外伝5 ハーデトリ
「では皆様、ご機嫌よう」
「ハーデトリ様、ご機嫌よう」
私は今日も、同じ貴族の皆さまとの楽しいお茶会が終わり帰路につきましたわ。
王都での華やかな生活は、貴族足らんとする私にはとても合っており、日々を楽しく過ごしていますの。
ですがその日、家に帰ると父が俯き溜息をついておりましたわ。
一体なにがあったのかしら?
「お父様、いかがなされたのですか?」
「……ハーデトリか。別に大したことではない。お前が気にすることではない」
そう言い、父は部屋へと戻って行きましたわ。
父は立派な方で、いつも笑顔を絶やさない人。そんな父が、あのような顔をなさっているのは初めて見ました。
私は気になり、父になにがあったのかを調べることにいたしましたの。
まずは同じ貴族仲間の皆さまに、お茶会のときさりげなくお話ししてみましたわ。
「……そういえば最近、父が疲れているようですの。なにがあったのか心配ですわ」
「お父様が? でしたら、気持ちを安らげるハーブティーなどはいかがでしょうか? 丁度良い茶葉が入りましたのよ」
「あら、それは助かりますわ。売っているお店を教えて頂いても?」
「よろしければ今包ませますので、お持ち帰りくださいませ」
「ありがとうございます。今度おいしいお茶菓子でも差し入れさせて頂きますわ」
どうやら彼女たちは、なにも知らないようですわ。
私は家に帰り、お父様にハーブティーを入れて差し上げることにしました。
「お父様どうです? 友人に頂いた、気持ちが安らぐハーブティーですの。最近お疲れのようですので、少しでもお力になれればと思いまして」
「……気を遣わせてしまって悪いな。ありがとう、とてもおいしいよ」
父は温かなお茶を、ぎこちないとはいえ、笑顔を作り飲んでくださいましたわ。
これでは駄目ですわね。私は父のことをもっと調べることにいたしましたわ。
次に伺ったのは、父と仲の良い貴族の方のところですわ。
直接の原因を言ってしまうのは問題がありますので、うまく誤魔化しながら話さなければならないのが辛いところですわ。
「久しぶりだねハーデトリ。今日はなにか用事かな?」
「えぇ、実は父のことで……」
「……彼がどうかしたのかい?」
父の友人は、明らかに困った顔をしていました。なにか知っているのでしょうか。
迷惑にならないよう、淑女としての気遣いも忘れず。私はお伺いすることにいたしましたわ。
「父が最近お疲れのようでして……。お力になれればと思いましたの。何か知っていれば、教えては頂けないでしょうか?」
「ふむ……なるほど」
彼は少し悩んだ後、首を振りましたわ。
「すまない、彼の事情を私が勝手に話すわけにはいかない。力になれなくて済まない」
「……そうですか。ですが、私は父の力にどうしてもなりたいですわ。事情を教えて頂けなくても、なにか方法を教えて頂けないでしょうか?」
私は食い下がりましたわ。彼が何か知っている以上、何も得ずに帰ることはできませんもの。
せめて父の気が少しでも楽になるよう、縋りましたの。
「……ハーデトリ。君たち家族が笑顔でいてくれることこそが、彼にとって一番の力となる。だから、いつも通り笑顔で接してあげてくれないかい?」
「でも、それだけでは……」
「それだけではない。それが大事なのだよ。分かってくれるね?」
「分かりましたわ……」
私はそれ以上食い下がることもできず、家に帰りましたの。
家で父は前よりも暗い顔をしておりましたが、精一杯の笑顔を向けましたわ。これが少しでも父の力になるのだと言われれば、そうする以外ありませんもの……。
数日後。
家に帰りますと、父の怒鳴り声が客間から聞こえましたわ。
様子を窺おうかとも思ったのですが、私のような小娘が顔を出すべきじゃないと、ぐっと耐えました。
そして自分の部屋へ戻り、自分の力の無さを悔いましたわ。
お客様も帰られ、深夜に近いころでしょうか。
眠れなかった私は、屋敷を歩いておりましたの。すると、客間から明かりが漏れていることに気付きましたわ。
もしかしたら明かりを消し忘れたのかもしれません。そう思った私が客間を覗くと、顔を手で覆い俯く父の姿が目に入りました。
そのどんよりとした暗い感じに、私は入ることをためらい踵を返し自分の部屋に戻ろうと思いました。
……ですが、それでよろしいのでしょうか? 私の中でそんな声がいたしましたわ。
敬愛している父が困っているのに、私はこのまま何も出来ずに部屋へと戻るんですの? ……それは嫌ですわ。
私は客間の扉を開き、部屋の中へと入りました。
父は驚いた顔で私を見ています。私はその少し青くなっている顔を見て、一瞬怖気づきましたわ。
ですが、自分を奮い立たせて父に近づきましたの。
「……ハーデトリ。こんな夜遅くにどうしたんだい?」
「お父様、私が力になりますわ。なんでも仰ってください」
私の言葉に、父は驚いた顔を見せた。
私には間接的な会話をし、父が困っている理由を聞くような器用なことはできませんもの。ですから、真っ直ぐに自分の気持ちをぶつけさせて頂きましたわ。
「ハーデトリ、済まないがこれは私の問題だ。お前が気にすることは……」
「関係ありますわ! 私はお父様の娘ですのよ! どうか仰ってください。お父様が苦しんでいるのは、私も苦しいですわ……」
私は父の足元に跪き、手を握りましたわ。少しでも自分の気持ちが伝わってほしい。そういう思いを込めました。
それが伝わったのかは分かりませんわ。ですが、父は私の目を見て話してくれました。
「……そう、だな。もうお前も子供ではないんだな」
「いえ、私はまだ子供ですわ。でも子供だからといって、お父様のそんな顔は見過ごせませんわ」
父は笑顔を見せてくれ、私の頭を優しく撫でてくれましたの。
……少し、恥ずかしいですわね。
「実は、アキの町のことで問題が起きていてな」
「アキの町? お父様が力を貸している倉庫がある町ですわね?」
「あぁ……、苦情がひどいんだ。業績にも影響が出ている。アキの町には四つの倉庫があるのだが、どうやらそのうちの一つ。東倉庫に大分問題があるらしい。その影響で、西倉庫にも苦情が殺到している。アキの町の商人組合とも話し合ってはいるのだが、中々問題が解決しなくてね」
東倉庫……。それが私の父を困らせていますのね。
私は全身が熱くなり、怒りが込み上げてくるようでしたわ。東倉庫のせいで、父がこのような辛い思いをしているなんて、絶対に許せませんの!
となれば、やることは一つしかありませんわ!
「お父様。私がアキの町へ行き、東倉庫をどうにかいたしますわ!」
「いや、なにを言っているんだい。他の倉庫へ勝手に干渉なんてしてはいけない。落ち着きなさい」
ぐっ……。確かにその通りですわ。
どれだけ駄目な倉庫とはいえ、商人組合や色々な絡みもありますの。そこへ私が乗り込むわけには行きませんわね……。
なにか他に良い手が……。ここで、私はハッと思い至りましたわ。
「でしたらお父様! 私が西倉庫の管理人になりますわ! そして西倉庫を立て直しますの! ついでに東倉庫も潰して差し上げますわ! こうしてはいられませんわ、すぐに準備をしないと!」
「ま、待ちなさいハーデトリ! 潰す!? 一体なにを言っているんだい! それに倉庫業務なんて出来るわけがないだろう。待ちなさい!」
お父様がなにか仰ってましたが、熱くなっていた私には全然聞こえませんでしたわ。
部屋へと戻り、動きやすそうな服や必需品をどんどんベッドの上に広げましたわ。メイドも呼び、急いで手伝わせましたの。
明日の朝には出発できるように、急がないといけませんわね!
さぁ、準備を済ませてアキの町へ向かいますわよ! 西倉庫を立て直し、東倉庫の管理人をとっちめてやりますわ!
……そうですわね。立て直しやとっちめるためにも、直接的な私とは違うタイプの人を雇いたいところですわ。頭が少し回って、口が立つサポートがいいですわね。アキの町で探して、私の右腕にしないといけませんわ!




