表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
113/125

   最終回   

 昼過ぎに降り始めた霙は、夜になると雪に変わった。

吹きすさぶ風は身を切るほど冷たいはずだったが、ふかふかの外套と帽子のおかげで、寒さに震えることはない。

ラーニャはマドイに続いて、王城で一番眺めのいい塔の屋上に足を踏み出した。

塔から見える聖夜の王都には、無数のキャンドルによる明りが灯っている。

橙色の灯火は暖かで、ラーニャをますます幸せな気分にさせてくれた。


 ラーニャはマフラーに顔をうずめながら、隣に並んでいるマドイに言う。


「なんだか、今年は一年あっという間だったな」

「そうですね。今年は色々なことがありましたから」


 去年に引き続き、今年は本当に様々な出来事があった。

英雄グスタフを倒したり。

小麦騒動があったり。

どれも思い出深かったが、一番の事件はやはりマドイからの求婚だろう。

まさかあのマドイと、このマドイと結婚することになるなんて、今年の始まりには予想もつかなかったことだ。


「まさかお前と結婚することになるとはな~」


 求婚されて驚くあまり、彼に背負い投げを食らわせたこともあったが、今となってはいい思い出だ。

考えをまとめるために住んだ貧民街も今ではすっかり取り壊され、元の住民は全員仮設住宅に移っている。

そこでは職業訓練や就職斡旋も行っているとのことだし、今は貧しいマオ族も段々と豊かになっていくことだろう。

マオ族狩りは全員捕まったし、刺されたマドイの傷も治ったし、万々歳である。


 ラーニャが夜景を見ながら思い出に浸っていると、マドイが小さく呟いた。


「いよいよですね」

「何が?」

「貴女の花嫁修業ですよ。新年になったらすぐ始まるんでしょう?」


(……そうだった)


 すっかり忘れていたが、ラーニャは年明けにマドイと仮婚約し、花嫁修業に専念する身となる。

精霊の守護と公爵家の後見があるとはいえ、ラーニャは紛れもない庶民の出だ。

王族に嫁ぐには、相応の礼儀作法と教養を身に付けなければならない。


「本当に大丈夫ですか?」


 マドイは彼女の花嫁修業を、ことさら心配しているようだった。

顔をのぞきこんでくる彼に、ラーニャは明るく笑って胸を叩く。


「大丈夫だよ! どんなに厳しかろうが、あの工場に比べたらマシなもんよ」

「そうですかねぇ」

「そんなに信用できねーのか? オレを何だと思ってんだよ」

「そういうわけではないんですけど……。ご家族も心配されているでしょう?」


 「ご家族」という単語に、ラーニャはうっと詰まった。


「どうかしたんですか?」

「……スマン。お前のこと家族に何も言ってねーわ」


 マドイは彼女の台詞を聞いて、しばらく硬直していた。

しかしやがて、涙目になりながら詰め寄って来る。


「それはつまり、(わたくし)はご家族に紹介するに値しない人間だということですか!?」

「ち、ちげーよ。手紙にお前のこと書いても信じてもらえないから」


 今まで男っ気の無い娘がいきなり、「王子様と結婚するの」なんて書いてよこしたら、頭の中身を心配されてしまう。

だから母親には「結婚を考えている人が出来た」と伝えておいた。


「そのうち、家族をこっちに招待して紹介するよ。まだ仮婚約もしてないしな」


 ラーニャの説明に、マドイは安心したようだった。

そう、あくまでもマドイとラーニャは、これから仮婚約する身である。

仮婚約をし、約一年の花嫁修業を経た後、正式な婚約者同士となるが、それまではロクに会うことも出来ない。

庶民出のラーニャには覚えることがたくさんありすぎるからだ。


(なかなか会えなくなるんだよな……)


 ラーニャは町並みを見つめるマドイの横顔を眺めた。

どの角度から見ても美形なのが、何となく腹が立つ。


「おい、マドイ。こっち向けよ。んで、少ししゃがめ」

「どうしたんですか?」

「いいから。初心に帰るんだよ!」


 マドイは戸惑っていたが、結局は愛しい彼女の言うとおりにした。

相手が腰をかがめたのを確認すると、ラーニャはにやりと笑って、思い切り彼の顔に頭突きをする。


「――!」


 いきなりされて驚いたマドイは、思わず後ろに尻餅を付いた。

顔を真っ赤にしながら目を見開いている彼の顔が滑稽で、ラーニャは大声を上げて笑う。


「ラーニャ! 今貴女……」

「何だよ。文句あるのか?」

「だって、今ブチュって――。これって頭突きじゃなくてせっぷ……」

「ちげーよ。当たり所が悪かったんだよ!」


 ラーニャは尻餅を付いたままのマドイの頭を軽くはたいた。

彼にくるりと背を向けて、赤くなった顔を隠す。


「バッチリ修行して来てやるから、覚悟しろよ?」


 ラーニャはマドイに聞こえるか聞こえないかという声で、そう宣言したのだった。


これにて「激烈出稼ぎ娘」の本編は全て終了になります。

今までこの作品を読んでくださった方、ほんとうに有難うございました!

7月下旬辺りに番外編をUPする予定なので、もしよろしければご覧になってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NEWVEL

よろしければ投票お願いします(月1)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ