十個目
何か、良い匂いがする……。お腹が減った。ご飯……ご飯!?
俺はガバリと起き上がった。
ここはどこだ!? なぜか体が痛い、それに若干気持ちが悪い。誰かが何かを言っている。
見知らぬベッドに見知らぬ部屋。ここは……、そうだ。店の二階、何度か寝ているベッドだ。
段々と意識がハッキリとしてくる。
だが、俺の視線は一点に釘づけとなっていた。
そう、机の上に置かれたサンドイッチにだ!
「あ……あぁ……」
ふらふらと、吸い寄せられるようにサンドイッチへと近づく。ご飯が、食べれ……。
「ボス! 大丈夫!? しっかりして!」
「はっ! セ、セトトル!?」
「良かった。急に起き上がって、ふらふらしたまま歩き出すから、オレ……オレ……」
「ご、ごめん。意識が朦朧としてたみたいだ」
俺はセトトルに謝罪をする。
だが、俺の目はサンドイッチから動かせない。何て魅力的なんだ。
「……ボス、もしかしてお腹が減った? それ、アグドラが用意してくれたんだ! 食べても大丈夫だよ?」
「食べていいの!?」
俺は即座に机の前の椅子に座り、サンドイッチを手に持ち、口を大きく開く。
そして、そこで止まった。
いかんいかん。もういつ食べてもいいんだから、ちゃんと言うべきことを言ってから食べよう。
「セトトル、一緒に食べよう。後、心配かけてごめんね」
「あ……うん! オレもボスと食べようと思って、待ってたんだ!」
「そっか、ありがとう。それじゃあ一緒に」
「「いただきます!」」
俺たち二人は貪るようにサンドイッチを食べた。
一緒に置かれていたコーヒーを飲みつつ、ガツガツと食べた。
そして、あっという間に皿は空になった。
ふぅ、やっと一息つけた……。
「そろそろいいか?」
「え?」
声がした方を見ると、そこにはアグドラさんが座っていた。
サンドイッチのある方向と逆方向であるため、全く気付いていなかった。
物凄く恥ずかしい。
「す、すみません。後、ごちそうさまです」
「いや、金がないことを失念していたのはこちらの不手際だ。許してくれ」
「いえ、その、本当に見っともないところを……」
アグドラさんはニコニコと笑って、手を振っていた。
気にするなと言っているのだろう。子供なのに、妙に様になっている。
「で、昨夜の件の話をしてもいいかな?」
「あ、はい。えっと、強盗は……生きていますか?」
「安心しろ、生きている。全身打ち身だらけだったがな。まぁ、骨折くらいはしているかもしれないな」
良かった。
実は、殺してしまったかもしれないと不安だった。今までにあんなことをしたことはないのだが、色々なことが重なって精神状態がひどかった。頭に血が上りきっていた。
食事ってすごく大事。これからはしっかり食事をとれるように頑張ろう。
「で、強盗なんだがな? 犯人はオルフェンスだった」
「はい?」
「どうやら金を持って逃げた癖に、また金を盗ろうと戻ってきたらしい。ただのバカだ」
「はぁ……」
「心配するな、もう牢屋の中だ。やつの借金もちゃんとやつに払わせる。……方法はいくらでもあるからな」
アグドラさんが、すごく悪い顔をして笑った。
方法というのが気になるが、これは絶対に聞いたらやばいやつだ。聞かなかったことにしよう。
……そうだ、アグドラさんにちゃんと伝えなければいけないことがある。よく考え、心に決めたことがあるんだ。
俺がいなくなったら、セトトルはまたひどい環境で仕事をしないといけないかもしれない。
そんなことは、見逃せない。帰る場所もない、お金もない、職も無い。そんな俺に優しくしてくれた。
何より、他に行く場所もない。
そして俺自身、このひどい倉庫を立て直すことに面白さを感じている。本当にひっどいけどな。
だから俺はアグドラさんをしっかりと見て、それを伝える。
「あの、アグドラさんにお願いがあるのですが……」
「ん? 金のことなら分かっている。一応、こちらが頼んでいるわけだからな。とりあえず一ヶ月分程……」
「いえ、そうではなくてですね。その、このままここでもう少しやっていければとか……」
アグドラさんは俺の発言に驚いたのか、唖然としていた。
逆にセトトルは、とても嬉しそうな顔をしている。
対極的な二人がちょっと面白い。
俺はそのままアグドラさんの反応を待たずに、話を続けることにした。
「この二日間、せめて倉庫を綺麗にしようと頑張りました。色々と改善点も見つけました。それで、よく考えたんです。ここで何かお役に立てれば……いや、違う」
「ん?」
不思議そうなアグドラさんから目線を逸らし、俺は目を瞑った。
そう、違う。そんなつまらない言葉で誤魔化す必要はない。
自分の正直な気持ちを、今は伝えたい。
俺はもう一度、アグドラさんに向き直った。
「俺がここで働きたいんです」
「……ふっ、ふふふっ。この評判は最悪で、掃除もしていない。客も来なければ、借金だらけ。そんなこの店でか?」
「はい!」
アグドラさんはとても楽しそうに笑っていた。
こっちは真剣に言ったつもりだったのだが、何がそんなに面白かったのだろう?
彼女は笑いながらこっちを見る。
そして言った。
「よし分かった! ナガレをアキの町、東倉庫の管理人とする! 今このときよりだ! これは会長権限での決定だ!」
「ありがとうございます! ……会長?」
「あぁ、言っていなかったか? 私が商人組合の会長だ」
「え? でも……なんでもないです」
「こんな子供が、ですか?」
俺はビクッと震えた。
な、なんだこの白髪に白い髭がかっこいい執事みたいな爺さんは? どっから出てきた!?
「失礼、御挨拶が遅れました。私、商人組合副会長のカーマシルと申します。以後、お見知りおきを」
「は、はい。自分は秋無 流と言います。よろしくお願いします」
「で、先程の話ですが。会長は確かに子供ですが、才覚があります。それに色々あるのです」
カーマシルさんは、これ以上は聞かないでくれと言う目をして俺を見ていた。
色々、と言われれば俺もこれ以上聞くわけにはいかない。そのうち聞く機会もあるのだろう。
「うん、まあそういうことでこれからもよろしく頼む。後でカーマシルの方から金を届けさせる。これから頑張ってくれ」
「はい、よろしくお願いします」
俺はアグドラさんとカーマシルさんに深々と頭を下げた。
この人たちが俺の上司ってことか、うまく付き合っていけるように頑張ろう。
「で、店の借金は軌道にのったら返済を始めるということでいいか? いや、借金を抱えてでも店を引き受けたいと言う者は中々いないのでな、助かったぞ」
アグドラさんの一言で、俺は固まった。
あれ!? さっき借金はオルフェンスに払わせるって……。
「あぁ、オルフェンスが払うと思っていたか? それは、やつ自身の借金だ。かなり色々なところから借りていたらしくてな。店の借金は別問題だ」
「な、なるほど。で、いくらほどなのでしょうか?」
「うむ。かなり長いこと、この重要拠点を上手く回さずに誤魔化していたからな。探せば出るわ出るわ。いなくなってからしっかりと調べたところ、1億Zだと判明した」
「1億!?」
ちょ、そんな金額……。いや待て。ここは別の世界。
つまり、貨幣価値も違うはずだ! もしかしたら、一般家庭での月給が1000万とかの可能性だってある。うん、きっとそうだ。
「あの、一応お聞きしたいのですが。一般家庭の月給はいくらくらいなのでしょうか……?」
「ん? 大体20から30万くらいか?」
何でこんなとこばっかり、元の世界とそんなに変わらないんだよ! 畜生!
「では、金は後で届けさせる。これから頼んだぞ」
「あ、あの……やっぱり」
「ボス! 元気出して! オレも頑張るから!」
セトトルの言葉で、俺は言葉をぐっと呑み込んだ。いや、呑み込んでしまった。
俺が逃げだしたらどうなる? セトトルに借金を押し付けて逃げ出すことだけはできない。
そんな俺の思いを知ってか知らないでか、アグドラさんとカーマシルさんは用が終わったとばかりに、部屋を出ようとしていた。
だが、扉の前で足を止めた。
そしてこちらを振り返り、彼女はにっこりと笑った。
まだ何かあるのか。
「そうそう。後で届ける生活費には、今後の運営費用も少し足しておく。100万Zほどを届ける。これは借金に足しておくから安心してくれ」
アグドラさんはそう告げると、軽やかな足取りで去って行った。
あれ? もしかしてセトトルと二人で逃げ出した方が良かったんじゃないか?
すでに手遅れとはいえ、逃げる方法も模索しておこう。
セトトルは、よく分からないといった顔をしていた。だが、俺が残ることが嬉しいらしく、くるくると回っていた。
やれやれ。東倉庫の管理人、か。頑張るしかないが、これからどうなることか……。
……あれ? 東倉庫!? 他にも倉庫ってあるの!?
借金:1億100万Z
これにて一章完結となります。
明日からは二章となります。
引き続き、よろしくお願いいたします。




