九十一個目
朝食を済ませ、店を出た俺たちは王都の町並みを見ながら歩いていた。
忙しそうに動く人たちを見ながら、呑気に観光をしている気分は最高だ。
元の世界でも、平日休む方が気分がいいのと同じことだろう。
のんびりとしながら散歩気分はいいのだが……これ、どこへ行くのだろう?
一番前を歩くハーデトリさんに付いて歩いているだけなのだが、目的地が分からない。
朝食の時と同じように予定が決まっているかもしれないので、口を出すこともためらわれる。まぁ、目的地を楽しみに付いて行くしかない、か。
そう思っていたときに、一番前にいたハーデトリさんがくるりとターンを決めるように回り、俺たちの方へ振り向いた。
そして彼女は、にっこりと笑顔でこう言ったのだ。
「ところで、次はどこへ行きますの? 昼食もどういたしますか?」
なにも考えていなかったんですね……。
仕方なく俺たちは喫茶店のような場所へ入り、これからの予定を決める運びとなった。
うーむ……このちょっとフルーティな甘みのあるお茶おいしい……。
「それで、オレたち次はどこへ行くの?」
「セトトルちゃんはどこへ行きたいんですの!?」
「私は王都のお洋服とかを見たいわぁ。ハーデトリさんみたいなドレスも憧れちゃう!」
「ドレスを10着くらいプレゼントいたしますわ!」
「いやいや、それは買いすぎじゃないかね……。アクセサリとかはどうだい? 魔除けのお守りとかも、最近では綺麗な装飾のがあるんだよ」
「セトトルちゃんたちに、私がプレゼントいたしますわ!」
この調子であり、全く決まっていない。
俺とキューンにヴァーマさんは、ほのぼのとティータイムだ。
女性陣が目的地を決めているときに、余計な口を出してはいけない。俺は漫画やゲームでよく知っている。
こういうときに男性陣というのは、ただ静かに待ち、相槌を打って荷物を持てばいいのだ。
「なぁ、ボス。俺はちょっと武器屋を見に行きたいんだが」
「いいですね! 自分もそれにお付き合いしますよ!」
だが、逃げる口実があれば別である。
ここは男性陣と女性陣で、二手に分かれようではないか!
「すみません。自分とヴァーマさんは」
「では! お洋服を見に行った後、アクセサリなどを見に行くことにしますわ! ボスたちも、それでよろしくって?」
「……はい」
頭の上にセトトルが乗り、左腕をフーさんが優しく掴んでいる以上、逃げる場所はない。
ヴァーマさんは俺のことを、情けないやつだといわんばかりの目で見ていた。
「自分からは言い出せないので、ヴァーマさんが言ってくださいよ」
「ボス、お前は男気に溢れている。俺はお前を尊敬すらしているぞ。……ってことで頼んだ」
「二人とも何をしているんだい! 早く行くよ!」
「「はい……」」
「キューン(二人とも情けないッス)」
セレネナルさんに言われるがまま、俺たちはとぼとぼと歩き始めた。
情けないと言われても、女性には頭が上がらないものなんだよ。
俺とヴァーマさんは、半分魂が抜けた顔をしながら女性陣を見ていた。
「これ可愛いね! オレこれ着たいな!」
『私は、こっちの白いドレスがいいです』
「フレイリスは白が好きだね」
「セトトルちゃんもフーちゃんも可愛いですわ。たまりませんわ」
フーさんは服を選ぶために、着ぐるみを脱いで選んでいる。普段は控え目な彼女も、今日はとてもテンションが高いようだ。スケッチブックに書いての会話が、少し懐かしくもある。
みんなが楽しいのはいいことだよね。こっちも嬉しくなってくるよ。
ただし……すでに二時間が経過していなければの話だ。正直、お腹だって減った。
そんな状況に耐えかねたのか、ついにヴァーマさんが動き出す……!
「なぁ、そろそろ昼食にしようぜ? もう十分服は見ただろ? もう手に持ってるやつでいいんじゃないか?」
「「はぁ!?」」
ヴァーマさんの台詞に、恐ろしい顔で答えたのはハーデトリさんとセレネナルさんだった。
二人が近づいて来るたびに、段々とヴァーマさんも後ずさっている。
B級冒険者であるヴァーマさんが気圧されているのだ。やはり女性の買い物に口を出してはいけないというのは、真実だった。
俺は彼の犠牲を一生忘れないことにし、教訓としよう。
「で、でもボスだって腹が減ったよな!?」
飛び火しました。
己、ヴァーマさんめ……。俺を巻き込むことで、被害を減らそうとしているようだ。
俺に残された選択肢は二つ。
ヴァーマさんを見捨てるか、ヴァーマさんに賛同するか、この二つだろう。
まずヴァーマさんを見捨てた場合……俺はヴァーマさんに恨まれるだろう。間違いない。
ではヴァーマさんに賛同したら……女性陣に睨まれるだろう。俺の選択肢は、いつも追い詰められている気がする。
ならば、出来る限り恨まれない方法をとろう。俺は瞬時にそう決めた。決して保身に走ったわけではない。
「お二人の気持ちも分かりますが、そろそろ昼食を食べてもいい時間です。昼食を食べながら、見た服について考える。そしてまた後で選び直す。どうでしょうか? 皆さんは似合っている服がたくさんありますし、一度考える時間も必要ではないでしょうか?」
口から出まかせもいいところである。
冷や汗を流しながら、なんとか誤魔化す作戦をとっただけだ。
訝しげな二人の視線が痛い。お世辞なども混ぜたのだが、あまり効果が無かったように感じる。
こうなれば仕方ない、俺は最終手段を使うことにしよう。
「セトトルとフーさんだって、お腹が減ったよね!?」
ヴァーマさんから俺へ、そして俺からセトトルとフーさんへ。
押し付け合いもここまでくれば、最低である。
だが許してほしい。ずっと立ちっぱなしで足が棒のようになっている。正直疲れたのだ。
「そういえばオレもお腹減ったかな……」
『私も着替えてばかりで、少し疲れました』
「そうだよね!? そうだと思ったんだ! じゃあ、俺たち三人でえーっと……さっき通ったところにあった、魚料理のお店があったよね!? あそこで、先に席をとっておくよ!」
「席を取っておいてくれるのかい? なら、お願いしようかね」
「そうですわね。私たちもすぐにそちらへ向かいますわ」
勝った……! 俺はこのとき、達成感すら感じた。俺はやり切ったのだ。
ヴァーマさんも俺を見ながら、うんうんと頷き握手を求めてくる。
俺たちは固く握手をした。そしてこの場を乗り切ったことを、互いに喜んだ。
俺たちは服屋から脱出し、意気揚揚と三人で途中にあった魚料理のお店へ向かった。
なぜ魚料理のお店かというと、入口に魚が吊るされていたからである。もしかしたら中へ入ったら違うかもしれないが、そんなことは大したことじゃない。今は服屋を出れただけでいいのだ。
あぁ、外の空気はなんて澄んでいるんだろう……。妙な解放感に浸っていると、裏路地から飛び出してきた人が俺にぶつかり転んだ。
「っと、すみません。大丈夫ですか?」
「は、はい。こちらこそ申し訳ありませんでした」
立ち上がるのに手を貸そうとすると、黒いマントのフードが外れ、ぶつかってきた人の顔が明らかとなる。
相手は、12歳くらいの銀髪美少年だった。
身長は150cmくらいだろうか? 全身は白を基調とした服であり、上着はマントでよく見えないが、下が白いハーフパンツだったことから少年だということが予想できた。
「ぶつかっておいてあれなのですが、申し訳ありません。急いでいますので、失礼させて頂きます」
妙に丁寧な口調の少年は、そう言い残し立ち去ろうとしたのだが、俺は少年を呼び止めた。
「ちょっと待ってくれるかな?」
「え……」
少年は強張った顔で俺を見ている。
え? もしかして不審がられている? ちょっと声をかけただけだよね!? 軽くショックだ……。
いや、ショックを受けていてもしょうがない。早く用件を済ませてしまおう。
俺は少年へ、ハンカチを差し出した。なんの変哲もない、ただの青いハンカチ。
だが少年は、不思議そうにハンカチを見ている。どうやら気づいていないようだ。
「膝を擦り剥いているよ。良ければ使ってもらえればと思って」
「あ……すみません、ありがとうございます」
やばい。その笑顔で一瞬ドキッとした。
決してそういう趣味はないのだが、美少年というのは笑うだけでこれほど様になるのか。羨ましい。
少年はハンカチを受け取り、何度も頭を下げて走り去って行った。
うんうん、少しだけ良いことをした気分だ。
「キューンキュン(妙に慌ただしい子だったッスね)」
「まぁそうだな。でも怪しげな動きをしていたわけでもないし、ただのガキだろ」
「キューン、ヴァーマさん、知らないんですか?」
「ん?」
「キュン?(何がッスか?)」
「あぁいう路地裏から飛び出して来る美少年は、誰かに追われているんだよ? そして美少年は王族なのさ」
「キューン(ボスは物語に夢を見過ぎッスね)」
「さっさと店に行って席をとろうぜ」
……ちょっとくらい夢を見たっていいじゃないか。
キューンもヴァーマさんも夢がないな。
俺は少年が走り去って行った方を見つつ、夢のない二人へ溜息をついた。




