外伝4 アグドラ&カーマシル
外伝続きとなってしまい、申し訳ありません。
明日からは本編に戻ります。
よろしくお願いいたします。
「ふぅ……」
私は会議が終わり、やっと一息つけることを喜び、机へと突っ伏した。
そんな私の横から、カーマシルさんがそっとお茶を差し出してくれる。私は体を起こし、それを手に持ちふーふーする。……猫舌なので、あまり熱いと飲めない。
「会議も終わり、気が抜けましたか?」
「はい、今日はいつもと違った意味で疲れてしまいました」
「ふふふ、前会長であるお父上の口真似も忘れてしまうくらいですか?」
私はハッとして口を押さえる。少しでも威厳を出そうと父の口真似をしていることを、商人組合のみんなは知っている。だが知られていると分かっていても、やっぱり恥ずかしい。
カーマシルさんはそんな私を見て、意地悪そうに笑い、こう言った。
「冗談ですよ。ゆっくりなさってください」
「……もう!」
この人はいつもこんな風に私をからかう。悪い人じゃないのは分かっているけど、少し困ってしまう。
お茶を飲みながら、何となくだが先程の会議で使用した資料を見る。
会議も最初はピリピリとしていて、どうなってしまうかと本当に気が気じゃなかった。でも何とかなって良かったなぁ……。
それにしても、ナガレさんは一体何者なんだろう? 私はその疑問を、隣でおいしそうにお茶を飲んでいるカーマシルさんに投げかけてみることにした。
「カーマシルさん、質問しても良いですか?」
「はい、なんなりと」
彼は嫌そうな顔一つせず、私に笑顔で答えてくれた。
それに安心し、私は質問をすることにした。
「……ナガレさんって、何者ですかね?」
「何者、とは?」
「だって……普通じゃないですよね? 商人は、自分の利を第一に求めますよ? なのに、あっさりと全体の利を第一にしたんですよ」
「そうですね。今までほとんど見たことがないタイプです。全体と自分の利を、無理なく考えています」
そうなのだ。ナガレさんは普通じゃない。
私の知る他の商人なら、他に荷物が入らないのなら自分のとこに誘導してくれ。そう頼むはずだ。
自分のところが儲かればいい、他のことなんて知ったことではない。これが私の良くしる商人の考え方だった。
なのにナガレさんは違った。それがすごいし、理解しきれない。自分の儲けが第一ではない考え方……。
私がうーんうーんと悩んでいると、今度はカーマシルさんの方から声をかけてきた。なんだろう?
「彼はこの町に新しい何かをくれると思います。劇的な変化が今後あるかもしれません。……いえ、間違いなくあります。会長も私も、覚悟が必要かもしれませんね」
「覚悟……。それなら大丈夫です」
「大丈夫、ですか?」
カーマシルさんは少し驚いた顔で私を見た。
そう、大丈夫だ。私はそのことには自信があった。
「だって、ナガレさんは悪い人じゃありません。そして商人組合には、カーマシルさんがいますから」
「……私も精一杯やります。ですがそこは、会長がいるからと仰って頂きたかったのですが」
苦笑いをしながらも、彼は嬉しそうに答えてくれた。
カーマシルさんは本当に優秀な人だ。父が亡くなったとき、次期会長は絶対に彼だと思っていた。
なのに、商人組合によく顔を出していた程度の私になった。それは私にとってずっと疑問だった。普通、こんな子供を無理矢理会長にするなんてありえない。
昔に聞いたときは「アグドラさんが適任だからです」と言って押し通された。
でも今なら分かる、何か理由があったのだと。それを私はどうしても聞きたかった。
「カーマシルさん。その……答えにくいことかもしれないのですが、聞いてもいいですか?」
「会長が副会長に遠慮などしないでください。なんなりと聞いてください」
先程と同じように、彼は笑顔で答えてくれた。
私はそれで覚悟を決め、はっきりと聞くことにした。
「なぜ私を会長にしたんですか?」
「……これはこれは」
想定外だった、とまでは言わないだろう。でも、ついに聞かれてしまった。そんな顔をしていた。
やっぱり何か隠している理由があったのだろう。
彼はお茶を一口飲み、コップを机に置いた。そして私を少し見つめ、ゆっくりと頷いた。
「そうですね、お話ししなければいけないでしょう」
「はい、お願いします」
「まず最初に誤解がなきように伝えておきます。アグドラさんを選んだのは、その才能があったからです。それは嘘ではありません」
「……他にも理由がある。そういうことですよね?」
普段は落ち着いているカーマシルさんは、珍しく少しだけ落ち着かない感じにコップをいじっていた。
私がじっと待つと、彼は意を決したように話し始めた。
「……お父上が、前町長の企みに気付いて殺されたのは知っていますか?」
「はい、もちろんです……」
「お父上が亡くなった以上、順当に行けば私が会長を引き継ぐべきでした。ですが、それはできませんでした」
「できない、ですか?」
「はい」
できない、とはどういうことだろう。他に良い人選があったかは分からない。でもこんな小娘にやらせる以外にも、方法は有ったと思う。
それでも私を選ばなければいけなかった理由……。
私の考えが纏まる前に、彼の話は続けられた。考えるよりも聞いた方が早い。私もそう思い、話に集中する。
「……お父上が亡くなったとき、商人組合内には前町長の手の者が多く潜んでいました。そして、それをすぐに炙りだすことはできない状況となっていました」
「後から、大分見つかりましたからね……」
「お父上の右腕であった私が、前町長と通じていたんじゃないか。そう思っている者は商人組合の中にも、数知れずいました」
「そんな! カーマシルさんはそんな人じゃ……!」
私はあまりの衝撃に、つい言い返そうとしてしまった。
だが彼は、指を一本立てて私を止めた。続きを言うから待ってください。そんな感じだった。
「私は考えました。商人組合を守りたい。前会長の無念を晴らしたい。ですが、商人組合内で誰が信用できるかは分かりませんでした」
「……もしかして」
「はい、考えている通りだと思われます。殺された前会長の娘ならば疑う者はいない。そしてその娘には十分な才能があった。……申し訳ありません。私は商人組合を守るために、あなたを利用しました」
彼は私へと深く頭を下げた。その拳は強く握られ、少しだけ震えていた。
それほどまでに追い込まれた上での、苦渋の決断だったのだろう。
父と一緒にいて商人組合の仕事を知っていた私。殺された父の娘であり、前町長の息がかかっていない。誰が信用できるか分からない商人組合。
私は、たぶん一番都合が良かったのだ。
それを聞いても、私はショックを受けなかった。むしろ、理由が分かってすっきりすらしていた。
「教えてくださってありがとうございます」
「……責めないのですか? 私は、子供を利用した愚かな人間です。辞めろと言われるのでしたら、今すぐにでも……!」
私はただ首を横に振った。そして大丈夫だと伝えるために、彼に笑いかけた。
「あなたがいたから、商人組合は守られました。私の大好きな父の、大切な場所が守れました。……カーマシルさん、ありがとうございます」
「……っ!」
彼の震える手の上に、涙が一粒落ちる。
私はそれを見なかったことにして、顔を逸らした。彼も見られたくないはずだ。
……少し待つと、彼は大きく深呼吸をしてから私を見た。
その顔は、いつもの穏やかなカーマシルさんだった。
「ありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします、会長」
「はい。まだまだ至らない会長ですがよろしくお願いします、副会長」
窓から外を見ると、気持ちが良い青々とした空が見える。
残りの仕事も頑張らないと! ……そういえば、ナガレさんは大丈夫かな? あの三人、ナガレさんが来るまでは会議で喧嘩しかしない人たちだったんだけど……。
うん、分からないことは気にしないことにしよう。もしかしたら、今日は四人で仲良く食事をしてくれてるかもしれないし!
「絶対に喧嘩をしていますよ。ナガレさんがどうするか楽しみですね」
「カ、カーマシルさん! 心を読まないでください!」
私と彼は笑いあいながら、昼過ぎの休憩をゆっくりと楽しんだ。




