二十五個目
工房を後にした俺たちは、商人組合へと今度は向かう。
キューンは先程と同じく、袋の中だ。早く何とかしてやるから、もう少し我慢してくれ。
中央広場辺りをうろうろと商人組合を探すと、看板がありすぐに見つかった。
ここが商人組合か……。
「アグドラに会いに来たの?」
「いや、今日はカーマシルさんに嫌がら……用事が会って来たんだよ」
「そうなんだ! お客さんが増える方法でも思いついたの?」
うん、セトトルは冒険者用の荷物を預かるという話は、あまり聞いていなかったみたいだね。
でもホーレンソーホーレンソーと呟き、頑張って覚えようとしている姿が微笑ましかったのでいいことにしておこう。
ちなみに5Sについても、紙を見ながら延々と日々繰り返している。こういう努力家なところは見習いたいところだ。
商人組合の建物の扉を軽くノックする。返事はない。
勝手に入れということかな? 俺が扉を開こうとすると、扉が勝手に開き俺の顔へとクリーンヒットした。
さすがに痛くて鼻を押さえて涙目になってしまう。まさか自動ドアだったとは……。
「む、すまない。大丈夫か? ……ってナガレさんじゃないか。こんな朝からどうした?」
「……いてて。おはようございます。カーマシルさんはいらっしゃいますか?」
「うむ、いるぞ。こっちだ」
扉で攻撃をしてきたのはアグドラさんだった。会長自ら案内するってどうなんだろう? というか、掃除でもしようとしていたのだろうか。彼女は手に箒を持っている。
その持っていた箒を近くの人に渡して、そのまま案内をしてくれた。
奥へ奥へと進み、一際大きな扉を開く。
中は机にソファ。大きな机にいくつかの棚。イメージ的には社長室みたいな感じだった。
アグドラさんは大き目の椅子へと腰かけた。小学生くらいのアグドラさんが座ると、椅子に座るというよりも、椅子に座らせてもらってるような感じで可愛い。
ここが会長室だとしたら、カーマシルさんがここに来ることにでもなっているのかな?
「で、何があった。話を聞こうじゃないか」
「……? えっと、カーマシルさんが来てからにしようかと」
「昨日冒険者組合の前にいたな?」
あれ? もしかしてアグドラさんも見ていたのかな?
別に問題ないが、何で彼女はむーっとしているんだろう。セトトルを見てみるが、袋をつついて遊んでいた。
いや、今話してるとこだから遊んでたら駄目だからね?
「はい、いましたが……。見ていたのですか?」
「あぁ、入るところを見ていた。で、何で冒険者組合にいたんだ?」
「ちょっと事情がありまして、冒険者登録をしました」
「……」
やっぱり怒っている感じがする。いや、すねている? 冒険者組合と商人組合は仲が悪いとかか?
でもそれなら、カーマシルさんが付き添ってくれたのもおかしいし……。何でだろう。
「あの、率直にお聞きします。何か問題がありましたでしょうか?」
「問題はない、そうじゃなくてだな……」
「はい」
「……なぜ商人組合には顔を出していないのに、冒険者組合に顔を出しているんだ! 普通に考えて、こちらが先じゃないのか!」
あ、あぁー。そういうことか。あぁ、うん、なるほど。
確かにアグドラさんの言う通りだ。これは完全に失敗した。素直に謝罪をしよう。
俺がすでに頭を下げかけていたとき、後ろの扉が開いた。
入ってきたのはカーマシルさん。ちょうどいい、これもカーマシルさんのせいにしよう。
「会長失礼致します。ナガレさんがいらっしゃったと聞きまして、私も来ました」
「カーマシル……副会長に案内されて冒険者組合に行きました!」
「……はい? えぇ、確かに昨日ナガレさんを案内いたしました。それが何か?」
「ほう、カーマシルがか……。副会長にもかかわらず、商人組合より先に冒険者組合に案内か」
副会長カーマシルさんは、笑顔を貼りつかせたまま俺を見た。
その目が語っている。この野郎ハメやがったな、と。
いえいえ、そんなつもりはありません。事実しか述べていませんからね!
でも、さらに追い打ちをかけておこう。
「セトトル、昨日は副会長と一緒に冒険者組合に行ったんだよね?」
「うん? うん、そうだよ! 副会長すっごく親切だった!」
「ほーう……ほうほう。そうなのか、とても親切にな」
アグドラさんの不機嫌そうな態度、冷や汗を垂らす副会長、上機嫌なセトトル、袋を微妙に揺らしてるキューン。
とても面白い状況になってきた。だがこのままでもあれなので、副会長をフォローしておこう。
嫌がらせは十分できたしな。
「アグドラさん、実は自分が副会長に頼んで案内してもらったんです。どうしてもスライムゼリーを入手したくて、口を利いてもらいました。先にこちらに挨拶をしなかったのは、全て自分の不手際です。申し訳ありません!」
俺はここぞとばかりに頭を思い切り下げた。完璧だな。
「むぐぐ……。それならしょうがない、うん。だが次からは事前に私にも相談などをだな、会長なのだし」
「はい! それで折り入ってご相談があります! 会長にしか相談できない悩みがありまして!」
「!! そうか! 一体何だ? 聞こうじゃないか!」
アグドラさんはいきなり上機嫌になった。やっぱり小学生みたいだし、色々気にしているのかもしれない。
俺が最初、副会長に会いに来たことなんて忘れてしまっているみたいだ。気づかれなくて良かった良かった。
副会長は、苦虫を潰したような顔をしていた。助けられたような、ハメられたような複雑な心境なのだろう。なぜかは、俺にはさっぱり分からないけどね!
俺はそんな副会長の複雑な顔は無視し、アグドラさんの机の上で持っていた袋を開く。
勿論出てくるのはキューンだ。
そしてすかさず、アグドラさんの肩に手を置いた。
「キューン? キュンキュン? キュン!(やっと出れたッス? このお嬢さんは誰ッス? 初めましてッス!)」
うむ、相変わらず流暢に話すスライムだ。非常に面白い。
アグドラさんはというと、ポカーンとして固まっていた。いいリアクションだ。
そして震えながらキューンを指差した。
「ス、ススススライムが喋った! え? 何でスライム!? どういうこと!? 喋ったよ!」
……あれ? 何か口調がおかしくないか? 動揺しているのかな。
副会長は落ち着いて様子を見ている。一体会長が何を言っているのかが分からないのだろう。それもあれなので、俺はキューンを持ち上げたまま副会長にも触れてみた。
「キューン! キュンキューン!(ダンディなおじいさんッス! キューンッスよろしくッス!)」
「……会長、自分はちょっと疲れが溜まっているようです。休暇をもらってもよろしいでしょうか?」
「カーマシル!? ちょっと待ってよ! スライムが喋ったよ!?」
いい混沌っぷりだ。笑いが込み上げてくる。
だけど、そんな俺の頭がこつんと叩かれた。
振り向くと、叩いたのはセトトルだった。
「もうボス駄目だよ! アグドラと副会長ごめんなさい、オレが説明するよ!」
「う、うん」
「はぁ……お願いします」
セトトルは俺に触るとスライムと話せること、スライムゼリーのこと、キューンを仲間にしたこと。
そういう色々なことを代わりに説明してくれた。
ちなみに説明が終わった後、俺は二人からじとっとした目で見られた。
何か、流れ的に俺が悪くなってるよ? ちょっと楽しんだだけだったのに……。
セトトルには小突かれるし、俺が悪いことになるし、どうしてこうなった。
そんな俺の足を、ポンッと触るやつがいた。キューンだ。
元気出してくださいよボス! そんなことを言っている気がする。
スライム社会は上司に気を使うことまで知っているのか。本当に興味が湧いてきた。




