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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第3話「歳の差婚と悪だくみ」

――


前回のあらすじ 。

 壱子はしぶしぶ宴にやって来たが、知らない人ばかりで泣きそうになる。

 そこに現れたのは、かつての事件で知り合った姫・依織だった。

 壱子は持ち前のツンデレっぷりをいかんなく発揮するが、良い意味で大雑把な依織とは妙に打ち解けた。

 平間は壱子と依織のガールズトークに水を差すまいと、周囲の散策を始める。

 その時、どこからともなく胡散臭い情報屋が現れたのだった。


――


 紬は口角を上げて、平間の横に並んで立つ。

 今日の紬の装いは濃い赤と黒を基調にしていて、いつも以上に大人びた雰囲気を醸し出している。

 一般的に衣服は高級品だが、どうも紬は上等なものをいくつも揃えているように見える。

 そんな金がどこから出てくるのか、平間には疑問だった。

 もしかしたら、彼女が自称する「情報屋」の稼ぎを充てているのかも知れない。

 あるいは、以前のように壱子と“交渉”をして、佐田氏の蔵にある着物を借りている可能性も考えられた。


 しかし、今はそんなことは気にしなくていいだろう。


「紬、一体どうやって入ったんだ?」

「近衛府の人たちが警備に駆り出されているんですよ。だから顔見知りのアタシもすんなり通してくれました」

「つまり、ザルじゃないか」

「あら、アタシは良い人間です。だから入っても問題ありません」

「良い人間は自分を良い人間とは言わないんだよ」

「これは手厳しい。あながち間違いではないですね。ところで、壱子さまはどちらに?」

「どうして壱子に用があるんだ」

「壱子さまの近くにいれば、きっとご馳走もたくさん運ばれてくるでしょう? 京作様もご馳走(それ)目当てで来たのでは?」

「違う。壱子のお守りだよ」

「だったら、どうして一人で突っ立っているんですか? もしかして、喧嘩でもしました?」

「するか」

「でしょうね。この前もあんなに仲良くしていましたし。京作さまも大胆なところがあるんですね。まさか大貴族の姫君を自宅に連れ込んだ挙句、押し倒すなんて」

「誤解だ! あれは偶然あの体勢になったところに、紬がやってきて――」

「どうでしょう? でもその様子だと、一線を越えてはいないみたいですね」

「当たり前だろう。そもそも、僕にはそんな気はない」

「ふーん、そうですか。まあ、そういう事にしておいてあげましょう」


 ずいぶんと(かん)(さわ)る言い方だ、と平間は眉をひそめる。

 しかし当の紬はというと、楽しげに周囲を眺めていた。


「見てください京作さま、御三家の姫君があそこに集まっていますよ。女の園って感じがしますね」

「御三家?」

弥勒間(みろくま)室朽(むろくち)笹谷歌(ささやうた)の御三家ですってば。それぞれ皇国の南部、西部、東部を鎮守する武門の名家で、左右近衛府(さうこのえふ)の中将・少将もこの御三家出身者で占められています。ただ、実権は大将を務める水臥小路(すがのこうじ)家が握っています。最近まではただの名誉職だったんですけど……左大臣様の剛腕っぷりで、無理やり御三家を従えたらしいですよ」

「へえ、知らなかった」

「あのですね、一応でも壱子さまに仕えるのならば、貴族の力関係くらいは把握しておいた方が良いですよ」

「そういうものか?」

「当たり前じゃないですか! 壱子さまはよく冗談で『お主(平間)を近衛府の大将にしてしまおう』なんて言ってますけど、そんな横車を押せば御三家の反発は必至、最悪の場合暗殺されます」


 不穏なことをさらりと言う紬に、平間はぎょっとする。

 しかしすぐに思い直して、軽い口調を意識して口を開く。


「そうかもしれないね。でもまあ、そんな事態には万が一にもならないさ」

「甘いですよ。壱子さまはその横車を“押すことが出来てしまう”人種です。そしておそらく、その意味を彼女は分かっていません」

「……どういう意味だ?」

「依織さまの事件を即日解決した壱子さまの手腕は、既に貴族の間でも話題になっています。もともと壱子さまは、この国の最高機密である医事方(いじかた)(※)の知識をほとんど暗記しているという噂がありました。もちろん、そんな与太話は誰も信じていません。佐田氏は基本的に医事方とはかかわりの無い一族ですし、医事方の膨大な資料を暗記することなんて不可能ですから」


(※:医学・薬学・毒物学などについての研究、および情報の保管を行っている皇国の機関。)


 すらすらと言葉を並べていく紬は、さすがに情報屋を自負するだけある饒舌(じょうぜつ)さだ。

 しかし平間は、壱子についてのその噂が真実であることを、壱子本人の口から聞いたことがあった。

 そしてその時の口調が、まるで「大したことじゃない」とでも言うような気軽なものだったことを思い出し、背筋がにわかに寒くなる。

 確かに壱子は、自分のことを客観的に見る能力が決定的に欠如していた。


 紬は続ける。


「しかし、依織さまの事件を解決したことで、その噂の一部、あるいは全てが真実なのではないかという声が上がっています。アタシはそんな噂を信じていませんが……」

「ということは、壱子が事件を解決したのは偶然だったと?」

「もちろん。おそらくですが、壱子さま自身も貴種病(アレルギー)を患っていたのでしょう。それで簡単に謎を解くことが出来た。違いますか?」

「……さあね、壱子に聞いてくれ」


 平間がうそぶくと、紬は怪訝な顔をする。


「匂いますね……もしかして京作さま、何かアタシに隠し事してます?」

「しているかも知れないし、していないかも知れない。それを探るのが情報屋だろ」

「なるほど、自分が嘘をつけないのを見越してのはぐらかし方ですね。では話を変えましょう」

「何だ、皇都のはずれに美味い食事処でも出来たのか」

「その話でも良いですが、もっと楽しい話を」

「というと?」

「『なぜ左大臣・水臥小路惟人が、この宴を催したのか』についてです。京作さまも興味があるでしょう?」


 そう言った瞬間、紬の瞳にギラついた光が宿る。

 平間はやや気圧(けお)されつつも、黙って頷いた。


「京作さまはもう見ましたか? 宴の中心に、これ見よがしに置かれた処刑台を」

「ああ」

「なら話が早い。あれを置いたのはもちろん主催の水臥小路惟人です。そして、処刑台の用途は二つしかありません」

「二つ?」

「はい。一つ目は勿論、刑を執行すること。もう一つは、自らの権力を誇示すること、すなわち示威(しい)です。刑を見た人間に『自分はあんな目に遭いたくないな』と思わせ、従順にする。むしろこちらの方が大きい目的だと言っても良いかも知れません」

「なるほど、確かに」


 処刑台がそのような役割を持つことは、平間もぼんやりとだが気付いていた。

 しかし、ふと違和感を覚える。


「紬、一つ気になったことがあるんだけど」

「なんです?」

「僕の知る限り、処刑は庶民に対してだけ公開されていた。それが、今回は貴族しかいないのは何故だ?」

「良いことに気付きましたね。ですが結論から言えば、知りません。おそらく水臥小路惟人(すがのこうじこれひと)の指示であることは確かですが、それ以上のことは不明です。見せしめを使って貴族社会全体に睨みを利かせたいのかも知れませんし、刑部省(ぎょうぶしょう)(※)を牛耳っているのは自分だと誇示したいのかも知れません。あるいは単に、人が死ぬ姿を見るのが好きなのかも。貴族には変わった趣向の方も多いですからね」


(※:その名の通り、罪人の刑を決定・執行する皇国の機関。)


 そう言って、紬は意味深にニヤリと笑う。

 彼女が何を意図しているのかは平間には分らないが……おそらく色々とあるのだろう。

 平間が反応に困っていると、紬が芝居がかった動きで指を一つ立ててみせる。


「しかし素晴らしい着眼点ですね。ご褒美に、アタシの入手した情報を一つご提供しましょう」

「不本意だけど、何?」

「今回の宴ですが、本当の目的は何だと思います? もちろん、貴族同士で親交をはかるという、使い古された建前ではありません。水臥小路家の権威を示す目的もあるでしょうが、おそらくそれも二の次でしょう」

「目的……?」


 試すような視線を送る紬に、平間の脳裏に嫌な予感がよぎる。

 それも、猛烈に嫌な予感だ。


「……まさか」

「京作さま、今日はカンが良いですねぇ。そのまさかです。この情報の出所は申し上げられませんけど、確度はかなり高い」

「だけど、どうして――」

「見れば分かるでしょう。そばにいれば分かるでしょう。あの小柄な少女の価値に」


 嫌な予感は当たる。

 平間の経験則だが、今回もその例に漏れないらしい。

 紬は(あわ)れむような表情で、平間を見つめる。


「水臥小路の目的は、壱子さまです。貴族の婚姻には年齢差も愛情も、ましてや花嫁の意思も関係ありません。今日はその布石、いまごろ素知らぬ顔をして挨拶でもしているんじゃないですか」


 平間の胸中で、不快の雲が渦を巻く。

 見知らぬ中年の、しかも側室を何人も抱えた男が、壱子の横に立つ。

 考えただけで吐き気がするほど、不快な絵だった。


「……信じられない」

「あらそうですか。では逆に聞きますけど、壱子さまほどの器量の持ち主が皇都の殿方に目を付けられていないとでも思っていたんですか? 家柄もよく、見目(みめ)(うるわ)しく、しかも噂では、禁忌とされる医事方の知識までその頭に入っている。となれば、壱子さまの価値は計り知れません」

「それは……」

「だから貴方は甘いのです。待っていても欲しいものは得られません。持たざる者は勝ち取るしかない。それこそ、どんな手を使ってでも」


 紬のその言葉には、えも言われぬ強い意志が感じられた。

 そのことに、平間は彼女が味方だと直感する。


「紬、急用を思い出した」

「ではその前に一言」

「何だ」

「勝ち目があるとするのなら、婚姻までは多少時間がかかるということです。壱子さまの価値には当然、父親である玄風さまも気付いています。一代で大貴族に上り詰めた彼が、易々と手元の宝石を手放すはずはありません。さらに言えば、壱子さまは“横車を押すことが出来る”人間です」

「……つまり?」

「無茶なことはするな、ということです。分かりやすいでしょう?」


 冗談っぽく言って、紬は柔らかく微笑む。

 その笑顔のおかげか、平間は幾分か気持ちが軽くなったように感じた。


「なるほど、すごく分かりやすい」

「何か考えがあるのですか?」

「無い。今から考える」

「そうですか。ご健闘を」

「ありがとう。教えてくれて本当に助かった」

「いえいえ、この恩は出世払いでお願いしますね」


 平間は苦笑し、足早に壱子のいる方へ戻っていく。

 何をすればいいのかはわからなかったが、するべきことは(いく)らでもあるはずだ。


――


 平間の姿を笑顔で見送ると、紬は小さく息をつき、一人つぶやいた。


「さて、と。相変わらずちょろくて分かりやすいなぁ……嫌いではないんだけど、パッとしないと言うか」


 その表情は先ほどの笑顔とはうって変わって、ゾッとするほど感情に乏しい。


「まあ、アタシはすべきことをするだけ。あと少し……あと少しだから」


 紬はそのまま宴の会場を後にし、何処(どこ)かへと姿を消した。


――

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