死が眼前に近づいていてもされるがままだ。
完全に絶望してしまっているのか、その目には生気が感じられない。
壱子は固く拳を握り、何も言わずにただ見つめている。
「度の過ぎた利口さは身を滅ぼしますよ、姫君」
水臥小路はそう言い捨てて、ニヤリと笑った。
平間は腸が煮えくり返るような心地がしたが、こうなってしまっては何も手出しをすることが出来ない。
むしろ下手に暴れでもすれば、今度は確実に壱子にとって好ましくない事態になるだろう。
処刑台に立つ五人の罪人全員の首に縄が巻かれる。
そして、足台が次々に蹴り倒された。
宙吊りになる五人。
平間は思わず目を背けるが、その頬を何かが掠めた。
それが解き放たれた矢であることに気付くのと、矢が囚人の首にかけられた縄を切るのが同時だった。
「何事だ!!」
にわかに宴の場が色めき立つ。
平間は縄を切られた罪人が、例の花嫁であることに気づいた。
壱子も何が起きたのか分からないようで、戸惑いつつも興奮気味に周囲を見回している。
この宴では武器の所持は特に禁じられていないが、貴族ばかりのこの場で使用するのは以ての外だ。
多くはその場で処断されるか、良くても害意ありとして処罰は免れない。
にもかかわらず矢を放ったとなれば、それだけで異常事態だ。
すると静かな、せせらぎのような声が響いた。
「申し訳ありません、私の従者が弓矢で遊んでいたみたいで……お叱りは後でたっぷりお受けいたしますわ」
周囲の視線が、一斉に声の主に集まる。
彼女の装いは貴族の娘のそれである。
ただ着物の刺繍は最低限で、髪飾りも慎ましいものだけだった。
陽の光をきらきらと反射する髪は結われることなく、まっすぐに下ろされていた。
しかし乏しい装いとは裏腹に、「みすぼらしい」という印象を彼女に抱くものは少ないだろう。
その理由はおそらく、もとの顔だちが整っているせいだ。
両脇には侍女らしき娘と、従者の少年が控えている。
娘の歳の頃は十八か十九かと言ったところで、少年は十三歳くらいだろう。
そして少年の手には、しっかりと弓が握られていた。
貴族の娘は壱子の方へ歩み寄ってくる。
平間には初めて見る顔だが、壱子と知り合いだろうか。
そう訝しんだ時、ふと、平間は彼女の目元にどこか既視感を覚える。
「お姉ちゃん……久しぶりに見た」
そう漏らしたのは、頬に食べかすをつけて目をぱちくりさせる依織だった。
それを聞いて、平間も先ほどの既視感の正体に気付く。
現れた貴族の娘の目は、依織のそれとそっくりだったのだ。
「遅くなりました。道中で見かけた見事な金木犀に見とれてしまいました」
彼女が立ち止まったのは壱子の前……ではなく、水臥小路の前だった。
「貴方様の娘、水臥小路詩織、遅ればせながら参上いたしました」
詩織はそう言ってうやうやしく頭を垂れ、薄く妖艶な笑みを浮かべてみせた。
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