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五十九個目

 俺はウルマーさんに引きずられるように、町を歩いていた。

 じろじろと周囲の人に見られているが、彼女は一向に気にせず上機嫌で俺を引っ張っている。


「あの、ウルマーさん」

「聞こえなーい」

「いえ、聞こえていますよね。腕をですね」

「聞こえなーい」


 絶対聞こえているのにこれだ。

 そんなに荷物持ちが捕まえられたことが嬉しいのだろうか? 気持ちは分かるが、俺にも世間体というものがある。

 ようするに恥ずかしい。普段お世話になっているし、諦めて買出しには付き合おう。

 だが、せめて腕だけでも離してほしい。俺はもう一度ウルマーさんへ声をかけた。


「ウルマーさん、買出しには付き合いますから」

「聞こえないってば」

「いえ、ですから腕を離してくれませんか? これじゃなんというか……」

「なんというか?」


 いきなり止まった彼女は、俺の方へと顔を向けた。

 正直、少しドキッとしました。女慣れしてないやつに、こんなことをしたらいけないんですよ! 俺くらいになると勘違いしませんが、ころっと落ちちゃうやつだっているんですから!


「その……あ、兄と妹みたいじゃないですか?」

「兄と妹? ボスはなにを……」


 俺が腕に視線を向けると、同じようにウルマーさんも俺を掴んでいる自分の腕を見た。

 そして静寂……。時が止まったように、ぴたりと固まる。

 どうしよう、なにか言ったほうがいいのだろうか? 俺がそう考え声をかけようとすると、ウルマーさんが俺を見て言った。


「べ、別にデートでもないし腕を繋ぎたかったわけでもないんだからね!? 勘違いしないでよ!?」

「しません! してませんから! 痛いです! そんなに強く掴まないでください!」

「違うんだから! ただ荷物持ちにしようとしただけなんだからね! 聞いてるの!」

「聞いてます! 聞いてますから! いたっいててっ!」


 よっぽど頭にきたのか、顔を真っ赤にした彼女が俺を離してくれるのには少し時間がかかった。

 超痛かった。たぶん跡が残っているに違いない。

 俺はぷんぷんと怒りながら早足に進むウルマーさんを、腕を擦りながら追いかけることとなった。



 「違うんだから、違うんだから……」と呟くウルマーさんと、北通りの商店へと向かう。

 料理を出す店の人は、大体みんなここへ買いに来るらしい。

 見た感じは元の世界の業務用スーパーとか、あんな感じだろうか? たくさんの食料品が、細かくではなく山のように置いてある。ちょっとこういうところに来ると面白い。肉とか大量に買ってみたくなる。


「あら? ウルマーちゃん今日は旦那さんと買い物かしら?」


 いきなり声をかけてきたのは、エプロンをしたおば様……あれ? この人って朝、井戸端会議をしている……あ、目が合っちゃった。

 相手は俺と目が合い、固まった。今日こんなことばっかりだ。


「違うから! か、彼は荷物持ちに連れてきただけで」

「ひ、東倉庫の管理人さん? て、店長!」


 おば様は、奥へと走って行ってしまった。

 とても嫌な予感がする。これは絶対に駄目なパターンだ。

 そしてウルマーさんは、すでに言い訳をする相手もいないのにあたふたと言い訳を続けている。どうするんだこれ。

 諦めて茫然と俺は立っていたのだが、少し経つと奥からおば様が男性を連れて戻って来た。恐らくさっきの感じからすると、この人が店長だろう。


「い、いらっしゃいませ。その、うちの店は商人組合に属しております。ですので、そのお金とかは、その」

「お金!? いえ、買い物の手伝いに来ただけです! 全然そういうのじゃありません!」

「ひぃっ! す、少しならすぐに包めますので、どうかご勘弁を!」


 全然話にならなかった。

 このままじゃお金を包んで持って来られそうだ。間違いなく悪評のせいだとは分かるのだが、どうして俺にはわけのわからない悪評があるのだろう……。真面目に生きてるつもりなんだけどね。

 だが、その状況はウルマーさんのお陰であっさりと覆った。


「店長、この人はそういう人じゃないわよ? 確かに色々噂はあるけど、真面目な人だから」

「え? それじゃあウルマーちゃん、お金とかは……?」

「渡されたら、この人困っちゃうわよ」


 店長さんは、俺のことをじっと見た。

 俺はそれに対し、うんうんと頷くしかなかった。お金なんて渡されたら本当に困りますから!


「そ、そうですか。噂に踊らされ申し訳ありませんでした。どうぞごゆっくり買い物を楽しんでください」

「その、なんかすみませんでした」


 俺と店長さんは、お互い申し訳なさそうに頭を下げあっていた。

 買い物をするだけでも大ごとだなこりゃ。

 とりあえず店長さんも奥へと戻って行き、一段落ついたと思ったのだが、今度はウルマーさんがおば様に色々言われて慌てていた。

 今度は俺がウルマーさんを助ける番ではないだろうか!


「ねぇウルマーちゃん。さっきこの人、とか。彼、とか言ってたわよね? そこら辺どうなの?」

「ち、違います! 荷物持ちです! 彼……ボスはただの荷物持ちです! そう、えぇっと……下僕みたいなもんです! そういう関係じゃありません!」


 どうやら俺はウルマーさんの下僕だったようだ。ちょっとへこんだ。

 照れ隠しでも、下僕って……。


「まぁまぁウルマーちゃんったら照れちゃって! 管理人さんへこんじゃってるわよ? ふふふ、私も仕事があるからこれで行くわね。進展があったら教えてよね!」

「だから違うんですって! もう……」


 若干へこんでいる俺のことをウルマーさんが見て、やばっという顔をした。どうも下僕です。


「その、ボス? 今のはちょっと口が滑っちゃっただけで、そんなことは全く思っていないからね?」

「大丈夫です、分かっております。さて、どの荷物を持てばよろしいでしょうかご主人様。荷物を持つくらいしか脳の無い(わたくし)めにお任せください」

「すごく気にしてるじゃない! 本当に違うんだってば!」

「はい、分かっております。お任せください」

「違うんだってばー!!」


 その後、ご主人様と下僕プレイ?をしながら買い物を済ませた俺たちは、店を出た。

 最初はへこんでいたが、途中から少し楽しくなっていたのは内緒だ。後、俺は決してMではない。


 大量の荷物を俺たち二人は抱えながら、おやっさんの店へと歩く。重い。

 ……スーパー用の籠台車とか売り出したら売れないかな? 案外売れる気がする。後でどっかにメモしておこう。

 俺がそんな関係ないことを考えているうちに、おやっさんの店へとたどり着いた。

 なるべくウルマーさんに持たせないようにと無理をしたせいか、割と腕が限界だったので助かった。まぁ男の見得みたいなもんだよね。

 ウルマーさんが扉を開いてくれたので、それに続き店の中へと俺は入った。


「いらっしゃい! と、ウルマーか。買出しご苦労さんってボス?」

「あ、うん。ちょっと荷物持ちをね! 荷物持ち!」

「デートならゆっくり休みの日にしろや」

「荷物持ちだって言ってるでしょ!?」

「分かった分かった」


 おやっさんは全然分かってなさそうに、にやにやと笑っていた。

 もうちょっと自分の娘が男といたら心配したほうがいいんじゃないだろうか? これだけの美人なら、変な男に引っかからないとも限らないのに。

 例えばセトトルやフーさんが男といたら、俺は根掘り葉掘り聞くかもしれない。そのときになってみないと分からないが、心配でしょうがない。


「と、とりあえず荷物は厨房にお願いしてもいい?」

「はい、ご主人様」

「それはもういいから!」


 俺が笑いながら厨房に運ぶと、ウルマーさんはそこで始めて、俺がふざけていたことに気付いたようだった。

 そして怒るのではなく、珍しいものを見た顔をした。


「ボスってそんな風に笑うんだね」

「え? いつも笑っていると思いますが……」

「いつもはこう、仕事! って感じで笑っているじゃない。珍しいものが見れたなって」


 そんなにいつもお堅い感じだっただろうか? いや、仕事以外で人と話すことは正直苦手なので、そういう面もあるかもしれないが……。

 そうか、普通に笑っていたのか。自分でも少し驚きだ。


「いつもそうやって笑っていたほうがいいわよ? 最近少し疲れてそうだったし……」


 そうか、気を遣わせてしまっていたのか。

 強引に人を引っ張るような人じゃないのに、変だなとは思っていたんだ。悪いことをしてしまった。


「笑うかどうかは考えておきます。それと少し疲れていたのかもしれませんね。でもウルマーさんのお陰で元気が出ました。ありがとうございます。それでは店に戻りますね」

「今お茶をと思ったんだけど……あ、もしかして忙しかった? その、無理やり引っ張っていってごめんね。なんとなくその、連れて行きたかったというか……」

「いえいえ、いつもお世話になっていますし、これくらいのことでしたら仕事が落ち着いているときなら、いつでも手伝いますよ。自分もウルマーさんの違った一面を見れて楽しかったです」

「そう言ってくれるなら良かった、ありがとう。たまにはこういうのもいいわよね。私も楽しかった」


 にっこりと笑うウルマーさんは、とても素敵だった。

 こういう人は、早くいい相手を見つけて幸せになってもらいたいものだ。

 後、おやっさん。厨房を覗きながらにやにやするのをやめてください。


 俺が挨拶をしておやっさんの店を出ると、後ろからすぐにおやっさんが追いかけてきた。

 なにか忘れ物でもしたかな?


「ボス、買い出しを手伝わせちまって悪かったな」

「いえいえ、いつもおいしい料理を食べさせて頂いていますし、気にしないでください」

「そう言ってもらえると助かる。ウルマーも嬉しそうだったしな」


 確かに嬉しそうだったかな?

 まぁ買い物でもなんでも、一人より二人の方が好きな人は多い。話し相手がほしかったといったところだろう。


「あいつは小さいころから店を手伝ってたんで、男にちやほやされてばっかりでな……。男を敬遠するっていうか、うまく流すことばっかり上手になっててな」

「ウルマーさんは人気もありますからね。それに変な男に引っかかるよりは良いことじゃないですか?」

「ははっ、そうだな。でもお前に会ってから、随分女らしくなったもんだ。どうだ? うちの娘は?」


 どうってどういうことだろう? 可愛いってことかな?

 とても可愛らしいし綺麗な人だと思うから、そのまま答えておこうかな。


「とてもいいですね」

「おぉ、そうか! なら前向きに考えてくれ。あいつは結構奥手だからな、よろしく頼む」


 ん? どういうことだ? えーっと話の流れ的には……男慣れしているようでしていないから、なるべく話しかけてやってほしいってことかな?

 仕事以外で女性と話すのは、得意じゃないのですが……。

 だが、おやっさんの頼みを断るわけにはいかない。ここまで頼まれたんだ、頑張ろうじゃないか。


「分かりました。自分なんかになにができるか分かりませんが、頑張ります」

「頼んだぞ! じゃあ、夜の仕込みに戻るかな!」


 おやっさんは嬉しそうに俺の背中を叩いて、店へと戻って行った。

 なんだかよく分かっていないが、俺も倉庫に戻らないとな。

 


 倉庫に戻り、俺が扉を開くとカウンターにはセトトルとフーさんがいた。


「ただいま」

「おかえりボス!」

「おかえりなさぁい」


 俺はフーさんを見て思い出した。

 キューンとフーさんを怒らせていたから、早く店へ戻ろうとしていたことを。

 完全にやらかした……。

 恐る恐る顔を窺うが、フーさんは特に怒っている様子はない。でも謝ろう。先に謝るのが俺のジャスティスだからだ。


「あの……帰りが遅くなってすみませんでした!」

「え? ボスだってウルマーを手伝ってたんでしょ?」

「いつもお世話になっているし、ご近所付き合いは大事よねぇ?」


 全然怒っていなかった。むしろ大人な対応を返された。

 逆に申し訳ない気持ちが……。


「でも……」

「でも?」


 二人はちらりと、倉庫の方を見ている。なんだろう? 嫌な予感がする。

 俺が二人を見ると、二人は頷いた。

 俺は少しだけ開いている倉庫の扉から、中を覗き込んだ。そこには……。


「キュン! キューン! キューン! キュン! キュウウウウウン!(誰か! 助けてッス! 捕まるッス! ボス! ボスウウウウウ!)」

「興味深い興味深い興味深い興味深い」


 倉庫の中を必死に逃げ惑うキューンと、それをぶつぶつ言いながら追いかけるアトクールさんがいた。

 俺は慌てて中に入り、キューンを救出した。

 アトクールさんは残念そうにしていたが、それどころではない。


「キュンキューン! キューンキューン! キュー……キューン!(ボスありがとうッス! あの人本当に怖いッス! そろそろやっちゃおうかと……捕まるところだったッス!)」

「うん、慌てているのは分かるけど、その不穏な単語は永遠に隠しておこうね」

「……惜しかった。ではボスも戻ってきましたので、私も帰ります。次はゆっくり話をしましょう」

「アトクールさん、ありがとうございました」

「いえ、色々と堪能させて頂きました。こちらこそありがとうございます」


 アトクールさんはキューンを見て、とても嬉しそうに笑っていた。

 それに気付いたキューンは、今までにないくらいぷるぷると震えていた。一体どれだけ追いかけられていたんだ。

 

 その日はアトクールさんが帰った後も寝るときも、キューンが俺から離れなかったことは言うまでもないことだろう。トラウマになっていなければいいが……。

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