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九十二個目

 さて、とりあえず席をとろうかな。

 そう思い店へ入ろうとした俺に、裏路地から出てきた人が声をかけてきた。

 本当に美少年を追いかけていた人がいたのか? はっはっは、まさかね。

 さてさて、声をかけてきたのは……。執事服を着た、生え際の後退したお爺さんか。なんともそれっぽい感じがする。


「失礼、今ここを子供が通りませんでしたかな?」


 子供……。恐らくは、先ほどの美少年のことだろう。

 素直に答えてしまっていいのか悩ましい。さっきの少年が本当に王族だとは、俺も思っていない。

 だが、彼がなにかに追われていたのだとしたら、教えたらまずいことになるかもしれない。

 しかし、ただ親から逃げていたなどの理由だとしたら、教えたほうがいいだろう。

 さて、困ったな……。


「どうかなさいましたの? そちらの方はどなたですの?」

「ハーデトリ様? お久しぶりでございます」

「あら、あなたは……どうかなさいましたの?」


 さらっと現れたハーデトリさんたちに、俺はビクッとしてしまった。

 しかもこのお爺さんは、知り合いのようだ。

 ハーデトリさんの知り合いなら、悪い人ではないのだろう。少しだけ安心した。


「いえ、そちらの男性に子供が通ったかを少しご質問させて頂いておりました」

「子供ですの? 子供なんて、そこら中にいくらでもいますし……。どのような子供かしら?」

「いえいえ、こちらで探しますので大丈夫です。では私はこれで失礼いたします」


 そう言い残し、足早に老人は立ち去って行った。

 結局、俺なにも答えていないんですが……。まぁ、いいのかな?


「ハーデトリさんのお知り合いの方ですか?」

「えぇ、ちょっとした知己なのですが……。申し訳ありません、詳しいことは述べられませんわ」

「いえ、構いませんよ。それよりも早かったですね」

「ボスたちが待ってるから、オレたちすぐに出てきたよ!」

「楽しかったわぁ。昼食をとりながら、どれにするか悩まないとねぇ!」

「うんうん、ボスたちをあんまり待たせるのもあれだからね」

「えぇ。私たち、急いで引き上げましたのよ!」


 なんだろう。凄く言いたい。

 店の中で二時間待ちました!って、凄く言ってやりたい。

 でも言えない……なんだこの、なんとも言えない気持ち。悔しいけどしょうがない。

 俺は、ぐっと言葉を呑み込み、笑顔でこう応えるしかなかった。


「そうですか。気を遣って頂いて申し訳ないです。お腹も減りましたし、食事にしましょうか」


 自分のへたれっぷりに、ちょっとだけ嫌気が差したけどね。



 魚料理という物を、俺は理解していなかったと言えよう。

 日本人である俺にとって、魚料理といえば刺身であったり、焼いてあったり、煮てあるものだ。

 しかし、この店では違った……。

 魚のタルトとかいう摩訶不思議な食べ物が出てきたのだ。

 ちなみにタルトとパイの違いすら、俺には分からない。魚のタルトなどと言われても、全く理解ができなくてもしょうがないだろう。

 まぁ正直なところ、まずくはなかった。まずくはなかったのだが……こう、後味に残る生臭さがすごかった。

 下ごしらえが悪かったのではないだろうか? 俺の知識では、その程度のことしか分からない。

 ただハーデトリさんが言うには、これが今の王都で流行っているらしいということ。

 だが流行っていても流行っていなくても、俺には相容れない食べ物だ。タルトやパイは甘い食べ物という先入観がいけなかったのだろうか……。

 いやでも、ミートパイとかはしょっぱいけどおいしいよね?

 うーむ、貴重な体験をしたとしか言えない昼食だったよ。



 昼食の最中に交渉が成功した俺たち三人は、武器屋へと向かった。

 もちろん三人というのは、俺とヴァーマさんとキューンだ。キューンは俺にへばりついているため、他に選択肢が無かったともいえるけどね。

 武器屋は少し離れたところにあるらしく、道行く人に尋ねながら進んでいたのはいいのだが……。


 こう、ね? さっきから見ないようにはしているけど、後ろから俺たちを追っている黒いマントが目に入る。

 右に左に、人影や物影に。まるでストーカーのようだ。

 明らかにさっきの美少年だとは思うのだが、一体どうしたものか……。

 声をかけてみようとも思ったのだが、振り向くとすぐに逃げられてしまう。これではどうにもならない。

 少しだけ顔を出してこちらを窺っている様子が、妙に小動物っぽい動きで可愛いのだが、いかんせんどうしたものか。


「どうするんだ? 捕まえるか?」

「捕まえるって、そんな物騒ですよ」

「でもちらちら視界に入るのは、なんか気にならないか?」


 気になる。凄く気になる。

 目的云々よりも、たまに視界へ入ることが気になってしょうがない。

 でも声をかけようとすると逃げるということは、声をかけられたくないのだと思う。本当に困った。

 ……そうだ、武器屋に入ってしまえばいい。

 それでも付いてくれば用事があるのだろうし、付いてこなければ大した用事ではないのだろう。

 うんうん、これはいい考えだ。


「武器屋に入ってしまいましょう。用事があるのなら、きっと店の中まで追ってくるはずです」

「入ってきたら捕まえていいのか?」

「いや、普通に話を聞くくらいにしましょうよ……」


 なぜか捕まえる気満々なヴァーマさんだったが、とりあえず武器屋へ入ることにした。

 俺たちは武器を見に来たのか、少年を釣り出そうとしているのかは分からないが、まぁいいだろう。

 それにしても武器屋っていうのは、アキの町でも王都でも凄いものだ。

 剣や槍、斧、槌、弓など様々な武器が飾られている。

 武器ってなぜこんなに心躍るのだろう。見ているだけで楽しい……。使いたくはないが、少し飾っておきたい。

 ヴァーマさんも早速武器を手に取り、店員に声をかけている。


「これはなにで出来てるんだ? 軽いな。耐久性は?」


 ヴァーマさんは王都に来てからで、一番嬉しそうな顔をしている気がした。

 もっと早く武器屋に来れば良かったかな。


「キューン。キューン(いやいやボス。目的を忘れてるッスよ)」

「これでいいんだよキューン。自然な態度でいないと、怪しまれるだろ?」

「キューン、キュン……(怪しいのは僕らじゃなくて、あっちッスよ……)」


 ……確かに言われてみればその通りだ。

 怪しいのは相手であり、こっちまで怪しい行動をする必要はない。

 特殊作戦みたいなノリになっており、つい変な行動をとっていた。

 堂々と迎え撃てばいいんだ、堂々と!



 そう思っていたのだが、結局少年が店へ入って来ることはなかった。

 俺たちは普通に武器や防具を見て、店を出ることになったのである。あんなに身構えて待っていたのに、一体なんだったのだろうか。

 店の周囲を見渡しても、目立つ黒いマントは影も形もなかった。家に帰ったのかな?


「いないみたいだな。一体なんだったんだ?」

「うーん……お礼を言いたかったけど、照れ屋で声をかけれなかった。とかじゃないですかね?」

「まぁ、そんなとこか。そろそろあっちも買い物が終わってるだろうし、合流しようぜ」


 空も茜色に染まっているし、いくらなんでも向こうの買い物も終わっているだろう。

 少年のことは若干心残りではあるが、いたしかたない。


「キュンキューン?(そういえば夕飯はどうするッス?)」

「女性陣の買い物から逃げることばっかり考えていたから、決めてなかったな。まぁそれも合流してから決めようぜ」

「そうしましょう。ハーデトリさんがなにか予約をとっているかもしれませんからね」

「肩が凝る店はもう懲り懲りだけどな」


 腕を回して、大袈裟な動きを見せるヴァーマさんに頷き、俺たちはそのまま談笑しつつ服屋へと戻った。

 うん、戻ったよ? 特に何事もなく戻ってきたんだ。

 なのに、服屋の前にはでかい馬車が止まっている。そして馬車の前では両腕を組んで、疲れた様子のハーデトリさんが見えるんだ。どういうこと?

 ハーデトリさんは俺たちを見つけると、笑顔を向けてくれた。だが、顔には疲れが見える。

 長時間の買い物で疲れたのかもしれないね。


「来ましたわね! 馬車は回しておきましたわ! 夕飯を食べに参りましょう!」

「……もしかして、お待たせしてしまいました?」

「全然そんなことはありませんわ!」


 いや、これ明らかに待ちくたびれたとかそういう感じだろう。

 ……でもまぁ俺たちも待たされたし、お互い様ってところかな?


 店の前に止まっている馬車へ、俺たちはなんの違和感も抱かずに乗った。

 馬車の中の大量の荷物、妙にテンションの高い女性陣。気持ち良く服を買って、上機嫌なことは聞かなくても明らかだったからだ。

 そりゃこんなにたくさんの荷物を運ぶなら、馬車がいるよね。



 でもね、宿に一度向かうかと思っていたんだよ。夕食を食べるのに荷物が邪魔だし、一度荷物を降ろすだろうって。普通はそう思うよね?


 しかし俺の想像の斜め上の場所。

 馬車は、とてつもなく大きなお屋敷の前に止まっていた。

 ここってもしかして……ハーデトリさんの家?

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