二十四個目
外の掃除も終わり、俺は二人の仕事ぶりを確認することにした。
ちなみに頂いた食事は、とりあえず二階の部屋に置いておいた。
倉庫の扉は掃除中なので開きっぱなしである。俺はそっと中を覗き込む。
「すごーい! キューンすごーい! オレも負けないよ! おりゃー!」
「キューンキュンキューン!(僕も姐さんに負けないよう頑張るッス!)」
とても不思議な光景だった。
キューンは倉庫内を高速で移動している。セトトルが続いて飛んでいるところからして、セトトルがキューンを動かしているのだろう。
二人で楽しく遊んでいるようにすら見える。とても微笑ましい。……だが、和んでいてもしょうがない。
掃除をするように言ったのに、この二人は! びしっと言ってやらないといけないな!
「二人とも! 掃除はどうした!」
「あ、ボス! キューンすごいんだよ! ほら、どんどん綺麗になってくよ!」
「キューン!(任せてくれッス!)」
「遊んでないで……綺麗に?」
俺は床をゆっくりと見て歩く。あれ? 本当に綺麗になっている。
しかも床がワックス掛けをされたように、ピカピカだ。なのに滑らない! 何これ不思議!
二人は俺に近寄り、すごい自慢気な顔をした。ちなみにセトトルは俺の手に掴まっている。キューンと話せるようにするためだろう。
「キューンで掃除すると、すっごい綺麗になってピカピカになるんだよ!」
「キュンキュン!(どうッスかボス!)」
「う、うん。すごく綺麗になってるね……。埃とかはどうしたの?」
「キューンが食べちゃった!」
「キューン!(御馳走様ッス!)」
本当何なんだこいつ。軟体生物じゃなくて、掃除道具だったのか? 訳が分からない……。
でも実際掃除は問題なく済んでいる。問題ない……かな?
いや、ゴミとか食べて大丈夫なのか?
「キューン、埃とかゴミとかを食べて平気なのかい?」
「キュン、キューン!(僕、雑食ッス!)」
いや、ゴミを食べるのは雑食とは言わないんだが。
食事もちゃんとあげるつもりだが、ゴミ処理も任せられるのだろうか。でも危険な物を食べさせるのもまずいだろうし……。
もう、本当何なんだこいつは!
とりあえず掃除が終わったということにし、俺は二人を連れて親方の工房に向かうことにした。
勿論、店は閉めておいた。うん、預かってる物もないけどね……。
セトトルを頭、キューンを袋に入れて移動する。
キューンは特に嫌がりもせず言うことを聞いてくれたが、今後のことを考えれば出してやりたい。
その辺も誰かに相談しよう。誰が適任か……。
ここで一人思いついた人がいた。カーマシルさんだ。
スライムが仲間になったので、何とかしてください。これは良い嫌がらせになるに違いない。是非そうしよう。
工房は朝からカーンカーンと小気味良い音と、煙をもくもくと出していた。
今日も絶賛営業中らしい。
昨日の今日なので顔も覚えられていると思うが、勝手に入って良いものか悩ましい。
とりあえず、入口近くにいたドワーフへと声を掛けた。
「すみません。親方に用事があって来たのですが、いらっしゃいますか?」
「んん? おぉ、昨日のやつか! 親方ならあっちにいるぞ!」
それだけ言うと、忙しそうにドワーフはどこかに行ってしまった。
勝手に入って良いということだろう。許可は一応とったしな、うん。
俺は教えられた方向へと進む。
足元には色々と落ちていたり、作業をしている人もたくさんいる。気をつけながら先へと進む。
そして先へ進むと、白い髭が立派な親方がいた。他のドワーフよりも髭が少し長いのが特徴だ。
「親方! おはようございます!」
「おはようごにゃいます!」
「おぉ、おはよう! 朝早くからどうした!」
セトトルが噛んだことには気付いていたが、俺と親方は一瞬目を合わせて、流すことにした。指摘していじけられるのも面倒だ。
セトトルはむぐーとか言いながら恥ずかしそうにしている。とりあえずこのまま気付いてないことにしてあげよう。
「スライムゼリーを取ってきました」
「ほう、見せてくれるか?」
「はい、これなんですが」
「ほうほう、これは……まるで生きているようじゃな」
ん? 生きている? ……やばい、それキューンの入っていた袋だ。見た目が同じなので間違えた。
「すみません親方。それは違いました。こちらです」
俺はすかさず、正しい袋と交換してキューンを回収する。
だが勿論、そんなことで済ませてはもらえなかった。
「これは、生きているスライムか!? なぜこんなところにおる! 生きている方が活きが良いと連れてきたのか!?」
「いえ、実はそのスライムは……新しい仲間です!」
「仲間!? スライムがか!? どうやってこれとコミュニケーションを取るんじゃ!」
「キューン……(これとかひどくないッスか……)」
俺はキューンを撫でてやりながら、昨日の説明をすることにした。
「……ということでして、倒さなくてもスライムゼリーが入手できました。ついでに仲間にしました」
「ふむ、事情は分かった。確かに一緒に入れば、スライムゼリーを採りに行く必要はなくなるの」
「いえ、何か面白かったので仲間にしました」
「……ボスの考えることはよく分からんな」
親方は眉間に皺を寄せながら、やれやれと首を振った。いや、だってこいつ面白いじゃないッスか。
……口に出して言わないで良かった。頭の中で口調を真似ただけなのに、ちょっと恥ずかしい。
親方は受け取ったスライムゼリーを確認してくれている。ちゃんと使えるのだと良いのだが……。
「おいボス。こいつはすごいぞ」
「はい? 何かありましたか?」
「今まで見たスライムゼリーの中でも、最高品質じゃ。この素材は、生きたままじゃ。恐らく分裂してもらったのが良かったんじゃな」
親方は珍しそうにスライムゼリーを見ているが、俺には何のことだかよく分からない。
普通のスライムゼリーとどう違うのだろう? ぷるぷる具合かな?
キューンに聞いてみようと思うと、キューンはセトトルを上に乗せて、ぴょんぴょん飛び跳ねて遊んでいた。
セトトルのスライムへのトラウマとは何だったのか、甚だ疑問だ。でも、話が通じるということは相互理解ができるということだ。やっぱり言葉が通じるって大事だ。
それはともかく、二人は忙しそうだし親方に聞こう。最初からそうすればいいだけの話だったんだけどね。
「親方、最高品質だと何か違うんですか?」
「うむ……。これは一日一回とれるんじゃったな?」
「はい? そうです。で、何が違うんですか?」
「うちで買い取ろう。1万Zでどうじゃ?」
まるで話が通じない。……って1万Z!? 1Zにもならないと言われていたスライムゼリーが!? 何で!?
「あの、何でそんな高額が……」
「このスライムゼリーの品質は、恐らく世界初じゃ。今ならこれだけの値を出す価値がある。それに、ボス以外にこれを採れるやつはおらんじゃろ?」
「確かに、方法を知っても話が通じなければとれないですね」
「そういうことじゃ。つまり、これを扱えるのは世界でうちの工房だけ。付加価値があがれば、値段も上げよう。どうじゃ?」
「……えっと、すいません。キューンと相談してもいいですか? 俺が何か頑張ったわけではないので」
「構わんぞ」
俺は飛び跳ねているキューンとセトトルへと近づいた。
うまく交渉したいと思う気持ちと、仲間として迎え入れた以上は、無理をさせたくないという気持ちがある。
だから、ここは正直に話すことにした。
「キューンいいかい?」
「キューン?(話は終わったッスか?)」
「いや、実はあのスライムゼリーに高額がついてね。君と相談しようと思ってさ。俺が何とかしたわけじゃないからね」
「キュン!(ボスに任せるッス!)」
それだけ言うと、キューンはセトトルを乗せてまたぴょんぴょん飛び跳ねて遊んでいた。
えぇー、どうすんだよこれ……。
とりあえず売っちゃおうかな? そうだよね、売ろう。何か問題が起きたら、親方に売れなくなりましたと頭を下げよう。
うん、その説明もしておこう。
「親方、売らせて頂こうと思います。ですがいくつか条件が……」
「おぉ! そうか! それは助かる! 条件? 何じゃ言ってみろ!」
「はい、キューンが売りたくないと言い出したら、そこで売るのは終わりということで良いですか? 僕がスライムゼリーを出す訳ではないので……」
「む、仲間じゃと言っておったからな。それは仕方ないじゃろ。構わんぞ」
「すみません、我がままを言って……」
「気にするでない気にするでない! とりあえずこれで箱とかの問題は心配するな! 後で店の方に出来てる棚一つと、箱の試作品をいくつか届けるぞ」
「はい、よろしくお願いします!」
俺は顔では普通にしていたが、内面はこのとき金のことばかり考えていた。
キューンの友達に頼んで、毎日分裂してもらうのはどうだろうか? 見返りに何か買ってあげるか? 毎日安定した収入が入る? 汚い話だが多額の借金を返す以上、この機会を逃したくもない。
……でも、あんなに無邪気に遊んでる二人を見ると、そんなことも言いだしにくいところがある。
一度キューンに頼んで駄目そうだったら、素直に諦めよう。
嫌がることはしないって約束したしな。




