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二十一個目

「おいおい、何騒いでるんだ? 外にまで響いてたぞ」


 入ってきたのは、筋骨隆々に緑の肌。下はなぜかビキニパンツで、頭には小さな角。

 間違いなくヴァーマさんだった。


「おい、ヴァーマだ……」

「Bランク冒険者のヴァーマだぞ……」


 周囲のひそひそ話が聞こえる。

 どうやら、ヴァーマさんはBランクで知名度が高いらしい。ただの酒好きじゃなかったのか……。


「いいところに来たな。ヴァーマ聞いてくれ、こいつが……」

「あれ? ボスじゃねぇか! こんなところでどうしたんだ?」

「そう、ボスが……何?」

「どうもヴァーマさん、昨日はお世話になりました」

「気にするな気にするな、同じウルマーファンクラブの一員だろ? また行こうじゃないか!」


 ヴァーマさんは気にするなとばかりに俺の背中をバンバン叩いた。すごい痛い。

 後、ウルマーファンクラブって何ですか!?

 勿論、彼はそんなことは気にせずに話を続ける。とりあえず叩くのをやめてくれただけでありがたい。


「で、どうした? 冒険者みたいな格好してるじゃないか。冒険者になったのか? 管理人はやめたのか?」

「いえ、箱の素材を採りに行くのですが、成り行きでこうなりました……。スライム退治に行こうと思っているんです」

「スライム? 箱って例の話か? 本気だったのか。……よし! 人手が足りないなら俺が付いて行ってやるぞ!」 

 彼は嬉しそうに俺の付添を申し出てくれた。でもちゃんと説明をしておかないと、後で揉めるのはごめんだ。

 お金は払えないと伝えておかないといけない。

 俺が伝えようとしたそのとき、先程の銀髪褐色の人が割り込んで来た。


「ヴァーマ、こいつと知り合いなのか?」

「おう、紹介しておくぜ。こいつは東倉庫のボスだ! で、この気が強くて目付きが悪いやつは俺と同じPTメンバーのセレネナル。通称セナルだ。よろしくな、ボス」

「おい! 私は別にこいつに紹介される必要なんて……」

「初めましてセレネナルさん。秋無 流と言います」

「ぐっ……ふん!」


 彼女は怒ったようにそっぽを向いてしまった。

 でも、ヴァーマさんのお陰で少し雰囲気が良くなった気がする。少し安心した。


「あ、ヴァーマさん。先程の話で一つ伝えておかなければならなくて」

「どうした? すぐ行くか? 今日は特に予定もまだ入ってないから構わないぞ」

「いえ、その……謝礼とかは払えないんですよ。本当に付き添いをお願いしたい感じでして。すみません」


 ヴァーマさんはそれがどうしたとばかりに、俺の背中を叩いた。

 だから痛いって。こういう体育会系のノリは辛い。


「何言ってんだ、俺たちのためにやってくれるんだ。それくらいお安い御用だ! おい、お前らもボスをよく覚えておけよ。冒険者のための荷物預かりをやってくれようとしてるんだ。他の倉庫は全部断ったのにな! これからみんな世話になるかもしれないぞ」

「はい、準備ができたら始めるつもりです。みなさんよろしくお願いします」


 俺は丁寧に他の冒険者へと頭を下げた。

 ヴァーマさんの話を聞き、みんな先程とは違い興味深げな顔で俺を見るようになった。

 何かとてつもなく良い宣伝になった気がする。そうだ、準備が整ったら冒険者組合にも貼り紙でもさせてもらおう。

 これなら予想外に宣伝効果もあり、調子良く行きそうだ。


「よっし、そうと決まれば早速行くか。準備は出来ているか?」

「はい、問題ありません」


 なぜかカーマシルさんが答えた。逃げる前に出発させようという算段だろう。その顔がそう語っている。ひどい。

 俺はせめてもの救いにと、セトトルを見る。彼女は目線を逸らそうとしていたが、俺の訴えかけるような視線に気づいたのだろう。目線を逸らせずに困っている。

 セトトルはおろおろとした後、観念したようにがっくりと項垂れた。


「ボ、ボス。オレも一緒に行くよ」

「ありがとうセトトル! よろしくね!」


 本当は行きたくなさそうなセトトルの言質をとり、先に返事をする。これでセトトルにも逃げ場はない。

 正直、一緒に来てくれて助かった!

 セトトルは行きたくなさそうな顔をしながら、諦めて俺の頭に乗った。

 それを見たヴァーマさんは、準備万端だと言わんばかりに俺の肩へと手を置いた。


「よし、それじゃあ行くか! 何、スライムくらい大したもんじゃない」

「お手柔らかに……」

「とりあえず店から近い方がいいだろうし、東門周辺のスライムでも探すか。おい、何やってるんだセナル。行くぞ!」

「私も行くのか!?」

「当たり前だろ。ほれほれ行くぞ」


 すごく嫌そうな俺とセレネナルさんは、背中をヴァーマさんに押されながら、一緒にギルドを後にした。

 ちなみにカーマシルさんは頑張ってくださいとか言いながら、笑顔で手を軽く振っていた。

 いつか何らかの方法で嫌がらせくらいはしようと、俺は心に誓った。




 東門を出た俺は、周囲を見渡す。

 辺りに見えるのは、森、街道、短い草で歩きやすそうな地形。そのくらいだろうか。

 だが、町から初めて出た俺にはとても新鮮なものだった。ビルや建物、眩しい明かりの世界で生きてきた俺には、その風景は幻想的にすら感じる。……これからスライム狩をするのではなければだけどな。


「よし、ボスは確か初めてだって言ってたな? まずスライムがいるのは、森近辺が多い。森の中だと見つけるのも困難だし難易度が上がる。ということで、森の近くをうろうろ歩いて探すことにしよう」

「はい、分かりました。見つけたらどうすればいいんですか?」

「倒せよ」

「いえ、倒し方とか……」

「倒し方? 剣があるだろ、それで斬れ。スライムくらい大丈夫だ。慣れろ!」


 あっ、この人脳筋だ。誰かアドバイスをくれる人は……いた!

 俺がセレネナルさんの方を見ると、彼女は嫌そうに目を逸らした。だがここで引く訳には行かない。俺はセレネナルさんに食い下がった。


「セレネナルさんお願いします! 何かアドバイスを!」

「何で私がそんなことを……。勝手にやればいいだろ」

「お願いします!」

「いや、だから」

「本当にお願いします!」


 セレネナルさんは渋々といった感じだが、折れてくれた。押し切ってやったぜ。


「とりあえず探しながら説明をしてやるよ。まず、スライムは衝撃に強い。なので鈍器とかは効果が低い」

「ふむふむ……」

「武器は剣だから問題ない。後は魔法にも弱いが、魔法はどの程度使える?」

「使えません!」

「……お前、どこから来たんだ? スライムの知識もなくて魔法も使えないなんて……」


 何か疑われている。誤魔化した方がいいかもしれない。

 俺が言い訳を考えていると、ヴァーマさんが俺の背中を叩いた。痛いって。


「話はそこまでだ、あそこにスライムがいるぞ。見えるか?」


 俺は眼鏡を中指で押し上げ、目を細めてよく見る。……緑色のぷるぷるした物体が一匹見える。あれがスライムか。


「よし、やれ!」

「いえ、倒し方とか……」

「戦って覚えろ! いけ!」

「……ちくしょおおおおおおお!」


 俺は諦めて、スライムへと突撃した。頑張って走る。防具が引っかかる気がして、走りづらい。

 でも走る走る走る。そして目の前にスライム。

 目がないのに目が合った気がした。俺は、ピタリと止まった。


「どうした! そこだ! 斬れ!」

「ボス! 斬らないと!」


 ヴァーマさんとセトトルは、俺に斬れ斬れと促す。セトトルは頭の上でなぜか興奮していて、俺の髪をあっちこっちに引っ張っている。ちなみにいつもは頭の上なんだが、かなり後ろ側に貼りついている。さっきまで半泣きで付いて来てたことを考えても、やっぱりスライムが怖いのだろう。

 いやでもね? そんな斬れと言われましても……。

 何かぷるぷるしていて、少し可愛い。これ斬るの? 特に俺に何かして来たわけでもないんだけど……。本当に?

 いや、俺にはスライムの素材が必要なんだ。仕方ない犠牲なんだ! 俺は何とか理由をつけて、自分を奮い立たせた。

 ……ええい、なるようになれ! 俺は剣を両手で天高く掲げた。

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