表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/31

第5話 毒妻が嫁いでから半年

この話から、短編と異なるエピソードを入れて込んでいきます!




 嫁いでから、半年が過ぎた。


 ふり返れば、あっという間だった気がする。


 少なくとも私は、彼とけっこう仲良くなったと思っている。

 思いたい、ではなく、思っている。


 朝昼晩と三度の食事をほぼ一緒に取り、おやつも一緒に食べるようになった。


 勉強も並んでやる。

 セドリックと一緒に、領地運営や資産管理の勉強を。


 私が「学びたい」と言い出した時、セドリックは目を丸くした。


「……本当ですか?」

「本当にです。私にできる範囲で、少しでも学んでおきたいのです」

「驚きました。けれど、嬉しいです」


 私が学びたいのは、彼の未来のため。

 原作を知っている私は、やがて彼が当主になるとわかっている。


 だから、少しでも助けられるように。


 まあ、私は彼と離婚する予定だから、公爵夫人になる期間は短いだろうけど。

 当主になったその日すぐ離縁、というわけにもいかない。


 引き継ぎの嵐の中、肩代わりできることが一つでも多いほうがいい。


 それに、ちゃんと私自身のためでもある。

 離縁のあとは私一人で立つのだから、学びは裏切らない。


 今日は勉強のあと、魔法の稽古の日。


 広間に簡単な防護陣を張り、師匠を一人呼んでいる。

 最初の頃は男の師だったはずなのに、いつの間にか女の師に替わっていた。


 理由は知らない。


 使用人に尋ねても「その、手配が変わりまして」と歯切れが悪い。


 まあ、そういうこともある。


 私は深追いをしないことにした。

 だって、今の私は魔法がしたいから。


「では、いつもの水から参りましょう」


 女性の先生は落ち着いた声音で言い、私とセドリックを順に見た。

 私は胸の前で両手を重ね、ゆっくり息を吸う。


 掌に意識を集め、水の気をそっと撫でる。


 頭の中で、井戸のつるべを確かめるみたいに、見えない桶を引き上げる感覚を探る。


 ぽちょ。


 掌の上に、水の玉が生まれた。

 震えながら、しかし消えずに、丸く、そこにある。


 そしてもう一つ、二つ――気づけば五つの水玉が宙に浮いている。


 透明で、柔らかな光を含んで、静かに揺れる。


「……お見事です、アメリア様」


 先生が、少し驚いたように目を見開いた。


「半年前は一つ作るのがやっとでしたのに。やはり、水の素質がおありですね」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。辺境伯家の血筋は、水に縁が深いと聞いております」


 そういえば、辺境の領地は川と湖が多かったような。

 私は嬉しさが胸の底から湧き上がって、思わず跳ねそうになるのを堪える。


 やはり元日本人として、魔法を使えているというだけでテンションが上がる。


 そうしていると、横で見ていたセドリックが、口元をゆるめた。


「ふふ」

「笑いました?」

「いいえ。ただ、嬉しそうだと思って」

「嬉しいんですもの。ほら、見て、五つも出せたんですよ」

「ええ。とても、綺麗です」


 なんだかセドリックの目が優しくて照れてしまうけど。


「では、セドリック様。あなたも」


 先生の合図に、彼は一歩進み出る。

 指先を軽く合わせ、息を整え――す、と空を撫でた。


 水が集まる。


 一つ、二つ、三つ……青白い球が宙に浮かぶ。

 光を飲んで揺れ、互いに触れず、崩れず、五つ、六つ、七つ。


 そして球が変形し、鳥の形になり、羽ばたくように宙を舞う。


 すごい……!


 心の中の語彙が一瞬でなくなる。


「す、すごいです、セドリック様!」


 私が拍手をすると、先生も珍しく目を細めた。


「見事です。大きさ、形、どれも安定しています。ここまで制御できる方は、そう多くありません」


 セドリックは少し耳を赤くして、「ありがとうございます」と会釈した。


 うん、嬉しそう。

 嬉しそうな推しの顔、最高ね。


「アメリア様も、よくできました。では次は火を少し。危なくない範囲で」


 私は火魔法が苦手だ。


 というよりも、水魔法以外に才能がないと思うんだけど。

 指先で息を細く吐き、火の気を呼ぼうとする。


 集中する。意識を尖らせる。


 けれど――何も起こらない。


 指先が少し温かくなった気がするだけで、炎のかけらも生まれない。


「……うーん」


 もう一度挑戦する。

 今度は額に汗が滲むくらい集中したのに、やっぱり何も。


「アメリア様、無理はなさらず」


 先生が優しく止める。


「火は、ダメですね……」

「才能には、向き不向きがあります。水が得意なら、それを伸ばせばよろしいのです」

「でも、セドリック様は全部できるのに……」


 つい口に出してしまってから、ああ、と後悔する。


 比べるつもりはなかったのに。


 すると先生は、穏やかに首を振った。


「セドリック様は万能型。アメリア様は特化型です。それぞれに、強みがあります」

「特化型……」

「ええ。実は、水魔法には大きな可能性があるのです」


 先生はそう言って、私の作った水玉を指さした。


「水は、命の源。そして――浄化の力を持ちます」

「浄化……?」

「はい。汚れた水を清める。毒を洗い流す。穢れを祓う。極めれば、呪いすら解くことができると言われています」


 呪いを、解く。

 その言葉に、私の心臓が跳ねた。


「それは……本当ですか?」

「ええ。ただし、高度な技術と強い魔力が必要です。アメリア様の水の才があれば、いつか到達できるかもしれません」


 先生の言葉が、胸の奥に染み込む。


 浄化。


 それは、セドリックの役に立てるかもしれない力。

 原作の彼は戦いの魔法に長けていたはず。


 けれど、毒や呪いには対処しづらい。


 もし私が浄化の魔法を使えたら――彼を守れる。


 彼を支えられる。


「……頑張ります」


 私は、小さく呟いた。

 先生は微笑んで頷く。


「その意気です。水魔法を極めたらとても便利ですよ。特に、領地経営や治療の場面では重宝されます」

「はい……!」


 胸の奥に、小さな灯が点る。

 私にも、できることがある。


 セドリックの役に立てる道が、ある。


 ――離婚するつもりでいたけれど、その前に、少しでも彼の力になりたい。


 そう思うと、不思議と心が温かくなった。


「では、セドリック様は他の属性も」


 先生の合図に、セドリックは頷く。


 火は篝の芯のように細く清く、土は小さな塔に積み上がり、風は落ち葉を撫でて丸い渦を作った。


 先生が、ほんの少し緩む。


「素晴らしいですね」


 私は全力でうなずく。


「すごい……本当に、すごいです!」

「そんなに目を丸くされるとは」

「だって、きれいなんです。全部、きれい」

「……ありがとうございます」


 青い瞳が照れの光を含む。

 それだけで心が跳ねる。


 はぁ、今日も推しが可愛い……。


 休憩を挟んで、再び水魔法。

 私は私の歩幅で。


 丸をひとつ作る。崩れない。


 もう少しだけ大きくする。それでも崩れない。


 次は形を変えてみる。


 球から、雫の形へ。

 そして――細長い帯状に。


 水が、私の意志に従って形を変える。


 先生が小さく息を呑む音が聞こえた。


「……やはり、水魔法の才能がおありですね」

「本当ですか!」

「ええ。ただし、基礎が大事です。焦らず、丁寧に」

「はい!」


 私は力強く頷いた。

 そんな私の様子を見て、セドリックが小首を傾げる。


「アメリア様は、可愛らしいですね」

「い、今のどこがですか」

「水の魔法が上手くいくたびに、目がきらきらします」

「……だって、嬉しいもの」

「ええ。見ていて、こちらも嬉しくなります」


 うっ、直球。

 五つ年上として、ここは余裕の笑みで返したいところなのに、頬が勝手に熱い。


 それでも、負けずに言い返す。


「セドリック様だって、可愛らしいですよ」

「僕が?」

「はい。得意なものをしている時、口元が少しだけ上がるところとか。先生に褒められて、耳の先が赤くなるところとか」

「……そう、ですか」


 彼はほんの少し考える顔をしてから、ゆっくりとかぶりを振った。


「可愛いは、あまり嬉しくありません。いつか、格好いいと言われるように頑張りますね」


 笑って言ったその言葉が、すでに格好よかった。


 ずるい。


 可愛いも格好いいも、両方持っていくのは反則だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ